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第三話

 アウトローな情報屋ピンチ、四季守の家の若き母サクラと別れた文無しの少年ジンは、バーを改装して作られた木造のとある店舗へと入った。

 ここファルカッタにおいて唯一服飾と理容を扱っているこの店に名はない。店内にずらりと並ぶ衣類と、一脚のバーバーチェアと鏡台周りは、ヒュムズ屈指のスラム街に似つかしくなく清潔さを保っている。


「いらっしゃいジンちゃん」


 残してあるバーカウンターからジンを歓迎したのは細身で長身の男だった。

 黒髪を金髪に染めたオールバックに薄めの化粧を施している彼の名はエド。体は紛う方なき男であるが、その性癖、心根、魂は女性と言ってはばからない同性愛者である。


「仕事か?」

「ご指名のね」


 ファルカッタはあくまでスラム、店主のエドも堅気とは言い難い。表稼業を服飾販売員兼コーディネーター兼美容師とするならば、彼の裏稼業は『仲介屋』にあたる。


「……また手抜きが見えるわね」


 ふと、優しげだったエドの目つきと声色が鋭く変わる。

 カウンターから出てきたエドはずいとジンへ詰め寄り、少年の怠慢と己の信条を追求していく。


「服装を蔑ろにするということは自己主張を蔑ろにするということ。そして他人に自分をわかってもらうことを怠ける行為だって何度も言ってきたわよねェエ?」


 そもそもジンは他に理解など求めていないし、むしろ理解されてたまるかとする反抗心すら備えている。しかしエドの持論に感心を覚えているのもまた事実であった。

 何故ならエドは、目を細めてしまうほどに眩い不退転の信念、その象徴である"煌めき"を有しているのだから。


「どこが悪かった……」

「足元よ! その人の感性は全て靴に出ると言っても過言ではないと言ったでしょう! それに髪も! 整髪料くらいつけなさい!」

「夏前に草履履いて何が悪いんだ……。それに体を動かすかもしれないのに整髪料はおかしいだろ。べたついて不快になるだけだ」

「我慢なさい! 言ってることは一理あるけどオシャレ初級者のアンタには十年早い! まずはオシャレというもの、身だしなみというものをしっかり修めたうえで不精を気取りなさい! 知ってやるのと知らないでやるのとでは漂う雰囲気や清潔感がまるっきり違うの! ワタシがいいと言うまでは暑かろうが寒かろうがバシッとキメて髪も眉毛も毎日整えること! そもそもアンタは柄物とワイン色に傾倒しすぎなの! 好きな色にまとめればいいってもんじゃないの! 一週間を通して二日連続同じ色で過ごすことを恥だと思いなさい! 自身に似合う色彩を活かす総合的な配色とは――」


 閑 話 休 題


「うんバッチリ。かっこいいわジンちゃぁん♡」

「陽が暮れるぞもう……!」


 バーバーチェアに座らされながら説教と整髪を受けたジンの眉間は渓谷のように深く尖る。

 片や熟練の手捌きでヘアワックスを駆使し、見事な立体感を演出してみせたエドはご満悦の様子で本題へと入っていく。


「依頼人はビガンダ商会代表、ビガンダ氏。依頼内容は新米請負人の登竜門、貨物の運送。指定日は明日。行き先はサージュ。報酬は経費込みで30万ガネルよ」

「サージュはまだ行ったことがないな。しかし、荷物運びか……」

「ビガンダさん、先週大型魔獣に襲われて運送班を護衛する私兵がかなりやられちゃったらしいし、猫の手も借りたいんじゃないかしら」

「その割には報酬が安くないか? 魔獣や盗賊から荷を守る役割も加味されるなら桁が一つ違うはずだ」

「確かにそれらと戦える人材の希少性はもちろんだけど、そもそも生命がかかってるんだから報酬はどうしても割高になる。でも、だからこそ"ジンちゃんへの運送(・・)依頼"なのよ」


 運送中魔獣や盗賊に襲われたとて、ジンならば問題にならない(・・・・・・・)。つまり最低報酬で問題はない(・・・・・)ということ。――依頼人からそう言われているジンの機嫌は斜めに傾いていく。


「矜持に障るのはわかるけど、ジンちゃん今文無しでしょう? ピンチったらケツの毛までむしり取ってやるって息巻いてたし」

「ちッ、口と尻の軽い情報屋め」

「ジンちゃんはまだまだ実績不足、それにいつなにが起こるかわからないから手元のお金は切らしちゃダメ。そういう意味でも渡りに船な話なんだから、頑張んなさい。ビガンダさんはファルカッタで三指に入る有力者、付き合いは持っといた方がいいわ」

「……わかった。いつどこに行けばいい?」

「明日の午前7時にビガンダ商会裏手の集荷場へ出向いてちょうだい」

「承ったと伝えてくれ。……陽のあるうちに顔を会わせるのは初めてだな」

「え? あらほんと、珍し」


 ジンとエドの話がまとまったところで新たな来店者あり。


「いたか、ジン」


 砂色で襟無しのレザージャケットに同じ色のパンツと黒いブーツで入店してきたのはエドよりも更に長身な中年男性だった。

 灰色の短髪に髭、額には真一文字に刻まれた深い傷、傷を隠すよう目深に被ったつばの大きなハットとサングラス、ストイックに鍛え上げられた肉体、それら全てから50代半ばとは思えぬ重厚なエナジーが発散されている。


「いらっしゃいイングリンのダンナ。今日も渋くキメてるわぁ♡」

「うす。俺に用すか、ダンナ」


 ファルカッタにおいてヤミの請負人の古株である彼、イングリンへエドは笑顔を、ジンは会釈を送った。そこには確かな敬意が表れている。


「文無しをはした金で使えると聞いてな」

「あの女……だがダンナがらみの仕事ならこちらも歓迎だ」


 カウンターの椅子に腰を下ろしたイングリンの下働きをジンが快く受け入れる根拠は三つある。

 一つ、イングリンから齎される依頼は良い意味でも悪い意味でもジンにとって刺激的であること。


「強めの酒を一杯だけくれ。すぐに出る」

「あら残念」


 二つ、そもそもジンが請負人としてファルカッタに滞在できているのは外ならぬイングリンのおかげであり、その義理から反抗や抵抗はないこと。


「土曜の深夜2時、ねぐらへ来い。詳細はそこで話す」

「うす」


 そして三つ目にして最大の理由は――、イングリンの持つ眩くも深みのある煌めきに一目置いていること。


「時にジン」


 エドから出されたライム入りのショットグラスを一口で空にしたイングリンは、緊張感を伴ってジンへと向く。


「お前、また征道士を殺したそうだな」


 イングリンからは刃物の如き威圧が、そしてエドからは驚きの視線がジンを射抜く。しかし、ジンは悪びれない。


「俺が殺したのは征道士じゃない。ただの雑魚だ」

「くだらん男だ」


 インヅリンは心底呆れたようにそう吐き捨てた。その瞬間、びきしッと天井が哭く。


「……なに?」


 ジンから発生した殺気混じりに犇めく鈍重は瞬く間に膨れ上がり、店内を満たす。

 しかしそんな剣呑もどこ吹く風で、雰囲気に変化のないイングリンは徐にエドの持つ酒瓶へと腕を伸ばし、取り上げた酒を空のショットグラスへと高みから注ぎ始めた。


「これが……」


 ぱちゃぼちゃと鳴りながら酒はグラスの容量を超えて注がれ、散乱しながら零れていく。カウンターは酒浸しになっていき、跳ねた水滴は床、椅子、棚、エドの袖口、イングリンの靴、少々遠くに置いてある鏡にまで飛散していく。


「お前のチカラの無様さだ」


 遂に酒瓶は空となった。本来とは違う役割を終えた酒瓶の代金をイングリンはエドに渡し、席を立つ。

 片や己の鍛え上げてきたチカラを虚仮にされたと解釈したジンは怒気を収めない。


「俺は誰であろうと、喧嘩売ってくる相手に容赦はせんすよ」

「俺を殺したとて、お前の無様さは何も変わらん。それでもいいなら、いつでも殺せ」


 灰色の煌めきを残し、イングリンは去っていった。

 その背中から発せられるえも言えぬ感覚に捉われたジンは、何も言えず見送ることしかできなかった。


「ちッ、なんだってんだ」

「……ジンちゃん」


 エドの呼びかけにジンは振り向くも、ジンが感じていたナニカは違う方向にその不可解さを表す。


「大きなチカラを持つ若いジンちゃんに言ってもしょうがないとは思うけれど、たとえ相手が誰であろうと、簡単に命を奪っちゃダメ」


 イングリンとは対照的に、彼は不自然なほど優し気な眼差しで酒に濡れたカウンターを拭っている。


「平民を不徳の顕現と蔑み、暴力と権力で抑えつけ、傷つけ、踏みつけ、陥れ、使い捨て、奪い、犯し、殺す神の御子(あいつら)の姿は、町に住みついて日が浅い俺でも腐るほど見てきた。お前らにとって忌むべき存在を殺すことを何故咎める」


 ジンには理解できない。したいとも思っていない。虐げられているのに戦わず屈服する、そんな弱さを嫌悪する。


「本来お前らは、平民は戦うべきなんだ。支配されたくないなら、殺されたくないなら殺すべきなんだ。抵抗しようともせず生命の尊さを謳ったところで、それこそなにも変わらない」

「…‥そうね、仰る通りだわ」


 ジンの主張は正しい。エドもそれが分かっているからこそ、ジンを諭しつつも強く出られない。


「ワタシたちはずっと負け続けてきた。だからこそジンちゃんには、負けてほしくない」

「当然だ。俺は誰にも、何にも負けない」


 神だろうが魔獣だろうが、権力だろうが欲だろうが、決して俺は潰されない。弱者になんざ奪われない。――そんな想いを拳を握り込み、ジンは心でそう謳った。




   ◆   ◆   ◆




 ビガンダ商会:集荷場


 翌日の午前7時前、仕事着を身にまとったジンはビガンダ商会裏手の集荷場へと出向いた。

 その様相は、薄汚れたベージュのつなぎに黒い運動靴、アイボリーで大きめのウエストバッグをスタッズ付の厳ついベルトに通し、頭髪全てを覆うワインレッドのバンダナを巻いた機能的でありながら実にラフなものだ。ジンは基本、表の(・・)仕事の時はこの格好で通している。


「これがお前に運んでもらう荷だ」


 商人や職人の怒号、百頭近い馬の鳴き声、大小入り乱れた荷物が次々と荷車へ載せられていく喧騒の中、此度の依頼人である口ひげを蓄えた恰幅の良い青髪の男、ビガンダはジンの運ぶ荷を指さした。

 二頭の馬車が引く中型荷車の輪留めを外す彼は指定都市への商いも認められている街一番の商人で、ファルカッタにおいて位の高い平民の一人でもある。


「積載量はおよそ1500キロ。届け先は伝票に記載されたサージュ内の三箇所。受取伝票をもらうのを忘れるなよ。荷を無事に届けるのはもちろんのことだが、今日の20時までに帰って来れなければ後払い金は無しだ。馬車も無傷で返すこと。修復不可能なぐらい壊れていたり馬を失くしたりしたら修理費はお前持ちになるから肝に銘じておいてくれ」


 流れるように説明するビガンダという男、がめつさは折り紙付きらしい。


「なんで前日に依頼を出すなんてことになったんだ」

「つけていた当たりが土壇場で外れたのだ」

「だったらもう少し報酬を上げてくれてもよさそうなもんだが」

「新米がナマ言うな。費用とは即ち贅肉、削ぎ落さねば馬も人も速く走らん。……あと、これもだ」


 ビガンダは些か小声になり、周囲の目を気にしながらジンにある小包を渡した。

 そのサイズは掌に収まりこそしないが両手を使うほどではなく、届け先の住所はビガンダの肉筆で直接記載されている。


「非公式な配達だから伝票は無い。しかし確実に届けてくれ」


 ビガンダから向けられる視線に荷物の比じゃない真剣さが込められているのを見て、ジンは此度の依頼の核心を悟る。――要するに本命は小包の方で荷は建前である、と。


「詮索はなしだ」

「元より興味もない」


 ジンにとって重要なのはあくまで糧の有無、他人の事情ではない。だから深く追求せず、受け入れる。


「今回の出来によっては次も頼むかもしれん。くれぐれも頼むぞ」

「次回云々はどうでもいいが、エドの顔を潰す真似はしない」

「ちっ、可愛げのないガキだ。……あー、それとなジン、もしその小包を――――」


 馬に乗り、馬車をゆっくり発進させたジンへ向け、ビガンダは本依頼最後の要項を伝えた。

 しかしジンにはその意味を理解することができなかった。


   ◇


 ファルカッタ~サージュ:街道


 舗装されていない道を馬車が行く。

 目指すはサージュ、ファルカッタみたく治安が悪いわけではないが特産も特徴もない普通の街。


 二頭の馬の尻を荷車備付けのベンチシートから叩くジンは、通常ならば到着に5時間はかかるであろうこの道行を半分でこなすつもりでいた。故に走行速度は傍目から異様なほどに速く、荒っぽい。

 速度を出せば馬は疲弊し、荷車は痛み、荷は壊れかねない。だから速度は出したくても出せない。――これが馬車を用いる運送業のジレンマであるが、ジンはそれらを解消できる。馬や車体を強化し、荷を衝撃から保護できる。だから割れ物があろうとお構いなしに爆走できる。

 ちなみにビガンダはジンがそんなチカラを持っていることを知らない。ジンのチカラを真に理解しているのはファルカッタにおいてただ一人、イングリンのみである。


「ヘーイ」


 ふと、馬車を駆るジンの前方にバッグを背負って親指を掲げる若い女性が現れた。


「どうどーう、止まれ馬面ー」


 黒髪のコーンロウ、花と蝶のタトゥー、オフショルダージャケット、タイトスカート……情報屋ピンチ。


「サージュまで乗っけて――――」


 誰が馬面だ、と脳内でツッコみながらピンチの声を後方へと流したジンは、飲料水をウエストバッグから取り出し、蓋を開けて飲もうとするが……ギャシッッと哭きながら馬車は止まる。


「脳みその代わりにクソでも詰めてんのかテメー」


 ピンチは片手で荷車の後部を掴み、馬車を強制停止させた。慣性に引っ張られることもなく、前に進まんと抵抗する強化された二頭の馬の奮闘も無為なものにしている。


「おらどけ」

「ちッ」


 ずいとジンの隣に腰かけたピンチは煙草を取り出し、着火。ジンに白煙と悪態を吹きかける。


「止まる素振りくらい見せろっつーのクソガキ。ほら、出発」


 裏拳を顔面に叩き込んでやろうかと真剣に悩むジンは怒りを抑え、馬車を再度発進させる。同時に、横目でピンチへと視線を送る。


 情報屋ピンチ、彼女は平民であって平民ではない。その正体は不明であり、彼女の行使する『魔法』が謎を深めている。

 秒を切る魔法発動速度と、総重量二トン以上で時速30キロもの速度で移動するこの馬車へ瞬時に追いつき、あまつさえ引きずることなく片手で止める強化具合が証明するように、彼女の魔法練度は不自然なほど高い。高度な魔法教育を受けているのは明らかだが、その点が魔法のエキスパートである征道士でない部分とどうしても矛盾する。

 魔力を持つ神の御子の中にも魔法は使えるが征道士にならない者は当然いる。しかし昨日のひと悶着でも言っていたように、ピンチは自身を神の御子でなく、あくまでスラムの情報屋であると定義している。


「あ? んだよ」

「別に」


 ピンチが訳ありなのは確かだが、聞いたところで答えが返ってこないのは明白。そしてジンは自分がそんなことに興味を持たないこともわかっている。だから深く追求しない。


「出たwチラ見してたくせして無愛想に振る舞って誤魔化す系思春期ww毎夜オレをオカズにちんぽしごいてる分際で興味ないですよ感出してんじゃねーよ童貞。マジ痛すぎw」


 とことんジンを虚仮にするのが好きなピンチはすこぶる愉快で品のない笑みを掲げ、ジンの肩へと腕を回しながら頬を寄せ、囁く。


「クソ童貞が土下座して頼むんならズリネタ提供してやんよ。好きな言葉耳元で囁いてやっから言ってみな。ただし一文字10万ガネルね。これでしばらくオカズには困らな――」

「所々言ってる意味が分からんが、とりあえず離れろ。お前の鼻からそよいでる毛が頬を撫でて気持ち悪いんだ」


 後ろを向いてコンパクトケースを睨みつけつつ鼻毛を抜くピンチと、なんとなくキモイのでパイル生地のリストバンドで頬を拭うジンの付き合いは三ヶ月ほどになる。

 二人はイングリンの紹介で出会っており、ピンチ的にはイングリンからの依頼という形で、ジン的にはイングリンからの指示という形で関わっている。

 とはいえ、本人達は気乗りしていない。ピンチ的には面倒だから誰かに投げたいと思っているし、ジン的には誰かと代えてほしいと思っている。


「ちッ、足に使ってやろうかと待ってたらこれだ。生娘だったら自殺もんの情報仕入れさせんじゃねーっての」

「なんで俺が今朝サージュへ行くと知ってるんだ。ビガンダやエドから依頼内容を聞いていたのか?」

「どんなに小口であろうとあの二人が依頼内容を他へ漏らすわけねーだろ」

「なら、なんで」

「そもそもオレがやるはずだった依頼だからに決まってんじゃん」

「は?」

「ビガンダ商会はサージュへの定期運送を五十日に行なってる。だが長距離運送の護衛に割ける人手が今はない。そこでビガンダのおっさんはオレに人手の調達もしくは運送の代行を依頼してきた。でも人集めもお使いもダリーじゃん? だからアンタを文無しにしてその情報を売ってやったわけ。脳筋で駆け出しのアンタならより低費用かつ確実な運送に起用できるとビガンダのおっさんは踏み、オレに喜んで情報料を払う。文無しで駆け出しでしかもエド経由で来た依頼をアンタが請けないわけないんだから、これでオレは労せずして金を稼ぎ、ついでに予定されてた仕入の足も確保できる、ってハナシ」


 明るみになったピンチの采配にジンは思わず彼女を凝視してしまう。


「お前はもともと今日、サージュに行く予定があったのか」

「そう言ってんだろハゲ」


 ありとあらゆる条件と状況と手段を組み合わせ、ピンチは異なる事情と境遇の者を裏から繋ぎ、数多の利を生んだ。これが情報の怖さであり、保有する者の強かさであり、操る者の狡猾さである。


「良い品質のものを安く仕入れて高く売って利益を出すのが商売の理想と現実。じゃあ悪くはねーけどまあまあの品質のもので利益を出すにはどうすればいいと思う?」

「数を多く、値を安く、広い市場で売る。だから俺の情報をダンナやビガンダに、いや、まさか」

「そ、各方面に安く売りまくってやったし。はいこれ依頼書」


 ばさりと音を立ててジンに渡された依頼書の数は、なんと24件。無論その全てがピンチ預かりで、仲介手数料はしっかりと確保されている。


「今週と来週は寝る間もないほどクソ忙しくなっから感謝しな」

「…………」

「なに、ムカついたん? おねーさんに嵌められてムカついちゃったん? ざまぁww」


 いい気味だと言わんばかりにまたもピンチはジンを嘲る。しかし。


「確かにムカついた。でも、見事だとも思う」


 ボロクソに罵倒されようと、欠片も好きになれない人間性の持ち主だろうと、ジンは確かにピンチを通してあらゆる"色"を観測できている。だから付き合いは続く。続いてしまう。


「……きっも」


 心底気味が悪そうに煙草を投げ捨てたピンチは後ろへ寝転がった。興が冷めたらしい。


「仕入ってのは、新しい仕事のか?」

「山猿のアンタにできるカスみたいな依頼があれば回してやんよ」

「魔獣系があったらくれ。変異個体とか上級大型が望ましい」

「んなもん普通に征道士とか王都近衛隊とかの仕事だっつの」

「王都近衛隊?」

「王族直轄の精鋭騎士団で、変異個体とか上級魔獣の討伐は基本こいつらの仕事なんだよ。単独でも一級征道士の10~20人前は強いって噂」

「へぇ、歯ごたえありそうだな」


 見かけたら喧嘩を売ってやろう、そんな魂胆を脳内で育てているジンへ向け、ピンチは呆れたように息を吐く。


「口を開けば喧嘩だ勝負だ闘争だ、他にやりたいことないわけ?」

「…………」


 ジンはこの問いに答えられなかった。その答えを持っていなかった。

 今のジンには目標がない。己を取り巻く環境や、実なき不文律と宗教観に支配されたヒュムズ国から夢や希望が見出だせる訳がない、そう失望している。


「しょーもない奴。クソして死ね」

「ッ、そういうてめえにはあんのかクソアマ」

「年上に向かってなんだその言葉遣いはァァァァ‼」


 キレたピンチは伸縮式警棒をジンの眼に突き刺そうと襲いかかった。

 乗車拒否も鼻毛も流せるのになぜそこでキレる? という疑問を感じながらジンは意味不明な暴行をひょいといなす。


「ま、オレも特にねーけど」

「だろうな」


 ピンチの返しにジンは納得を、そしてシンパシーを覚えている。何故なら彼らには二つの共通点があるからだ。

 一つは存在を定義するチカラ、『(コウ)』の大きさにある。一つのことを長年積み重ねてきた者が持ち得る定向進化の証、高質量の吼がジンと、そしてピンチには備わっている。

 二つは不退転の信念の象徴、『煌めき』の有無にある。己と世界の可能性を未だ見出せないジンの煌めきは日々失われていて、ピンチにはそもそも煌めきがない。


「あー、つまんね。いっそ伝説の悪魔あたりが復活してこの国めちゃくちゃにしてくれりゃいいのに」


 特定の誰かに向けたものとは思えぬ無機質なピンチのつぶやきは馬車の音にかき消され、空へと昇らない。


「……そんな幻想譚、ありえないだろ」


 ジンの乾いた言葉もまた誰も受け取らない。地に染み込まない。


「冷めること言うなボケ」

「…………」


 ジンとピンチは行く。

 決して仲良くもなく、好意的でもなく、絆など皆無な二人は言葉を交換し、ほんの少しだけ想いを共有し、乾いた風を浴びながら宛てなき道を進む。


 彼らの歩みはまだ、始まらない。


【人物】

※世界最高のロックバンド、Hedwig and the Angry Inchより

エド = 仲介屋のオカマ

ビガンダ = 商人

イングリン = ヤミの請負人の古株

ピンチ = 情報屋

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