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第二話

 とある昼下がり、陽の差し込まない物置小屋にて二人の男女がテーブルを挟んで向かい合っている。


「で、なんでそのおっさん生かしてんだよテメー」


 虎のように鮮やかな黒髪のコーンロウ、大きく胸元をはだけさせたオフショルダーのジャケット、ふくよかなデコルテに刻まれた花と蝶のタトゥー、タイトスカートにロングブーツといった装いの若い女性は、この物置小屋の住人である少年に煙草の白煙と苦言を吐きつけた。

 その見目は万人が美女と称するほどに整っているが、醸し出される雰囲気は稀有な美を怖気に変えるほど刺々しく、そして荒っぽい。


「操る技がかなり希少だった。滅びるには惜しい」


 物置小屋に居を構えるやや癖のある黒髪の少年は、吐きかけられた白煙の向こうで顰められている女性の顔を眺めている。

 水浴び後ということもあり、中年から受けた傷痕が目立つ上質な筋肉に覆われた上半身を露わにした様に恥じらいは見えない。女性も気にしてはいない。


「駆け出しが一丁前に私情挟んでんじゃねーっつんだよ。そもそもオレが持ってきた依頼は特定の一人を殺すことであって皆殺しじゃねーんだが」


 22歳と年若い彼女の生業は端的に言えば『情報屋』である。荒事を秘密裏に行ないたい者と、それらを請け負う裏稼業に勤しむ者、彼らの仲介を賄っている。

 片や少年はヤミの請負人としてデビューしたばかりの新米も新米。にもかかわらず此度の依頼内容を自己解釈で歪め、それによって齎されるかもしれない不利益を度外視した行動を取った。故に少年は強く出られない。


征道士(神のパシリ)がいくら死のうと知ったこっちゃねーから目撃者を殺して口封じするってのは百歩譲っていい。ただ故意に一人残すってのは流石に看過できねーぞ」

「多分大丈夫だ。あいつに事を荒立てようなんて気概はない」

「根拠は」

「目を見て、仕合ってみてそう思った」

「もういい。後処理の手間賃と契約違反の賠償金払えクソガキ」


 少年なりの根拠を差し止めた女性は金銭を要求した。

 そうなることがわかっていた少年はまとまった紙幣を机上に置く。その額は70万ガネル。


「足んねーよカス」

「これが今ある金の全部だ。あとは小銭しかない」

「はっ、全財産賭けてまでそのおっさんとよろしくやりたかったってか。今度男色の娼館紹介してやんよ」


 札束を腰のバッグに仕舞った女性は煙草を床に捨てて踏み消した。目の前の灰皿を無視するあたり、ご機嫌の斜めさが窺える。


「ったく、世間知らずの山猿に仕事回してやってるだけ感謝しやがれっつーの」


 女性が少年を山猿と揶揄するのも仕方のない話である。少年は15歳になってまだ半年も経っていないほどに若く、そしてヒトの群れが織り成す共同体に混ざって生活を始めてまだ三ヶ月しか経っていないことから、俗世の常識や倫理にかなり疎い。


「また同じことやった時は請負人自体クビだ。足がつく気配感じたら征道協会に叩き売るからそのつもりでもいやがれ」


 彼女の言う【征道協会】とは、主神グリムを崇めるグリム教を信奉する宗教団体である。

 神の御子である貴族のみが所属できる、国内において最大派閥・最高権力を有するこの組織に征道士が属している。


「わかったかよチンカス野郎」

「……肝に銘じる。手間をかけてすまん」


 今回のことは好敵手と仕合う武人としての悦びを優先させた自分に非があると理解している少年は頭を下げて謝辞を述べた。――内心キレそうになっている己を辛うじて律しながら。


「ちッ、太々しいのか素直なのか。マジ絡みにくいわコイツ」


 口こそ悪いが少年の持つ野生児ゆえの純粋さを女は理解している。だからこそ接し方に難儀するあたり、彼女の荒んだ性質を物語っている。


「疑問なんだが、貴族と積極的に関わるつもりはないと言っていたお前がなんで今回の暗殺依頼を受けたんだ?」

「上客の紹介なんだからしょうがねーだろ。オレだって共食いになんざ関わりたかねーよ」


 女性の言った共食いという表現は此度の依頼において的を得ている。

 事の発端は貴族間での恋慕の拗れであり、依頼者が婚約していた女と不貞を働いた男(暗殺対象)への報復という理由だったからだ。しかしこれを不貞とするかは主観によって食い違う。


「調べてみたところ、そもそも女は家同士が勝手に決めた婚約に納得なんざしてなかったらしい。依頼人を嫌悪こそしてねーけど本人にその気は全くなし。暗殺対象と真っ当に恋愛してたにすぎねーわけ。まぁ貴族のお家柄上、よくある話だわ」


 仲介を担う情報屋は依頼を生むに至った事情や経緯を正確に下調べした上で受諾を決定する。その上で女性は此度の依頼を受け、少年に外注した。無論、依頼完了または解消や取消後も同様である。


「それでもいまいち理解できないんだが、恋敵がいなくなったからって女が依頼人を愛するわけじゃないだろう」

「遠巻きから葬儀見てきたけど、咽び泣く女の肩を抱きながら歯の浮く言葉をニチャりながら吐いてやがったぜあの依頼人。女を堕とすにゃ悲劇と不幸が一番だってことを知ってやがるのさ。まぁ席も空くし、暗殺が一番手っ取り早いわな。もちろん新たな男の気配が出れば以下繰り返し」


 彼女は此度の一件のその後も仔細に把握しなければならない。その義務と責任がある。これらの手間はやはり少なくなく、女性が相応の賠償を少年に請求するのは当然でもある。


「女も女で悲劇の主人公っぷりが板についてたぜ。そのうち愛する男を暗殺したクソだとも知らず、依頼人に依存して身も心も操もどっぷり捧げ、子沢山でシアワセな家庭をびっきびきに築くんじゃねーかな。クククッ」


 女性は愉快そうに一連の解説を締め括った。やはり彼女の性根は善とは言い難い。


「……馬鹿しかいないのか」

「そんな馬鹿がいるからこそオレらが潤う。だから無駄に殺したりせず、搾り取り方を覚えな」


 悪道の見本をこれでもかと示した女性は無為な殺生より有為な搾取を少年へ推奨した。しかし少年は苛立ちを含みながらこれを否とする。


征道士(あいつら)は普段、己は神の御子であり国から認められた強者だと偉ぶっておきながら、いざ殺されかければ無様に命乞いをする」


 少年は嫌悪している。――獅子身中の虫の唾棄すべき脆弱さを。


「暗殺対象の男も、廃屋の中で性行に耽っていた女征道士が危機に陥ろうと怒りもせず、生きて恋人と再会するために奮闘する気概も示さなかった」


 少年は憎悪している。――譲れないものに己を懸けられない貧弱さを。


「そんな弱い"色"――、とことん塗り潰す」


 少年の冷たい目は言っている。――弱さとは罪であると。


「はっ、一文にもならねー」


 呆れるように少年をいなした女性は席を立つ。


「帰るのか? 帰るんだよな?」

「嬉しそうにしてんじゃーよ。つかテメーも支度しな。エドが店に顔出せってよ。多分依頼」

「あのオカマのところか……」

「文無しに拒否権なんざねーだろ」


 少年はワインレッドのカットソーに黒いショートパンツを履き、小銭をポケットに突っ込んで身支度を整えた。


「すね毛がキメー。男が短パン履くな」

「最近そんな意見もあるが漏れなく一過性の流行に流されてるだけだから無視していい、あんたはしっかり似合ってる、文句言う奴がいたら説教してやるから教えろ、とエドが言っていた」

「言ったら殺す」


 二人揃って小屋を出ようとした時、少年は足を止め、鏡の中の己を見つめ始めた。


「偶にそうやって鏡の中の自分凝視してっけど、それはマジでキメーから」

「……ああ」


 女性からすれば、色気づいて己に陶酔する思春期の様に見えているのだろうがそれは誤解である。

 少年は確認したのだ。そして、落胆したのだ。色気づけられない今の自分に。


   ◇


 舗装されていない荒れた表通りを歩く両名は方向を同じくしていた。

 二人の佇まいは双方が発育と発達に富んだ見てくれであることから、背丈は170前後と大差ない。


「んー、良い天気。陰気くせーアンタが隣にいなきゃ実に仕事日和だわ」

「俺程度の陰気じゃこの町の薄汚れた色はどうにもならない」


 そんな二人の周囲には廃れた木造の町並みが軒を連ねていた。

 手入れが行き届いていないあばら家、汚れとほつれに塗れた痩せた住人、昼間から酒に溺れている者と、健全のけの字もない空気がこれでもかと蔓延している。


「またそれかよ。そのイロとかコウとかってのは結局なんなわけ?」

「なんでもない」

「教えろクソガキィ!!」


 突然キレた女性は少年を殴打しようと、腰に差した伸長する金属製の特殊警棒を抜き放って振り下ろした。

 常人ならば殺されかねないほどの勢いで繰り出された攻撃をひょいと受け止めた少年は、毎度毎度意味不明な点で暴力的にキレる彼女の性格に困惑してしまう。


「今キレるとこだったか?」

「さぁ」


 彼女の精神構造もまた少年の行使するチカラと同様に不可解である。

 ちなみに、少年の持つチカラや独自の価値観を女性は理解していない。億劫さから当の少年が説明していないのだ。


「いやがったな」


 ふと、女性と少年の前に一人の筋骨逞しい男が拳を鳴らしながら立った。


「またテメーかよ……」

「今日こそ金を返してもらう。返せねえってんなら、わかってんだろ」


 どうやら男は女性に用があるようだった。しかし少年的には見慣れたやり取り、事情も理解している。


「いい加減片したらどうだ」

「あんな暴利誰が払うかっての。つかコイツなんだかんだ言ってオレとヤリてーだけなんだよ」

「一発で120万がなしになるならヤレばいい。むしろ断る理由がわからん」

「異物を体内に入れなきゃなんねー女の葛藤と嫌悪は穴と見れば突っ込むだけの男とは次元が違えーんだよクソ童貞」


 それは確かに本質が違ってくるかもしれない、そう少年は女性の言に納得した。


「俺を無視するんじゃねえ! 小僧は口出しするな!」

「うるせーなもう。ほれ、見下げ果てたクソ発言の詫びに威嚇して昏倒するアレかませ」

「依頼なら70万で請け負う」

「さり気に支出回収しようとしてんじゃねーぞテメー。ここまでクズだとは思わなかったわ、二度とオレに話しかけんな」

「先月ほぼ同じことをお前にされたわけだが。鏡を凝視しないといけないのはお前じゃないのか?」

「覚えときな、正論を盾にしないと女に言い返せない男って超絶ダセーから」

「どうしろってんだ……」

「だから俺を無視するんじゃ――、うぉ⁉」


 バシュッと空を切る音と共に女性は砂埃を撒きあげながら跳躍、小汚い長屋の屋根に着地した。女の身では考えられない跳躍力を目の当たりにした男は驚愕に歪む。

 女性が瞬時に駆使したのは身体強化魔法であった。足元に円形の魔法術式が展開され、充当された魔力が身体を強化するのに費やされた時間は僅か0.5秒。これは先の中年のような熟練の征道士より優れた魔法行使速度である。


「魔法⁉ てめえ貴族、神の御子だったのか⁉」

「はっ、オレは貴族でも神の御子でもねーよ」


 狼狽える男と呆れた様子の少年に対し、女性は中指を立てた。

 そして青々とした空の下、女性は威風堂々名乗りを上げる。己が何者であるのかを。


「信頼と実績の情報屋、ピンチだっっちゅるの」


 ――噛んだ。思いを一つにした男と少年、そして情報屋ピンチの時は止まり、そして動き出す。


「二人でケツ堀り合ってろバーーカ‼」


 己の失態を罵声でごまかしたピンチは長屋の屋根を駆け出していった。

 男は戸惑いながらもそれを追いかけ、少年はまた溜息をつく。そこへ――、


「いつも賑やかだな、彼女は」


 喧噪が過ぎ去った場へと新たに現れた人物あり。

 少年に驚きはない。何故なら彼の備える感覚の眼はこの新色の到来を察知していたのだから。


「そして、君はいつもナニカに飢えた眼をしている」


 現れたのは、襷掛けされた梅色の着物に藍色の帯を締めた黒髪ショートボブを揺らす見目麗しい女性だった。

 活発でガラの悪いピンチとは対照的に、淑やかで滑らかな空気を纏うその女性は両手に大荷物を抱えながら少年の前に立つ。


「まさか、また人を殺めたんじゃあるまいな」


 女性の真摯な眼は荘厳でありながら射抜くような鋭さを含んでいる。

 差し向けられる強い視線に対し、少年は物怖じも悪びれもせず胸を張り、だったらなんだと返す。その様に女性は深く息を吐く。


「今度我が家へ顔を出したまえ。君に労働と人命の尊さをもう一度叩き込んでやろう」

「また海岸のゴミを拾いながら説教を受けろと? 誰が行くか」

「いいから、来るんだ」

「……ちッ」


 女性の瞳から発せられる覇気に、内在する輝きの眩さに、少年はいつも逆らえない。


「うちの子達もまた君に会いたいと言っている。遊びに行くと解釈したまえ」

「ガキの相手は苦手だ」

「弱きは克服すべし、それが君の矜持であったと記憶しているが」

「わかった。気が向いたらな」


 女性はよしと頷き、少年に別れを告げながら去って行こうとする。

 少年よりやや低い背の華奢な体躯ではままならない大荷物を揺らす様から、少年はまたも息を多めに吐いてしまう。


「寄越せ」


 女性に追いついた少年は大荷物を片手で奪い取り、ずんずんと歩を進めていく。

 その背中を眺めている女性の表情に今日初めての笑みが灯り、軽くなった歩みで少年に並ぶ。


「ありがとう。君はやっぱりいい子だね」

「お前んとこのガキどもと同じ扱いするな」

「ふふ、それは失礼。でも君の予定はいいのかい?」

「エドんとこ行くだけだから、別にいい」

「そうか、ならばエド氏に伝えてほしい。先日寄付してくださった衣料品の数々に『四季守(しきもり)の家』一同、大変喜んでおりますと」


 23歳という若い身空の彼女は身寄りのない子供を保護する孤児院を営み、女手一つで複数人の子供たちを育てている。必然的に背負う荷は多くなり、日々の激務は彼女の身を肥えさせない。


「言っても無駄だと思うが、もっと飯を食え。そのための貢物だろう」


 少年は、いやこの町に住むほとんどの者は彼女に一目置いている。そして相応に心配もしている。

 もし彼女を害する者がいたならば町の住人は暴徒と化し、その者に地獄を見せるだろう。大荷物もそんな彼女への御裾分けである。


「貢物などと失礼な。これは皆の優しさを私が一時的に預かっているに過ぎないんだ。町内清掃や雑務でしか恩返しできないのが本当に悔やまれるが、そんな私にすらこうして気を使ってくださるこの町の方々は本当に温かい」

「……バカ真面目め」


 少年が呆れるほどに彼女は少し、いやかなり鈍い。自身がこの町のアイドル的存在であると自覚しておらず、あくまで子供たちへの良心で接してくれていると信じて疑っていない。


「なんだい?」

「なんでもない」

「そうか、でも女性にバカなどと言ってはいけないぞ」

「なんで一回泳がせたんだ……」


   ◇ 


「ありがとう。ここまででいいよ」


 町の出口に待機させていた馬に跨り、女性はにこやかに少年へ謝辞を述べた。

 聞き飽きた、と言いながら少年は荷が零れないよう、しっかりとロープで固定する。


「ん、君ケガしてるね。どれ」


 少年の襟ぐり広めなカットソーから覗く刀傷に気づいた女性は馬上から手を差し伸べた。


「治りかけだから放っておいていい」

「私が気になるんだ」


 女性の手が傷口に触れない程度に添えられたその時、掌に魔法術式が展開された。

 淡い緑色に輝くこの魔法の齎す効果は回復効果であり、治癒魔法と呼ばれるものである。


「よし、どうだい?」

「問題ない」


 ぶっきらぼうな少年の傷を癒した技は彼女が神の御子である事実を証明している。

 先のピンチ然り、とても貴族らしくない生活に身をやつしている理由を少年は知らない。深堀りする気もない。


「……なぁ」

「ん?」


 ただひとつ、少年はどうしても彼女に問いたい事柄がある。


「あんた、幸せか?」


 寝る間を惜しんだ過剰な労働に勤しみながら子供たちの世話までして、食うに困る裕福とは言い難い生活を送って、辛くないのだろうか。――少年は問わずにいられなかった。


「幸せさ」


 女性はほほ笑みで以て答える。その輝きを倍加させ、少年の陰りを払拭するように。


「こんな素敵な生き方ができて本当によかったと思う。願わくばこれからもずっと、こうして生きていきたい」

「……そうか」


 どこかいたたまれない気持ちになった少年は馬の尻を叩き、馬車を発進させた。

 段々と距離が開いていく少年と女性は今度こそ一時の別れを告げ合うべく、言葉を交わす。


「ではまたな。無闇矢鱈と人を傷つけるなよ」

「余計なお世話だ」


 女性の揺れる背にえも言えぬ哀愁を感じながら、彼女が見えなくなるまで少年はその場から動かず、伸びていく輝きの軌跡を眺めていた。とても寂れていて、とても薄汚れていて、とても荒んだ色彩の中に咲く"煌めき"の花に見惚れ……羨んだ。


「……くそ」


 少年は踵を返し、悪道を進む一歩を踏み出す。

 日々失われていく己の煌めきに、どうしようもない苛立ちを覚えながら。




















「ん?」


 ふと、少年は去っていった女性の色が何故かこの場に残っているのに気づく。

 さっきまで馬が停まっていた場所に目をやるとそこには……ピンク色の豚をモチーフにしたがま口が落ちていた。

 びきりとこめかみに青筋を走らせた少年はそれを拾い上げ、全速力で持ち主を追っていく。


「はぁはぁはぁ、なけなしの金、落としてんじゃねえぞ――、サクラ」

「おぉ、うっかりんご。重ね重ねありがとう」


 鼻を押すとブヒっと鳴るがま口から四季守(しきもり)の家の若き母、サクラは紙幣を一枚取り出した。


「御足労をかけたお礼だ。受け取るのが礼儀だよ」

「……そんなしけた額ならいらん。お陰様で潤ってるんでな、金には困ってない」

「む、人を傷つけて得た糧を誇るんじゃない」

「金は金、汚いも綺麗もないってのがこの掃き溜め――、ファルカッタの真実だろうが」


 流浪人や落伍者や悪党や変人が集まり犇めく、ヒュムズ国の南西部に位置する最低最悪の貧民街(スラム)、それがファルカッタ。


「やはり君とは腰を据えて話し合わねばならないようだ」

「頼むからほっとけ」


 今度こそ少年は予定をこなすべく、明日の日銭を稼ぐべく、暴力と欺瞞が跋扈する町へと戻っていく。――背に浴びせられる約束を受け取りながら。


「今月中には顔を出したまえよ――、ジン」











 後に空撃師と呼ばれる少年、ジンの物語はここから始まる。

 ページを捲る度に出会う数多の色彩に翻弄される彼は、一体どんな輝きを得るに至るのか。どんな汚染に苛まれることになるのか。


 もう一度だけ確かめてみよう。 


【用語】

征道協会(せいどうきょうかい) = 主神グリムを崇めるグリム教を信奉する宗教団体。

ヒュムズ = 四方を海に囲まれた大陸国。

ファルカッタ = ヒュムズ南西部に位置する貧民街(スラム)

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