眠ったフリ姫 ~目が覚めてしまったので、寝たふりをしながら薄目を開けて王子を待つことにした~
瞼の向こう側から強い光を感じて目を開ける。
目の前には黄土色のドーム型の高い天井が広がり、一番高いところが丸くガラス張りになっているようで、そこから外からの強い光がさしこんでいた。
顔の前には白いスケスケの布が掛けられている。視界が悪いので手で退けた。
「眩しいな……」
私はさしこむ強い光から逃れようとして起き上がる。ふわっと、先程退けたスケスケの布が膝の上にかかった。
顔の上にかけられていると思っていたけど、頭からつま先までを覆うように掛けられていたようだ。
「誰よ、こんなことしたの。邪魔くさいな。体も痛いし。さっきから硬いのよ」
起き抜けのぼーっとした夢見心地の頭のまま、ぶつぶつ文句を言いながら、体にかかったスケスケの布を退けた。ホコリがふわっと舞い上がった。コホコホと思わず咳が出た。寝ていた台を見下ろすと、固い石造りの台だった。
……石のベッド? なんでそんなもんの上で寝かされてんの? 昨日寝るとき、ちゃんとベッドに入ったよね?
あたりを見回し、驚愕に眠気が吹っ飛んだ。
石造りのこの天井の高い建物は、外国の神殿のような造りに思えた。
ここ、どこなの?
絶対に、昨日寝る前まで日本の自分の部屋にいたのに。
自分の髪の毛が視界に入り、その金髪のような銀髪のような色合いにギョッとする。地黒の私の肌が、色素の薄い透き通るような白い手をしている。そして、ウエディングドレスのような白い繊細なレースのドレスを着せられていた。正しくは白かっただろうドレスだ。どれだけここに放置されていたのか、日焼けして黄みがかっている。
なんなのよー!
頭を抱えて思考を巡らせていると、途端に、誰かの記憶が流れ込んだ。
魔女の呪いで百年の眠りにつかされたもう一人の私。
日本人としての記憶もあるけど、眠り姫としての記憶も脳内に蘇る。
「私、眠り姫なんだ!」
え? で? どうすればいいの? 王子さまにキスされてないけど、起きちゃったよ?
そのとき、テレビの時代劇で聞いたことのある、馬の駆ける音が聞こえた。
え? もしかして、王子?
どうしよう。とりあえず眠り姫なんだから寝てないといけないよね。私は慌ててスケスケ布を眠らせられただろう当時と同じように掛けた。手を胸の下で重ねる。
カツカツと足音が近づいてきて、私のすぐそばで足音が消えた。代わりに人の気配を感じる。チロッと薄目を開けてみる。スケスケ布越しに王子だろう男の顔が見えた。
……こんなの予想外だ。
目に入ったのはドテッとした大きな、幅の広めの体型の人だった。理想の金髪碧眼ではあるけれど、顔もぶよっとして大きめで目は細く口は大きい。外国人なのに鼻もべちゃっと低めだ。顔は汗ばんでいて、はぁはぁと息が漏れている。
正直、生理的に無理だと思った。
だって、眠り姫は王子にキスされて、眠りから目覚めて、結婚してハッピーエンドだったはずだよ? 結婚てことは、あんなことやこんなこともするんだよ? 無理だよ!! つわりじゃなくても吐いちゃうよ!
ムリムリムリムリ!
この人にキスされんの? いやなんだけど! でも嫌がって目を覚ましたら、そのまま望まないハッピーエンドにおとぎ話のストーリーどおりに事が運ばれるかもしれない。
かつて日本人だった頃に培った、面倒な親の話を避けるためにしていた渾身の眠ったフリをすることを決意した。
「スマホの操作法が分からない」「パソコンが動かない」などの面倒事を持ってくるときの親は、その時間帯と足音でなんとなくソレと分かるのだ。
極限まで気配を消すのが肝心だ。親が相手なら寝返りも一つの手ではあるけど、この場でそれは得策ではない。
スケスケ布をとる気配を感じて目を閉じる。
「なんと美しい姫だ」
うるさいっ! あっち行けっ!
私の心の叫びは予想通り通じることはなく、王子のベタっと湿った唇が、私の唇に重なった。なんともいえない生温かい肉厚の弾力を感じて気持ちが悪い。
そもそも何で、初対面の眠った女相手にキスしようなんて思えるの? やってること痴漢じゃん! そう思ってハッとした。
キス以上のことしないよね……?
起きたら負け。でもキス以上のことをされる可能性に不安を感じながらも、なんとか眠ったフリを続けた。
気持ち悪いくらいの長いキスの間に、王子の汗と思われる生温かい液体が私の頬に滴り落ちた。
本当ムリだから!
キスが終わったあと「ゲフッ」とゲップの音が聞こえた。更に無理だと思った。人に勝手にキスをしておいてゲップなどしないでほしい。
少しの間のあと、気配が遠ざかり、カツカツと遠ざかっていく足音が聞こえた。
薄目を開けて視線だけで辺りを見回したあと、少し上体を上げて更に広範囲を見渡した。誰もいなくなったようだ。
ふぅと一息ついた後、先程頬に落ちた王子の汗と思われる液体が顎へと流れた。あの王子の姿を思い出し「おえぇ」と吐き気を催した。口を押えたついでに先程の気持ち悪い感触を拭うように、ゴシゴシと手の甲を動かした。
キスだけでこれだ。目を開けなくて良かった。
しかし……王子は去ってしまった。突発的な出来事で思わず一時の感情を優先してしまったけれど、これで本当に良かったのだろうか。
私は一国の姫だけど、魔女の宣言どおりなら百年が経過している。この場合の私は孤児ではないか。誰か庇護者を見つけなければ餓死する運命だ。
今追いかければ間に合うかもしれないけど、やっぱり生理的に受け付ける気がしない。だいたいあの人が本当に外国の王子なら私だけが嫁ではないだろう。なんかそれも嫌だ。ますます気持ちが悪い。
そう思っていると、また馬が駆けるような蹄音が聴こえた。私は慌ててスケスケ布を頭から被る。さっきと同じように眠ったフリをした。
二人目とかあるの? 王子って国に一人じゃないの? あ! さっきの兄弟? もしかしてさっきの王子戻ってきた?
いや、蹄音が聞こえたからといって、ここに来るとは限らない。そう思いながらも少しの不安が眠ったフリをやめさせてくれない。
カツカツと足音が響いて、私の傍で消えた。服の擦れる音で屈んだのが分かった。
薄目を開けてチロリと視線を上げる。そこにはスマートな体型の長身の王子と思われる男がいた。紫がかったグレーの髪に薄茶色の切れ長の瞳。ぶっちゃけ格好いい。
正直、イケると思った。
スケスケ布に手をかけるのが見えて、目を閉じた。
「なんと美しい姫だ」
お褒めの言葉ありがとうございます。
顔が近づき、唇が重なった。今度は気持ち悪いとは思わなかった。が、そのとき、口の中に生温かい柔らかい滑らかな塊が入ってきた。
キスされる時に、唇に力を入れていると起きているのがバレる。だから、あえて全身の力を抜いていたことが敗因だった。
舌を入れられた! 気持ち悪い気持ち悪いキモチワルイ! なんてことするの! こんな無防備に寝ている美少女に!
眠り姫の記憶は少し蘇ったけれど、曖昧なところが多くて、自分の年齢も顔も分からない。私は眠り姫の物語と自分の曖昧な記憶を重ねて、今の自分は美少女だとなんとなく思っているけれど、百年の眠りにより、老女になっているのかもしれない。
いや、王子たちが言う「なんと美しい姫だ」と言う言葉が物語の設定上の定型句だとしても、老女の唇をあのくらいの年頃の男が次々と奪うとは考えられない。
……もう何も信じられない。
初対面の女の唇を奪い、あまつさえ舌まで入れるなんて破廉恥よ! こんな男、連れて帰られたら心が結びつくよりも早く体を結び付けられてしまう。そんなの嫌だ。怖い!
私は必死に眠ったフリを続けた。
「おかしいな……」
ボソッと呟く声が聞こえた。もしかしたら舌を入れられた瞬間ビクッとしてしまったから、起きていると勘づかれたのかもしれない。そんな不吉な予感がしたが、それでも眠ったフリを続けた。
しばらく、腕を突いたり、頬を突いたり、最終的には胸を突いて生体反応を調べられたが、頑張って脱力し続けた。そうすると、諦めたように去って行ってくれた。
スケスケ布取ったんだから、もとあったように掛けて行ってよ!
私は先程と同じように、ソロっと薄目をあけて、視線だけで辺りを窺う。次に少しだけ上体を上げて安全確認をした。そして、バサッと起き上がり唇を手の甲でゴシゴシと拭った。うがいがしたい。
掌を顔にあててはぁーと息をつく。
日本人時代も彼氏いない歴=年齢だったので、日本人時代を合わせても、あの生理的に無理だと思った王子がファーストキスの相手になる。さっきファーストキスを経験したばかりの私がもう舌を……。
穢された! もうお嫁にいけない!
口の中に舌を入れられた。胸を指で突かれた。ひどい。なんてことを……。
涙が出てきた。なんでこんな目に合っているんだろう。さっきまで日本人で、貞操の危機なんて欠片も感じず、柔らかいベッドの上で安心して寝ていたのに。
眠り姫の両親は娘の安全のために結界を張ろうとは思わなかったのだろうか。生れたときのパーティに魔女を十人以上呼んだのだから、そのコネクションを十分に活用してほしかった。
頭がネガティブ思考に占拠されて悲しくなってきたので、きっと百年の間に結界の効力が切れてしまったのだろうと思うことにした。
さめざめと泣いていると、また馬の蹄音が聞こえてきた。私は反射的にスケスケ布を被り、眠ったフリをした。
これはもう物語の設定による強制イベントなのかもしれない。なぜか、ここにいないといけない。眠ったフリをしなければいけない。そういう気持ちから逃げられないのだ。
カツカツと足音が近づいてきて、私の傍で止まる。私はまた薄目をあけて王子を確認した。金髪碧眼。最初に来た王子と色合いは一緒だけど、配置と作りが全然違う。童話の中の王子様そのものだった。端的に言ってイケメンだ。
正直イケる。むしろイキたいと思った。
だけど、理想の王子であるほど、自分みたいな穢れた女がこの素敵な王子の伴侶になりたいなど考えてはいけない気がした。
スケスケ布を取ろうとしているのが見えて、目を閉じた。
「なんと美しい姫だ」
お褒めの言葉を賜わり、恐悦至極にございます。ですが私は……。
王子の冷たい唇が私の唇に重なった。ピタッと重なるその唇に清涼感さえ感じた。しかし、穢れてしまった私は、意地でも眠ったフリを続けた。
努めて体の力を抜き続ける。
そして、唇が離れてしばらくの間、観察されている気配を感じた。目を閉じているのに視線を感じたのだ。それでもなるべく浅い呼吸を心がけた。息なんていつまでも止めていられないのだから、最初から止めない。浅~~~~い呼吸でやり過ごすしかないのだ。
しばらくして、諦めたように去って行った。
酷く心はすさんでいた。さっき起きたばかりなのに私の唇は既に犯されっぱなしだ。軽く死ねる。生娘なのに。こんな神殿みたいなところだけど神様なんて絶対にいない。こんなにかわいそうな私なのだ。いたら一人ポツンと横たわる私に慈悲をかけてくれたはずだ。
一人目があの王子だったら喜んで目を開けたのに。
四人目の王子が来た。もう完璧に私はやさぐれていた。
茶髪にギョロリとした色素の薄い緑がかった瞳。なんとなく怖い感じがした。たぶんこの目で見られると蛇に睨まれた蛙のごとく身動きがとれなくなるだろう。
キスされている間も当然のごとく眠ったフリを続けた。もう眠ったフリもお手の物だ。そのうち本当に眠ってしまいそうなくらいだ。
そして、五人、六人と続き、もう好きにしてくれと、半ば投げやりになっていた。
十人目になったときには唇がヒリヒリしていた。もうなんでもいいから、せめてリップクリームが欲しい。なんなら、サラダ油でもいい。マーガリンの方が感触的にいいかもしれない。
もしかしたら、私が目を覚ますまで王子たちとのキスイベントは続くのかもしれない。絶望しかない。
三人目の王子まで巻き戻せないかしらと開き直って考えていた頃、十一人目の足音が聞こえた。
薄目を開けてビクッとしてしまった。その三人目のイケメン王子がいたのだ。だけど、さっき寝たふりを続けてしまった手前、何事もなかったかのように起きるのはなんとなく後ろめたい気がして、やはり眠ったフリをした。キスのあと、王子が頬を突いた。
嫌な記憶が蘇る。まさか、この王子も胸を突いてくるのではないか。幻滅だ。
「ねぇ。起きてるよね?」
その言葉に思わずビクッと体が震えてしまう。それでも目を閉じたまま頑張る。自分でも意味の分からない意地がそこにはあった。
もう一度、頬を突いてきた。
「絶対、起きてるよね? ビクッとしたよね? ……起きないならいいよ。目を開けるまでここにいるから」
そう言って、しばらく私の顔の横に腕を置いて、私の顔を覗き込んでいるような気配がしたが、諦めたのか、服の擦れる音が聞こえて、帰ってくれると内心安堵した。
……気のせいだった。座りなおしただけだった。なんとなく、私が眠る石のベッドに体を預けてもたれかかっているのが分かった。眠ったフリを一日の間に十人分こなした私だ。気配で行動を察知する術に長けてきた気がする。
……というか、早く帰ってはくれないだろうか。
瞼の向こう側に感じる光が弱まり、日が暮れてきたのだろうと悟った。夜道は危険だからそろそろ帰ってはくれないだろうか。
しかし、さっきまでの王子たちの来所頻度を考えると他の王子が二、三人来て王子同士が鉢合わせしてもおかしくない。
なにか設定上の縛りでもあるのだろうか。馬の蹄音さえ聞こえない。そんな大事なような、どうでもいいようなことを考えていたその時だ。
「くぅー」っと私のお腹が空腹を全力で告げた。許してほしい。今日一日、いや、もしかしたら百年以上なにも食べていないのだから。自分から見える範囲の体を見る限り痩せこけた印象はなかったけど、それも設定上の縛りによるものなのかもしれない。
お腹がなった=起きているとは言い切れない。寝ていてもお腹は鳴るのだ。そう自分に言い聞かせて、眠ったフリを続けた。気付いてくれと言わんばかりにお腹の虫が鳴りやまない。
「くぅー」というかわいらしい虫の悲鳴が、「ぐー」という音に変化して「ゴー」だの「きゅるるるるる」だの「ポー」だの好き勝手に鳴き始めたころ、王子が我慢できないと言わんばかりに爆笑しだした。
「ぶはっ。はははははははっ。ははっ。はっ。辛い! もう我慢できないよ! おっかしぃ! 笑いすぎてお腹がっ! ははっ。ねぇ、起きてるんでしょ? もう観念して目を開けてよ。なんでそんな頑なに眠ったフリするの?」
自分でもなんでこんな頑ななのか分からないけど、それでも私は目を開けない。もうこれは仁義なき私と王子の闘いだ。絶対に負けられない戦いだった。
王子がもう一度、私の頬を突いた。
「ねぇ。お腹の中にいったい何匹虫飼ってんの? 城に来てよ。ごちそうするよ?」
答える気はないが、強いて言うなら五匹だろうか。
しつこいが、目は開けない。呆れたのか諦めたのか分からないため息を王子が吐いた。
「……分かったよ。じゃあ、僕帰るね。この辺は夜になると野犬が出るから気をつけてね。本当は連れて帰って保護してあげたいけど、今日は馬車じゃないんだ。本当に寝てるんだったら馬に乗せることは危険でできないからね。……本当に行くよ。帰っちゃうよ?」
額から冷や汗が流れるのが分かった。野犬に噛みちぎられて死ぬのなんて絶対にいやだ。怖すぎる。王子が私の額の汗を手で拭って言った。
「じゃあね」
王子は踵を返しただろうか。まだ間に合うだろうか。王子に見つかる恐怖と野犬に食い殺される恐怖を天秤にかけ、どちらが得策なのか結論を出せない。完璧に思考がこんがらがっていた。今日一日で色々ありすぎたのだ。私は不安を抱えながら、チロっと薄目を開けた。バチッと目が合って反射的に目を閉じた。
「……今、目があったよね? 瞼が震えてたよ?」
王子は「はい、君の負け―」と言いながら、私の上半身を無理やり抱き起こした。
「目を開けないんだったら、イタズラしちゃうよ? ここで、このまま」
そんなのイヤ! そう思ったときにはバッチリと目を開けてしまっていた。
「ふふっ。野犬なんて嘘だよ。ここは王族しか入れない結界が張ってあるからね。君が目覚める百年が経った。それを王族が知ったのは昨日のことなんだ。だから僕の兄弟が次々と来たでしょ?」
昨日、私に呪いをかけた魔女の末裔がやって来て、眠り姫の私が王子の口づけで目覚めると伝えたらしい。呪いをかけた魔女は百年も経ったら気が済むので、教えてやってほしいと末裔に遺言を残していたそうだ。ちなみにその遺言とやらは昨日再生されるように設定されていて、その末裔の前にホログラムのように現れたようだった。
百年も経てば魔女の呪いにも綻びが出たのだろう。王子にキスをされる前に私は目覚めてしまい、頑なに眠ったフリを続けた。
城では、一人王子が帰るごとに、「じゃあ次は俺が行ってみるよ」とリレー形式で、代わる代わる王子が足を運んだらしい。なるほど。王子たちが鉢合わせしないわけだ。
二人目の王子、ディープなキスをしてきた王子は、私の反応で起きていると感じたらしいが、どこを突いても目を開けない。城では「おかしい。起きてると思うんだけど」「絶対おきてるよね?」などと言いながら引き継ぎが行われたらしい。
そして十人全員が完走して、他の王子たちは「これだけ行って目を開けないんだから、本当に寝ているのだろう。明日馬車で迎えに行こう」と言ったらしい。
いくら結界があるとは言え、本当に起きていたら、夜暗くなってから不安にかられるに違いないと、この第三王子が再度、駆けつけてくれたそうだ。
「どうして寝たふりを続けてたの?」
「だって、怖かったんだもん! 次々と知らない人が来て当たり前に口づけしていくんだよ? 怖いよ! 正直気持ち悪かったよ! どんな神経で初対面の女の唇を奪っていくのか考えたら恐怖でしかなかったよ!」
私はそう叫んで、子供のようにわんわんと王子に縋るように泣いてしまった。王子が頭をぽんぽんした。
「……確かに。よく考えると怖いよね。僕たちも姫を起こさないとって、変な使命感に駆られて、そこまで気が回らなかったよ。ごめんね」
その優しい瞳に酷く安心して、ふらふらと無心で王子に着いて行き、支えられながら馬に跨った。そして、城へと向かう。らしい。
物語のとおりなら、私はこの王子と結婚してハッピーなエンドを迎えることになるのだけど、私の場合はどうだろうか。
私が読んだ物語はそこで終わっているけれど、転生前の記憶が入った私が眠り姫に入った時点で何かしらの歪みが出ているかもしれない。
物語のとおり幸せになるかもしれないし、もしかしたら意地悪な義姉や義母が出てくるかもしれないし、十人中一人も私を押し付け合って娶ってくれないかもしれないし、明日目が覚めたら日本人に戻っているかもしれない。
そんないろんな可能性を考えながら、背中に感じる王子の温もりに安心して、そっと目を閉じた。