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用意した驚きの前の驚愕

作者: 白山菊理

 今日はクリスマスイヴ。

今日のこの日に、私は彼女にプロポーズをしようと思っている。

付き合い始めてもう5年にもなる、そろそろプロポーズしても良い頃だろう。

当然、彼女にこの事は告げていない。

クリスマス最高のプレゼント、最高のサプライズにしたいからだ。

他の人に言わせれば、在り来りとか言われるかもしれない。

それでも私は構わない。彼女が喜んでくれるならそれで良いのだ。

 

 指輪の入った小さな箱をそっとコートのポケットにしまう。

そして私は雪がちらつく道を歩き始めた。

プロポーズはディナーの時にと思っている。

まだ昼間であり、それまでには十分時間がある。

らしくもなく緊張している自分を落ち着かせようとあても無く寒空の下を散歩する。

今日は言うまでも無く、私の人生で、そして彼女の人生でも特別な日となるであろう。

‘特別’という言葉に私の頬は少し緩んだ。何となく嬉しくて、そして恥ずかしくて。


「ホワイトクリスマスか……」


そんな自分を誤魔化すように私は独り言ちた。


―なんてロマンチックなんだろう。―


そう考えている自分がまた恥ずかしくなり私は俯いた。

誰が見ているわけでもない、それなのに周りの目が気になってしまう。

こういう時は別のことを考えよう。そう、別のことを。



 例えば今日のニュースについてなんてどうだろうか?

いやいや、駄目だ。余り良いニュースは無かった。

この不景気に後押しされるよう嫌な事件ばかり続いている。

殺人、自殺、リストラ――毎日のように繰り返される文字は見飽きてしまった。

おまけにこの近くでも殺人事件があったらしい。嫌になってしまう。


 ここはやはり、彼女の事を考えるしかないのか。

彼女を思い浮かべると、私の胸は高まり、顔が熱くなった。

気持ちを落ち着かせるための散歩の筈が、これでは全くである。

そうだとしても、彼女の事を考えていれば段々と気持ちが落ち着いてくるのではないか。

私はそう思い、彼女の事を考える事にした。





 彼女と会ったのは、とある事件がきっかけだ。

事件というのは大袈裟で、そんな大きなものではない。

電車の中の痴漢から救ったとでも言えばいいのか。

その後、その痴漢は常習犯だった事が分かり「事件」となった。

後日、彼女が菓子折りを持って私の家を訪ねてきた。

あの時、名前を聞かれ、渡した名刺から足が付いたのだろう。

その時も今日と同じくらい寒い日だったので私は彼女を家の中に入れた。

そして色々と話している内に意気投合し、仲の良い友達になった。


 



 そうこう考えている間も、時計の針は時を刻む。

景色は流れるように過ぎ、あまり人気の無い場所へと来ていた。

ここは知っている場所だ。彼女と二人で歩き、一度ふられた場所。





 確かあの日は今日とは違い、暖かい日だった。

天気もいいので、散歩でもしながら話そうということになったのだ。

その頃には、私は彼女を気の合う友達というよりは一人の女性として見ていた。

他人から見れば私達は恋人同士に見えたかもしれない。

しかし私は他人の事なんてどうでも良かった。

一番知りたいのは彼女の気持ちだった。

私のように思っているのか、それとも――。

だから私は思い切って告白した。

自分の思いを告げたくて、彼女の気持ちを知りたくて。


「ごめんなさい、私には忘れられない人がいるの。」


それが彼女の答えだった。

私は酷く驚き、そして何となく納得した。

彼女の瞳は笑っていてもどこか悲しそうだったからだ。

私を見ていながら、その瞳は遠くを見ていた。此処に居ない誰かを。

私はぎゅっと拳を握った。


「それでもいい……」


それが私がやっとの思いで吐き出した言葉だった。

彼女は驚いたように丸い瞳で此方を見詰めた。

その時初めて彼女はしっかりと私を見たのだ。

他の‘誰か’ではなくこの私を。


「いいの?それで…?」


彼女の問いかけに、私はこくりと頷いた。

彼女が好きだから、手離したくないから、この関係を終りにしたくないから。


それから私達は恋人として付き合い始めた。

最初のうちは寂しそうな笑い方をした彼女も段々と明るい笑顔になった。

ただ、ふとした瞬間に切なそうな表情を浮かべる。

こんなにも彼女を縛り付ける存在が、正直私には羨ましかった。

私もそんな風になりたいとさえ思った。





 雪は降り続ける、けれど積もる事は無い。

地に落ちては、地に染みて、その繰り返しである


―この雪のように、私の思いも彼女の心に積もる事は無かったとしたら……―


そんな不安に襲われる。

プロポーズすると決めたのに。

にも関わらず、指輪を受け取って貰えないのではないかと考えてしまう。

彼女に告白した時の答えは完全な‘Yes’ではなかった。

それなのに私は強引に彼女を恋人にしたようなものだ。

 いや、弱気な事を考えてはいけないのだ。

これから人生の新たな一歩を踏み出すというのに。


―そうだ、何か楽しい事や嬉しい事を考えよう。―


そう思ってみたものの、何故か昼食を取る気にはなれなかった。





 あれはいつの事だったろうか?

あの日も今日と同じように雪が降っていた。

しかし今日とは違い、雪は降り積もり、辺り一面は雪景色だった。

デートの約束をしていたものの、彼女は一向に来る気配を見せなかった。

私は心配になり、彼女の家を訪ねてみた。


 ドアの脇にあるインターホンを鳴らすと彼女の返事が返ってきた。

その声は鼻声で、風邪を引いたのだと言う。

デートの予定は当然中止。

代わりに一日彼女の看病をすることになった。


「ふふ、貴方って優しいのね。ありがとう。」


それは私に向けられた彼女からの感謝の言葉。

私は胸が温かくなるのを感じた。

この時ばかりは見えない‘誰か’に対する小さな嫉妬心を忘れることが出来た。

本当に嬉しかった。

人から感謝されるのは久しくなかった事だったから。

 「有難う」という言葉は日常でよく耳にする。

けれどそれは仕事上の事務的なもの。

ほぼ条件反射的に口から出る言葉である。

だから心のこもった「有難う」を聞いたのは本当に久しぶりだった。


「優しくないよ、俺は……」


照れ隠しにそんな言葉が出てしまったが彼女には見抜かれていたらしい。

ふふ、と上品に笑う彼女に私は胸をときめかせた。





 ―そうだ、そうなんだよ。―


ただ単純に彼女が好きだからプロポーズをするんだ。

それで十分だというのに、私は何を迷っているのだろう。

あの時と同じように、自分の気持ちを伝えよう。

それで十分なのだから。


 気が付くと、私は予約をしたホテルの前に居た。

ここの最上階にある展望レストランで夕食をとることになっている。

時間には少し早いが、私はそこで彼女を待つことにした。


 ――が、彼女はもう其処に居た。

私は正直驚いた。何故こんなにも早く居るのかと。

彼女は私の姿を見るなり、にっこりと微笑んだ。


「あら、早かったのね?」


「あ、ああ。」


「大事な話があるから何となく早く来ちゃった。」


大事な話とは一体何なのだろうか?

一抹の不安が頭を過ぎる。


「実はね――」


そして彼女は話し始めた。







 今日は彼との約束があるから私は早く家を出たの。

家の中でじっとしていられなくて。

ほら、彼が何を言いたいか私は何となく分かってたから。

それに自分の気持ちの整理もしたかったの。

私はまだあの人の事を忘れていないから。

いい加減にけじめをつけないとね。

 ふと、手元の時計を見ると零時五分を指している。

ふふ、早すぎたわね。日付も変わったばかりだもの。

でもいいの、これだけ早いのなら色々できるわ。

今やるべきことは気持ちの整理、過去との決別よ。





 「じゃあね、色々楽しかったよ。」


私はこう言ってふられたの。

彼の傍らには新しい彼女が居たわ。

悔しくて、悔しくて、行き場の無い怒りを感じたわ。

そんな女のどこがいいの!?

私はその場の勢いで部屋を飛び出したの。

私は彼の言葉に返事を返さなかった。

つまり私は「さよなら」なんて一言も言ってないの。

多分、それが悪かったのだと思う。

私は彼が忘れられなくなってしまった。

自分は別れを告げていない事を自分自身の言い訳としたの。

簡単に言ってしまえば、まだ付き合っているような気分でいたのよ。

それが自分の妄想の世界でしかないと心のどこかでは分かっていた。

けれどその考えをやめることは出来なかったの。





 ―いけない、私ったらまた昔の事を…―


ふと我に返る。

私はまた無意識のうちに元彼の事を考えていたのだ。

こんな事じゃいけないと分かっているのに。 

今は新しい彼氏も居る。

きっと今日プロポーズをされるだろう。

それなのに、私は何で元彼の事なんか考えているのだろう。

気持ちを整理するには時間はまだある。

そうだわ!彼の事を考えよう。






 夕方の帰宅時間、私は痴漢に会った。

怖くて、声が出せなくて。

そんな時に助けてくれたのが彼だったわ。

私は助けてくれたお礼がしたくて彼の名前を聞いたの。

彼はポケットから名刺を取り出し、私に渡すと足早に去っていったわ。

それから私は名刺と、書いてあった会社の名前を手がかりに彼の家を探したの。

彼は会社の独身寮に住んでいたからすぐ分かったわ。

とても寒い日だった。私は菓子折りを持って彼の家を訪ねたの。

寒さで震える唇でぎこちなくお礼を言うと、彼は私に中に入るように促したわ。

そこで温かいお茶をご馳走してくれたの。

私の持って行った菓子折りもそこで2人で頂くことになったわ。

お茶を飲みながら私達は色々な話をしたの。

お互いのことや、世間のこと。他愛の無い冗談とか、とにかく色々よ。

ふと、笑った顔が元の彼に近いことに気付いたの。

そしたらまた、切なくなって……。






 忘れようと足掻いても思い出の中には必ず元彼がいる。

今の彼には物凄く申し訳ない事だってわかってる。

それでも、どうすることも出来ない。

なんて自分は馬鹿で愚かなのだろう。

今の彼の言葉が頭を過ぎる。






 「ごめんなさい、私には忘れられない人がいるの。」


「それでもいい……」


私の言葉に今の彼はそう言ってくれた。

彼を通して、元彼との思い出に生きている私でも良いと言ってくれた。

私は驚き、戸惑ったわ。

だって、そんな事を言われるなんて夢にも思っていなかったから。

正直とても嬉しかったの。

でもね、この人と付き合うことで過去を忘れられるんじゃないかと思ったわ。

元彼を忘れるために私は付き合い始めたの。

彼の事が好きだとか、そういう感情は別にして。

確かに彼と居ると楽しかったわ。

けれど私は彼の事を異性として見ていなかった。

それは彼から見れば最低な考えなのかもしれない。

忘れるためにと言いつつ、彼の肩越しにいつも元彼を見ていたの。

きっと彼もそれを気付いていたのでしょうね。

けれど彼は何も言わず、私に優しくしてくれた。


 ある寒い冬の日。

その日はデートの予定だったのに私は熱を出してしまって行けなかったの。

彼に電話をする元気もなくて熱に魘されてたわ。

その内、ドアのインターホンが鳴る音が聞こえたの。

もしかしたら彼が来たのかもと出てみると、案の定彼だった。

それから彼は一日私の看病をしてくれた。

慣れない手つきでおかゆを作ってみたり、タオルを代えてくれたりしたの。

その優しさが凄く温かかったわ。


「ふふ、貴方って優しいのね。ありがとう。」


こんな私のために色々してくれる彼が可笑しくて、そして嬉しくて。

だから素直にそう言ったの。


「優しくないよ、俺は……」


彼の言葉が照れ隠しだって事はすぐに分かったわ。

そんな彼の姿が可愛くて、凄く愛しく感じたの。

嗚呼、前の彼とは違うんだなって。






 そうやって私は色々な事を元彼と比較してきた。

彼の事を思いながらも、私の中にはいつも元の彼が居た。

自分自身でもそれがいけない事だって分かってた。

自分とそして今の彼に罪悪感を感じていた。

こんな考えは止めなきゃいけないと何度も思っていた。

けれど、そう思うことすら元彼を考えることに繋がるんじゃないかと思った。

だから今日、気持ちにけじめをつけるの。

綺麗に、さっぱりと、跡形もなく!

今の彼の為にも!!


 気が付くと私は元彼の家の前に居たわ。

いいえ、この言い方は正しくないわね。

私は初めから此処に来るつもりだったの。

全てを終わりにするために、そして新しく始めるために。

 そっと元彼の家のドアを開く。

決してこの人が無用心で鍵を閉め忘れたわけではない。

私は持っていたの、元彼の家のドアの鍵を。

別れを告げられたとき、返し損ねてそのまま大切にずっと持ってた。

 音を立てずに息を殺して数歩歩いたところで彼の寝室の前に来た。

此処をあければ大好きな元彼が居る。

私はなんの躊躇いもなくドアをそっと開けたわ。

果たして彼は其処に居た。

そっと近寄り彼の頬を撫でる。

紛うことなき本物の彼。

妄想や想像の世界ではなく、現実の彼。

安らかに眠るその傍らには私の後釜に座った新しい彼女が――。


―憎い、憎い、憎い!!―


私の中でとても汚い感情が渦巻くのを感じる。

こんな感情をまだ持っている自分自身が嫌になったわ。 


―けれど今日で全て終わりなのよ。―


私はバックの中から包丁を取り出したわ。

声を出されないように喉を一突き、そして新しい彼女の方も。

それから何度も繰り返し、繰り返し……。

床に咲くのは真っ赤な花。

元彼から私への最後のプレゼント。

私は別れるためにそれを受け取るの。

ほら、私の手の中にも真っ赤な花が。

新しい彼女までそれをくれるの。嬉しい、嬉しい、嬉しい!!


 私の中から彼は居なくなった。

居る筈がない。だって現実にも、もう居ないのだから。

それなのに居るとしたら、それは無い物ねだり。

そんなみっともないことはないでしょ?

寒空の下、私は帰路に着いた。

雪が降っていて、辺りは暗かったけど、もう明け方。

私にはそんな天気の中でも朝陽が見えたような気がしたわ。

嗚呼、今この瞬間から新しい一日が始まるんだって!!







 彼女の話を聞いて、私は愕然とした。

つまり彼女は人を*してしまったのだ。

その事実を受け入れられず、私の思考は減速し、眩暈すら感じる。

そんな私の心中を見透かすように彼女は笑った。

そして、いつもより明るい声で私に問いかける。


「ところで、貴方の大事な話って何?」


何で彼女は、大それた事をしたというのに顔色一つ変えないのだろう。

それどころか、いつもより明るい表情をしている。

まるで本当の自分を取り戻したような感じだ。

その目は確かにしっかりと私だけを見詰めていた。

けれど、これは私の求めていたものと何かが違う。

彼女が私を見詰めても、素直に喜べない。いや、喜べる筈がない。


「あ、ああ…俺は……」


今更言える筈が無い。

私はポケットの中の小箱をギュッと握った。

私は彼女に喜んでもらうために「驚き」を用意した。

けれども彼女から先に「驚愕」を渡されてしまった。

それを受け取り、今更何が言えるというのだ。



プロポーズの決断が、彼女を前にしたことでつかない。

私は未だにどうするべきなのか迷っている。

微笑む彼女のサプライズは私のより強力だった。

こういうそれぞれの視点からの書き方って好きなんですけど難しいんですよね。

今年のYahooの文学大賞の課題が「サプライズ」だったので、やってみましたが駄目でした。


こんな駄作ですが、最後まで読んでくれた方、有難うございました。

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