第7章 「新しい朝を迎え…特命遊撃士は、今日も輝く。」
「此花少尉の事、上手く手懐けたね、ちさ!ちさにも上官としての振る舞いが、随分と板に付いてきたじゃないの。」
「えっ!?そうかな、マリナちゃん…?」
軽く肩をポンと叩くマリナちゃんに、頭を掻いて謙遜の態度を取る私。
上官としての振る舞いが、板に付いてきた。それが、准佐としての風格と貫禄が出てきたという意味なら、満更悪い気はしないね。
私としても一刻も早く、少佐への昇級条件を満たして、マリナちゃん達に追い付きたい所なんだよね。左肩には少佐の階級章を戴いて、右肩に佐官仕様の飾緒を着けて…ああ、今から待ち遠しいなあ…
「そうだよ千里ちゃん。いやあ、なかなかの誑しっぷりだったよ!英里奈ちゃんの時も、こんな風だったのかな?」
「えっ…?あっ…!わっ…わた…私の時ですか?」
京花ちゃんに肩を組まれて引き寄せられた英里奈ちゃんが、オロオロと狼狽えているな。あれで真田幸村の怨霊武者を倒しただなんて、言われなければ信じられないよね。
それにしても誑し込むだなんて、ちょっと人聞きが良くないな、京花ちゃん。
「おいおい、お京…それくらいで勘弁してやれよ。英里が狼狽えているだろ…それにしても、昨日の騒ぎが嘘みたいだよね。」
感慨深げなマリナちゃんが言う通り、戦場その物だった昨日の光景が、まるで夢か冗談だったみたいに、第2支局管轄地域は平穏を取り戻していたんだよね。
支局の向かいにそびえ立つ県庁舎には、スーツをバシッと決めた職員さん達がぞろぞろと登庁していくし、戒厳令下でシャッターを下ろしていたコンビニや24時間営業の居酒屋も、今日は普通に営業している。
「そうですわね、マリナさん…何もかもが普段通りで、これぞまさしく、『夏草や 兵どもが 夢のあと』ですね…」
どうにか落ち着きを取り戻した英里奈ちゃんが、いささか物憂げな表情を浮かべて、中3の古文で習った松尾芭蕉の句をを口ずさんでいる。いささか自分に酔っているね、英里奈ちゃん。
そのアンニュイな雰囲気をぶち壊す、屈託のない明るい声。
「あっ!見てよ、千里ちゃん!スマイルマートの『アドメト』キャンペーン、普通にやってるよ!」
京花ちゃんが指差しているコンビニチェーン「スマイルマート」では、深夜アニメとのコラボキャンペーンが頻繁に行われているの。
そういえば、4月上旬には「おうか満開!」とのコラボキャンペーンがやっていて、その時もクリアファイルが特典だったな。原作者の神風えるべ先生書き下ろしイラストでは、メインの3人が着物と袴を着ていたのが、物凄く可愛かったな。
そして今回は、当直室で私達がお酒を飲みながら見ていた「アドミラル・メートヒェン~愛、死にたまう事なかれ~」のコラボキャンペーンが展開中なの。対象となるトーア製菓の商品を3点購入する事で、海軍乙女挺身戦隊のイラスト入りクリアファイルが貰えるんだ。
「ホントだ!昨日のゴタゴタでクリアファイルが届いていないんじゃないかと心配していたんだけど、大丈夫だったんだね、京花ちゃん!」
「昨日のうちに戒厳令が解除されて、物流が回復したからだね!よし、今のうちに買っておこうかな…」
遊撃服の内ポケットから財布を取り出し、スマイルマートに歩を進める京花ちゃん。あれ?このまま京花ちゃんを行かせちゃってもいいのかな?
「ちょっと、お京…これから学校に行くんだろ、私達!スマイルマートなら浅香山の駅前にもあるから、そこまで我慢しなよ!」
あっ、ダメだったね。
マリナちゃんにガシッと双肩を掴まれるや、方向転換させられる京花ちゃん。まるで栂美木多46の握手会でタイムオーバーになったファンみたいだよ。
「ゴメンね、3人とも!こないだのポプリのアルティメマンキャンペーンのノリが出ちゃったよ…」
京花ちゃんのご近所には、コンビニチェーンの「ポプリ」が出店していないの。だから、ポプリがコラボキャンペーンをしている時は、京花ちゃんは行動範囲内のポプリを探し回る羽目になるんだ。
「それに、今回のキャンペーンで配布されるクリアファイルは、乙女挺身戦隊の各メンバーの個別イラストと集合イラストの全6種。コンプリートするつもりなら、少なくともお菓子を18個買う必要があるよ、京花ちゃん。一番安くて嵩張らないガムでも18個もあると、さすがに持て余すと思うよ。」
面目なさそうにサイドテールを弄る京花ちゃんに、これは余計な追い討ちだったかな、私。
「まあまあ、お2人とも。京花さんがクリアファイルの件で舞い上がってしまわれるのも、『怨霊武者掃討作戦』が功を奏して、管轄地域を無事に正常化出来た、その何よりの証拠ではございませんか。」
はい、おっしゃる通り。言うようになったね、英里奈ちゃん。
私達の頑張りはもちろんだけど、この地域に生きる人々のバイタリティーが、これ程早い復旧を成し遂げられたんだと思うんだよね。日本史の授業で習ったんだけど、安土桃山時代には、この地域は独立自由都市だったらしい。ちょうど、あの怨霊武者達が生者だった時代だね。
時代は変わっても、その遺伝子は今も脈々と保たれているみたいだね。
この平穏な光景が、いつまでも続いて欲しいよ。
正直言って、いつか私達の力が必要とされず、私達が民間人の少女として過ごせる時代が来ればいい。それが、人類防衛機構に所属している私達の共通の思いだね。だって、私達が民間人として過ごしているって事は、全ての悪が滅び、本当の意味での平和が訪れたって事なんだから。
その日が来るまで、私達は戦い続ける。
例え私達の行く手に、どんな敵が待ち受けていても。
それが、都市防衛の要にして防人の乙女、特命遊撃士である私達なんだよ!
「へえ…この店、『黄金薩摩』を入荷したって!今度寄ろうよ!」
堺東の駅ビルテナントに入っている居酒屋の貼り紙を見た京花ちゃんが、大喜びで騒いでいる。京花ちゃんは焼酎派だから、鹿児島のプレミア芋焼酎が入荷して大はしゃぎだね。
あっ、そっか…
もしも私達が未成年のうちに全ての悪を一掃出来て、特命遊撃士がお払い箱になり、私達が民間人に戻ったとしたら、私達の成年擬制もなくなっちゃうんだ。
そうなったら今までみたいに、下校中に居酒屋へ直行したり、起き抜けにハイボールを決めたりも、女子大生になるまではお預けか…
うーん…不甲斐ないけど、前言撤回。
やっぱり、まだまだ特命遊撃士を続けたいな、私…
あーあ…せっかくカッコよく決めたつもりだったというのに、私に二枚目路線なんて似合わないのかなあ…




