第2章 「夜更かし遊撃士のミッドナイトテレビライフ!」
本作品は、第1話「大浜大劇場の死闘!倒せ、吸血チュパカブラ!」の後日談としても機能しています。また、外伝編Part2「特命遊撃士研修生・和歌浦マリナ少尉」もお読みいただけると、より一層楽しめます。
「あっ、もうこんな時間か!気付かないうちに、『ミッドナイト栂美木多』も終わってたか…」
スマホを取り出したマリナちゃんは、時間を確認しながら感慨深そうにしみじみと呟いた。
「マリナさん…栂美木多46の皆様がお好きなのですか?」
「いや…そこまで熱心なファンじゃないけど、夜更かしたり、目が冴えたりした時には、何となく流し見してんだよね。」
意外そうな表情を浮かべる英里奈ちゃんに、マリナちゃんは何の気なしに答えたんだ。
栂美木多46というのは、栂美木多地域の活性化を目的として結成された御当地アイドルで、会いに行けるアイドルとして人気なの。
そして「ミッドナイト栂美木多」は、栂美木多46の各メンバーが、毎回体当たりで色々な企画に挑戦する深夜枠のバラエティー番組なんだ。夜間待機中の手頃な暇潰しとして、堺県第2支局でもそれなりに人気なんだよね。
今日もきっと、夜勤シフトの遊撃士や機動隊曹士の子達が、缶ビールや水割り片手に見ているんだろうな。
いずれにせよ、これ以上は栂美木多46の話題で引っ張れなさそうだね。
「何しろマリナちゃんは、大浜少女歌劇団一筋だからね。」
話題を繋げるために自分のスマホを取り出した私は、1枚の画像を表示すると、得意気にマリナちゃんの方へ向けるの。
「それ、照れ臭いから勘弁して欲しいんだよな…」
決まりが悪そうにサイドテールを弄りながらマリナちゃんが見つめるのは、大浜大劇場における吸血チュパカブラ駆除作戦の1コマだった。
吸血チュパカブラに舞台上で襲われた、大浜少女歌劇団北組の娘役トップスターの白鷺ヒナノさん。それを救ったマリナちゃんは、同じく北組の男役トップスターの東雲オリエさんに心から感謝されたんだよね。
そして、画像はまさにその瞬間なの。
ヴァン・ヘルシング教授の衣装である男物のスーツとコートに身を包んだ東雲オリエさんに、右手を取られるマリナちゃん。
第2支局管轄地域の女の子なら、垂涎の1シーンだね。
「いいじゃない、マリナちゃん。お陰様で私達、大浜少女歌劇団北組の夏期公演に招待されたんだよ!」
娘役トップスターの白鷺ヒナノさんを救助したお礼として、マリナちゃんと英里奈ちゃん、そして私の3人には、大浜少女歌劇団北組から、夏期公演のプレミアムチケットが郵送されてきたんだ。
プレミアムチケットは特等席だから、値段も競争率も普通席とは桁違いの高さで、このチケットを買うために有料制ファンクラブに加入するファンも少なくない程なんだ。
これだけでも大浜少女歌劇団は出血サービスをしているというのに、私達3人に郵送されてきたチケットには、ビフカツサンドのお弁当付きだったんだよ。
さすがの私達も、「こんなに大盤振る舞いして大丈夫?」って心配になったんだけど、大浜少女歌劇団にしてみれば、娘役トップスターを失わずに済んだと思えば安い出費なのかも知れないね。
「そう!その大浜少女歌劇団の件だけど…英里奈ちゃん、本当にありがとう!私も招待してくれて。」
ロング缶を飲み干した京花ちゃんが、英里奈ちゃんに向き直った。そう、吸血チュパカブラが大浜大劇場に現れた日、京花ちゃんは休暇を取って京都に出かけていて不在だったんだ。
京花ちゃんが特命遊撃士を志すきっかけになった、特撮ヒーロー番組「アルティメゼクス」の主役俳優である、黒森進治さんにサインを貰うためにね。
そのため京花ちゃんは、吸血チュパカブラ駆除作戦には参加していないの。さすがに、その場にいなかった京花ちゃんの分まで要求するのは厚かましいよね。
「お気になさらずに、京花さん。株主優待券を有効にお使い頂けたので、父も喜んでおりますよ。」
そうやって優雅な微笑を浮かべると、御嬢様らしく見えるよ、英里奈ちゃん。
そう。そこで素晴らしい働きをしたのが、英里奈ちゃんだったの。
正確には、英里奈ちゃんのお父さんだね。
英里奈ちゃんのお父さんは大浜少女歌劇団の大株主で、大浜少女歌劇団のプレミアムチケットが公演の度に株主優待として送られてくるの。そしてそのプレミアムチケットのうち1枚は、英里奈ちゃんの取り分になっているんだ。英里奈ちゃんは株主優待のチケットを京花ちゃんにプレゼントして、自分は大浜歌劇団から貰ったチケットで入場するつもりらしいの。
正直言って、今まで私は、英里奈ちゃんの御両親には、あまり好意的なイメージを持っていなかったの。
御両親の「跡取り娘として立派に育てなくてはいけない!」という考えに、決して悪気がなかったって、頭では分かるんだよ。
でも、そのために厳格な教育方針を取って、習い事でがんじがらめにしたり、礼儀作法を厳しく躾をしたりするのにも限度があると思うんだよ。
そんな幼少時の教育方針が厳格過ぎたために、英里奈ちゃんはすっかり萎縮してしまって、内気で気弱な性格になってしまったんだ。これでも、初めて会った小6の時から比べたら、良くなった方だと思うよ。
御両親も英里奈ちゃんが特命遊撃士養成コース編入になる前後になって、ようやく過ちに気付いたみたいで、態度を軟化させたらしいんだけど、「貴方達のせいで、英里奈ちゃんはこんな風に…」という思いは、私の脳裏にどうしても浮かんじゃうんだよね。
でも、そんな英里奈ちゃんのお父さんが、今回は私達4人が仲良く大浜少女歌劇団の夏公演を観に行くのに、間接的に協力してくれたんだから、世の中って分からない物だよね。