第1章 「戦い終わって…吹田千里准佐、4度目の祝杯!」
「怨霊武者掃討作戦」という大規模な戦闘に勝利した後の、祝賀会の模様です。
「堺県おとめ戦記譚~特命遊撃士チサト~」の作品世界内における、テレビ番組やサブカルシーンが主に描かれます。
人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局ビル。この21階建高層ビルの17階に設けられた宿直室の1つに、私達4人は集まっていたんだ。
ビジネスホテルを思わせる宿直室に集まった4人の少女達の幼い肢体は、揃いの浴衣と羽織で包まれ、手にはビールのアルミ缶が握られている。
「それでは、『怨霊武者掃討作戦』の成功と全員の帰還を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯っ!」
「乾杯、ですね…」
黒髪を右サイドテールに結い、右目を前髪で隠したクールな雰囲気を持つ少女の取った音頭に続いて、私達3人が高々と缶ビールを掲げる。
4本のアルミ缶が軽くぶちあてられて鈍い音が小さく鳴ると、直ちにプルタブが開栓される軽快な破裂音が響き、吹き出した黄金色の泡立つ液体を飲み干した少女達の喉を鳴らす音が、それに続く。これぞ、まさしく勝利の美酒だね。
「いやぁ~!1人の犠牲者を出さずに事件を解決して、そこで飲むお酒は、本っ当に最高だよね~っ!」
私は軽く首を振りながらツインテールに結んだ黒髪を揺らすと、酒臭い息を吐きながら満足そうに呟いた。
申し遅れたけど、私は吹田千里。
人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局配属の特命遊撃士で、階級は准佐。
堺県立御子柴高等学校1年A組に通う現役女子高生でもあるんだ。
「千里ちゃん…その台詞、これで3度目だよ。銀座商店街のイタリアンバルでやった2次会でも、カラオケボックスでやった3次会でも聞いたよ…」
長くて美しい青髪を左サイドテールに結った快活な少女が、呆れながらチーズ鱈を噛み始めた。
この子は枚方京花ちゃん。
私と同じ第2支局配属の特命遊撃士で、階級は少佐。
クラスは別々だけど、私と同じ堺県立御子柴高等学校に在籍しているから、支局でも学校でも仲良しの友達なんだ。
「しかもそれ、1次会の音頭を取った時の、ユリ姉の受け売りだろ。」
先程乾杯の音頭を取った黒髪右サイドテールの子が、京花ちゃんに同調する。
この子は和歌浦マリナちゃん。
彼女もまた第2支局配属の特命遊撃士で、階級は少佐。
御子柴高校では京花ちゃんと同じ1年B組に在籍しているんだ。
京花ちゃんとは小学5年生からの付き合いで、とっても仲良しなの。
その仲の良さは、私に突っ込みを入れるタイミングが全く一緒な点にも、よく現れているよね。
「良いではありませんか、京花さん、マリナさん。多少の負傷者こそあれ、第2支局に犠牲者が出なかった事は事実です。こうして私達4人、誰1人欠けずに祝宴を囲める事は、素晴らしい事ですよ。」
癖の無い茶髪を腰まで伸ばした御嬢様風の少女が、自らグラスに注いだと思わしき赤ワインをエレガントに飲みながら助け船を出してくれる。
自分で手酌しているシーンは、あんまりエレガントじゃないから、見なかった事にするね。
この内気で気弱な御嬢様風の子は、生駒英里奈ちゃん。
やはり第2支局配属の特命遊撃士で、階級は少佐。
ただし、御子柴高等学校1年A組だから私のクラスメイトでもあるんだ。
私達4人は、昨日の昼間に発生した「怨霊武者掃討作戦」に参加して、これを無事に解決出来た事を祝っていたら、いつの間にか3次会になだれ込んでいたの。
それで支局の宿直室を急遽予約して、私達4人で4次会を始めたんだ。
宿直室って、本当に便利だよね。
備え付けの浴衣と羽織に着替えておけば、食べこぼしても遊撃服は汚れないし、飲み過ぎて眠くなったら、そのままベッドに倒れ込めばいいし。
まあ、昼間の興奮覚めやらぬこの状況だと、このまま朝まで飲み明かす事になりそうだけど。
昼間の事件では、豊臣秀吉直系の子孫を自称する狂信者の豊臣秀一が、関ヶ原の合戦や大坂の陣で死んだ西軍武将の霊に憎悪を吹き込んで実体化させ、堺県第2支局管轄地域の各地で決起させたんだ。
こうした連中が、あの大坂の陣を今一度とばかりに暴れたんだから、食い止めるのに大わらわだったな。
特に、今の堺県の県庁所在地に該当する辺りは、豊臣方のせいで火の海になったらしいから、焼き討ちでもされた日には、私達の面目丸潰れだからね。
こっちも必死だよ。
こういう等身大の敵が多数現れた時こそ、小回りの利く特命遊撃士の活躍時なんだよね。
何せヘリや戦闘機で機銃掃射なんかした日には、逃げ惑う民間人を巻き添えにしちゃうからね。
「それもそうだね、英里。そういえば、ちさはやっぱり、昼間は火縄銃の鉄砲隊相手にレーザーライフルで無双していたの?」
ベルギー産輸入ビールのロング缶を片手に、マリナちゃんが私に問い掛ける。
浴衣の合わせ目から、ショルダーホルスターがチラチラ見えるのが、実にセクシーだね。そのホルスターに収まっている個人兵装の大型拳銃が、昼間は大活躍したんだよね。
「まあね。でも、怨念が弾丸に込められているから厄介だったよ。被弾した曹士の子達なんか、身悶えしちゃうし。それで足軽ゾンビの本隊が迫ってきたから、衛生隊員に運ばれて行った曹士の子が残したアサルトライフルも拾い上げて、2丁ライフルで戦ったんだよ。」
こう言って私は、自分のベッドサイドに置いてあるガンケースにチラリと視線を送った。
私も昼間は、あのガンケースに収納されたレーザーライフルで、久々に白兵戦を演じたんだよなあ。
いつもは狙撃ばかりだけど。
私のレーザーライフルから展開されるレーザー銃剣と、曹士の子から借りたアサルトライフルの銃剣とでは、切りつけた時の感覚がまるで違うんだよね。
「昼間の一件と言えば、本当に凄かったよね!あの巫女さん達は!」
「お陰で敵の増援がストップして、こっちもやりやすくなったんだよな。」
私の発言にマリナちゃんも、口の中に投げ込んだミックスナッツを噛み砕きながら同調してくれたの。
支局長を務める明王院ユリカ先輩は緊急事態として、堺県第2支局管轄地域内に戒厳令を発令して、管轄地域内にある神社の巫女さん達のうち、特に霊的能力の高い人達に徴発動員を掛けたんだ。
今回の事態に巫女さん達も、各自で個別対応はしていたみたいだから、徴発動員にはむしろ好意的だったようだね。
その後の働きは凄かったね。
特命機動隊に護衛された巫女さん達が、百舌鳥・古市古墳群の祭礼場にスタンバイして、一斉に祝詞を詠むの。
そうしたら祝詞に合わせて、大仙古墳を筆頭に各古墳群からエネルギー波が放出して、怨霊武者達の再生が止まったんだよ。
「1次会の時に聞いたんだけど、色々と面白い戦いがあったみたいだね。かおるちゃんなんて、斬り合うだけで相手を成仏させちゃったんだよ!それも、1度や2度じゃないんだよ!」
その明朗快活な性格から交遊関係も幅広い京花ちゃんが、ユリカ先輩主宰の祝賀会で同席した遊撃士や機動隊曹士の子達から仕入れたばかりの噂話を早速披露してくれる。何しろ私達は、あちこち転戦して白兵戦を演じていたから、知らない情報も多いんだよね。
「B組の淡路かおるちゃんって、亡者を成仏させる力を持っていたの?巫女さんとか霊能力者的な?」
私は京花ちゃんに問い掛けながら、噂の中心人物である淡路かおるちゃんの顔を思い浮かべていた。
2つお下げの黒髪と憂いに満ちた表情が印象的な淡路かおる少佐は、いかにも大和撫子な雰囲気に満ち溢れていて、個人兵装の日本刀がよく似合っているの。この個人兵装の日本刀にも、「千鳥神籬」ってカッコいい銘が打っているんだよ。
「違うよ、千里ちゃん!かおるちゃんって、凄腕の業物使いとして有名でしょ?中学時代は『御幸通中学校至高の剣豪』と呼ばれていた程なんだ。その目覚ましい戦いぶりに、怨霊武者達も満足したんだって。『そなたのような達人と立ち合えて本望だった…』って感じでさ!同じ剣使いでも、私なんて『面妖な光る刀を使う娘よ!バテレンの妖術か?』って、色んな所で言われちゃうんだもの…」
このようにぼやきながら、京花ちゃんは左手に握った白い筒に視線を落としている。一見、懐中電灯のような白い筒は、京花ちゃんの個人兵装であるレーザーブレードの柄部分だ。スイッチを押すと深紅に輝く刀身が生成されるけど、普段はポケットに収まる優れ物だよ。
「私も、真田幸村様と手合わせ頂く機会に恵まれましたが、エネルギーランスで得物の槍を破壊された幸村様に、『卑怯だぞ!』と罵られてしまいました…」
「卑怯とかバテレンの妖術とか言われても、こっちは別にスポーツをやっている訳じゃないからな。サシで相手してあげただけでも満足して貰わないと。」
英里奈ちゃんのボヤきに、肩をすくめてマリナちゃんが応じた。
日本刀が得物のかおるちゃんと、存分に一騎討ちが出来て成仏した武将達は、運が良かった方なんだね。
「あっ!昼間の私達が映るかもよ!」
京花ちゃんの叫びに、私も含めた3人の視線がテレビに集中する。
チェックインしてからつけっ放しになっているテレビでは、1時間枠のバラエティー番組が終わったようで、番組と番組の合間をぬって放送される5分間のニュースが始まっていた。
-昨日正午過ぎより発生した、豊臣方の武将達の亡霊によるクーデター事件は、人類防衛機構に所属する特命遊撃士及び特命機動隊の活躍により、無事に鎮圧されました。なお、首謀者の豊臣秀一容疑者は、明王院ユリカ大佐の判断により、第2支局選抜隊によってその場で処刑されました。
若草色のスーツを着た女子アナが、努めて平静を装いながら原稿を読んでいる。
しかし、その緩んだ口元からは、身内贔屓の喜びが明確に伺えた。
この女子アナは特命遊撃士OGと公言しているから、無理もないだろうな。
-堺県第2支局は、管轄地域内に戒厳令を発令。管轄地域の霊的能力に秀でた巫女の女性達に協力を要請し、霊脈を祝詞で活性化させる事により、怨霊武者の封じ込めと弱体化に成功したとの事です。
「おっ、ユリ姉が写ってんじゃん!」
テレビ画面に写し出された、ピンク色のポニーテールが印象的な少女を見たマリナちゃんが声を上げた。
『巫女の方々による協力がなければ、これ程の早期解決は成し遂げられなかったでしょう。そして、作戦に参加して下さった全ての方々の奮戦により、いち早く戒厳令を解除して平時への復旧に移れた事を、心より感謝致します。』
今インタビューに答えている、ピンク色のポニーテールをした女の子が、堺県第2支局の支局長を務めている、明王院ユリカ大佐だよ。
このインタビューの後にユリカ先輩は、作戦に参加した私達を労うために、大道筋にある料亭を貸し切って祝賀会を開いてくれたんだ。
「私達の活躍も映らないかな、英里奈ちゃん?」
「5分枠ですからね。要点を伝えるだけで精一杯ですよ、千里さん。」
英里奈ちゃんの言葉通り、事件の鎮静化と戒厳令解除を伝えたニュース番組は、これで役目を果たしたとばかりに終了し、天気予報へとバトンを渡したの。