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「続・楽園の誓い」  作者: 凡 徹也
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「第5章」 〜 日光初日 〜其の二

東武浅草駅は特徴ある三角形の建物で昔と変わらぬ姿で建っていた。僕は駅構内に入ると、エミーに話しかけた。

「エミーさん。お弁当選びにちょっと付き合って下さい。」

そう言うと、僕達は妻とユウイチに目配せをしながら他の皆と離れ、売店へと向かった。

売店の前にはずらりと色々なお弁当が並んでいた。「エミーさん、お弁当はどれが食べたいですか?もし食べ慣れて無いなら、サンドイッチとかも有りますけれど」

そう言うと、エミーは、

「私は、一番日本らしいお弁当を食べたいわ。」そう言って指し示したのは、最もポプュラーな幕の内弁当だった。僕は

「そうですね、これにしましょう。」そう言って幕の内弁当を5つ買い求めた。

「飲み物は、車内でも買えますので」そう言うと、エミーは、お弁当の袋を嬉しそうに持って、ホームへと向かった。

僕たちが乗車の予約をしておいた特急電車は、既にホームに停車していた。僕達は開いているドアからその電車へと乗り込み、座席を探した。1番先に乗り込み先行したのは優香里である。快活で行動が速い。平日でも有り車内はそれ程混雑は無かったが、小走りで通路を走る優香里を由美子が走っちゃダメと、急いで制した。それでも優香里は、指定券の座席番号を覚えていて座席を1番に見つけ、「ここだよー」と僕たちを呼びながら座席で飛び跳ねた。

「 今は空いているけど、次の北千住から乗り込んで来る人も多いからね」

僕はそう窘めてからとりあえず指定された座席に着いた。左右に並んだ4人掛けの座席の片方に女性3人が、もう片方の一列に僕とユウイチが並んで座った。電車は未だ出発もしてはいないが、娘の優香里はすっかり旅行気分のボルテージが上がってはしゃぎっぱなしである。そして、僕達の方を向いて話しかけてきた。

「ユウイチおじさんて、パパよりもずっと身体大きくて、肌も真っ黒だし、外人さんみたいね」

「優香里、おじさんはないでしょう!」妻は、娘を諭すように言った。

「ははは、おじさんで良いよ。もう42歳だしな。日本で言えば、厄年ってやつだな。」

「エミーおばさんは、幾つなの?」

「ユカ!おばさんは、ダメよ。そして、女性に歳を尋ねる事もとてもデリケートな問題なの。それに、私は本当はエミリーという名前なのね。それを社長、いいえユウイチおじさんはね、日本に『絵美』って名前の友達が居たらしくて私の事をエミって呼ぶものだから他のみんなもそう呼ぶようになっちゃったの。だから、エミーなのよ。」

「私の事を、ユカって呼ぶのと一緒ね。」

「そうよ、ユカ」

「それなら、私の事もユミで良いわよ」と由美子も割って入った。

そんな話をしている間に電車は静かに動き出していた。女性陣は話が弾んで大いに笑っていた。

「娘たちは、すっかり仲良くなったみたいですね」

「エミーは、若い頃から誰からも好かれる社交上手なんだ。俺だけには手厳しいけどな。まあ、俺より2つ年上だから仕方ないのかな?」と、ユウイチは囁いた。

電車が最初の停車駅の北千住に到着すると、人がドッと乗ってきて車内はあっという間に満席となった。エミー達は声を少しひそめて話を続けていた。僕もユウイチとこのように電車の座席で並んで旅行するなど、現実となってもまだ夢の世界にいるようで、気分は最高だった。

乗り込んできた乗客達が着席し、落ち着いた頃、間も無くして通路にウエイトレスがやって来た。僕たちは5人分の飲み物を注文した。ユウイチは、ビールと言いかけたようだが、改めてエミーをチラ見して遠慮したのか冷茶を受け取った。

エミーは、

「まるで飛行機の中みたいね。座席も広いし、ビジネスクラス並だわ」と興奮気味に言いながら買ったお弁当を皆に配った。

「じゃ、改めて、久し振りの再会とこの旅の盛り上がりを願って乾杯しようか!」ユウイチがそう言うと

「それと、朝食ね。もうお腹ぺこぺこよ。」エミーがそう言うと、皆が飲み物を掲げて「乾杯!」と声を揃えた。

飲み物を皆が一口飲んでから、弁当を膝の上で広げた。エミーは、

「私、電車乗りながらお弁当食べるのって初めてなの。楽しみにしてたのよ。」

「私達も、久し振りだわよ。」

「 うわー、本当に色々な料理が入っているのね。綺麗に器の中に詰めてあって。日本の食事って素敵ね!私ハワイで何度かお寿司食べてはいるけれど、それとはまた違う世界が拡がっている感じだわ。」

「幕の内弁当は、元々は歌舞伎の演目の事を幕って言って、その幕と幕の間に座席で座りながら食べるものだったの。だから幕の内って名前なのよ。つまりは、西洋で言えば、チェスやりながら食べたサンドウィッチと同じようなものね。」

「へえ!そんな歴史が有るのね。」

エミーは、そう言いながら添えてある割り箸を持ち上げ、不思議な顔をしていた。

「エミーは割り箸初めてかしら?こうやってつかうのよ。」

由美子はそう言うと、自分の割り箸を割ってみせた。

「へえ。なるほどねえ」エミーはそう言いながら自分の箸を上手に割り、おかずの1つをもちあげた。

「これ、凄いわ。ハワイで練習した箸より滑らなくて軽くてずっと使いやすいわ」そう言いながら、次から次へと上手に口に運んだ。

「本当に美味しい。想像していた以上にこの冷めているご飯が妙に美味しいの。特別な料理方法で作っているのかしら?」

「きっと、電車の中でという事と、旅の愉しい気分がそうさせてくれているのよ」

「お弁当って不思議な魅力に溢れているわ。それに、皆んなで一緒に食べれるから美味しいのね。」

エミーはそう言いながら早くも日本の旅を堪能している様だった。

「私ね、電車って今回日本に来て初めて乗ったのね。こうやって、窓の外の流れる風景、勿論、見えるのはまだ、住宅地の街並みだけれども、そんなのを見ながら食事をするなんて、まだ、夢の中にいる気分だわ。」

「そうねえ。未だ東京の町しか見えていないけれど、あと30分程すれば日本の田舎らしい風景も見えてくるわよ。楽しみにしていてね」そう由美子は言った。エミーは物珍しそうに、窓の外を気に掛けながら会話と食事を楽しんでいた。

僕とユウイチは、女性達よりも早目に弁当を食べ終わり、横に並んで静かに話していた。

「あれからもう10年以上になるんですね。こうやって側で話しているとそんなに時間が経ってしまった感じは無いんですが。」

「俺もな、まさかこんな形で日本に来てサトルと旅するなんて考えてもなかったよ。12年かあ…速いもんだったな。」

「ユウイチさんがちっとも変わってなくて、なんか嬉しかったですよー。相変わらず若くて真っ黒で。むしろ髪の毛長くしてまとめて、髭生やして益々格好よくなった。」

「サトルだって全く変わってないじゃないか。顔立ちもそのままだし」

「僕は変わりましたよ。あの後娘も産まれて、引越しして。今じゃ住宅ローンに追われ、すっかり所帯じみてしまったかなあーと。」

「いや、生活臭さは全く見えないな。若いままだ。」

「ユウイチさん、仕事の方はずっと順調だったのですか?」

「今は毎日を忙しくしているよ。仕事仕事で休みなんか殆ど無いし、女と遊ぶ余裕なんか無くなっちゃったかな。今回の訪日のように会社を5日間も空けるなんてことは初めてだな。昔は自分の事しか考えずに日々過ごしていたけど今は社員も大勢いるし、責任ある立場になったからなあ」

「今は、ガールフレンドというか、恋人とか居ないんですか?」

「元々恋人なんていないしな。決まった女もいないというよりつくっていない。ただ仕事に追われて味気ない毎日なのさ」

そう言うと、ふと視線を窓の外に向けた。その哀愁漂う顔の表情は、以前のユウイチよりか弱く見え、意外な感じだった。

僕は、話題を変えた。

「折角、日本に来て、懐かしくて会う人とか、立寄る所とかいっぱいあったんじゃ無いかと」

「 昨日の夕方、親と会ってきた。日本橋で一緒に食事したんだ。」

そう言うと、ユウイチは再び先程と同じような憂な表情になった。何かしっくりとこない。僕はそれ以上、会話を掘り下げられなかった。

女性達が、自分達だけの会話に一段落ついたらしく、僕達に話しかけてきた。優香里は、いつのまにかユウイチの事を「ユーおじさん」と読んでいる。

電車が、今市に近づいて、車窓は緑が多くなっていた。「下今市駅」に到着すると、僕達の乗った電車は日光へ向かう車両と、鬼怒川温泉駅へと向かう車両とに切り離され、暫く停車していた。窓から見える空は青く澄んでいた。

「日光も、きっと良い天気ねー」と、由美子が静かに呟いた。エミーは、緑豊かな車窓を眺めて喜んでいる。ユウイチは、大好きなタバコを長時間吸えずにいる所為か、身体を頻繁に動かし落ち着きない様子だった。僕は小声で

「あとちょっとで日光駅に着きますよ。」と宥めると、ユウイチは、子供の様に小さくうなづいた。

再び動き出した電車は、田園風景を抜けて程なく終点の日光駅へと到着した。

電車から降りるときに僕とユウイチとで荷物の殆どを持ったので、女性達は、早足でさっさと先に行ってしまった。ユウイチは改札口近くの喫煙コーナーの前まで来ると、「サトル、ちょっとだけ待ってくれ」と言って荷物を一旦床の上に置き、胸ポケっとからタバコを取り出して火を点け、美味しそうに一気に吸い込んだ。

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