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精霊使われの少女

精霊使われの少女

作者: うぃんてる

 前略、皆様。こんばんわ。今度異国で結婚することになったお姉ちゃんに先祖伝来の花嫁衣装を届けようと冒険者でもある妹の私が旅路を急いでいたのですが……。


「……ここどこ?どうして私、下着姿なの?」

《お、やっと起きたか役立たず》

闇精霊シェード?」

《だから言っただろ?野宿なんかするなと。お前、拉致されて身ぐるみ剥がされ売られたんだよ。だっせー》

「え゛」


 なんということでしょう。これではお姉ちゃんの結婚式に間に合いません。花嫁衣装はこの際いいとして、敬愛するお姉ちゃんの晴れ姿を見れないなんて痛恨の極みです。幸いにして手足は拘束されていないようで自由に動かせます。首には……これは首輪代わりのチョーカーでしょうか。微弱な魔力を感じますので多分魔封じのチョーカーでしょう。私は近接用の武器や防具を装備していませんでしたから魔法使いだと判断されたようです。


「シェーちゃん、この部屋の中での視界を確保して?」

《これだから人間は面倒くさい。暗闇くらいで動けないとかよ》

「ありがとう、シェーちゃん」


 私はこの世界で数少ない精霊使い。魔力を必要とせず契約した精霊さんたちにお願いすることで力を得るのです。もちろん対価も支払いますけれどそれは契約した時に取り決めて要求された時にお渡しするのです。


「……思ったより質の良い部屋ですね。とても売り飛ばされたにしては思えないくらい」


 私が寝かされていたベッドや布団も花街にあるような平民向けではあり得ないくらいに高級品でした。とするとここは貴族や大商人向けの高級娼館だったりするのでしょうか。


「やだなぁ、まだ初めても済ませてないのに脂ぎったおじさんたちの相手するなんて」

《その前にお前、肌の質以外は鶏ガラだろうが。相手されないことも考えとけよバーカ》

「し、しかたないじゃない最近は安いお仕事しか受けれなかったんだから。ちゃんと食べれば私だって」

《二人ともそこまでになさい。誰か近付いてますよ》

「う……誰だろう。わかった、ありがとう風精霊エアリアル

《ちっ、しゃーねーな。しばらく隠れるぜ》

《私たちがばれると色々めんどうですからね》


 シェーちゃんたちが気配を隠してからさほど間を置かずに暗闇の向こうにある頑丈な樫の木でできた扉の上の方にある覗き窓から誰かがこちらを様子見たのを感じ、次いで短く何かのキーワードらしき言葉を呟いたあと音もなくゆっくりと扉が開いて誰かが部屋に入ってきました。


「……主人から新商品が入荷したと聞いて来てみたが……案外落ち着いているな、娘」

「っ、その鎧……暗黒騎士、さま?」

「ほぅ?この国で忌み嫌われている俺たちに“様”つけか。何者だ?」

「……お姉ちゃんが今度、帝国の将軍様に嫁ぐ、から」

「…………」


 現在私たちの王国と緊張状態にある隣国の帝国には私たちの国で暗黒騎士と呼ばれる漆黒の鎧に身を包んだ暴虐非道な行いをすると、特に若い女性たちから恐れられている集団がいます。目の前にいる人がまさにそうなのですが、今となってはお姉ちゃんの幸せそうな二人ならんだ絵姿と手紙で誤解だと分かり、目の前にしている今でもそんなには怖くありません。


「あの……?」

「お前は今日から一ヶ月、俺が買った。その間は俺の言う通りにしろ、いいな」

「……分かりました。あ、あの、私まだ経験が無いので、でも一生懸命頑張りますから暴力だけは」

「お前な。誰がお前を抱くと言った?だいたいミレニア様の身内に手を出したとなったら俺が殺されるわ」

「じゃ、じゃあ何を……」

「そうだな。取り敢えずは……狂うな、とだけ言っておく」


 それだけ言うと騎士さまは名も名乗らずに帰っていかれました。取り敢えず、お姉ちゃん――ミレニアお姉ちゃんのことを知る人に出会えて、買われたとは言え少しは安堵出来る状況であるこの幸運に感謝するべきでしょうか。


「それにしても……“狂うな”とは一体……?」


 その時の私は娼館という場所がどのような場所であるか少しもわかっていないうえに知識も乏しい生娘でしたので言われている意味が理解できていなかったのです。


***




 その日は疲れや慣れない場所であった為か再び私は眠ってしまいました。そして次に起きた時にその言葉の意味を知ることになりました。


「おい、新入り。飯だ、一滴残さず喰えよ?さもなきゃお仕置きだ……もっとも俺たちはそっちの方が嬉しいがな。おい、アリスぐずぐずするな、さっさと運べ!」


 明らかに犯罪者臭がする男が一人の生気を失わせた少女に私の朝ごはんでしょうか、運ばせてやってきました。そしてその瞳を偶然見た時わたしは背筋がゾッとしたのです。その瞳は何も……えぇ、何も映していないような絶望に満ちた瞳でした。“狂うな”とはこのことを指しているのでしょうか……。

 男と少女が退出し再びわたしは部屋に監禁されました。トレイに載せられたメニューは意外にも温かな湯気の立ち上る、肉片と野菜の浮かんだスープにドレッシングのかけられたサラダ。柔らかそうな白パンと、そして一杯の果実ジュース……これは林檎でしょうか。これらを見て私のお腹は早くも年頃の乙女としては恥ずかしいくらいに鳴き始めました。


「冷たい、固いご飯かなって思ったんだけど……意外」

《そうね。でもそのジュースは飲んじゃダメよ?》

水精霊ディーネ?どうして?」

《何か不純物が混じっているわ》


 しかし飲み干さねばあの男が喜ぶようなお仕置きをされてしまうに違いありません。場所を考えるにろくなものでもなさそうです。


「取り敢えずディーネさん、他のものは大丈夫?」

《そうね……大丈夫だと思うわ》


 一先ず問題を先送りにして大丈夫そうなものから口にすることにしました。お味の方はと言えばとても美味しかったのですが、出来ればこのような場所ではなくきちんとした料理屋さんで食べたかったのと、そろそろ何か衣服を身に付けたくなりました。


「……出来れば飲まないで処理してしまいたいのですが」


 この部屋には液体を捨てられるような場所がありませんでした。そればかりかトイレのような扉も見当たらないことに気がつきました。えっと、これは……どうしたらいいのでしょう?


《仕方があるまい、孫娘のようなお主がなぶられるのは見たくないしの、覚悟を決めねばなるまいて》

地精霊ノーマ……期待してもいいの?」

《未知であるだけに保証はできぬぞ。だが耐性の強いお主なら期待は出来るはずじゃ》


 覚悟を改めて決めて自分の持つ“毒物耐性スキル”を信じて一息に飲み干せば……確かに違和感を感じます。スキル自体は問題なく発動したようで特に体調には問題なさそうですが、ただなんとなく身体の芯の奥底にわずかな熱を感じたようなきがしないでもありません。

 食事を終えたあと再びあの男が今度は別の、やはり同様に生気のない少女を連れてトレイを回収に来ましたが私の様子に特に何か反応を示すでもなく、ただ何故か余裕を示すような笑みだけ浮かべていたのが少しだけ気になりました。

 そして少し時間がたった頃今度は明らかに商売をしてるとわかる年上の女性がやってきて私に告げました。


「あんた、新入りのくせにうまいことやったわね。騎士さまのお気に入りになったあんたは今から別の部屋に移動よ。ついてきなさい」

「は、はいっ」


 移動するとは言われても上に羽織るような衣服を渡されたわけではありません。ですがここでそれを口にしてもろくな目に遭わない予感だけしかありませんからなるべく身を隠すように縮こまってついていくと、先ほどの部屋に比べたらさらに大きな部屋に案内されてしまいました。


「トイレと浴室はあそこの扉。騎士さまに戴いたあんたの衣服類はそこのクローゼット。騎士さまが望めば同伴で外に出ても良いけれど、それ以外はここにいな。それからあんたは痩せすぎだから食事は残さず食べること。捨てたりしたらひどい目に遭うよ?いいね」


 ひとしきり説明して女性は立ち去っていきました。そこで改めて新しく増えたトイレやお風呂を確認してみると、広さが何故か一人で使用するには大きすぎるきがするのは気のせいでしょうか。湯船も二人が入ったとしても余裕があるように思います。疑問に思いつつも衣服があると言われたクローゼットを開いてわたしは目を疑いました。


「……え、何これ」


 そこに納められていたのは“私の”趣味全開な、それでいて品質は今まで着たことがないような上質なものばかりでした。私の衣服の好みを知っているのは母とミレニアお姉ちゃんだけです。昨日会ったばかりの騎士さまにはまだなにも教えたりしてないはずなのにどうして?


「もしかしたら……」


 騎士さまを通じてお姉ちゃんに私の苦境が伝わったのでしょうか。そしてそのメッセージの代わりがこの衣服、ということなのでしょう。ではすぐにここから逃げだせるのかといえばそうではない雰囲気です。となればまだ何か事情があるということなのでしょう。ミレニアお姉ちゃんからの手紙には将軍さまは有能な身内のことには大層甘いと書いてありました。お姉ちゃんは妹の私が言うのもなんですがとても有能です。唯一とっても不運なことを除けば。だからこそ将軍さまに気に入られたらしいのですが。

 有能な身内に甘い。であるなら私も騎士さまの事情を知って何かお手伝い出来ればいいのでしょう。私一人ではなんの取り柄もないただの小娘ですが幸いなことに私には何故か契約できた精霊さんたちがいます。いまだに制御しきれず使われっぱなしな一面がおおかったりしますが気にしません。なにもできないよりマシなのです。


「やるしかありません。セレニア、一世一代の踏ん張りどころなのです」


 わたくし、セレニア17歳。生きて無事にお姉ちゃんに会うために頑張ろうと思います。




***




 結局、その日は騎士さまはお越しになりませんでしたのでわたしは久しぶりの湯に浸かって身を清め、新しい肌着と戴いた衣装に着替えて二人が横たわっても十分なベッドで休むことにしました。食事も相変わらず身分にしては上等なものが用意され、そして相変わらず出される林檎ジュースからは違和感を感じるものの今のところは問題がないようです。少しずつ違和感の度合いが増えているのは気になるところですが。


 それから数日間は部屋に監禁されたまま、騎士さまが訪れることなく同じような生活が続きました。窓のない部屋なのでどれだけの時間が過ぎ去ったのかは全くわかりません。部屋の壁も防音なのか外の物音も聞こえないので、これで私一人だったら気が狂いそうになるかもしれませんが、私には精霊さんたちがいますので世間話には事欠きません。ただ、最近は妙に身体がだるかったり、思考が鈍くなって来ているようなきがしてなりません。それに……


「身体が……熱い気がする……はぁ」

《少しまずいかな。癒しの光を、ディーは浄化の飛沫で》

《わかったわ》

光精霊リィーテちゃん……?」

《いいからセレニアは黙って癒されて。火精霊サラはどうかわからないけどボクたちは君が苦しむのは見たくない》

「未熟、でごめんね」


 本来ならば精霊使いの使役する精霊たちが勝手にアクションを起こすなどあり得ません。しかし私は未熟ゆえに精霊さんたちが独自に判断して動くことが多いのです。そういう精霊使いのことを今は一般に知られているわけではありませんが、“精霊使われ”と呼ぶのだそうです。……あぁ、身体の火照りが引いていきます。本当に頼りないマスターです、私。


「すまんな。しばらく来れなかったが……息災か?」

「き、し……さま」

「ほう、まだ狂ってはおらぬか。生娘にしては頑張っておる」

「あの……何か、知って」

「知らぬのも無理はない。だが知らぬ方が良いかも知れぬぞ」

「わたし、またお姉ちゃんに会いたい。だから貴方の役に立って示したいんです」

「我らの国是まで知っておるか、娘」

「セレニア、です」

「ではセレニアよ。お前はこの媚薬の被検体になる以外に何が出来ると言うのだ」

「び、や……く?」


 身体が楽になったのと時を同じくして重厚な扉が開き、久しぶりの騎士さまがお見えになりました。私は衣装などのお礼を言うつもりでしたが、それ以上にこのおかしな状態の原因を知っていそうな騎士さまの口振りに思わず尋ねれば、騎士さまは聞けば戻れぬかのような威圧を放つので、私は覚悟はあることを意志を込めて伝えました。

 そして得た情報は、ある意味魔法使いには最悪なものだったのです。私の食事に混ぜられていた違和感の正体は媚薬。それも中毒になればなるほど思考力と集中力を奪い果ては魔力まで乱す。幸いにして精霊使われにとっては精霊さんたちが勝手に動く分、なんとかなりようがありますがそれでも意志をつたえられなくなることは良いことであるはずがありません。

 どうやら騎士さまはこの悪質な媚薬、“黄金きんの林檎”というそうですが、最近王国に出回り始め次いで帝国に流れ込む兆しがでているために内偵としてここに潜り込んでいるとのこと。詳しい効果を調べるために、新商品である私のことを聞きつけこの娼館の主人に私を意識を保たせたまま従順になるようクスリを使ってやれと注文したらしいのです。……なにそれ、ひどい。


「帝国の民のためならば王国の女の犠牲などとるに足らぬことだ」

「……今でもそう思っています、か」

「では聞こう。セレニア、お前はどんな力を示せるのだ?」

「……わたしは、精霊使い、です。今はまだ、使われ……ですが、全ての精霊と契約しています」

「何?……ならば考えておこう。また来る、それまで息災でな」

「きしさま……」


 私の素性を聞いた騎士さまの表情は驚愕というほどではないものの、それでも予想外ではあったのかしばしの沈黙のあと私の処遇について前向きに考えてくださるようだった。そして帰り際にしつこいくらいに火精霊サラお姉さまのことについて呼び出さないようにと念を押されていた。なんでもキレたお姉ちゃんが以前一面火の海にしたとかしないとか……何やったんだろう、お姉ちゃん。


***




 それからまた一週間、騎士さまは姿を見せてはくれませんでしたが、私も約束通りに段々強く感じられる媚薬の効果に耐え抜きました。とはいえ、そろそろ限界も感じてきているのは事実なのですが。

 役に立って見せると宣言した手前、私はエアリアルさんに頼んでこの場所の内部の様子を調べてもらい、頭の中に記憶として叩き込みました。気を抜くと忘れそうになるのが辛いところですが。また、ノーマお爺ちゃんには私の様子を記録用のクリスタルを作り出してもらって媚薬の効果の具合を事細かに記録して貰っています。今の私にはこれくらいが限度でしょうから。


 そうしてさらに数日後、唐突に違和感のある食事とやらが終わりになりました。どうやらクスリによる調教とやらが終わりになったようです。確かに自分でもその違和感がなくなって寂しい感じがするあたり身体が変質してしまった実感がありますが、騎士さまがおっしゃった通りに気をやらずには済みました。何度か危険な時はありましたけれど。


「支度しろ、今日は表にでるぞ」


 再び唐突に現れた騎士さまは今度は私を久しぶりの外へと連れ出してくれるようです。以前贈られたよそ行きのドレスを身につけ装飾品の類いを選んだあとに私は先日の女性から逃亡防止用だとされるサークレットを付けられました。街の外に出ると弾け飛ぶそうです。何がとは敢えてもうしませんが。

 すっかり体力が消耗していた私は騎士さまに横抱きにされてそのまま馬に乗せられギリギリ街の中であると認識されるらしい高台に連れてこられました。向こうに見える深い森は帝国との国境があるとされる場所で、思ったより私は帝国に近い場所に囚われていたようです。もっとも、お姉ちゃんの暮らしている帝都はさらに内陸奥深くではありますが。


「ここならいいか。そろそろ任務も終わりを告げる」

「そう、ですか。では騎士さまに……お渡しする知識と記録、があります」

「ほう、申してみよ」

「一つは建物……といっても今日初めてあそこが地下だと知ったわけですが、エアリアルさんに詳細な見取り図を調べてもらい、今日まで必死に覚えて参りましたので……記録をお願いします。二つ目は、媚薬投与に際しての私の容態を映像記録したクリスタルを、差し上げます。帝国で、お役立て下さい」

「セレニア、そなた……本当に“使われ”なのか?」


 苦笑して頷く私を騎士さまは戸惑いを浮かべながらも初めて見せて下さった優しい笑顔を浮かべ、なぜか私を愛おしそうに頭を撫でてくださりました。私はとるに足らないはずの王国の女だったはずですのに。でも不思議と嫌な感じはしませんでした。むしろ心地よく、もっと撫でていてほしかったくらいです。


「ようやく許可が降りたのでな、近いうちにまた来る。それまで……しっかりその身を守るがよい」

「え、それはいったい……」

「毒に侵されたままのそなたには伝えることはできぬ。だが……必ずセレニア、お前を迎えにこよう」

「っ、ぁ……?」


 騎士さまはそう言うと私の額に騎士さまの唇を、つまり接吻をくださりました。いかに恋愛に疎い私でもこれくらいの意味はわかります。……わかるだけに少し混乱してしまいました。でも……嬉しい気持ちが勝り、弱りに弱った腕力ではありますが、私は騎士さまをそっと抱き締めたのでした。


***




 幸せな気持ちのままに帰還した私に異変が訪れたのはその日の夕食でした。騎士さまの意向でお止めになったはずのあの違和感が再び、それも今までにない規模で感じられるとディーネちゃんが言うのです。これはどういうことなのでしょうか。騎士さまはお別れする時にも身を守れとおっしゃった。……けれども食べなければあの嫌らしい目付きの男がやってくるに違いありませんし、どうしたら良いのでしょう。


《エアリー、これは陰謀の匂いがするよ。確か複数の人間の男がいた部屋があったはずだ、探ってくれないか》

《分かったわ、リィーテ。任せて》


 不安そうな様子の私にリィーテちゃんが率先して行動をしてくれた。本来なら私が指示すべきことなのに……。そうして戻ってきたエアリアルさんの報告は思いもしないものだった。


《セレニア、その食事は食べちゃダメ、あなたはあの黒鎧ではない誰かに売られたわ》

「えっ、な、んで……?」

《詳しくはわからないけれど、金色の山がひとつ、ふたつ、みっつ、いっぱいあったわ》

《やれやれじゃのう。これだから人間とやらは信用ならぬのじゃ》

《リィーテ、きっとあれ。今日、街の中でセレニアを見てたキンキラの男、いた》

《本当かい、ディー。ならばボクたちがやることはひとつだね》

《おやおや、やっとあたしの出番かい?》

《俺様も忘れちゃ困るぜ?》

「サラ、シェー落ち着いて。こんな狭いところで暴れたらみんな死んじゃうから止めて」


 シェーちゃんはともかく、サラが暴れたら辺り一面火の海になる光景しか浮かばない。さすがにそれは困る。巻き込まれて私まで死んじゃうから。屋外ならともかく地下の狭い空間では逃げ場が無いに等しいし。そうこうしていると普段は現れることの無かった男たちが私の部屋に押し掛けてきて何一つ手をつけていない私の食事を見るや、


「とっとと飯を喰わねーか、このガキ!旦那がさっきからお待ちなんだ、さもないとひどい目に遭わせてやるぞ?」

「き、騎士さま、が……?」

「ああん?お前、王国民のくせに帝国の騎士がいいってか?この売女め!」

「お前はなこの街の次期領主様に見初められたんだよ、奴隷としてだがな!」

「「「旦那も太っ腹だぜ、味見が済んだら俺たちにもお裾分けだとよ、がはははははっ」」」


 一瞬、何を言われたのかすらわからなくなるほどに強いショックを受けて私は呆然としてしまい、思考が止まってしまいました。騎士さまは早くても次にお会いするのは三日後です。確か今夜には帝国へと向かわれたはずなのですから。

 さっきまで私を満たしていてくれた光が遠退いていきます。そして代わりに、深い、とても深い……闇が。絶望が……押し寄せてきたのがわかります。王国では奴隷に人権はありません。まして、権力者の奴隷はまともに扱われたためしがないことが有名です。

 そんなのはいやです。奴隷になってしまったら帝国にいるお姉ちゃんには一生会うことができなくなります。そんなのはいやです。あの騎士さまに二度と頭を撫でて貰うことも抱きしめて貰うこともできなくなるのです。


「……そんなのはいやです。絶対に、いやです!!」

《来た来た来たぁ!セレニアの怒りのパワーが来たわ!》

《そして闇より深い絶望もなーっ》

「な、なんだぁ!?」

「火精霊だと!」

「闇精霊までいやがる、こいつ精霊使いか!?」

《あっちゃあ……セレニア、キレちゃったか……仕方ない、エアリー、ディー、ノーマ、セレニアを守るよ》

《承知》

《空気確保は任せて》

《容易いことよ》

「………な、な、六精霊全てだと?」

「ば、化け物め……」

「慌てるな、こいつはすでに充分漬け込んだはずだ、意思伝達もろくに出来ない精霊使いなぞ怖くない、ぎゃあ!」

《うるさいぞ、とっとと燃えろ!》


 今さらながらに気がつきました。私は騎士さまが、あのぶっきらぼうな、時々意地が悪い、けれども優しい笑顔を見せて下さった、大きな手のひらの、騎士さまが、好きなのです。大好きになっていたのです。なのに、この人たちは私から、お姉ちゃんを、幸せを、未来を、奪おうとしている。……そんなのは、いや。絶対に、いや。だから、死んじゃえ!奪われると言うならば、奪ってやる!


《きゃははははっ、燃えろ燃えろーっ》

《あーあ、これ、どうするー?ディー、消火できそう?》

《んー、無理。セレニアを守るだけで精一杯》

《あー、やっぱり?》


 ふと、正気に戻れば目に見えたのは一面の焼け野原。天井すら焼け落ちた、肉の焦げるにおいに思わず吐き気を催すような大惨事が飛び込んできたのです。立ち込める煙はエアリアルさんが空気の流れを調整しているのか、私の方には来ていません。火山の火口のような熱気もディーネちゃんが守ってくれているため熱くありません。崩れてきた天井はノーマお爺ちゃんが守ってくれたので私は傷ひとつありません。張り裂けそうだった心はリィーテちゃんの癒しの光で守られて……何もかも守られて、私だけが無事でした。


「サラちゃん、シェーちゃん、もういいよ……ありがとう」

《なんだ、もう終わりかつまんねー》

《あたしの可愛いセレニアを泣かせた報い、しかと与えたぜ》


 これだけの大惨事です。騎士さまも、私が生きているとは思いもしないでしょう。私の怒りに巻き込まれて死んだひともたくさんいるでしょうし、男たちの言うことが本当ならば次期領主さまとやらも巻き込まれているはずです。このままでは王国にも居場所が無くなるのは目に見えています。


「どうしよう……」


 私は自分の手で全てを失ってしまったのです。そう、全てを。いずれ私は危険な忌むべき精霊使いとして迫害されるかもしれません。そしてそれは自業自得であると言われたら否定できないのです。


「……どうしよう。本当に、どうしよう……お姉ちゃん、騎士さま……私は」

「「セレニア!無事か!(なのね!)」」


 漆黒の絶望に心が押し潰されそうになり、飲まれそうになる間際に私は思わずお姉ちゃんと騎士さまの姿を心に浮かべたその時、上空と煙の向こう側のそれぞれから思いもかけない声を掛けられ、次いで煙の先から伸びてきた美しかった漆黒の鎧が煤にまみれて無惨にも汚れた、夕方別れたばかりであるのにもう何日も会っていないかのように思えてしまうその確かな優しさの腕に強く、強く抱きしめられました。


「お姉ちゃん……?それに、騎士、さま……?」

「話は後だ。直に王国の官吏がやってくる、すぐに移動するぞ」

「ええ、そうね。行くわよ、エリー。私たちを森まで運んでちょうだい」

《はい、マスター》


***




 こうして私は現在、帝国は帝都のお姉ちゃんが暮らす新居の一室にてお姉ちゃんを始めとした方々に毒抜きも含めた看病を受けています。お姉ちゃんは挙式の前に私のことを知らされたものの、すぐには動くことが出来なかったので騎士さまを通じて可能な限りの救出プランを練っていたのだそうです。そうして、ようやく動けるようになりあの夜に森で騎士さまと合流して、直後に街から激しい爆発と火柱が立ったために慌てて駆けつけたのだとか。


「まったくもう、セレニアったら。潜在能力は私より上なのに……はやく“使われ”から“使い”になりなさいな」

「ごめんなさい、それから助けてくれてありがとう」

「その言葉はアレス君に言ってあげなさい。私の夫に必死になって貴女のことを直訴していたのよ?惚れた女を救いたい、って」

「え、ええ……?アレス……さん?」

「ん……?あっきれた、アレス君たら貴女に名前を告げていないのね。セレニア、アレス君は貴女の大好きな騎士さまの事よ」

「初めて名前を知ったよ……」

「手続きも済めば貴女も私と同じ帝国臣民になるわ。……幸せになりなさいよ?いいわね?」

「うん……」


 帝国に亡命というかたちになった私は帝国では希少な精霊使いの姉妹ということで迎え入れられることになり、騎士さま――アレスさまとは来月にも式を挙げることになっている。聞けばアレスさまは将軍さまの弟さまとのことで、地位もあることにびっくりしてしまった。

 二度と会えないかもしれないと一度は絶望してしまったけれど、精霊さんたちのおかげでこうして再会どころか今は幸せに浸りきっている。お姉ちゃんの言う通りに私は幸せになる。そして今度は私からお姉ちゃんに、そして愛する旦那アレスさまに幸せを。



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