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午後の部2

 司会の言葉と同時に、舞台の灯りが一斉に消えました。司会によって強引に劇の始まりが告げられ、冬の女王様は納得できない表情のまま口を閉ざしました。舞台の幕は下りたまま、楽士の声だけが会場に響きます。


「季節がどうしてめぐっていくのかごぞんじ?

 それは、季節を司る四人の女王様が、季節の塔で祈りを捧げてくれるから。季節の塔で春の女王様が祈りを捧げれば、この国は春になる。夏の女王様が祈れば夏に、秋の女王様なら秋に、冬の女王様なら冬になる。今年はなかなか暑くならないなって思ったら、春の女王様がうたた寝してて、塔から出てこないからかもしれないね。今年はいつまでたっても涼しくならないなって思ったら、夏の女王様が塔で我慢大会でもしてたりして。今年は初雪が遅いなって思ったら、秋の女王様がおいしい果物に夢中だったり。そして、今年は全然暖かくならないなって思ったら、冬の女王様が駄々をこねてるのかもしれないよ。ずっと冬のままがいい、冬を終わらせたくないってね。でも、どうしてそんなこと、言いだしてしまったんだろう。冬をもたらし、冬を連れ去るのが、冬の女王様の役目だっていうのにね。

 これはある日突然、冬が終わらなくなってしまった国のお話」


 舞台に向けられたスポットライトが、舞台の端にいる楽士の姿を照らしました。楽士は手琴を静かに奏でながら、言葉を紡いでいきます。


「この国に、今年も冬がやってきた。秋の女王様がお帰りになり、冬の女王様が季節の塔に入られると、この国に初雪が降る。保存食は足りるかな? 薪の数は十分かい? 羊小屋の壁の修理は、もう終わってるのかしら? 人々が冬支度に走り回る様子を見るのが、冬の女王様は好きだった。冬の女王様はよく塔を抜け出しては、街の様子を見物していた」


 舞台の幕がサッと上がり、灯りが舞台を明るく照らしました。舞台の背景には都の大通りを再現したセットが組まれ、紙で作った雪がちらちらと舞っています。舞台の中央には小麦粉を詰めた袋を荷車で家々に配る粉屋のボブの姿がありました。舞台の右袖からアリーシャ演じる冬の女王が現れ、ボブに声を掛けます。


「おお、粉屋のボブか。精が出るな」

「これは冬の女王様。今年もよろしくお願いいたしますです」

「聞いたぞ。結婚したそうだな」

「へぇ。だもんで、精一杯働かねば。ヨメに貧乏はさせたくねぇですから」


 そう言うと、ボブはコホッコホッと乾いた咳をしました。


「風邪か?」

「たいしたことありません。熱もねぇし」

「そうか。まあ、あまり無理はせぬようにな」

「へぇ。ありがとうございます」


 ボブはそう言うと、荷車を引いて歩き始めます。舞台の中央で、アリーシャ演じる冬の女王は足踏みを始めました。背景のセットが右にゆっくりと動き、ボブも舞台の右袖に消えていきます。退場したボブと入れ替わりに、今度はカレン婆さんが舞台の左袖から現れました。カレン婆さんが舞台の中央まで進み出ると、アリーシャ演じる冬の女王は足踏みを止め、カレン婆さんに声を掛けます。


「おお、カレンではないか。今年も会えてうれしいぞ」

「これは冬の女王様。ワシは百五十まで生きるつもりじゃて、まだ当分はお会いできますぞ」


 にやりと不敵な笑みを浮かべるカレン婆さんに苦笑しながら、アリーシャ演じる冬の女王は尋ねました。


「出かけるのか?」

「子供たちに踊りのけいこを付けに行くところです」

「それはいい。今度私にも踊りを見せておくれ」

「まだまだ、女王様にお見せできるものでは。くちばしの黄色いヒナたちが、ピヨピヨ言うて回っとるだけじゃて」

「かわいらしくてよいではないか。近々訪ねるからそう伝えておいておくれ」

「女王様がいらっしゃるとなれば、あの子らもやる気になりましょうな。では、ビシバシ厳しく稽古をつけることにいたしましょう」


 そう言うと、カレン婆さんはコホッコホッと乾いた咳をしました。


「風邪か?」

「たいしたことはありませぬ。熱もありませぬし」

「そうか。まあ、あまり無理はせぬようにな」

「はい。ありがとうございます」


 カレン婆さんはそう言うと、軽くお辞儀をしてから歩き始めました。舞台の中央で、アリーシャ演じる冬の女王は再び足踏みを始めます。背景のセットが右に動き、カレン婆さんも舞台の右袖に消え、入れ替わりに今度は王様が、多くの兵士を伴って舞台の左袖から現れました。王様が舞台の中央まで進み出ると、アリーシャ演じる冬の女王は足踏みを止め、王様に声を掛けます。


「おお、王様ではないか。こんなところで何を?」

「これは冬の女王様。街の様子を視察している途中ですよ。冬支度に難儀しておる者がおっては困りますので」

「それは良い心掛けだ。お前は良き王だな」

「冬の女王様にお褒め頂くとは光栄の至り」

「その軽薄な物言いは改めたほうが良いぞ」

「生まれつきですので、直せませんな」


 心なしか得意げな顔でそう断言すると、王様は楽しそうに言いました。


「そうそう、今年の冬送りの祝祭はぜひご期待ください。皆、女王様に喜んでもらおうと練習を重ねております。私も今年は司会として参加いたしますので」

「お前が司会を? 大丈夫なのか?」

「口先から生まれたものと自負しておりますれば」


 そう言うと、王様はコホッコホッと乾いた咳をしました。


「風邪か?」

「たいしたことはありませんよ。熱がほんの四十二度ほどあり、悪寒で体が震え、咳と鼻水と涙が止まらず、側近に支えられなければ立ってもおれぬというだけです」

「それだけ堂々とウソが吐けるなら大丈夫だな」

「おお、見抜かれてしまいましたか。さすが冬の女王様は鋭くていらっしゃる」


 おおげさに驚いて見せた王様は、そう言った後で、はっくしゅん、と大きなくしゃみをしました。


「おや、本当に風邪かな?」

「あまり無理はせぬようにな。お前一人の身体ではないのだ」

「心に留めておきましょう」


 大げさな身振りで一礼すると、王様は兵士を引き連れ歩き始めました。アリーシャ演じる冬の女王は再び足踏みを始め、背景が動き、王様たちも舞台の右袖に消えていきました。背景は都の中央広場に変わり、薄く雪が積もった広場には多くの人が行き交っています。

 すると今度は、二十人の子供たちが元気よく舞台の左袖から飛び出してきました。子供たちはアリーシャ演じる冬の女王に抱きつくと、


「こんにちは、冬の女王様!」


と大きな声であいさつをしました。アリーシャ演じる冬の女王は優しく目を細めます。


「お前たちはいつも元気だな」

「うん」


 子供たちはアリーシャ演じる冬の女王の言葉に大きくうなずきました。


「女王様、今年もまた雪合戦しようね」


 アリーシャ演じる冬の女王の袖を引っ張りながら、子供の一人がそう言いました。


「いいぞ。今年も私の一人勝ちだろうがね」

「こんどはまけないもん」

「いーや、勝つね」

「まけないもんっ」


 アリーシャ演じる冬の女王にまとわりつく小さな子供たちから少し離れて、なまいき盛りの年頃の子供たちがひそひそと話しています。


「冬の女王様は強すぎだよね」

「大人なんだから、少しくらい手加減するべきだと思うの」

「私知ってる。そういうの、『大人げない』って言うのよ」

「こらっ」


 アリーシャ演じる冬の女王が、ひそひそ話している子供に向かって少し怒ったように声を上げました。子供たちは笑いながら、アリーシャ演じる冬の女王から離れました。すると、子供の一人がコンコンと軽く咳をしました。


「風邪か?」

「かぜひいてるやつは、おそとであそんじゃいけないんだぞ」

「かぜじゃないもんっ」


 アリーシャ演じる冬の女王は咳をした子に近づくと、突然ガバッと抱きつきました。


「つーかまーえたっ。捕まった子はおとなしくおうちに帰らねばいかんぞ」

「いーやーっ」


 冬の女王様から逃れようと手足をバタバタさせてもがく子供をがっちりと抱えながら、冬の女王様は子供たち全員に向かって言いました。


「お前たちも、今日はお帰り。どうも風邪が流行っているようだ。雪合戦はまた今度にしよう」

「はーい」


 子供たちはきゃいきゃいと騒ぎながら、舞台右袖に走っていきました。アリーシャ演じる冬の女王は、子供たちの後ろ姿を優しく見送りました。




 審査員席に座る冬の女王様は、瞬きもせずに舞台を見つめていました。もともと白い肌は青ざめてますます白く、唇は血の気を失い、両手は胸の前で固く握られて、怯えるように震えています。冬の女王様は、この舞台で演じられている光景を知っていました。そして、この後に何が起こるのかも。


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