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午後の部1

 お昼休憩が終わり、会場には再び観客が戻ってきました。司会が蝶ネクタイの位置を整え、「あー」と声の調子を確かめています。お昼を過ぎて、少しだけ暖かくなってきたようです。

 観客が皆、席に着いたのを確認して、観客席の近くにいたスタッフが大きく腕を回します。それを合図に観客が一斉に拍手を始めました。舞台袖から司会が舞台の中央に進み出ます。さあ、いよいよ午後の部の開演です。


「お昼休憩も終わりまして、只今より午後の部を開始したいと思います。お昼を食べすぎて眠たい、なんてことがないように、しっかりと目を見開いてご覧ください。それでは開始に先立ちまして、審査員の冬の女王様にお言葉を……」


 そう言って司会は冬の女王様のほうを振り向き、そして言葉を失いました。冬の女王様は全身雪まみれで、ドレスの裾は泥だらけです。


「……えー、その恰好はアレですか。新しいライフスタイルのご提案か何かで?」


 なんと言っていいか分からず、とりあえず思いついた適当な言葉で質問をしてみた様子で、司会が問いかけます。なぜか冬の女王様はさも自慢げに、


「お昼休憩の間に、ちびっ子たちと雪合戦をしていまして。わたくし対ちびっ子二十名の戦いだったのですが、まあ当然、わたくしの圧勝に終わりましたわ」


と答えました。司会はその言葉にしばらく沈黙した後、人生における何かを諦めるかのように目を閉じ、そして目を開けてこう言いました。


「えー、それでは開始に先立ちまして、審査員の冬の女王様にお言葉を頂きたいと思います。女王様、お願いします」


「なかったことにしたぞ」という会場のざわめきを無視して、司会は冬の女王様に言葉を促します。冬の女王様も特に気にしない様子で、観客に向かって言いました。


「雪合戦で疲れたんで、午後の部キャンセルで」

「はいっ、では冬の女王様のウィットに富んだクイーンジョークを頂いたところで、午後の部の開演とさせていただきます。皆さま最後までよろしくお願いいたします」


 冬の女王様の言葉をさらりと無視して、司会が午後の部の開始を宣言しました。観客席からは司会のメンタルの強さを讃える声が上がっています。冬の女王様は不満げに口をとがらせましたが、あえて文句を言うことはありませんでした。


「さて皆さん。この冬の女王様を喜ばせていい気分で帰ってもらおう大会、第一回から数えて幾星霜、この国のあらゆる地域、あらゆる年代の方々にご出演を頂いてまいりましたが、今に至るも冬の女王様の説得に成功した者はおりません。モノボケ、モノマネ、一発ギャグ、ショートコントにサイレント、多種多様な芸が繰り広げられましたが、冬の女王様のお心を掴むことはできませんでした。実は私、少し前から、えー、正確には第三回くらいから、思っておりました。この方法、ダメなんじゃないかと」


 客席から「早く言えよ」とヤジが飛びますが、司会はそんなこと気にしません。しかし冬の女王様は、司会の様子にどこか違和感を覚えていました。その違和感が一体何なのか、冬の女王様にはわかりませんでした。司会は話を続けます。


「私、考えました。どうすれば冬の女王様の心を動かすことができるのか。本日は、その問いに対する私なりの結論を、冬の女王様に見ていただきたいと思います。午後の部にお送りいたします演目は一つだけ。国民全員参加による創作劇……」

「ちょ、ちょっと待て!」


 司会の言葉を聞いて、冬の女王様は思わず話を遮りました。司会はきょとんとした様子で冬の女王様を見つめます。


「何か?」


 冬の女王様は確かめるようにゆっくりと聞きました。


「全員参加と言ったか?」

「はい」

「何万人いると思っている! 舞台に上がって下りるだけでも日が暮れるぞ!」

「個人の力ではもはや不可能だということです。皆で力を合わせねば」

「極端すぎるわ! 『一人ではダメ』の次がどうして『国民全員』なんだ!」


 普段なら、司会はこの問いに冗談で返すところです。しかし、今日はそうではありませんでした。司会は体をまっすぐ冬の女王様のほうに向けました。


「皆の力が必要なのです。全員でなければ、ダメなのですよ」


 司会は静かに冬の女王様を見つめて言いました。その声は決して大きなものではありませんでしたが、有無を言わさぬ迫力を持っていました。


「思うとおりにやらせてはもらえませんか? どうか、この通り」


 司会が冬の女王様に向かって頭を下げました。冬の女王様は司会の言葉の真剣さに飲まれ、


「……そこまで言うなら、好きにしろ」


と言いました。


「ありがとうございます」


 司会は客席に向き直り、演目の紹介を再開しました。


「これからご覧いただきますのは『冬の女王』。こちらにいらっしゃる冬の女王様を主人公とした創作劇です。主役を務めるのは都一番の美少女、アリーシャちゃんです。冬の女王様に似た女性は数あれど、あえて都一番の美少女を役にあてたこの私の心遣いを、冬の女王様にはぜひとも汲み取っていただきたいと思います」


 客席からはどっと笑いが沸き起こります。冬の女王様は渋面で司会をにらみましたが、何か言うことはありませんでした。


「そして本日はこの舞台のために、特別ゲストをお呼びしました。舞台のナレーションを担当してくださいます、プロの楽士さんです。どうぞ舞台へ」


 司会の言葉を受けて、舞台袖から楽士が姿を現しました。派手な衣装を身にまとい、左手に手琴を抱えた、すらりと背の高い青年です。


「このような大きな舞台にお招きいただきありがとうございます。しっかりと役目を果たしたいと思いますので、皆さん最後までどうぞよろしくお願いいたします」


 そう言うと楽士は、芝居がかったポーズで観客にお辞儀をしました。観客が大きな拍手で楽士を迎える中、冬の女王様だけは、今までに見たこともないような厳しい顔つきで楽士をにらみつけていました。


「……お前、見ない顔だな。何者だ?」


 激しい敵意の色を浮かべ、冬の女王様は楽士に問いました。しかし楽士はそれを気にしたふうもなく、穏やかに微笑んで答えました。


「私はこの国の外より参った旅の楽士でございます」

「外から来た? そんなはずは……」


 そんなはずはない。そう言おうとした冬の女王様の言葉を遮って、司会が大きな声を張り上げました。


「楽士さん以外は皆、自分自身の役で登場します。そんなわけで、私も劇が始まれば進行を楽士さんにお任せし、普通の王様に戻ります。それでは参りましょう。第768回、冬の女王様を喜ばせていい気分で帰ってもらおう大会午後の部は、国民全員参加による創作劇、演目は『冬の女王』です。どうぞ!」

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