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午前の部

「第768回、冬の女王様を喜ばせていい気分で帰ってもらおう大会~~!」


 都の中央広場に設えられた大きな舞台の上で、司会の男が威勢の良い声を上げました。どんよりと曇る空に、ポンポンと花火が上がります。冬の空から降り注ぐ日差しは弱々しく、息をすると鼻の奥がツンとするような寒さが辺りを覆っていました。会場は国中から集まった人々でごった返しています。今日は冬を送る祝祭の日。年に一度、冬の女王様に感謝をささげ、冬の終わりを皆で喜ぶ日、の、はずだったのですが……


「昨日は822回って言ってなかったか?」

「その前は599回って言ってたわ」

「もう1000回は越えてるだろ?」


 司会に向かって観衆から、早速ヤジが飛んでいます。司会は一瞬渋い顔で観客をにらみましたが、すぐに開き直って言いました。


「何回だっていいでしょ。毎日毎日やってんだから、いちいち数えりゃしませんって」


 そう、実は、年に一回のはずの祝祭を、この国はもう何日も続けているのです。どうしてそんなことになってしまったのでしょう? それはある日突然、冬の女王様がこんなことを言い出したからなのでした。


「帰るのめんどい。ここに住む」


 それを聞いた人々は大慌て。だって冬が終わらなければ麦の種をまくことも、羊を柵から出すことだってできません。どうにか冬の女王様に帰ってもらわないと、このままでは国が滅びてしまいます。しかも、その理由が「めんどい」からだなんてあんまりです。王様を始め国中の人々が冬の女王様を説得しようとしましたが、冬の女王様は言い訳ばかりで少しも耳を貸してくれません。いわく、


「寒くて動きたくない」

「雪道はすべってあぶない」

「じつはちょっと熱っぽい」


 寒さに弱い冬の女王なんて聞いたこともありませんし、毎年雪道を平気で帰っていたくせに「すべってあぶない」なんて今更です。それに、熱がある人はご飯を三杯もおかわりしたりはしません。そう言うと冬の女王様は、


「熱を下げるには栄養が必要なの!」


 へそを曲げてしまいました。

 こうもあからさまにウソをつかれては、説得の手がかりさえ掴むことができません。ほとほと困り果てた人々は、とにかく冬の女王様のご機嫌をとって、ほめておだてていい気分にさせて、どうにか帰ってもいいと思ってもらえる方法を考えました。

 冬の女王様は何が好き? 冬の女王様は楽しいことが大好き。そうだ、だったらお祭りをしよう。冬を送るお祭りを、今年はいつもより盛大にしよう。冬の女王様が帰る気になってくれるまで、毎日毎日お祭りをしよう。

 そんなわけで、この国は今日もお祭りの真っ最中。中央広場の特設ステージでは、冬の女王様を楽しませるべく、国中から選りすぐられた精鋭たちが出番を待っています。


「さあ本日も始まりましたこのコーナー。ルールは簡単。舞台の上であなたのとっておきの芸を披露していただき、冬の女王様に『満足したからもう帰っちゃおっかな』と思わせることができた方にはなんと、とてつもないご褒美を進呈しちゃいます! 審査員は皆さんおなじみ、ここ最近の食っちゃ寝生活でおなか周りが気になり始めたこの人、冬の女王様のご登場です!」


 大勢の拍手に迎えられて、冬の女王様が舞台に現れます。女王様は少しの間、司会を射殺さんばかりの勢いでにらみつけていましたが、すぐににっこりとほほ笑むと、観客に向かって優雅にごあいさつしました。


「わたくしはおなか周りを気にしたことなど一度たりともございませんが、今日もみなさん、張り切ってわたくしを楽しませてくださいね」


 塔から出ちゃってんじゃん、という客席からの突っ込みに「大丈夫。日が暮れたらちゃんと戻るから」と答えながら、冬の女王様は審査員席に座りました。

 冬の女王様が席に着いたのを見届けると、司会の男は大きく息を吸い、声を張り上げます。さあ、冬の女王様を喜ばせていい気分で帰ってもらおう大会の始まりです。


「ではさっそく参りましょう! 本日最初の挑戦者はこの人、新婚ほやほや奥さん美人、うらやましいねたましい、地獄に落ちろ粉屋のボブ、カモンっ!」


 トンテンチャカポコピーヒャラピー、という出囃子に送られて、舞台袖から粉屋のボブが中央に進み出ました。ぽっちゃり丸顔、いかにも人のよさそうなボブですが、いきなり司会に地獄に落ちろと言われて戸惑い気味です。


「さあボブ、今日は何をやってくれるんですか?」


 ボブを戸惑わせた張本人はフォローする様子もなく、すました顔で問いかけます。


「う、歌をうたいますっ」


 大勢の人の前に出たからか、ボブはガチガチに緊張しているようです。司会はテンポよく話を進めていきます。


「どんな曲を歌っていただけますか?」

「は、春よ、来い、です!」

「それでは歌っていただきましょう。本日のトップバッター粉屋のボブ、曲は、春よ来い。張り切ってどうぞっ!」


 司会の言葉を受けて、ちゃららら~んと曲のイントロが流れ始めました。ボブが気を落ち着かせるように深く息をして、いよいよ今から歌いだそうした、まさにその時。


「は……」


 ばんっ、という音がして、突然ボブの足元の床が消え去りました。ボブの姿は一瞬で舞台から姿を消し、ばしゃーんという大きな水音が会場に響き渡りました。

 司会は舞台の中央まで歩いていくと、床に空いた穴の中を覗き込みながら言いました。


「残念。どうやら冬の女王様が『もうええわ』ボタンを押してしまったようです。ただいまご覧いただいた通り、女王様の手元にある赤いボタン、通称『もうええわ』ボタンが押されますと、舞台中央の床が抜けて強制終了。出演者は床下に用意された温泉にドボン、というなかなか過酷なルールになっております。ご褒美への道はつらく険しいということですね」


 司会は観客席に向き直って、さも残念そうな顔で話を続けます。その後ろで、舞台袖から現れた二人の黒子が、床に空いた穴を、トンテンカンテン、板でふさいでいます。


「いやぁしかし、トップバッターボブ、あっという間に消えてしまいましたね。一小節すら歌わせないという、まさに冬の女王の名にふさわしい冷酷ぶりを見せつけられた気がいたしますが、さあここで、審査員の冬の女王様に一言感想をいただきましょう」

「選曲にトゲがあるよね。明らかに帰れって言ってるよね、私に」


 冬の女王様は不満顔です。トンテンカンテンと響いていた音が途切れ、黒子が舞台袖に引っ込んでいきました。どうやら床の穴をふさぎ終えたようです。黒子の退場を見届けると、司会は次の挑戦者を舞台に呼びました。


「さあ続けてまいりましょう。本日二人目の挑戦者は、ダンス界の生ける伝説、御年数えで八十五、その干物のごとき身体から繰り出される圧倒的なパフォーマンスは私たちに生命の奇跡と可能性を見せつける! 誰が呼んだかダンシングミイラ、仕立て屋の大女将、カレン婆さん、カモンっ!」

「誰がミイラじゃっ!」


 司会に向かって文句を言いながら、カレン婆さんがさっそうと舞台に登場です。背筋はまっすぐに伸び、八十五歳とは思えないしっかりとした足取りで歩くその姿に、自然と観客から拍手が沸き起こりました。しかしカレン婆さんは不機嫌そうに観客のほうを向くと、


「ええい、やめんかっ! ワシはまだなにもしとらん!」


と怒鳴りました。客席は一瞬にして静かになります。少し不穏な空気が流れ始めた中、カレン婆さんは言葉を続けました。


「いくら年寄りじゃとて、立って歩くだけでもらえる拍手などいらん。その拍手と歓声は、ワシのダンスを見終わった後のためにとっておけ」


 その言葉に、会場は大いに沸きあがりました。観客たちはみな立ち上がり、カレンコールの大合唱です。カレン婆さんは不敵な笑みでそれに応えると、堂々たる態度で舞台の中央に立ちました。


「さすがはダンス界のレジェンド。踊る前から魅せてくれます」

「やかましいわこわっぱが。人を干物だのミイラだの好き勝手言いおって。後でたっぷりと説教をくれてやるから覚悟しておけ」

「そ、それはどうぞご勘弁を」


 司会も自分の二倍以上生きてきたカレン婆さんにはタジタジのようです。気を取り直すように軽く咳ばらいをすると、司会はカレン婆さんに問いかけました。


「さて、今日はどんなパフォーマンスを見せてくれるのでしょうか?」

「うむ。今日の演目は、『ラストダンスを貴女と』じゃ」


 観客席から「おぉ」というどよめきが起こりました。『ラストダンスを貴女と』は今から五十年以上前に作られた舞踏劇で、不慮の事故によって命を失った若者の魂が、嘆き絶望する恋人を救おうと奔走する物語です。この国には昔から、死者の魂はその死後二週間地上に留まり、残された者を見守るという伝説があり、それに着想を得て作られたと言われています。そしてその特徴はなんと言っても、言葉と道具を一切使わない一人舞台だということです。音楽と効果音こそありますが、セリフも歌もありませんし、場面を表す舞台セットも、演者が身に着ける小物すらありません。演者は若者の想いを、恋人の絶望を、そして二人の哀しみと最後に見出す希望を、すべて一人で、踊りのみで表現しなければならないのです。初演以来数々の名だたる舞踏家がこの演目に挑戦してきましたが、完ぺきに演じることができた者はおらず、もはや挑戦する者さえない幻の作品と言われていました。


「今や挑戦するだけでもその勇気を讃えられる、史上最高難度の演目に、生ける伝説が挑みます。今日、皆さんは歴史の目撃者となる! それでは演じていただきましょう。仕立て屋の大女将、カレン婆さんによる舞踏劇、『ラストダンスを貴女と』です。どうぞっ!」


 司会が舞台袖に引っ込んだのを合図に、オーケストラが音楽を奏で始めました。カレン婆さんは舞台の中央で、右手を掲げて天を仰ぎ見るポーズをとっています。オーケストラの奏でる音色が徐々に緊張感を帯び始め、さあ、これから踊りが始まる、というその時。


 ぐぎっ


 奇妙な音が舞台に響き、そして舞台の上のカレン婆さんがか細い声で言いました。


「……こ、コシが……」


 ばんっ、ざぶーんっ

 観客があっと言う間もなく、カレン婆さんは舞台から姿を消したのでした。


 司会が舞台に現れ、残念そうな表情で話し始めます。


「いやぁ、あまりの展開に私も言葉がありません。トップバッターに続いて二人目も、始まる前に終了してしまうなど誰が予想できたでしょうか。猿も木から落ちる、あるいは年寄りの冷や水と言うべきか。生ける伝説を以てしても、時間という暴君の前には膝を屈せざる得ないという現実を、我々はまざまざと見せつけられたのであります」


 そう言うと、司会は審査員席を振り返りました。


「それにしてもさすが、冬の女王様は見事なまでにブレません。お年寄りにも容赦なし。その氷のごときハートは、いたわりや優しさとは無縁なのか。それでは審査員に感想を聞いてみましょう。冬の女王様、どうぞ」

「温泉にゆっくりつかって、しっかりと腰を温めなさい」

「ああっと、ここでまさかのいたわり発言! これはいったいどうしたことか、よもや好感度を気にしたか? しかし私は勇気を振り絞ってあえて皆様に申し上げますが、本当に優しい心を持った人間は、腰を痛めた老婆を温泉に落下させたりは致しません!」


 冬の女王様は司会に向かってこれ以上ないほど素敵な笑顔を向けると、


「お前も温泉が恋しいのかな?」


と言いました。司会はすばやく冬の女王様から目を背けると、何も聞かなかったかのように進行を続けます。


「さあ、サクサク参りましょう。次の挑戦者はこちらっ!」


 大体いつもこんな感じで、冬の女王様を喜ばせていい気分で帰ってもらおう大会は進んでいきます。国中から集められた猛者たちは、全身全霊を込めた一発ギャグや技術の粋を集めたショートコント、計算しつくされたダジャレに必殺のギター漫談と、あらゆる手段で冬の女王様を楽しませようと頑張りましたが、みなことごとく温泉を楽しむ結果になってしまいました。今日も冬の女王様を満足させる者が現れないまま、大会の午前の部は終わりました。


「以上をもちまして、午前の部の演目がすべて終了となります。ここで冬の女王様に、午前の部を終えての感想をいただきたいと思います。女王様、どうぞ」

「もっとも笑いが取れるタイミングで皆さんを落下させられるよう、さらなる技術の向上を図ろうと思います」

「落とす前提で話をしないで! さあ、今日もこの傲慢な冬の女王様を満足させる挑戦者は現れないのか。冬の女王という名の壁を、人類は乗り越えることができないのか。すべては本日、午後の部にて明らかとなります! 皆様、ぜひお見逃しのないようよろしくお願いいたします。お昼休憩をはさみまして、午後の部は午後一時より開演となります。昼食のご予定はお決まりですか? もしまだでしたら、ぜひステージ横の特設フードコートをご利用くださいませ……


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