心のうち
「見つけたよ。ギルドにはいなかったからもう村に向かっているかなって思って走ってきたよ」
「学校はどうした?忘れ物か?」
「栗原君デートしよ」
「はぁ?」
その後彼女に連れられて城下町で食事のおいしい店、観光地、景色のきれいな場所を案内された。
その際、彼女は自分の趣味や特技、好きなもの、嫌いなものをひたすら話す。
「おい、いい加減にしろ。俺はまだやることが残っているし、魔物退治にも行くつもりなんだ。遊んでいる余裕はない、さっさと手を離せ」
「嫌、もっと話そうよ。私のことは話したよ。今度は栗原君のことを教えて」
「ふざけるな」
俺の力なら手を振り払うことくらい簡単だ。
けれど、なぜか俺はこの手を放したくないと思ってしまう。
だから向こうから放してくれるように突き放す態度を取り続けた。
「ふざけてないよ、私は栗原君のことが知りたい」
「俺はお前に話すことはない」
何度もこの会話を繰り返す。
そうするうちにだんだん俺は強い態度でいられなくなってしまう。
「頼むからこの手を放してくれ」
「どうして?栗原君の力なら私の手なんて振り払えるでしょ」
「そ、それはそうだが」
「私は何度振り払われたって何度でも手を取るよ。だから教えて、栗原君のことを」
そうして俺は彼女に負ける。
「分かった。何を聞きたいんだ」
「全部、栗原君がこの世界に来て私と会うまでのこと全部教えて」
俺は杖の勇者の正体や地下室のこと、俺が見捨てた少女のことを除いてすべてを話した。
勇者候補として俺を含めて4人が召喚されたが俺一人だけ弱職の『裁定者』になっていたことやギルドでキングフロッグを倒したこと、その後ギルドで宿を紹介され向かっているときにナタリアと会ったと。
「うそ。栗原君はまだ話していないことたくさんある」
「全部話しただろうが。これが全部だよ」
「私が何も栗原君のことを知らないと思った?栗原君を見つける前に私、ギルドでフェルミナさんっていう人や栗原君がお世話になっている武器屋のおじさんに栗原君の様子が前と後で違いって聞いたよ。そうしたら、明らかに変わったって教えてもらったよ」
ナタリアは俺の態度が変わるくらいの何かがあったと確信している。
「教えて。栗原君が抱えていることを、苦しんでいることを」
「うるさい。お前には関係ないだろうが、しつこいんだよ」
俺は声を荒げてしまう。
「関係ならあるよ」
「なんのだよ」
ナタリアは心の中で思う。
彼はこんなにも弱い人で今にも壊れそうになっている。
けれど、それを強きの口調で隠して必死に自分を奮い立たせようとしている。
私はこの人を支えてあげたい、救ってあげたい。
そして今度は自分がこの人を助けたいと思う。
それと同時にとても愛おしく感じる。
そのとき、ああこれが恋なんだと思う。
「私はあなたが好きです」
俺は何を言われたのか分からなくなる。
「あなたは私の命を助けてくれた、今度は私があなたを助けたい」
「お前は俺よりも弱いだろ」
「なら、強くなって助けます」
「どうして俺なんかのためにそこまでしてくれる?」
「好きになっちゃったからです」
ナタリアは顔を赤くする。
「まだ会って一週間も経ってないんだぞ」
「好きになることに早いも遅いもないよ」
「きっと俺の話なんか信じない」
「栗原君の、好きな人の話なら信じられます」
そう言ってナタリアは俺に笑顔を向けてくれる。
ナタリアが信じてくれることを願いながら俺は話し始める。
この国の王子、杖の勇者の本当の姿のこと、地下室での出来事、そして俺自身がやってしまったことを。
「どうだ?信じられんだろう。仮に信じたとしてもお前の惚れた男は自分の命可愛さに逃げ出す臆病者のクズ野郎だ」
話が終わって俺はナタリアに尋ねる。
「そうですね。クズ野郎です」
そう言うと俺の顔を掴むとお互いの額を当てる。
「でも、そんな臆病者のクズ野郎に惚れて好きになったんです。だったら、私があなたを自慢にできる素敵な彼氏にします。」
そう言うと俺の頭を抱きしめる。
「私はあなたを信じます。私はあなたが好きです。だから、私の前では苦しまないで」
俺はずっと誰かを求めていた。
でも、もしその誰かに頼ってしまったらきっともう強くいられない。
だから、強くいるために自分を追い込んできたのに。
「あなたがどうしても苦しいのなら私にもそれを分けてください。だって、私はあなたを愛していますから」
「ううっ、ううううううううう」
俺は声をあげて彼女の腕の中で泣いた。
何度も何度も謝った、助けられなくて、見捨ててと。
彼女は俺が泣き止むまで優しく頭を撫でていた。
初めて自分を信じてくれる人に会った。
「すまん」
「いえ、どういたしまして」
泣き止むと俺は彼女を連れて少女の墓に連れてきた。
「この子がそう?」
「ああ」
二人で静かに手を合わせる。
ナタリアに話して気分が多少マシになったとはいえ俺の罪が消えることはない。
「ナタリア」
「何ですか」
「これからはリアって呼んでいいか」
「はい、喜んで。代わりに優斗君って呼んでいい?」
「好きにしてくれ」
そのまま二人で村へと向かう。
さすがに手をつなぐことはなかった。
リアはもの欲しそうな顔をしているような気がしたが。
村に着くと被害者家族に金貨1枚を渡す。
二人でバークレーに入るとすでに母親とリリアナがいた。
「おかえりなさ~い、リリちゃんから話は聞いているわよ~」
「おかえり、お姉ちゃんと栗原さん連れてきてくれてありがとう」
俺とリナは声が合う
「「ただいま」」
俺は帰ってくると母親から今日もバークレーに泊まることを薦められた。
「泊まるのは構わんが何か考えてないか?」
「宿泊費は要らないから~優斗君の手料理が食べたいなぁ~」
「その程度で宿泊費が浮くなら別に構わない」
「本当?やったー。優斗君の料理美味しいから楽しみ」
リアは嬉しがる。
「優斗君!?」
「あら~」
リリアナが驚き、母親はニコニコしながら交互に俺らを見る。
「栗原さん」
リリアナが声をかけてくる。
「どうしたリリアナ?」
「私も栗原さんのこと優斗さんって呼んでいいですか」
「構わないが」
「ちょっと優斗君!」
「お姉ちゃんは黙っててよ。それと私のことはリリって呼んでください」
「よく分からんがそう呼んでいいならそう呼ぶ」
「後、私にも優斗さんのことを全部教えてください」
「いや、それはちょっと」
「お姉ちゃんは良くて私は駄目なんですか」
「たぶん信じられない話だと思うし」
「お姉ちゃんが信じた話を私が信じないと思いますか」
さっきからリリに攻め立てられる。
「分かった。教えるから落ち着いてくれ」
俺はリアと同じ話をリリと母親にする。
母親に話すつもりはなかったのだが、「娘が信じた事を母親の私が信じないと思うの~」などと言われ結局話す。
「私は優斗さんを信じます。優斗さんは嘘をつくような人じゃありません」
「そうね~、栗原ちゃんみたいな良い子が嘘なんてつかないしね~」
リリにとあっさり信じられ、母親も普通に信じてくれた。
一呼吸おいてリリは意を決すると
「私は優斗さんが好きです。だから、もし苦しんでいるのならその苦しみを私にも分けてください。私は優斗さんの支えになりたいんです」
「全く同じセリフをさっき聞いたんだが」
リリもリアと同じことを言う。
「ちょっとリリ、何告白なんかしているの」
「お姉ちゃんには言われたくない。抜け駆けして」
姉妹で言い合いをする
「俺はリリになにか特別なことをしたりしていないのだが、どうして俺なんかを好きになるんだ?」
俺はリリに尋ねる
「私の好きなタイプが優斗さんみたいな大人の人なんです。つまり、一目惚れです」
一目惚れなんてあったのか、都市伝説だと思っていたよ。
ただ、この世界に来たばっかりの俺ならやったーハーレム出来たぜって喜んでいただろうが今の俺は違う。
「俺は話した通り見捨てたクズ野郎だぞ」
「その弱さに余計惹かれたんです」
全くこの姉妹はそろってちょっと男の趣味が悪いんじゃないか。
俺はそう思いながら妹が俺のようなクズを好きにならないように願う。
「栗原ちゃん、娘たちのことよろしくね~。きっと幸せにしてくれるわ~」
のんきに言いやがって。
その後変態が帰ってきてうるさかったが母親に命じて黙らせ、俺が作った夕飯も好評だった。