子供
「そろそろお前らが知る邪神のことを教えろ」
「はい。分かりました」
俺がそう言うと教皇は随分と古そうな金庫を持ってくる。
中から随分と大きな書物を取り出す。
「これは約1000年前に起きたとある事実を書き残した書物のひとつです」
「それに何が書いてある?」
「これには人族と勇者たちが約1000年前に起こしたある事件について書かれております。そして本来、この本は存在してはいけないものです。しかし、その時代に生きた教皇と一部の教徒達が己の罪を悔い、その時に起きたことを書いたものです」
「内容はなんだ?」
教皇はそっと開きながら、申し訳なさそうに語りだした。
「約1000年前、邪神が世界を支配していたとき勇者様逹が現れ、邪神を倒しました。しかし、当時勇者様逹をまとめていた勇者様が邪神との戦いで負傷後、他の勇者様逹から攻撃を受けました。その時の勇者様は勇者としての力を奪われ、追放されてしまいました」
それはベリルが教えてくれたことと一部一致した。
そしてベリルが話してくれた噂は事実であったということだ。
邪神との戦いの最中に使徒同士の戦いが起き、神獣を従えていた使徒は使徒の力を奪われた。
ということはあの書物は正しいということか。
「なぜその力を奪ったのか分かりませんが、その襲った勇者様方はその力を当時の教皇に預けました。その時の教皇は他の勇者様と結託し、奪った力で世界を手に入れようとしていたようです。それほどの力を当時の勇者様方は『鍵』と言いました。しかし、その後から魔王との『鍵』をめぐる戦闘が激化し、その間に倒したはずの邪神が復活しました」
『鍵』はやはり教会が関わっていたのか……
つまりここに勇者や魔王から力を奪う『鍵』がある。
やはり教皇から話を聞いて良かった……
魔王との戦闘が激化したのはおそらく魔王側の使徒が勇者側の使徒が持つ『鍵』を自分達が手にいれたいとか持っておきたいとかそんな理由だろ。
根拠はないけど。
だが、その『鍵』さえあればクソ王子から全て奪い、奴の心を地獄の底に叩き落としたうえでぶっ殺せる!
ベリルが受けた痛みを何千倍にもして返せる。
「栗原殿どうしました?何か笑っているようですが」
「気にするな。お前から良い情報を得られて良かった」
「そ、そうですか」
「それよりもその力、『鍵』はどこにある?」
「けど、まだ続きが……」
「その『鍵』を俺に寄越せば、クソ王子から勇者の力を奪えるんだ。それさえあれば、この戦いは俺たちの勝利だ」
「な、なんと!『鍵』とは勇者の力の略奪なのですか?」
「だいたいそんな感じだ」
俺の言葉に教皇や王妃、リズリットが驚く。
「しかし、『鍵』は……」
「なんだ?何か問題があるのか?」
「はい。そのように書物には書かれております。その当時、力の奪われた勇者様は一時的に取り戻し、復活した邪神に対して『鍵』の力を使って封印したんです。そして後の世に邪神を滅ぼす可能性を託したと。かの勇者様は己に仇なした私達すら助けてくださったことを知った当時の教皇は己の行いを酷く悔い改め、志し同じくする者達とこれを書き記したと言われております。ただ、他の勇者様はその勇者様が嫌っていたため、それを後世に伝えるのは憚られたのです。そのため、このように秘密裏に伝承していったのです。ただ、その勇者様が言ったことによると後の世の人々が『鍵』を使う時、邪神は本来の力を取り戻し、数ヶ月後に完全復活をすると……」
なんだそれは。
「ちょっと待て。封印に利用したのは神獣の力だろ?」
「神獣?それはいったい何でしょう?」
俺はベリルから聞いたことを教皇に話してから何度精霊と神獣の関わりを問い詰めても教皇は本当に分からなそうだった。
途ろ端にあの本の信憑性が無くなる。
ベリルが先代から聞いたことが事実だとしたら邪神はベリル達の力で封印されているのだろう。
なら、『鍵』を使う必要はないだろう。
もちろん、教皇が話したことが全て嘘で俺に対して自分の都合の良いように話しているのかもしれない。
だが、それをする理由が今のところない。
すでに邪神が復活するのは時間の問題だ。
「そんなことが……、しかしこの書物は改編不可能な仕組みで作られたものです。この書物を偽造するのはどんな魔法を不可能だと思われますが……」
「栗原様、それは私も保証します。事実、この書物に書かれた内容は教皇の歴史にも載っているほど古く不変であります。ただ、書かれた内容がそもそも嘘であると言われれば可能性がありますが……」
教皇も王妃も困ったように悩む。
「ベリル、お前の先代は何て言っていた?」
「申し訳ありません。メアは昔のこと過ぎてよく覚えていないと言ってはいました。ただ……」
「ただなんだ?」
「『鍵』にそのような力があってもおかしくありません。事実、かつての13使徒が共に戦わなければ勝てない相手に神獣1体で本当に封印できたのかと問われれば私は疑問に思います」
ベリルの言う通りだ。
それほどまでに強大な相手に本当にベリル達だけで済んでいたのだろうか……
しかもベリル達はすでに4人中3人が封印に参加していない。
こんなので押さえられるはずがないと考えても不思議じゃない。
もし俺が封印するなら神獣の欠片達が襲われて封印が機能しなくなることも想定するはず。
「もしあの本が本当のことを書いていたのなら……」
もちろん、あの本に書かれた内容が偽りである可能性もあるが完全に間違いと言い切れない。
それにもし事実なら邪神の封印は何重にも保険をかけていたことになる。
俺が『鍵』を手にいれることで実際に世界の崩壊は一気に高まるということか……
ならば、『鍵』を受け取るのは止めた方が良いのでは……そうすれば俺が生きている間は幸せに生きられる……
別にクソ王子を殺すのに『鍵』を手に入れる必要もないだろう……
だけど、どうしてだろう。
心がざわつく。
まるで旧知の友がすぐそこにいるようなそんな思いがなぜか心の中に沸く。
見たい、いや会いたいという気持ちが異様なほど高まる。
「ご主人様、どうか『鍵』を手にするのは止めて頂けませんか?」
「どうしてだ?」
心の中で葛藤しているとベリルが俺の裾を引っ張り、そう言う。
「『鍵』を手にしてしまえば、ご主人様は否応なく邪神にとって標的になります。自身を倒しうる存在を邪神は許しません。きっと前回の魔王戦よりも激しいものになるでしょう。それに何よりご主人様がこれ以上危険なことに巻き込まれて傷付くのが嫌なのです。今は封印が効いていて安全に過ごせます。残りの封印できる期間も後80年程です。でしたらご主人様には充分過ぎるほど幸せに過ごせる期間があると私は思います」
「ベリル……」
「ベリルさん……」
沈黙していたリア達までベリルを見る。
80年……俺の年齢は100を越えている。
ジジイになっているかすでに故人だろう。
それにリアやリリだって死んでしまっているだろう。
俺が生きている間は邪神の脅威はない。
別に俺がしなくても別の誰かが邪神を倒してくれることだってあるかもしれない……
「ベリル、教えてくれ。お前は後どれくらい生きられる?」
「私は………………」
ベリルが沈黙してしまう。
そうだ、ベリルの先代は900年近く生きていた。
ベリルがそれくらい生きられるかは分からないが、それに近いくらいは生きられるだろう。
「ベリル、俺はもう君に死んで欲しくない。もちろん、いつかは死ぬだろう。けど、死ぬ時は幸せだったと心から思えるように死んでほしい」
「ご主人様……」
「それにだ、リリが前に言っただろう?高位の精霊だと子を成すこともできるって。俺はお前との子供が欲しい。もちろん、リア達ともな……」
俺の言葉を聞いてベリルは顔を赤くする。
ヤバい、言っていて俺も凄い恥ずかしい……
リア達も顔を赤くして照れてしまう。
だって子供が欲しいってそれはつまり…………
「だから、その、な。お前とのいずれできる子と幸せな未来を俺は欲しい。この先に待っている未来が滅びなんて俺は嫌だ。もちろん、俺はベリル達との子が幸せであれば後はどうでもいい。帝国や人族が滅びたって構わん」
「さすがご主人様です。そのぶれない志し惚れ直してしまいます」
「だからどうか……」
そうだった。
『鍵』とかどうでも良い。
有ろうが無かろうがそんなものよりも大切なことだった。
邪神がいずれは甦る。
甦った時、俺とリア達との幸せな人生に害をなすなら潰すのみ。
正直、もう元の世界に戻れるかも分からないならここで俺の足跡を嫌ってくらい残してやる。
「皆、俺を助けてくれないか?邪神相手に戦って勝てるとは正直思えん。だけど、俺とお前たちとの未来を作るためにも邪神を滅ぼす必要があるなら、まず1つ目として『鍵』を使ってクソ王子に産まれてきたことを後悔させたい」
「もちろんだよ優斗君」
「当然です!」
「リアとリリはあっちいけ!ユキがますたーのおてつだいやるー!」
「わ、私だって優斗様のお手伝いできます!」
リア達は口々にそう言う。
ルルなんて隠れていたのに出てきてしまい、教皇達を驚かしてしまう。
「私も忘れないでください!」
「そうだね、僕達だって戦闘では力になれないけどユウトの役にだって立てるさ」
「そうだ!ユウト、魔王戦の時の借りを返す」
フェルミナ、シルヴィア、ケインたちも手伝ってくれると口々に言ってくれる。
「ベリル、俺は元より自分のためだけに生きている。クソ王子を殺すのは俺に対する狼藉、邪神に対しては俺のいずれ現れる子供たちの未来を守るためだ。そのために『鍵』を手に入れるのは手段であって目的じゃない。だからー」
「それ以上は大丈夫ですよ。ご主人様の思いは分かりましたから。『鍵』を手に入れることで得られる力は大きいですが、邪神が復活することに対する被害を分かったうえでご主人様が決めたのなら私はもう何も言いません。『鍵』を手に入れ、邪神が復活し、あなたを害するなら私が全力であなたを守ります」
「ありがとうベリル」
「どういたしましてご主人様」
そうだ。
人族も帝国もどうだっていい。
大切なのはベリル達を守ること。
「栗原殿はやはり先代の7人目の勇者様とは違う。考え方が何もかも」
「なんか文句あんのか?」
「いえ、人間らしくて素晴らしいと思います。人は欲望で動かなければ人ではありません。何の見返りもない正義は時として他人を恐怖させます」
「そんなの当たり前だろ。何言っている?俺は勇者なんかじゃないし、正義の味方でもない。だから、俺に何かをして欲しいなら俺の利益になることをしろ」
俺はきっちり見返りを求めるし、正義の味方を祭り上げたいなら俺ではなく加山あたりにでも頼めば良い。
アイツなら喜んでやるぞ。
未だに正義の味方気分が抜けきっていないガキだからな。
もう一回シバキ倒すか?
ユキの力を使えばできるかも……
「栗原殿、どうか人族をお願い致します」
「帝国もです」
「あー、はいはい。適当にやるから気にすんな」
人族が絶滅しなければいいんだろ、しなければ。
帝国も残れば良いんだろ残れば。
まぁ、約束したからには適度に残そう。