憤怒
「はぁ、はぁ、はぁ。何とかバレずに回収できた」
「ロ、ロフト、か…………?」
「クロック!お前、意識を取り戻したのか!」
クロックの体は全身大火傷を被い、もはやどこが体のどういう部位なのか見分けがつかないほど酷い火傷だった。
「す、ま、ない。俺の、独断で憤怒にも迷惑を……」
「アイツは最初から怒ってねぇよ。ケガを治してやるからそしたらー」
「いい……治さなくて、いい……」
「何言ってんだ!俺がどれだけあの精霊たちに気付かれないようにお前を助けたと思っている!すぐにリナの所ともゲートが繋がる。そしたらまた皆でー」
「奴を見つけた……」
「奴……?」
「憤怒が予想していた奴だ」
「おい、本当にいたって言うのかよ?あれは憤怒の妄想だろ?」
「違う……俺は、奴に会った。そして、奴に意識を奪われた……。奴の力は絶大だ。人の心のほんの小さな闇を増幅し、闇に飲みこむ」
「お前、まさか、奴を見つけるために人族地域に侵入していたのか?」
「ああ……」
「どうして一人で行った!」
「俺はお前らの兄ちゃんだからな……お前らを守る責任があるんだよ」
「義理だろうが……!」
クロックは乾いた声で笑った後、俺にはっきりと言う。
「ロフト、この傷は決して魔法では癒えない。これは俺のスキルの反動だ。もう二度と癒えることはない……。それにあの虎、あの攻撃は余りにも影響が酷い。俺のスキルを無効にして直接体の内部に攻撃が加えられた。おそらく俺はもう死ぬ」
「ふざけんなよ!俺たちはただの人間に殺される訳ないだろ。それこそ勇者同士や魔王同士でなければならない」
「確かに普通はそうだ…。だが、今回俺を止めてくれたあの精霊たちは俺らと同じ存在、いや、下手をすれば俺たちを軽く上回る。戦っても勝ち目はないだろう」
「そんなの俺たちの歴史書には載ってない!」
「おそらくそこに7人目の勇者の鍵がある。7人目は本来存在しない。それなのに100年前に現れた。きっと精霊が関わっている…。そして今あの彼が新たな7人目の勇者になりえる可能性がある。その時、我らの目的を伝え、協力を申し出ろ。奴の力は絶対だ、もし俺と憤怒の仮説が正しければ――――ゲホッ」
そう言うとクロックは吐血する。
「兄ちゃん!」
「久しぶりに聞いたな……ロフト、お前に俺の魔王スキル『自己再生』を明け渡す。お前ならきっと使いこなせるだろう」
「ふざけんなよ!死なせてやるもんか!」
「頼む、受け取ってくれ。兄からの最後の頼みだ」
「クソッ、クソッ!くそったれ!」
俺は弱々しく差し出された手を握る。
『自己再生』、能力はスキル保持者の生命力を使用してどんな傷でも瞬時に再生させる。
通常はスキル発動中は5分のインターバルで回復をするが、重度の傷の時、それこそ首を落とされてもスキルの強制使用で回復も可能。
ただし、ケガの程度によって削られる生命力が違い、重症のときほど多く生命力が削られる。
「ありがとうロフト。そしてあの彼にもできれば礼を言いたかった」
「なんでアイツにも……」
「知り合いか……?」
「ちょっと前に見かけた奴だ。あの時は精霊とも関わり合いなんてなかったのに……」
「彼が俺を闇から救ってくれた。支配された後、俺は自身であの町に結界を張って自分が外の世界に出られないようした。あの時の選択を間違っているとは今でも思っていない。しかし、俺のせいで町にいた皆を俺の手で殺し尽くしてしまった」
「それはお前が自分でしたことじゃ……」
「だとしても俺は確かに闇に飲まれていたとはいえ、己の根底にあった願望で殺戮をし続けた。俺は町の皆を愛すると同時に魔族として人族に対するほんの小さな憎しみを持っていた。かなり前とは言え、かつて戦火で大切な友人達を人族に殺されたんだ、少しくらいは持つ。だが、その小さな憎しみが奴に支配された要因だ。そして俺は何度も自分の行いを後悔した。誰も俺を止めることができなかった。自分でも、そして……お前たちでさえも」
「それは………………」
実際、俺とリナは何度もクロック兄さんを助けに行こうとしたが、逃げ帰ってきた。
俺の魔王スキル『転移門』通称『ゲート』ならいかなる魔法にも干渉されずに移動できる。
それこそいかなる地点でも移動でき、移動人数の制限もない。
さらに言ってしまえば、攻撃をも転移させることが可能だ。
俺とリナはそうやって何度も勝負を挑んだが、負け続けた。
「そんな俺を止め、助けてくれたのは彼だった。あの虎の腹の中で俺の中にあった闇が消えていった。まるであれは『救済』だった。だから……どうか彼を恨まないでくれ」
「恨んでなんかねぇよ。俺達ですら相手にならなかったあんたを止めてくれたんだ。感謝こそすれ恨みなんてねえ。もしあるならそれこそお門違いってもんだ」
俺の敵は『奴』であって栗原の坊主じゃねえ。
そこをはき違えたらまた俺達魔族が人族との間で行い続けた戦争の再来だ。
「なら…良かった……」
そう言うとクロックの手が力なく俺の手から落ちた。
同時にリナが俺のゲートから急いでやって来た。
「クロック兄さんは?」
「死んだよ」
「そう…」
「俺にスキルを渡して死んだよ」
「クロック兄さんを私たちは結局助けることができなかった」
「力がないことをここまで痛感させられるとは思わなかったな……」
「あなたらしくない」
「そうか?これでも結構参っているんだぜ」
「いつものあなたなら何とかしてクロック兄さんを助けようとする」
「うるせぇよ!もうどうしようもないだろ!」
俺はリナに当たってしまう。
「ロフト、まだ諦めてはいけませんよ」
「な、なんでお前がここに!」
毎日よく聞く声がして俺は後ろを振り返ると憤怒と針の勇者がいた。
「どうにかなりませんか?」
「まぁ、だいぶ傷は酷いが治すことはできる。ただ、失われた寿命は戻らんと見て良い」
針の勇者はそう言うとクロック兄さんの焼けた体に何かを塗り始めた。
そうするとクロック兄さんの焼けた体が急速に治り始めていた。
「なんだよこれ!?」
「いったい何が起きているの?」
俺は驚いて思わず針の爺さんを見た。
どうやらリナも初めて見るようだった。
「これがワシの本来の勇者の力だ。しかし、ここまで治りがかかるのは初めてじゃ……」
「そうなのか?早いと思うが……」
「急速に治っておるのは体の重要な臓器や部位だけじゃ。おそらくこれでは四肢の切除は免れんな」
四肢は無くなるが生きていられる。
俺はひとまず安堵した。
「しかし、それでもクロックは大丈夫なんですよね?」
「もちろんじゃ」
「それならまだ良かったです。クロックにはまだ消えてもらっては困ります。それに四肢の欠損は魔王スキルの『融合』を与えればどうにでもなります」
「おい、それって……」
魔王の言う通り魔王スキル『融合』を渡せばどうにかなる。
魔物の四肢を奪い取り、自分と融合させればどうにかなる。
クロック兄さんは体が傷が一部治ると穏やかに寝息を立てていた。
「クロックやあなたたちにはまた迷惑をかけるかもしれませんがどうかお願いします。ここで負けてしまったら魔族にはもう未来はありません。せっかく、異世界から呼んだ魔王の因子を持つ子も本分を忘れて獣人族に対し暴挙に出てしまいました。魔王のスキルを扱えるものは限られています。どうか我慢して貰えませんか?」
「あんたの言うことは絶対だ。俺は反対する気はねぇ。けど……」
「私も反対する気はない。クロック兄さんは尚更反対なんてしない。私達3人は皆あなたに救われた。ならあなたの言うことに反対など決してしない」
「ありがとう、リナ、ロフト」
リナも俺も憤怒の考えに賛成することを聞いて憤怒は余計に申し訳なさそうに頭を下げて礼を言った。
「しかし一体なんなんだあの精霊は!普通、精霊に俺たちが負けるなんてありえない!何がどうなっている」
「それを含めて今後は行動していきます。クロックさんの言う通りもしその例の彼が100年前の勇者の再来ならきっと我々魔族にとっても救いなります。ロフト、リナどうか監視をお願いします。クロックにはカミーラと今後の事務的な作業に入ってもらうので安心してください」
「分かった」
「カミーラ、帰ってきてたのか?」
最後の魔王、カミーラ。
最高の女の子を探しに行くと意味不明な理由で今まで失踪していた。
「はい。彼女の琴線に触れる子を見つけたそうですが、魔王城で待っていれば必ず会えると言っていたので今後は大丈夫でしょう」
「了解。でも、カルウィンの奴はどうする?あの野郎、いつもふざけた態度を取りやがって……!いい加減、連れ戻すか?」
「いえ、彼にはこれまで通り人族領域での諜報をお願いします。彼ほど諜報に優れた人物もいませんし。それになんといっても彼はクロックさんの親友でもあります。私達が余計な手を出してしまったらそれこそ彼の邪魔になります」
「けど、あの男が操られる可能性だって……」
そうだ。
リナの言う通りクロック兄さんみたいに操られる可能性だってある。
あれだけ心優しいクロック兄さんが操られたというならカルウィンみたいなクズは真っ先に操られるに決まっている。
「そういえば、ロフトとリナはカルウィンさんの魔王スキルを知らないんでしたね……。大丈夫ですよ。あの人が操られることは決してありえません」
「何かあるのか?」
「はい。それは一回魔王城に帰ってから説明します。私ももうそろそろ限界で……」
「分かった。後で良いさ『ゲート』」
ゲートを開き、魔王城へ帰り仕度をする。
「爺さん、クロック兄さんを助けてもらってすまねえ」
「気にするな。可愛い孫娘の頼みを無下に断る爺などおらん」