神罰
「なんだ、これは!」
その白い虎はよく見ると白い雷で帯電しており、全身全てが白い雷であった。
「まさか、ユキなのか?」
「なぁーにー?」
能天気な声が上から聞こえたので見上げると
白い虎の頭の部分からユキ本人が上半身だけ出してきた。
「お前、大丈夫なのか?」
「ますたーこれすごい!ふかふかできもちいい!ますたーもさわるー?」
「いや、やめておく」
触ったら俺が感電しそうだわ。
ユキは滅茶苦茶テンションが上がって楽しんでいるようだが、魔王が気付かないうちに俺の目の前にまでいた。
殴られると思って思わず手で防ごうとしたら
「おまえ、ますたーいじめたやつ!ゆるさない!」
ユキがそう言うと白い虎が前足で魔王だけを上手く弾き飛ばす。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
魔王はこれでもかってくらい感電しながら飛んでいく。
俺たちがあれほど苦戦した相手をユキは軽々となぶった。
「すごい……」
「これが精霊の力」
リアたちは驚きの余り空いた口が塞がらなくなっている。
「ご主人様、これがユキちゃんの本当の力です」
「なんか凄すぎてなにも言えん。ベリルもあんな感じになれるのか?」
「私も条件さえ揃えば神獣化できますが、私の場合は守り専門なのでユキちゃんみたいな破壊力はありません」
「そうなのか」
「それに本来の私達の力を引き出す精霊魔法なら今までのように体が痛むことはないでしょう」
確かに今まで放つと何かしら精霊魔法の影響でケガを負うはずだったのが何故か無かった。
「ケガを負っていたのは私達の力を不正確な形で使っていたからです。その結果、中途半端に流れてきた私達の力で契約者の体を傷つけていたんです」
「そうだったのか……」
ユキは吹き飛んで暴れ狂う魔王に更なる追撃をする。
「ますたーいじめたおまえ、ぜったいにゆるさない!『とかきぼし』」
ユキの言葉にあわせて虎が口から雷を放つ。
魔王はその攻撃を避ける。
避けた拍子にそのままユキ本体に向けて飛びかかろうとするが……
「させないよ『すばるぼし』」
「グギャアアアアアアアア!」
避けたはずの雷が戻ってきて魔王を後ろから襲う。
「そろそろ終わらせるよー」
ユキはそう言うと再び虎の中に潜っていく。
魔王はどうにか立ち上がるとユキに向けて大きく口を開ける。
映像でも見た破壊光線でも放つのか?
「いっくよー!ますたーみててね」
「ああ、しっかり見てるよ」
「?」
「どうした首をかしげて?」
「ますたーすこしうれしそう?」
ユキにそう尋ねられてベリルを見る。
ベリルは俺に笑顔を返してくれた。
「確かに嬉しいよ。後でお前にも教えてやるからこれで決めてくれよ」
「うん!まかせて!」
ユキはそう言うと虎は魔王の方を向き直す。
「『せかいをおおうおおいなるやみをほろぼし、ひとびとにあまねくひかりをあたえ、みちびけ』『しんばつ』」
虎は更に大きく放電を始める。
俺らの方にも溢れ出した雷の一部が飛んできて地面を大きく抉る。
「おい!ユキ!俺たちまで殺す気か!」
俺は声を張り上げてユキに言うが、雷鳴(音の方)が鳴り響き俺の声を打ち消す。
虎は足に大きく力を込めると猛スピードで魔王に向かって走り出す。
「ガアアッ!」
魔王が口から破壊光線を放つ。
「『からすきぼし』」
虎を何か薄いものが覆った気がした。
虎はその攻撃を避けもせず正面から受け止めるが、スピードが全く緩まない。
魔王の顔が歪んだように一瞬見えた気がしたが、それも一瞬だった。
魔王は虎に頭から丸呑みにされる。
「ギャアアアアア、アアッ、アアアッ、アアアアアアアアアアアア!」
虎の体内で何度も感電し続ける魔王がいた。
一瞬、魔王の体が光ったかと思ったが、すぐに魔王の叫び声が響き渡る。
そうしてしばらくそれを繰り返していると、やがて5分経っても回復しなくなっていた。
虎は口から魔王を吐き戻すと元が人間だと知っているから辛うじて人間っぽく思えるが、ほとんど黒い何かと言ってしまっていいものだった。
虎は消えるとユキがゆっくりと地面に降り立つ。
そう思っていたら……
「ますたー!」
俺に向かってダイブを決め込む。
「グフッ」
腹に思いきりユキが突っ込んできて地面に腰を下ろしてしまう。
「ますたー!ますたー!ますたー!」
「どうした?」
「ますたー、死んじゃうかと思った」
「いや、まあそれはその……」
ユキはそう言うと俺の胸に顔を埋めると泣き出す。
確かに随分と心配をかけたのかもしれない。
「すまなかったユキ」
「ううん、ますたーいきててよかった」
「リアたちもすまなかった」
「ううん、優斗君が生きててくれて良かった」
「全くです。優斗さん、本当に良かった……」
「私もです!」
リアやリリ、ルルも目の端に涙を浮かべたかと思うと抱きついてくる。
「ご主人様、約束守ってくれましたね」
「ベリル……」
「今は特別にリアさんたちに譲ります。ご主人様と私は誰よりも想いを知り合っていますから正妻の余裕です!」
「ぐすっ、ちょっと何それ?聞いてないよ」
「リア、今はゆっくりしろ。後で話してやるから」
リアが泣き顔で尋ねてくるので頭を優しく撫でる。
「ベリルも良いか?」
「はい。私とご主人様のなれ初めですから」
「最悪ななれそめだがな。それよりも魔王はもう大丈夫なのか?『断罪』でも死ななかった奴がこんな簡単に倒せるのか?」
「それは問題ありません。魔王に関していえば、ユキちゃんが仕留めたなら確実です。絶対に問題ありません」
ベリルが絶対とまで言うなら大丈夫なんだろう。
「後でお前たちの、精霊の役目とやらも教えてくれよ。俺ももう関係無いとは言えないのだろう」
「非常に私としては後悔がありますが、仕方ありません。教えます。それとご主人様も自身の状態がどういう状態なのか少しくらい分かっているとは思いますが、少し落ち着いたら話を聞いてくれますか?」
「ああ、問題ないよ」
それは何となく分かっている。
自分の体だ。
前までの自分の体と違い、何かはっきりとしない。
まるで自分の精神と体がしっかりと繋がらないような気がする。自身の死と引き換えに使う『断罪』だ。
たとえベリルが生命力を付与してくれたからと言ってその程度どうにかなるものではない。
それに落ち着いた今だから分かったが、精霊魔法に必要な祝詞が『雷光』『聖海』以外、構成できなくなっていた。
俺たちがじっとしているとやがてリアたちも泣き止んでくれた。
さて、これからようやくゆっくりと話せるかなと思ったその時……
「優斗!」
再びケインたちが転移してやって来た。
魔王の叫び声の時、咄嗟に手で合図を出して逃げるようにして貰った。
ケインの後ろにはなぜかシルヴィアやフェルミナ、それにギルドでよく話す冒険者パーティーやヴィルヘルムの爺さん、それに武器屋の親父までいた。
「どうしたんだ?」
「助けに来た!ギルドからお前を助けたい奴を片っ端から集めた。お前が逃げるまでの間、俺たちが食い止める!ほら、代わりの転移石も持ってきたぞ!」
「ユウト、僕らだって時間稼ぎくらいにはなれるさ!」
「そうです!ユウトさんは早く逃げ……て?」
フェルミナが途中で言葉を切って辺りを見渡す。
それはそうだろう。
すでに俺やリアたちは武装を解除しているし、
周りの連中も辺りを見渡すとようやく事態を呑み込めたようだった。
「小僧、魔王はどうした?なぜ装備を外している?」
「ユキが倒したよ。ほら、そこに黒いのが転がっているだろう。それが元魔王だよ」
「そんなものどこにもないが?」
「なに?」
魔王が吐き出されてさっきまで確かにそこにいたはずなのに知らないうちに魔王の黒こげに成った死体は消えていた。
「どういうことだ?死んでいなかったのか」
「魔王であればそんなことはありません。ユキちゃんが仕留めた以上、もう二度と立ち上がることもできないはずです」
俺の疑問にベリルが答えてくれるが、そこには何度確認してもいなかった。
「じゃが、どちらにしてもユキが魔王を追い払ったのだな」
「まぁな」
俺と爺さんの言葉を聞いてその場にいた多くの冒険者がユキに注目する。
そして……
「「「「「うおおおおおおお!」」」」」
と叫び声をあげると各々ユキに近付くとユキに賞賛の言葉を贈る。
「ちがうよ!ますたーがわたしのちからをひきだしてくれたからだよ!ますたーがたおしたんだよ!」
ユキは何度もそう言っていたが、ユキ、お前が居なかったら今頃俺はここには居ないよ。
「さあ、魔王を倒した新たな英雄、ユキちゃん。ぜひひと言くれるかな?」
知らない間に局の二人までいた。
「お前ら死んでなかったの?」
「死んでませんよ!ずうっと隠れていただけっす。まぁ、無人水晶で撮影していたんで映像は放送してましたけど」
「もしかしてお前らもコイツらの映像見てこっちに来たのか?」
「映像?なんだそれ?そんなの見てないけど」
ケインや他の冒険者も全く分からないと言った表情だ。
「うちらの局はそれこそ見ている層が元々子供向けの局っすから絶対数が少ないんすよ」
子供向けかよ。
子供相手によくこんな戦闘シーン見せやがったな。
そんなことするから余計に保護者から苦情が来て視聴率下がるんだよ。
ともかく俺たちはその後魔王の支配していた町に戻るとまだ残されていた冒険者数十のパーティーと騎士団の者たちを助けに行き、ギルドへ転移した。
俺は正直早く帰りたかったのだが、ケインたちがどうしてもというのでボーッとその作業を見ていた。
さすがに勇者もどき共の回収はさせなかった。
奴らはここで殺すと俺は決めたからだ。
ケインたちが回収を終えたので、俺も奴らを殺しに行った。
「よう、元気か?」
「キ、キサマ、この私に、よくも」
クソ王子は俺を見上げ、ボコボコにしてやった顔で俺を睨む。
高橋と姫川はまだ呑気に気絶したままだった。
まぁ、寝たまま死んだ方が楽だろう。
「さらばだ。お前とはここで終わりだ」
雷光を放つ準備をし、手から白い雷を発生させる。
これで後はクソ王子に食らわせれば俺とベリルの戦いは終わる。
「ま、まて。いや、待ってください!なんでもします。何でもしますから」
「残念だな。お前には死しか残っていない」
「クソッ!私に何かすればあの方がお前をきっと殺す!私はあの方の寵愛を賜っている。そうだ!お前にはきっと絶望が待っている!お前の泣き叫ぶ姿を必ず見てやるからなぁああああああ!」
俺の言葉を聞くとクソ王子は怒り狂ったように俺に脅しをかけてきた。
「そうか……では、またあの世で会おうな!」
雷光を放とうとした次の瞬間、体に急に力が入らなくなった。
「いったい、……何が!?」
俺は地面に倒れこんで、意識が徐々になくなっていく。
クソッ、クソ王子をまだ殺せていないのに……
「優斗君!」
「まずい!こんなにも早いなんて。早く生命力を―――」
リアたちの声が段々と遠くに聞こえたかと思うと俺は意識を失った。