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邂逅②

新人が来た日の夜は私が『しつけ』の担当になった。

私の体がその時にはすでに弱り始めているのを主人が知っていたからだと思う。

いつものように鎖で拘束されたあと、必死に痛みに耐えていた。

徐々に痛みに耐えられず、小さく悲鳴を上げ始めてしまう。

もう体が限界だ。

そんなふうに考え始め、もう駄目だと思ったその時


「何をやっている!」


大きな声がしたので俯いていた顔をあげると黒髪の男の人が怒った表情で主人を睨み付けていた。

そこで私は新人の子が言っていた事を思い出した。

今、この場所には勇者がいるということを……

まさかとは思うけれど、あの人は私を助けに来てくれた勇者様かもしれないと考えてしまう。

私はそれを考えると少しずつもしかしたら助かるかもしれないと思い始めた。

諦めていた助かりたい、自由になりたいという思いが込み上げてきた。

決して叶わないと思っていたことを……それでも生きていたいと思った。

奪われるだけの人生では無いことを証明したかった。


私の体はもうほとんど限界であと少ししかもたないということはなんとなく分かっていた。

だから、今目の前にいる男の人が今の私に残された最後の機会だということを。

主人と口論している内容を聞いていると信じられない事をやってきた男の人が言った。


「勇者?」


私は小さく呟くように何度もその言葉の意味を理解しようとした。

主人が勇者であったという信じられない事を男の人は言う。

いくらなんでも私はその事を信じることはできなかった。

だって、勇者は世界に平和をもたらすためにいる正義の味方であるとまだ私がスラム街でゴミ拾いをしていたときに拾った7勇者物語に書いてあった。

私は字が読めないけど、スラムにいた子たちの中で字が読める子から教えてもらっていた。

その殆どは偉大な業績の数々が書かれ、勇者も素晴らしい人格者であった。


少なくとも主人のような人間が勇者とは思えなかった。

来てくれた男の人は主人と口論をしていたが、突如主人が消えると男の人と戦いになった。

男の人が主人に何度も蹴られたりしていたけれど、私の事を気にかけているのか、私を心配そうに見ながら何度も主人に立ち向かっていた。

その懸命さはなんとなく心に想うものがあった。


男の人と主人は戦闘の中で一瞬で消えた後、しばらくすると戻ってきた。

戻ってきた主人が私に男の人に助けを求めればここから出してくれると言った。

この時、私はもう体が限界で気を抜けばきっと死んでしまうだろうということは分かっていた。


何度も死にたいと思ったのにいざ死が目の前に来た時、私は恐怖が体を支配した。

死にたくない。

助かりたい、自由になりたい。

生きて私の人生に意味を見出だしたい。

世界に私という人間がいたことを証明したいと思った。


私は目の前にいる男の人に助けを求めた。

その時、私は愚かにも父と母にも助けを求めた。

なりふり構わない状況に陥っていたとはいえ、あの人たちにまで求めてしまったのは本当に情けなかった。


私はこの時の事を後悔している。

もしこの時もう少し私がよく周りを見ていれば、最後の機会だとしても戻ってきた男の人がどのような状態なのかくらい分かってあげれば良かった。


男の人は大きく声をあげた後、出ていってしまった。

私は助けを求めに行ったのだと勝手に勘違いしてその後の『しつけ』を耐えていった。

後少し、我慢すれば助けを求めた男の人が助けに来てくれる……そう思って……

だが、あの男の人はいつまで経っても来なかった……


「どうしてあの男が来ないのか教えてあげようか?」

「……」


普段私達に話しかけもしない主人が初めて私に声をかけた。

私が黙っていると主人は一人で続きを話始める。


「彼は決して来ない。あの男にそれだけの度胸も無ければ優しさもありはしないさ」

「……」

「彼が再び戻ってきたらこのまま解放しよう。だが、それは決してない。何故ならあの男は勇者にも成れず『裁定者』などというマイナーな職に就いたからね。勇者である私と本気で戦えるかな?」

「……あなたなんか勇者な訳がない」

「フッ」


主人は鼻で私を笑った。


「私だって勇者がどういうものかくらい知ってる。勇者様は正義の味方で、あなたのような人の敵」


たとえ奴隷制を残したままであったとしても物語に書いてある勇者様はこんなことをするような人間でないことくらい書かれている。


「フッ、フフッ、フハハハハハハハハハハハハ!」


主人は急に笑い出すと何度も頷く。


「確かに君の言う通りだよ!君からすれば……いや、そう言えばあの男からも言われたな。勇者がこんなことするはずないと!全くもってその通りだ!私は実に勇者らしくない!」


そう言いながら何度も私に鞭を打ち付ける。


「これが何か分かるかい?」


そう言うと腰にあった杖を取り出すと私によく見えるようにかざす。

私の目は左目が主人に潰されてしまったため、右目でそれをよく見た。

美しい宝石の数々が散りばめられた杖だった。


「これは宝具の1つ。要は私が勇者として選定されたということを証明するものだ。だが、君は決して私が勇者であると信用しないだろう。だから、これから7勇者物語に記載されている『死者蘇生』を行おう。君だって7勇者物語を読んだのなら死者蘇生くらい知っているだろう?」


確かに知っている。

ある勇者様は決して魔法が成し得ない『死者蘇生』を行うことができたと書いてある。

死者を蘇らせることなんて不可能だ。

だが、かつての勇者様はそれを可能にできた。

確かにもし主人が『死者蘇生』をできたのならそれはこの主人が勇者であるという紛れもない事実となる。


すると主人は拷問部屋に散らばっている骨で特に小さな頭蓋骨を拾うと杖にかざした。


「『闇による深淵、静寂、支配。その根源たる力である主に全てを捧げ、闇で包み込め』『ゾイガー』」


主人の手の平から黒い塊が現れると頭蓋骨を包み込み、その闇が徐々に大きくなると小さな男の子を形成した。


「まさか、そんな!?」


信じられなかった。

その男の子は私の前で死んだはずの弟だった。


「お姉ちゃん?」

「これで信用してくれたかな?」


懐かしい弟の声を聞くと同時に自分の事を信用したか遠回しに主人は聞いてくる。

弟が私に触れようとし、私も思わず手で弟に触れようとしたが触れる直前に弟は元の骨に戻った。


「な、なんで?」

「これは私の魔力で維持しているからね。君に信用して貰うために使っただけであってもう維持する必要はないからね」


戸惑う私を他所に主人は続けて私に言う。


「君の言う通り、本来私は勇者に選ばれるような人間ではないだろう。それこそ、ジョゼフ兄さん。本来の杖の勇者で、私の腹違いの兄が選ばれたはずだった。けれど、私は神に見初められたのさ!ジョゼフ兄さんではなく、私があの方に選ばれた!私こそが本当の勇者で、ジョゼフ兄さんを越えることができるただ一人の存在だったのだ!」


主人は私に激しく詰め寄りながら捲し立てる。


「だから、あの男がここに来ることは決して無いだろう。勇者である私にあの男が立ち向かえるはずもない。精々、それまで私を楽しませてくれよ」


そう言うと私に前よりもさらに激しく鞭を打ち始めた。

やがて私もあの男の人がもう来ることはないと分かった。

それに気付いたとき、私はもう誰にも救って貰えないのだと知った。

そしてどうしようもなく空しく悲しかった。

最後にどうしてあの男の人が助けに来てくれると信じたのだろうと思った。

結局、あの人も両親も同じ部類の人だったんだろう……


「もう待てないよ……お兄ちゃん」


待てない。

そしてもうあなたを信じてあげられない……あなたが再びここに来てくれると信じて待っていられない。


「ねぇ」

「なんですか?」

「殺してください」


私はもう生きる気力を無くした。

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