邂逅①
気付いたら真っ白な場所に立っていた。
「ああ、死んだのか……」
大方ここはあの世と言ったところか。
なんとなくそう思い、ふらふらと白い空間を歩き回る。
「リアたちは大丈夫だろうか……無事ならいいんだけど」
あの魔王相手に生き残ることができたのなら安心だと思うと同時に、もし駄目だったらここでまた再会したいと不謹慎なことを思ってしまった。
「我ながらクズの極みだな……」
愛した人達が死んでいたらと思うとは俺はいつまでたってもあの時の地下室の時のまま変化ないのかもしれない。
ふと視界が少しずつ鮮明になっていった。
そして俺の前にある子の光景が広がっていった……
「さぁて、今日は君にしましょう」
牢には私を含め5人の子がいた。
一人の男の子が身なりの良い男に半ば無理矢理連れていかれた。
何度もその男に許しを乞いたり、私達に助けを求めたりしていたが私達はあえて聞こえない振りをしていた。
もしあの男に反抗すれば今日の『しつけ』は自分がされることになるから……
そうしてまた奥から男の子の絶叫が聞こえ始める。
私がここに入ったのはもう何ヵ月も前だ。
私が入ったときに牢の中には7人いた。
その後、数日のうちに一人が消え、その数ヵ月後にまた一人、そしてさらにまた数ヵ月後に一人消えた。
消えた子がどうなったのかはなんとなく察しがつく。
けど、誰もそれを言うことはしない。
いずれ死ぬと分かっていても言いたくはなかった……
私を含め、牢の中にいる子達に命じられていることはただ1つ。
自害の禁止のみ。
その他はどんなことすら牢のなかではできる。
それこそ逃げることだって可能かもしれない。
自害の禁止は単純に主であるあの男が自殺は面白くないという理由であったためだ。
ただ、私自身何度死にたいと思ったことか……
その権利を奪われた今私には希望もなにもない……
私はほんの数年前まで貧しい家庭に暮らしていた。
両親は仕事もせずギャンブルや酒をして毎日過ごしていた。
かつて人族との戦争で負傷してそれから仕事をできなくなったんだと言い訳のように言っていた。
私は家で一番上の子であり、そんな両親のこともあり親代わりとして弟や妹の面倒を見つつ、ゴミなど漁ってなんとか食い繋いでいた。
私の前にも兄や姉がいたというが、物心ついたときにはすでにいなかった。
そうしてある日、私にとって忘れ難いことが起こった。
「いいな、お前はこれからこの人たちの言うことを聞くんだ」
「あんたをここまで大きくしてあげたんだから、私やこの人のためにしっかりしなさいよ」
「嫌!嫌!嫌!お父さん、お母さん!イヤァアアア!」
その日私は奴隷となった……。
家に来た奴隷商が両親に金貨2枚と家畜2頭と引き換えに両親は私を売った。
私の存在価値は金貨2枚と家畜2頭ということだった。
母が「こんなものなの?もっと出しなさいよ。こんなのじゃ、全然足りないでしょ!」と奴隷商に怒っていたのが母の最後の印象だった。
奴隷となった私はあまり育ちが良くなかったために性奴隷として需要がないということで貴族の手伝いを最初はしていたが、私は生まれて文字も学んだことが無かったため紙に書かれたことが一切できず使い物にならなかった。
もともとゴミ拾いしかしたことがなかったから当然だった。
最終的に私に残されたことは人族のストレス解消のための道具になることだけだった。
結果として私は色々な場所を転々とした。
貴族、豪商、冒険者、そして現在の主である王族。
「死にたい……」
何度もそう思うほど今の主人は最悪だった。
けれど現実は自分の希望通りなんていかなくて……
私にとってここの主には親と同等かそれ以上の憎しみを持っている。
ある時、この場所で弟と再会した。
新たな新人として牢に弟が連れて来られたのだった。
「お姉ちゃん?」
「なんで……ここに……?」
言わなくても分かった。
あの親、いや、あんなのは親ではない。
あの人たちはまたしたのだ。
言い表せないほどの憎しみが私の心を覆う。
弟を連れてきた主は面白そうだと思ったのかその日から私を鎖で動けないようにした後、私の前で弟に『しつけ』を始めた。
「いだい!いたいよぉお、お姉ちゃん!」
「んんーっ、んんー!」
私は口を縛られ、何も話せないようにされた状態で何度も妹に暴力を繰り返す主を見せつけられた。
そうしてしばらくすると弟は私の前で死んだ。
呆気なかった。
亡骸がどうなったのか知らない。
私はすぐに牢に戻されたためにその後どうなったのか分からない。
親は大嫌いだったけれど、妹や弟は私にとって大切な存在だった。
貧しいけれど、いつも私を慕ってくれて付いてきてくれたあの子たちは私にとって唯一の家族だったから……
私にとってその出来事は弟や妹を守る姉の立場を粉々に砕くには容易な出来事だった。
そしてある日新しい新人が入ってきた。
「絶対、勇者様が助けてくれるもん!」
そしてその新人は主の『しつけ』が終わった後、そんな事を言い出した。
なんでも外の世界では魔王の侵攻によって多くの国々が危機を感じたため、勇者召喚をしたという。
勇者は驚異的な力を持ち、勇者にまつわる伝承や物語などを書き留められている『七勇者物語』ではかつての勇者様たちが奴隷たちを救ってくれることがあったという。
そして今私達が捕らえられている牢があるこの場所では勇者が新たに選定されたという。
人数は3人。
連れて来られるときに聞いたという。
「そんなの……起こらない」
私はなんとなくそう思った。
7勇者物語はあくまで空想、そうであったら良いと思った人が作ったものなのではないかと私は思う。
奴隷解放などと勇者が掲げていたのなら、なぜ今私達を助けてくれないのか。
要は歴代の勇者たちも奴隷制を認め、世界に奴隷は必要だと考えていたかもしれない。
本当は勇者様が奴隷を助けたことなんてないかもしれない。
実際、ここは地獄だ。
その現実から逃避してそんな物語に希望をすがるよりも諦めた方がよっぽど楽になれるというのが私の結論だった。
蛮勇のある子はここから脱出しようとするが、ほぼ間違いなく計画を実行した日に消える。
その次の日の与えられる食事は豪華なうえ、しばらくの間は私達に『しつけ』はない。
代わりに聞いたことのあるような子の絶叫が数日間続く。
そうしてしばらくするとまた私達の『しつけ』が再開される。
つまり脱出は不可能だ。
結果として決して逃げられないならその子から話を聞いて勇者が助けに来てくれると信じ始める子達が現れるのも分からなくはない。
しかし、私はそんなことは信じたくない。
いや、違うかもしれない。
信じて裏切られたくないだけだ。
実の両親に裏切られた私にとってもう何も信じたくなかった。
たとえダメな両親でも実の子を売るようなことだけは決してしないと信じていた。
でも、現実は違う。
あの親は実の子の事を都合の良い道具としか思っていなかった。
私の思いはただの独り善がりだった。
今の私にとって私の人生は無価値だった。
そして、それでも心の奥にもしかしたら救いがあるんじゃないかと思ってしまうのが何より嫌だった。
弟一人救えなかった私が救われて良いはずないと…………けど
もしありえるのだとしたら、勇者に助けて欲しかった。
物語の中のように勇者が華麗に弱者を助ける、そんなことに憧れていた。
そして、私の人生が弟一人助けられなかった無価値なものではないということを私自身が証明したかった。