代償
「ご主人様……」
「ベリルか……」
ベリルが俺の元に来た。
リアたちと同様に今にも泣きそうな表情だった。
「ご主人様……、どうしてあなたはいつも自分の命を軽視するんですか!あなた一人で戦っている訳じゃないんですよ!」
そう言うとベリルは俺の頬を叩いた。
いきなりのことに驚くと同時に初めてベリルが俺に対して怒りを露にしていた。
「そうだよ、優斗君。私達を頼ってよ。確かに優斗君からみたら私達は弱いかも知れないけど、こんなのってないよ……。優斗君が死んじゃったら戦いに勝ってなんかいないよ……」
「…………」
俺は何も言えなかった。
いや、正確にはベリルとリアの言うことが正論過ぎて返す言葉がなかった。
自分でも分かっている。
「確かに魔王さんは強いよ。正直、協力して勝てるとは思えない。優斗君は私達が死なないように思ってくれたのも分かるよ。でも、でもね、私は優斗君と一緒に戦いたかった……せめて私が死ぬときは好きな人が隣にいて欲しかったよぉ……」
そうしてまたリアは顔を手で覆うと泣き始めてしまう。
リリやルルも同じように俺を見つめていた。
「ますたー、しんじゃうの?」
「………………ああ」
「なら、ユキもしぬ!」
「駄目だ」
「いや!ますたーいないとユキ……さみしい」
「それでも死ぬな。お前が死んだら俺は何のために『断罪』を使ったと思っているんだ」
「でも!ますたー、わたしのことをうけいれてくれた。おいしいおかしいっぱいつくってくれた。ますたーいないのいや!」
ユキは俺にしがみつくと何度も言う。
「それでも頼む。生きていてくれ。お前が生きていないと俺のやってきたことが全て無駄になる。お前が生きていることが俺にとって救いなんだ。頼む……」
「でも!」
それでも食い下がろうとしないユキをそっと抱き締めると俺の胸に顔を押し付け小さく声をあげ泣き始める。
俺はただ頭を撫でてあげることしかできなかった。
「ご主人様」
「なんだ?」
「人間をやめられますか?」
「は?何を言っている?」
「1つだけ方法があるんです。本当は使いたくなかったのですがー」
ベリルが明らかに悩みながら俺にそう言い、続きを言おうとした瞬間俺たちに急に大きな影が覆う。
「『ファラリスの雄牛』」
もはや反射のレベルであったと言っても良かった。
殺気を感じ、すぐに『断罪』の能力を発動していた。
俺たちを鋼の雄牛が覆い、衝撃に耐える。
すぐにファリウスの雄牛を解くと辺りに大岩や欠けた小さな石がたくさん散らばっていた。
おそらく相当大きな石を投げられたのだろう。
背中に嫌な汗を感じながらそれが飛んできたと思われる方向を見ると
「!!」
「ガッ、ガアアアアアッ、アアアアアアアアアアアアアアア」
首だけになった魔王が何度も発光しながら体を再生させていた。
すでに立てる程度には体力が戻っているらしいが、体が不規則な治り方をしていた。
「5分のインターバルを無理矢理短縮している弊害かそれとも頭だけになるとそうやって再生させていくのかどっちにしてもふざけるな……そんなの、もはやチートとかそんなレベルじゃない。不死身なんてどうやったって倒せないだろ」
リアたちも悲しみよりも恐怖に彩られ始める。
俺だってあんなの恐怖としか思えない。
「やはり……あの魔王……に汚染されて……しかしどこで……がいるのは……のはず」
ベリルが一人で何かを言っているようだが気にしていられない。
「ならもう一度『ギロチン』でーガハッ」
『ギロチン』を使おうとした瞬間、今までに感じた痛みとはレベルが違う痛みが全身を巡る。
地面に手をついて思いきり吐血してしまう。
「優斗君!」
リアたちが俺を心配するが、俺は痛みで意識が飛びそうになる。
そうして飛びそうになったところを再び痛みで強制的に叩き起こされる。
その繰り返しだった。
「もう『断罪』の効果が切れる……」
『断罪』が使えなくなった瞬間、俺は確実に死ぬ。
なら、どうする!
奴は死なない。
リアたちを生き延びさせるには後できることは……
「リリ、リアたちを連れてすぐに逃げろ」
「何を言っているんですか、優斗さん。もう倒すことは……、それに優斗さんはもう……」
「俺が途中で死んでも『断罪』の効果を最大限延長し続ける処刑方法で奴を束縛する。長くは持たない。その間にできる限り遠くへ逃げろ」
「でも……」
「早くしろ!お前ならきっと効率の良い逃げ方ができると思って頼んでいるんだ」
リリは酷く悩んでいたが……
「分り、ました」
「ありがとうリリ。愛している」
「私も愛しています」
大きく息を吸うと吐く。
痛む体を起こして最期になるであろう『断罪』を放つ。
「『十字架刑』」
魔王の背後に黒い十字架が現れる。
魔王はまだ体の再生が不十分であったためか十字架から出た鎖から上手く逃れることができず、抵抗もそれほどできずに捕まった。
鎖が体に巻き付かれると簡単に十字架に張り付けられる。
何重にも鎖が首や腕、足、胴体に巻き付き押さえる。
「ガハッ」
「優斗君!」
リアが俺を支えようとするが……
「お姉ちゃん、早く逃げないと!」
「何言っているのリリ!優斗君を助けないと」
「優斗さんが作ってくれた時間を無駄にするの!優斗さんは私達に生きていて欲しいと言ったんだよ!ここで……逃げ、ない、と……ひぐっ」
「リリ……」
リリは途中で泣いてしまう。
「ますたー!」
「ユキ……、はぁ、はぁ、はぁ、行くんだ……」
「でも!」
もう俺も限界のようだった。
意識が飛んでいく。
ああ、そういえばまだ今日墓参り行っていなかったな……
でも、これから俺もそっちに逝くからその時に謝っておくかな……
そう考えると少しは死ぬのも…………
「ご主人様……」
「どうしたベリル?」
「これは私のエゴです。ご主人様には本当は関わって欲しくなかったです。一生幸せに何も知らずに生きていて欲しかったです。龍神のバカがご主人様に加護を与えたとき本気であの男を殺してやろうかと思いました。あの男はご主人様にもしかしたら責務を押し付けるのではないかと思い警戒していました。しかし、現実は違った。私だけはご主人様に責務を負わせないと思っていたのにその私がこれからご主人様に責務を負わせる。私はご主人様の精霊失格です。けど、それでも、私は…………お兄ちゃんに生きていて欲しい」
最期にそんな言葉を聞き、頭を誰かに抱かれるようなそんな感触と共に唇に何かが触れたような気がした。
そして俺の意識は完全に途絶えた。