全回復
冒険者や騎士たちが魔王の前に出ていくが……
「なんだよ!なんなんだよ」
「クソッ、どうして刃が通らん!」
魔王に切りかかっていくが刃が通っている様子は全くない。
少し切り傷がついているようだが、微少なものだ。
むしろ魔王はその刃を素手で受け止めると鎧ごと拳で打ち抜いていく。
映像はもはやスプラッタ映像と変わらない状態だ。
辺りは血の海となり、人間の屍が積み重なっていく。
「ギャアー!俺の、俺の腕がー」
腕を魔王に握り潰された冒険者の言葉がそこから先に続くことはなかった。
次の瞬間には魔王の横に振り抜いた腕に頭を吹き飛ばされていた。
「まだですか!」
「もう少しだ」
勇者共はじっと祝詞を構築している。
アイツらいくらなんでも祝詞の構築遅くないか?
加山や渚と比べても遅すぎる。
ああ、そうか。
今まで祝詞を使うような戦いをしていないから構築に時間がかかるのか。
「クソッ、ロックの仇だ!これで死ー」
一人の男が魔王に切りかかっていくがその前に蹴り飛ばされてレンガ造りの建物にぶつかる。
嫌な音を立てた後、壁にめり込んだ男の死体が出来上がる。
「やめろ!迂闊に近づくな。魔法で攻撃する」
騎士の合図で魔法使いたちが魔王に迎撃するが……
「ア゛、ア゛ア゛、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアア!」
「なんだと!?」
魔王はその攻撃を受け止めるとその魔法は全て魔王の口の中に吸収されていく。
次の瞬間、魔王の体は発光すると同時に体についていた傷が消える。
魔法の吸収に加えて、体力の回復までできるのか!
いや、もしかしたら吸収した魔法で体の回復をしているのかもー
と思ったが次の瞬間には
「ガアアアアアアアア!」
口から高密度の魔力砲をぶっ放した。
違ったかもしれない。
その高密度の魔力砲は討伐軍の中央に向けて放たれた。
次の瞬間、討伐軍の中央部隊は消え去っていた。
「なんだよ、あの威力……」
「嘘……」
「あんな高密度の魔力砲が打てるなんて……ピャーチクラスの魔法を五回並列起動して放ったレベルのものです」
リアは言葉が止まってしまい、リリは俺に威力について簡潔に教えてくれる。
俺だって言葉が止まってしまう。
あんなの雷激でも止められるか分からない。
「良し出来た!」
高橋の声と共にカメラが勇者共の方に向く。
「こちらもできました!」
「私もです」
「よっしゃ!今までされた分倍返しだぜ!」
高橋たちは魔王に狙いを定める。
魔王は何故かその場で止まってしまっている。
いや、違うな。
まるで動けないようだ。
さっきの攻撃を放ったためか。
勇者共はチャンスとばかりに薄ら笑いを浮かべる。
「『俺、槍の勇者が古の力を紐解き、その力を顕現させる』」
「『私、銃の勇者が古の力を紐解き、その力を顕現させます』」
「『我、杖の勇者が古の力を紐解き、その力を顕現させよ』」
それぞれ祝詞を唱える。
クソ王子の祝詞を聞いたときあの時の事を思いだし、不愉快な気分になったが。
「『グングニル・ランス』」
「『ライトニング・ショット』」
「『火龍』」
それぞれの祝詞による攻撃が魔王を包み込む。
「勝ったな!」
「油断はいけませんよ」
「さすがにもう大丈夫だと思いますけど……」
「まぁ、本当の所私も大丈夫だと思いますが」
クソ王子はそう言うと高橋や姫川と笑う。
何が油断するなだ。
祝詞が決まった瞬間一番油断した表情していたくせに。
勇者共の様子を見て冒険者や騎士たちも安心したのか剣を鞘に戻したり杖をしまったりする。
「もっと被害を少なくできると思ったんだけどな」
「仕方ありませんよ。相手は魔王ですから」
「そうですよ。高橋さんはよくやっていました。私なんてほとんどできませんでしたよ」
高橋をクソ王子と姫川が励ます。
どこがよくやっただよ。
ほとんど攻撃しないで祝詞を構築するために冒険者や騎士たちを時間稼ぎに使っただけだろ。
それなのにアイツら何、主役面してんだ。
一番の功績は冒険者や騎士たちだろ。
実際、見た感じ連れてきた兵力の3分の1が壊滅している。
本当に酷い被害だ。
「ご覧になられましたでしょうか!流石、勇者様方です。あの魔王も今は炎の中にー」
アナウンサーが炎に近づいていき、カメラが燃えている魔王を映した瞬間火が消え去る。
そこから魔王の姿が見えたかと思った瞬間、さっきまで解説していたアナウンサーの首が宙を舞った。
アナウンサーは首からは血しぶきをあげて倒れる。
「おい、嘘だろ! ありったけのSPを注ぎ込んで放ったんだぞ!」
高橋は目を見開きながら叫ぶ。
クソ王子や姫川も驚きを隠せない表情だった。
魔王は確かにさっきよりも傷が深そうだが、別に致命傷とは言えない程度のものだ。
「あ、これヤバくね」
俺は思わずそう言った。
勇者共3人の祝詞、しかも加山が当時最強の祝詞とか言ってたヤツだろ。
あれで倒せないならあの勇者共死んだな。
魔王を倒すと息巻いて、逆に殺されるとか笑える。
「優斗君、笑ってないでどうしよう!」
「リア何焦っているんだ?」
「優斗君こそどうしてそんなに落ち着いているの!」
「だってクソ王子が死ぬと思ったら笑えるだろ?」
「それは確かに良………そんなことよりケインさんたちだよ!」
あ、忘れてた。
そういえばケインたちあそこに居るんだっけ。
というか何気にリアの奴も俺と同じようにクソ王子に対する共通の考えを持ち始めてくれているとは……後でとびっきりおいしいパフェを作ってあげよう♪
「忘れてた。ケインたちが危ないな」
ケインたち結局参加していたし、今の状況まずくね?
このままだと死ぬかもしれない。
映像の中ではもはや地獄絵図となっている。
「おい!待てよ!」
「敵前逃亡は重罪ですよ!」
高橋やクソ王子は逃げ出そうとする冒険者や騎士に向かって叫ぶが……
「何が勝っただ!全然倒せてないじゃないか!」
「そうだ!勇者なんだろ、早くアイツを倒せよ!」
「クソッ、どうしてこんなところに連れてきた!」
何人かの者たちはそう言って勇者共に詰め寄る。
「ア、アアアアアアアアア!」
魔王が奇声を上げると再び発光して、全身の傷が消える。
なんだよあれ!
全回復とかチートだろ!
勇者たちは放送されているためか自分達も逃げたくても逃げられない状態であり、騎士たちや冒険者たちで事態を重く見ている奴は我先にと逃げ出す。
「なんで転移石が使えないんだよ!」
「マジかよ!」
転移石も使えない結界となるともはや逃げ出すには魔王を倒すしかない。
けれど……
「SPはもう無いんだぞ!あんなの勝てるわけ……」
「そんな……」
「くっ」
勇者共のスキルはまるで魔王に届かない。
加えてアイツらの持つ祝詞も効かないとなると詰んでしまっている。
「ふざけんなよー!こんなところで死にたくない!」
「イヤ、イヤアアアアアアアアアアアア!」
もはや討伐軍は手に負えない状況となっている。
魔王は走りだし、逃げ出す者も容赦なく殺していく。
「早くアイツどうにかしろよ!お前ら勇者だろ!」
そう誰かが勇者共に叫んだところでカメラに向かってくる魔王の姿が映り、血しぶきが上がったところで映像が黒くなり周りが映らなくなった。
ただ声は届いていたが、その後すぐに別の番組が流れ始めた。
「カメラもやられたか……それにこれ以上は国の恥だからな」
大の大人が泣き叫ぶ光景をいつまでも映すのは問題あるしな。
それに加えて7勇者物語とかっていう勇者が大活躍する物語があるくらいだし、これ以上は勇者全体の威信にも関わる。
特に小さい子供とかだと憧れの対象だからな。
無惨に負ける姿は映したくないだろう。
さて、勇者共はどうでもいいとしてもケインたちは助けたいな。
というか生きているのか?
そこから調べて次の行動を決めるとするか。
ていうか、なんでケインたちは参加したんだ!
いなけりゃ放っておいたのに……
知り合いが死にそうになっているところを見捨てるのは墓のあの子から何も学んでいないのと同じだ。
面倒だがケインたちだけでも助けてやるか。