はっぴばーすでー、とぅー、みー。
三十路。三十路。三十路。
なんて、なんて、なんて!嫌な響きなんだろうか。
女の区切りは三十路。そんなこと誰が決めたのだろうか、とても困るからやめてほしい。
結婚は三十路までに滑り込みたい。誰がそんな暗黙の了解を作ったんだ、とっ捕まえて締めてやろうか。
でも、いつまでも悲しんではいられない。何故ならついになってしまったのだ、今日三十路に。
「でも、処女で彼氏いない三十路の誕生日はやばいでしょうよー。」
あー泣きたい。いや、泣いてる。
もうっ!ハイボールが美味しい!くそー!
やけになって、勢いのままハイボールを仰ぐ私に、酒焼けした声のママが止めに来た。
「もう、優子!アンタやけ酒しないで頂戴よ。誰も三十路のババアなんて介抱しないわよ。」
ママといっても女性じゃない。彼には下にきちんとしたものがついている。それから、口の周りが、ファンデで隠せないくらい青いのはたまに傷。
「うるさい!ケンゾー!」
「アンタ絞め殺すわよ!その名前は呼ばないでって何回言ったらわかるの!?さっさと帰んな!三十路女!」
「三十路、三十路ってそんなに連呼しなくてもいいじゃない!意地悪!」
「なぁにいってのよ!アンタはもう十分女の曲がり角だわ!わかってないようだから、ちゃんと教えてんじゃない。感謝しなさいよね!」
「もういい!ママのバカ!帰る!」
財布から財布を取り出すと今日の分の代金を払う。
なによ、なによー。
誕生日くらい好きに飲ませてくれたっていいじゃない。どうせ三十路女は相手もいませんよーだ。
いじける私に、カウンター越しからママのため息が聞こえた。
「アンタね、そんなに飲んで明日も仕事なんでしょ?本当にバカね!しょうがないから、寂しい寂しい三十路女の誕生日祝ってあげるから次の休み予定開けなさいよ?いいわね!」
普段言われない、ママの優しい言葉にホロリと涙が零れる。
フンッと居心地悪そうに、そっぽを向くママはとてもツンデレさんなのだ。うん、心があったかいな。
「ありがとう・・・。ケンゾー。」
「やっぱりアンタ絞め殺すわよっ!」
ご馳走様でした。おやすみなさい。また来ます。そんな言葉をママに言って家路につく。
ママのお店からそう遠くない自分のマンションのなにが大変かって、エレベーターがないのだ。とてつもなく大問題で、なぜなら優子さんの部屋は4階にある。
お酒が回ったこの三十路の体をなんとかして、4階まで上げなきゃならない。
「うんとこしょ、どっこいしょ。まだまだ優子さんはお部屋につきません。」
寂しいなぁ。
あぁ。これが誰か私の帰りを待つ人がマイルームにいれば話は別なのになぁ。
おかえりって言ってもらいたいなぁ。ただいまって、言いたいなぁ。
社会の波に飲まれ揉まれ、自分のやりたいことってなんだっただろうかと、戦意喪失になりながらも、自分の中でブレないものが一つだけあった。
主婦になりたい。
結婚して、自分の家庭をもって、旦那や子供のために、毎朝味噌汁を作りたい。
平凡でありふれた夢。でも、私には特別な夢。
「そんな夢いつになることや、あっ。」
自分の階まであと1段だというのに、さすがにやけ酒したあとの階段はまずかったようで、見事に足を踏み外した。
ふわぁっと自分の体が重力から放り出されて、身体中から冷や汗が噴き出す。
手すりも遠くてなにもつかめないのに、悲しいかなしっかりと手だけはまっすぐ前に伸びていた。
三十路の誕生日に階段から落ちるなんて、最悪すぎる。
それから、自分に襲いかかってくるであろう衝撃を待ちながら、意識は暗闇の中へ落ちていった。
はっぴばーすでー、とぅー、ゆー。
はっぴばーすでー、とぅー、ゆー。
はっぴばーすでー、でぃあ優子ちゃぁん。
はっぴばーすでー、とぅー、ゆー。
「優子ちゃぁん?お味噌汁はちゃんと出汁をとらなきゃだめだかんねー?煮干でも鰹節でもいいけんども、インスタントなんてだめだかんな?あれには愛情がこもってない。ほれ、飲んでみ?婆ちゃんが作った味噌汁は美味しいだろう?優子ちゃんがお嫁さんになったら、旦那様にちゃーんと毎朝味噌汁飲ませんだよー?」
うんと遠くで、懐かしいお婆ちゃんの声が聞こえた気がした。