表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

蜘蛛に囚われた少女の物語


「あいきゃんふらい」


 そんな古くさい台詞と共に鉄棒の上から飛んだ。


 当然の如く落ちた。


 痛みはなかった。それも当然。小学校の校庭にある鉄棒だ。鉄棒自体がもはや懐かしさすら覚える代物で、もう置いていない学校もあるという話。そういう意味ではこの学校は稀有なのかもしれない。どうでも良いけれど。


 正直、鉄棒などどうでも良い。


 飛べないことの方が私にとっては遥かに重要なのだ。


 別段、実は天使の生まれ変わりなどというつもりはない。そんな夢見がちな時分はもう終わっているのだから。こう言うと、わずかながらそう思っていた時分があるという意味になるかもしれないが、あえて言及する必要もないと思う。うん。ないよね。


「で、そこな貴女様はいつになったら飛べるのかしら?」


 蜘蛛女がそんなことを言った。


 勿論、本物の蜘蛛というわけではない。スカートなのを気にせず鉄棒に足をかけて逆さになって長い黒髪を垂らしているから蜘蛛女と呼んでいるだけ。あぁ、ちなみに残念ながらスパッツである。ぴちっとした感じのそれは彼女の美脚をこれでもかと強調している点では残念ではないけれども。その辺り、計画的というか、策略的というか、わかっていてやっているというか。あぁ、計算高いといえば良いのかな。いや、きっと計算以前に生態だろう。女の子なのだから。


 かくいう私様も女の子である。


 生まれてこの方、女の子である。ここで残念ながらとつけるべきか、そうじゃないのかは中々悩ましい所。女の子になりたい業種ナンバーワンであるところのSEさん達には申し訳ないけれど、私は残念ながらとつけるべきかどうか悩む立場である。


 悩んでいるのである。


 何も男だったらよかったというわけではない。


 それだったら、きっとこの場にいないのだから。私が歩んできた人生が、男だったのであれば、今ここに私はいない。だから、男だった方が良かったとは言わない。けれど、男でなくて残念だったか、と問われれば頭を悩ませるだろう。


 世間は、いや、世界はというのだろうか。


 どうにも私みたいな人間には優しくできていない。


「あいうぃっしゅあいわーばーど」


「それも古いわね」


「うん。温故知新ね」


「そういえば、中学の時の文化祭のスローガンがそれだったのよ。まぁ、みんな、過去なんて見ないで現在しか見てなかったけど」


「私たちが生きているのは今だしね」


「そんな青春話をしにきたわけじゃないんだけど、ほら、さっさと飛びなよ。知新なんでしょ?きっと人類初よ」


 頭に血が昇らないのだろうか。いや、この場合下がらないのだろうか、かな。だらーっと地面まで伸びた黒い髪が綺麗だけどとっても怖い。ほら、あの映画の。なんだっけ。えーっとテレビから出て来る……宅配デリバリーお姉さん。じゃないや。なんだっけ。


「新しいからってなんでもが良いものばかりじゃないんだよ」


「どーでも良いわよ。約束果たせないなら……そろそろ良いよね?」


「待って。待って。その一方的な約束はこうあれだよ。法律的に!ほら、民法なんとか条!」


「さぁ、知らない。言葉ってさ、知識ってさ相互理解がないとただの雑音だよね」


 顔を、上半身を持ち上げる様は、本当になにかこう蜘蛛が体を持ち上げたようなそんな印象を受けるほどだった。


 怖い。超怖い。何この人なんなの。


 やっぱり、蜘蛛女で良いや。


 だってほら。


 私、


「『飛べるよ!私飛べるんだからね!見てなさいよ。なんなら良いよ、飛べなかったらなんでもいう事聞くよ』以上、再生終わり……じゃ、なんでも聞いてもらいましょうかね?」


 蜘蛛糸に絡まったみたいだから。






―――






 売り言葉に買い言葉だった。


 ほら、安売りだったから。ついつい懐事情の悪い学生の身分としては買いたくもなる。うん。ほんと、買いたくなっても仕方ない。


『貴女って嘘つきね。嘘ばっかりついて、その内地獄に落ちるわよ』


 なんて言われたら、ほら、飛べるから大丈夫!と答えたくなるよね。ならないかな。とりあえず私はなったの。えぇ。ほんと、売り言葉に買い言葉って怖いよね。


 結果、何故か彼女の家に来ることになった。


 なぜだろう。


 なんでも言う事を聞くことを強要された結果ではあるのだが、こうして彼女の家にいるというのはこうなんといいますか、落ち着かない。というのもこれがまた、この女、妖怪蜘蛛女の割にはお嬢様みたいな感じなのである。未だかつて体験したことのない広さのお部屋である。たとえばほら、テレビとか最近見てないけど、ホテルの豪華客室!みたいな特集で出て来るあんな感じの落ち着かない部屋。もうベッドと机さえあれば十分だよ私、みたいな部屋で生活している人間にとっては、これはもう落ち着かない。勘弁してほしい。これだけでもう約束は果たした気がする。


「おとなしく待っていてくれてありがとう?」


 厭味ったらしく皮肉っぽい笑みを浮かべて女が戻ってきた。手にはお盆。お盆である。もう私なんぞは『みずとってー』と言えば、妹には『蛇口ひねってそのまま飲めば?この下種』とか言われる始末である。そんな生活をしている人間の下にご丁寧にお盆にカップを載せて持ってくるとはなんだろうこのお客様対応。いや、客だけれどさ。客だけれど、どちらかといえば、こう招かれたくなかったというか。


 ただまぁ、お供え物的に盆に置いてあるケーキに関しては妥協する。えぇ。ケーキは別腹です。捕らえた獲物に餌を与えるなんて、なんて素敵な蜘蛛女だこと。きっと女郎蜘蛛なんじゃないかこの女。


「楽にしてくれていてよかったのにね?」


「いや、何をされるかわかったものじゃないこの状況下においてですね、楽になれというのが無理な話といいますか」


「ふぅん。じゃあ、あれかしら。覚悟を決めたということかしら?」


「ちょっと、ほんとに何する気なの」


「一日私の言う事を聞いてちょうだい?って言ったわよね?」


「いや、それは聞いたけどさ……」


「何?不満なら伸ばすわよ?」


「いえ、結構です。はい」


 正確には一日ではなく、残りあと2、3時間程度である。夜には家に帰してくれると言う事だ。お優しいことである。ほんと、嬉しくて涙が出てきちゃう。と、この後に女の子だものと続けると相当に古いのでやめようと思う。ちなみに私の発想が古いのには理由がある。姉である。かなり歳の離れた姉の所為である。姉というよりおばさんである。本人も理解しているのでその辺り突っ込んだところで特になんとも言われないが、まぁおばさんである。やたらテンションの高いおばさんである。最近の楽しみはバーに行って若い男の子と話すことだそうだ。さっさと滅べば良いと思う。さておき。


「その『いう事』というのが問題でして」


「私、そんなに酷いことは言わないわよ?優しくしてあげるから安心して」


「何を……」


「いいことよ」


 獲物の気分である。非常に獲物の気分である。襲われそうともいう。


「ちなみに……逃げて良いですか?」


「ダメよ。一つ目ね。『そこに座って動かないでちょうだい』」


「うぐ……はい」


「あら良い子ね」


「お姉さんぶってるけど、貴女同級生よね?」


「実は浪人してて一つ年上なのよ」


「え、それほんと?」


「もちろん嘘よ?」


「この嘘つき!謝れ!全国の浪人生に謝れ!そんでもって私にも謝って!」


「何よ、貴女ほどじゃないわよ。ま、とりあえず……動いちゃやーよ?あ、口だけは良いわよ?その可愛らしい声もっと聞かせてちょうだいな」


「な、何するのよ」


 怖い。この人ほんと怖い。なんで手前のベッドに座らせてあまつさえ横に座らせて、私の腰に手回しているんですけれど。え、何そっちの人?


「貞操の危機?」


「いいえ。貞操は大丈夫よ?」


「ほんとに?ほんとよね?」


「えぇ。そっちはお楽しみにとっておくから……とりあえず、ほら、あーん?」


「あーん」


 と、つられたものの、指だった。彼女の指だった。あろことかケーキに指ぶっさして、生クリームだけ指に乗っけて私の口の中に。


「ほら、早く食べなさいな」


「ぬひて」


 噛むわけにもいかず、身振り手振りで抜いてもらうようにがんばったけれど、でも、彼女の視線は、表情は変わらない。能面のように白いその顔色が変わらない。いや、少し、上気しているだろうか。いや、そんなこと知ったって別に何の足しにもならない。


「舐めても、噛んでもどっちでも良いわよ。でも、噛んだら後が怖いわよ?私ってほら、根に持つからね?……それを踏まえて、ほら、どうぞ召し上がれ」


 強制である。酷い強制である。しかもこのまま口を開けていたらよだれが垂れてくるのは間違いなかった。さすがに人様の家でよだれを垂らすなんてそんな恥ずかしいこと出来るはずもなく私は、私は、仕方なく、目をつむって……それを見ないようにしながら生クリームを舐めた。


 どうせ残したら後で言われるに違いない。


 そう思って丁寧に、舌先で彼女の指先を綺麗にしていく。少しの生クリームも残さないように。ぴちゃり、ぴちゃりという音が彼女の部屋に響き渡る。その音が、目を閉じた私の耳にこびりつくように響き渡る。目を閉じているからこそ、尚更に聴覚が敏感になっていた。失敗した、と思った。これなら目を閉じなければ良かったと思って、目を開けたのもまた、時すでに遅し。


 にや、にや、と口元を歪めながらスマホのカメラレンズを私に向けている蜘蛛女の姿があった。


「先に言うわ『動くな』」


「……っ」


 叫び出しそうに、罵倒しそうになる私の心の動きを瞬時に判断して、彼女が怖い声を出した。有無をいわさぬ、声。慣れているのだろう。それはそれは慣れているのだろう。


 さすがは麗しの学生会長様である。こんな人だとは思ってなかったけれども。投票した私達が馬鹿でしたっ!


「そうそう良い子ね。あは……ほら、良い絵が撮れたわ。ねぇ、ほらほら」


 彼女のスマホの画面に映る自分の姿。


 彼女の指に合わせるように僅かに上を向いた顎、手を使わずに口だけを前に、後ろに彼女の長い白い指先の全体を舐めている。時折、ちろ、ちろと姿を現すのは私の舌だった。


 目を閉じて必死に彼女の指先を舐めている姿、それは酷く卑猥だった。


 羞恥心に叫び出し、そのスマホを奪い取ろうと体が動こうとした瞬間、


「もう一度言っておくわ『動くな』」


 気勢を削がれた。


 彼女、つい先ほどまで私が舐めて綺麗にしていた、唾液まみれの指先が私の額を押さえていた。座っている人間にこれをやればわかるだろう。動けない。そして、動けないと体も心も思ってしまったがゆえに、手を動かすなんていう単純な行動にも至らない。自分が酷くおろかになってしまっている。そんな風に感じる。


「ぁ……ぅ」


 額に感じる生暖かい指先。変わらず見せつけられているスマホの動画。ぴちゃ、ぴちゃと流れる音。延々と繰り返される私の痴態。


 羞恥に頬が染まっていく。


 わが身を隠したい思いに駆られていく。けれど、けれど私は動けない。動いてはならないと命令されていたから。それが……約束だったから。


「うそつきの癖に良い子ね。嬉しいわ。素直な子は良いわね。酷いことしなくて良いもの」


「やめ……」


「大丈夫。大丈夫よ。優しくするって言ったわよね?貴女は私の言う事を聞いていればよいの。それだけで良いのよ。ねぇ、それってとっても楽でしょう?」


 顔を寄せ、耳元で囁いた。


 体温の伝わり、言の葉の響き。そしてその悪魔のような、いや、蜘蛛のような言葉に私の心がどんどん弱くなっていく。


 他人に何かも任せるのは、とっても楽だ。


 すべてを任せられる人がいるのはとっても楽なことだ。


 そうしてしまえば、あとは何もしなくて良いのだから。ただただ楽にしていれば、何もかもしてくれるのだから。


 怠惰。


 人間の本質は怠惰だ。


 怠惰で楽なことを求める。楽で、気持ちの良い事を求める。


「そう。楽っていうのは気持ちの良い事よ。とっても、とっても気持ち良い事。任せれば良いの。あなたは私にすべてを任せれば良いのよ。そうすれば気持ちよくなれる。あなたはそれだけで良いの。ほかに何もしなくて良い。知っているでしょう?私が頼りになる事は」


「はい」


 自然、口から言葉が紡ぎだされた。意思とは無関係に、私の口腔からその言葉が作り出された。確かに彼女は学生会長だ。とてもとても頼りになる人だ。それはみんな知ってる。私だって知っている。私だって、誰だって。彼女が頼りになる人で、彼女に任せれば全てがうまくいくことが分かってる。そう。わかってる。だから、任せれば良いのだ。


 私も。


 そう。それに、今日は彼女の言葉を聞かないとダメなのだから。


 私は、彼女の言葉を聞かないと、だめなのだから。


「ほら、楽にして。肩の力を抜いて?私に寄りかかっても良いのよ?」


 言われるがままに、言葉のままに。


「はい」


「そう。それで良いのよ」


 髪をなでられた。


 やさしく、ゆっくりと、子供をあやすように。何度も、何度も。


 私の顔は彼女の胸の中だった。服を通して、皮膚を通して、その中を通して鳴る彼女の鼓動に次第、恥ずかしさも消えていく。任せれば良いのだ、と。すべてを彼女に任せてしまえば良いのだ、と。そうすれば私は楽になって、そして気持ちよくなれるのだから。


 でも。


「そろそろ、やめていいですか?」


「っ!?」


「いやいや蜘蛛女さん。私、嘘つきですよ?こんなことでどうにかなる程柔じゃないですよ?……いや、さすがに舐めるのを撮られるのは恥ずかしかったですけど」


「そう。なるほど。もっと激しくて直接的なのが良いってことね。わかったわ。準備しておいてよかった……ほんと、良かった。あなたが、ほかの子達みたいなつまらない子じゃなくて。じゃあ、『横になりなさい』」


 あれー?






―――






 これは横になるではなく、よつんばいになるである。


 という指摘もどこ吹く風。蜘蛛学生会長は私をベッドの上によつんばいにさせた。ものすごく柔らかいベッドにこのブルジョアめ!と嫉妬しつつ、この恥ずかしい恰好のまましばらく放置された。


 彼是1時間は経過したように思う。


 律儀にそれを守る必要もないのだけれど、撮影用カメラが延々と回っている以上逆らえなかった。大長編映画もかくやという時間である。出演者が私だけだけれども。


 加えてスカートをまくれている所為でおぱんつ様が大変です。いえ、おパンツ様が大変というよりも、そこだけひんやりとして、何とも言えない。さらに加えるとエアコンが風を流しているのがいけない。流れ流れて私のお尻に触れて、撫でまわすように。風がゆるやかに。ゆるやかに。私を凪いでいく。誰かがふわり、ふわりと優しく触れているように。


「ふゎ」


 自然と声が漏れる。誰の姿もないが故の油断なのかもしれない。そもそもがこんなおかしい状況で撮影されているのだ。少しぐらい腰が動いたとしてもおかしくなんかない。少しぐらい。ほんの少しぐらい。


「あらあら、可愛いお尻をフリフリして誘っているのかしら?」


 当然のタイミングだった。


 私が耐えきれずに動きだすのを待っていたかのようであった。


 首だけで振り返って見ればくすくすと蜘蛛女さんが笑っていた。うん、美人さんがコロコロ笑うのは見ていて気分が良いものである。まぁ、こんな格好なので色々と台無しだけれど。


「で、私に何をさせたいの?R18展開は駄目だからね。貞操大事」


 ちょっと強気に言ってみる。そうでもしないと心が萎えてしまいそうだった。


「R18ってなぁに?」


 言葉に詰まった。うん。私の頭の中が常にR18だとかそういうわけではない。えぇ、違う。違うわよ?違うのですわよ?


「……という質問は止めてあげるわね」


 にやりと笑った。


「酷い蜘蛛女さんもいたものですね」


「さしずめ貴女は飛べない蝶々さんね。お尻ふりふりしてもがく姿はとっても可愛いわよ。永久保存版ね」


「この変態学生会長!シュプレヒコールをあげるよ」


「……?」


 首を傾げられた。


「……」


 うん。間違えた。


「えっと……退陣要求とか解散要求?」


「そ、そんな感じ!そんな感じ」


 沈黙。


 ともあれ、である。これから一体私は何をされるのでしょう。R18展開は勘弁してくれるらしいけれど、直接的に何かをされるらしいのだけれど。だけれど!何されるのかな私!どきどきする!嘘だけど。


「R18展開は禁止となると……残念ね、折角貴女のために集めておいたのに」


 首だけで振り向けば、蜘蛛女さんが何やら卑猥な形のものをごろっとテーブルの上に置いていました。一つ、二つ、三つとごろごろしているそれらは何でしょう。興味本位でインターネットを使って検索して出て来て、赤面しながらなにこれなにこれ!と言いながら手の隙間から画面を見るみたいな事はしてないけれど、そんな感じの奴らである。本気で何をしようとしていたの、この人。


「前門が駄目なら、後門の何とかよ」


「何言っているかわかんないけど、それ禁止。私の貞操大事」


「まぁどっちも貞操といえば貞操よね。……そうよね、大事よね。貴女の貞操。その内、私が貰うわけだし」


「いや、そんな予定ないんですけれど」


「あらそ?」


 再び沈黙。


 相変わらずエアコンの風が私のおパンツ様を直撃するので寒いです。それを獲物を前にした蜘蛛みたいににやにやしながら、しかし、どこか残念そうな表情をして蜘蛛女さんが言いました。


「困ったわね。R18展開しか考えてなかったわ」


「ちょっと!やめて!私の為にやめてあげて!」


 ハァとため息吐く姿もどこか麗しいのは卑怯である。えぇ。卑猥な道具を前にして、顎に手の平をあててアンニュイなポーズをしているのに麗しいとか卑怯を通して悪である。悪い魔女様のようである。


「ハァ。折角貴女に好き勝手できると思ったのに。R18禁止とか卑怯よ。横暴よ。まったく。仕方ないからそのお尻ふりふり眺めながら紅茶でも嗜む事にするわ」


「はぁ……」


 どうやらまだこの恰好のままでないと駄目らしい。けれど、あれである。R18展開されていた場合を想像すればとってもましである。えぇ。ましなのである。まし……だよね。






―――






 暫く経って、四つん這いポーズ終了。


 ベッドに座ってほっと一息。蜘蛛女さんが小一時間程掛けて作って来たパスタを食す。より正確に言えば蜘蛛女さんが私の隣に座って一本一本フォークで摘まんで私の口をあーんとさせている。何でパスタを一本一本ご丁寧に摘まんでいるんだと文句も言いたいけれど、今の私の立場では何も言えない。ともあれ、蜘蛛女さんは大変楽しそうだった。


「ほら、あ~ん」


「あ~ん」


「なんかこう、餌を待っている鯉みたいよね、あなた」


 酷い言いようもあったものである。反骨心というか反論というか、ベッドに置いた手をゆっさゆっさと揺する。ふわふわと蜘蛛女さんの身体が揺れて、フォークからあっという間に、スカートの上にパスタがオンした。見事なロックオンだった。


 スカート上にくねって落ちたパスタさんがぬめっとした液体……オリーブオイルでスカートを汚してくれやがりました。カルボナーラじゃなくて良かったと思いました。えぇ。


「言っておくけれど……私の所為じゃないわよ?」


「あ、はい……」


 スカートの上でミミズみたいに丸まっている……おっと女子らしくない。眠っている猫さんみたいにぐるんとまるまっているパスタに目を向ける。


 覆水盆に返らず。


 時の流れは一方向で、反対方向に戻る事はない。残念ながらこのスカートさんは洗濯しなければどうしようもないのである。困った話だった。そんな事を考えていれば、蜘蛛女さんがティッシュでパスタを摘まんで、ティッシュに包んでゴミ箱へぽいっと投げいれた。きっとバスケットも巧いのだろう。私ならゴミ箱に届かずに終わってしまうに違いない。天はこの人に何物渡したのだろう。きっとこの人は転生チートキャラに違いない。めいびー。


「さ、脱いで頂戴。洗ってあげるわ」


「いえ、結構です」


「……脱ぎなさい。命令よ。これぐらいならR18にはならないでしょう?精々R15でしょう?」


 うぐぐと唸りながら座ったまま、スカート脱いで行く。


「ついでに上も脱ぎなさい。そっちも洗ってあげるわ」


 なぜ、という疑問は出てこなかった。目付き怖い。


「えっと、その。……私、帰られなくなるんですが」


「なら今日は泊まって行けば良いわ。どうせ私一人だし安心なさい」


「私、ピンチ!?」


「少しぐらい信用なさいな」


「どこに信用する箇所が」


「ここよ、ここ」


 言いながら私の手を掴んで自分の胸へ。心とでも言いたいのかもしれないけれど、生憎、目に見えないものは信じない性質なのである。あぁでも、手から伝わる感触は現実だし信じます。信仰しても良いレベル。


「信用がふにふにしてますね」


「柔らかいのが良いんじゃない」


 ふにふに。ふにふに。


 それから暫くふにふにしていました。いやだってほら、手を離すには勿体ないと言うか。信用大事。そんな事をしていれば、何だか困った表情で蜘蛛女さんが


「私の心を弄ぶのはそれぐらいにしてもらえない?」


 と。あれか。Sキャラなので責められるのが苦手とかなのかもしれない。そう思うと、これはもうなんというか、なんというか。なんだかとっても楽しくなって来た下着姿の私。良かった。可愛い下着にしておいて。


「ここからが楽しいんじゃないですか」


 楽しい時間はこれからだろう。うん。だってほら。


「そろそろ、じかーん」


 にやっと笑ってみた。


 くてっと首を傾げられた。


 長い髪がエアコンの風にゆらっと揺れる。


 ひらひらと揺れる。


 さながら。


 さながら蝶のようだった。


 我が身の美しさを世界に知らしめようとその背の美しい羽をひらひらと。ひらひらと。


「えっと……」


 瑞々しい唇が震えるように言葉を紡ぐ。


 何が起こったか分からないとでもいうようにぱちぱちと目を開いたり閉じたりして私を見つめている。


 さながら。


 さながら蜘蛛の巣に囚われた蝶のようだった。


 その美しさに惹かれて寄って来たとっても嘘吐きな蜘蛛の、その巣に囚われてしまい身動きの取れない蝶のようだった。


 あぁ、とっても綺麗だ。


 困惑気味に、私から離れようとする蝶の様な少女がとても綺麗だった。


「ほら、私って嘘吐きだって言ったじゃないですか」


 それはもう、この世界が生き辛いと感じるぐらいに。優しくないと感じるぐらいに。






―――






 翌朝。


 布団の中からちょこっと顔を出している蝶のような学生会長さんが不満気な表情を浮かべていた。その表情についつい笑ってしまう。


「いやだってほら、私、嘘吐きだし?」


「……私、ミイラ取り?」


 ぷいっと唇を尖らせて向うを向く。そんな姿をスマホで撮影する。永久保存版である。長編映画である。主演、元蜘蛛女さん、現蜘蛛に囚われた蝶々さん。


「そんな感じ、そんな感じ」


 くすくすと笑いながら、さて今度はどうやって蝶々さんを虐めて行こうかと考える私である。ベッドの横にあるテーブルの上に置いてある蝶々さんのお道具を使っていくのも良いよね、と思いながら両手をベッドに付いて座りながら天井のシミの数を数える無為で無意味な遊びをしながら、おなか一杯になって満足して、たそがれる蜘蛛女さんでしたとさ。











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ししゃもさんがししゃもさんの赴くがままに好き勝手しました感がししゃもさんでした。
2014/07/25 12:34 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ