家族ルール。
「急にお誘いしてすみません」
「あ、いえいえ、どうせ家の中でごろごろしてばかりの正月だったので、仕事が始まる前のいい調整になります」
温泉イベントは、撮影の日から二日が経過した昼過ぎに決行となった。
花咲父は見た目だけではなく、声も若々しくさわやかで、三十代なんて嘘だろと思いたくなる。
また、それ何のためにあるんだよと思うようなでっかいボタンが襟元までついたかわいらしいピーコートに真っ青なジーンズをはいているもんで若いというよりは、幼いという言葉の方がしっくりくる。
一方、お姉ちゃんはダッフルでかわいくしていこうか、いやいやこの歳でダッフルは引かれるかと散々迷った末に、最初はきちんとした格好でと、一昨年五万円以上も出して買ったベージュのトレンチコートで決めてきている。
行き先が行き先なのもあり、髪の毛もシンプルに後ろで縛ってあるので、『ガードの固いOL』といった感じか。
この二人を後ろから見ると教師と学生のように見えてしまう。
しかしそれよりも花咲父のピーコートのボタンをはずした隙間から見えるTシャツの柄が非常に気になる。
あれは確か、アニメ『プリンセスアキュラシー』のキュラサーモン(ピンク担当)ではないだろうか?
花咲父に対してのそんな不審な謎を、隣を歩く娘に訊いてみる。
「あのさ花咲、変な意味じゃないんだけど、花咲のお父さんっていつもあんな格好なの?」
「え、あんなって……まあ、あんなかな……何か変か?」
「その中のTシャツってさ」
「ああ、プリキュラな」
全然、隠す様子も照れる様子もなく答える花咲。
「うちの家は今プリキュラのグッズだらけだ」
「あ、そ、そうなんだ」
お姉ちゃん、その恋は実らないかも知れません……。
施設に着くと、まず靴を靴箱に入れて中に入る。
カウンターでチケットと引き換えに、浴衣を含めた入浴セットをもらう。
館内には食事処やマッサージルームなどもあり、男女共同の場所はこの浴衣で行き来しても構わないとのことだった。
そして、ロッカーのカギを手にお姉ちゃんとお兄ちゃんのあとに続いて、私もいざ脱衣場へののれんをくぐろうとしたとき、
「じゃあ、またあとでな」
と、私の後ろについていた花咲が父親の後に続こうとしたので、私は慌ててその腕を引っ張った。
「な、何の冗談だ?」
「冗談?」
「お前、まさかあまりにアホ過ぎて、自分が女だってことすら忘れてしまったのか?」
「何言ってるんだ、んなわけないだろ。失礼な奴だな」
「じゃあ何で、今お前はそっちののれんをくぐろうとしているんだ?」
「んなもん、小学生以下は公共の場では保護者についていくのが法律だろ?」
「何の法律だそれ! お前一体いくつだよ!?」
「十一だけど」
「知ってるよ! そもそもお前、学校の体育の時間なんかはひとりでもそもそ着替えてるくせに」
「あれは女だってバレないためだから」
何だそれ……。
「じゃあ、女だってバレてたらそっちの脱衣所で脱ぐことに抵抗はないのか?」
「まあ、父ちゃんと一緒だからな」
そうか……こいつ未だに父親とお風呂に入ることが当然だと思っている女だった。
「充、どうしたんだ?」
『男』と書かれたのれんをかき分けて花咲父が引き返してきた。
「セリカ、どうしたの?」
私の背後からはお兄ちゃんを伴って、お姉ちゃんが姿を現す。
こ、この状況をそのまま説明していいものかどうなのか……。
「ね、ねえ花咲、せっかくだしさ、私たちと一緒に着替えようよ」
「え、ああ。まあ、それもありか」
それもありなのではなく、そっちがなしなんだよ。
「父ちゃん、あたしこっちで着替えてきてもいいか?」
すると花咲父は、んーと短く唸って剃り跡ひとつない顎をさする。
「ちゃんとひとりで着替えられるか?」
「バ、バカヤロー! 着替えられるに決まってるだろ! 人前で恥ずかしいこと言うなよ!」
そんなことより先に、もっと恥ずかしがるべきことがあることをこの少女はまだ知らない。




