未来予想図。
あのバカ部長、超マジ使えねえ!
何この無駄残業!
舌打ちしか出ないような、そんなくさくさした気持ちのまま電車に一時間弱揺られて私は帰る。
しかしそれも地元駅に着くまでだ。
駅を出て、家までの道を歩きはじめるといつの間にか鼻歌を歌っていた。
産まれてからずっと住んできた家には、すでにお姉ちゃんはいない。
昨年何とか無事に結婚したからだ。
それでも帰ってくると今でもリビングの明かりが外から見える。
「お帰りなさーい! セリカ母さん!」
ドアを開けるなり緩いウエーブのかかった金髪が私の胸に飛び込んでくる。
「おっと! こらぁ星糸瑠、仕事帰りは汗で汚れてるからダメって言ってるでしょ」
「だってー」
「もう、セシルは甘えんぼさんだね」
そう言いながらも私はそのふわふわの髪の毛に鼻先を突っ込む。
ストレスの緩和どころか、ストレスというものを完全に塗り潰してくれる幸せの香りだ。
おそらく芳香剤なんかにしたらバカ売れだろう。
ふと、セシルの髪の毛から顔をあげるとおたまを片手にリビングからもうひとりの幼い金髪がぴょこりと顔をのぞかせる。
「あ、お帰りなさい。セリカお母さん。ごはんもうちょっと待っててねぇ」
「ただいま星奈。今日の晩御飯なに?」
「えへへ、ないしょだよぉー」
そうやって口元に人差指を立ててにっこり笑うと、ショートボブがふんわり揺れる。
本人は変だ変だと嫌がっているが、眉の上でぱつんと切り揃えた前髪が抜群にかわいらしい。
「母さん、今日はね、カレーだよ!」
「お姉ちゃん、ないしょだって言ってるのにぃ~」
「バカねセナは。こんだけ匂いしてたらセリカ母さんだってわかるわよ」
「そ、そうなのぉ?」
そういってショートボブの碧い瞳が私に訴えかけてくる。
次に自分の胸元を見ると、こちらにも碧い宝石が……。
正直、セシルの髪の匂いに夢中でカレーの匂いにも今気づいたくらいだ。
どうやって伝えれば二人とも傷つけずに済むのか私が困っていると、
「セリカちゃんおかえりなさ~い」
いっそのんびりした声でリビングから姿を現したのは、もちろんお兄ちゃん。
身長は百五十センチを超えたところで止まり、今では百六十センチの私を見上げるようになった。
お兄ちゃんの腰まで伸ばした髪は今は片三つ編みにしている。
五年前に法が改正され私は無事お兄ちゃんと結婚し、そして奇跡的に双子を授かった。
私たちとは逆で姉と弟だが、二人とも容姿は百パーセントお兄ちゃんの血を受けつがせることに成功した。
セシルは自分の見た目が神がかっていることにすでに気付き始めており、こないだまで幼稚園のおやつで出たゼリーやプリンなんかを大量に家に持って帰ってくることなどがよくあった。
お兄ちゃんは全然気づいていなかったようだが、そのゼリーやプリンはもちろん男の子からの貢物である。
どの子がどれだけ貢物をしたのか手帳にちゃんとつけていたというのだからしっかりしているというか、末恐ろしい。
もちろんこのことについて先生から注意は受ける。
しかし、そうすると今度は男の子達が揃ってその先生のいうことを聞かないというストライキが勃発し、お兄ちゃんが園長室に呼び出される事態となった。
結果、自分の子育てをひどく悔やむお兄ちゃんの姿に、さすがのセシルも心を痛めたらしく、今は貢物は極力受け取らないようにしている。
セナはセナですでに男の子恐怖症が始まっている。
ままごとをした際に、セナの作った泥団子を男の子たちが何個食べられるかを競ったのが原因らしい。
セナに対する愛の深さを見せるために、まるでわんこ蕎麦のごとく泥団子の製造を求め続けたという。
泣きながら泥団子を作り続けるセナと、それを鬼の形相で食べ続ける男の子たちの光景をセシルから聞かされた時は血は争えないなと私は思った。
そんな些細な問題はありつつも、それでもこの生活は平和である。
我が家の晩餐はカレーの頻度が異常に高いのも、この甘すぎる生活にはちょうどいいスパイスだ。
「セイラお母さん、お姉ちゃんがねぇ」
「違うよセイラ母さん! セナがバカなんだよ!」
三人の金髪の天使が織りなす光景はもはや神々しい。
ミケランジェロあたりが生きてたら壁画にしたに違いない。
この家にはお父さんはいない。その代わりお母さんが二人いるのだ。
結婚式のときは二人とも、お姉ちゃんが作ってくれたウエディングドレスで登場した。
「はいはい、二人ともあとできいてあげるからねぇ」
お兄ちゃんもすっかりお母さん役が板についてきている。
絵本作家の収入は決して安定していないけど、その分私がしっかり稼いできているので何の問題もない。
それにお兄ちゃんはたまに入るモデルの仕事でびっくりするくらいの金額を持って帰ってくるときがある。
「セリカちゃん、ごはんにする? それともお風呂先かなぁ?」
「んー。セイラ母さんとお風呂に入って、それから一緒にごはんかな」
「え、えとえと……」
私の言葉に顔を赤くして俯くお兄ちゃん。
「もちろん子供たちも一緒にだよ」
「そ、そっか、それならいいかなぁ……なんて。へへっ」
――と、そんなことを考えながら、神社の石段を登る度に着物越しに形が露わになるかわいいお尻を追いかける。
私がずっと黙っていたのが気になったのか、花咲と喋っていたお兄ちゃんがこちらを振り返る。
「セリカちゃん、どうしたのぉ?」
「お兄ちゃん」
「ん?」
「セシルもセナもいい子に育てようね」
「え、だ、誰だっけぇ……」
これだけ将来のプランがはっきりしているのだ。
神様もお願いを聞き入れ易いだろう。
それにしても幸せ過ぎて気を失いそうな未来だな、おい。




