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兄妹×兄妹。


 前を歩くお兄ちゃんのスピードが急に早くなった。

 どうしたのかなと思ったら、進行方向。横断歩道の信号が青だった。


 ははーん。

 ふふーん。


 あ、青の内に早く渡らなくちゃ。

 赤で止まったらセリカちゃんと並ぶことになるよぉー。

 そうしたら何お話したらいいかわかんないよぉー。

 だって朝のことまだ怒ってるだもん。

 ああ、でもこんなことなら許してあげればよかったよぉ……。

 うぅ~……。


 だいたい金髪の中に納められた脳内はそんなところだ。

 しかし、お兄ちゃんは自分の体力を甘く見過ぎである。

 青に変わった時点で横断歩道を渡り始めないと、お兄ちゃんの瞬足では渡り切れない。

 だってほら、もう信号が点滅している。

 お兄ちゃんに点滅信号を渡るなんて犯罪行為ができるわけがない。

 案の定、横断歩道の前でぴたり。

 

 仕方ない。

 もう少し眺めていたかったけども、ここはもう一度謝って仲直りといこうじゃないか。

 私は少し反省したトーンで声をかけ……。


「セイラちゃーん!」


 もちろん私ではない。


「か、かじょ、さん」


 速足で息も絶え絶えにお兄ちゃんがその名を呼ぶ。


「せ、セイラちゃん、もう一回、もう一回呼んで!」


「か、かじょ、しゃん?」


「も、もう一回」


「おい、カス」


 この距離まで気づかなかったのは理由がある。

 カスは今日は制服を着ていない。

 っていうか、ついこないだもここにいなかったっけこいつ。


「わーセリカちゃん、おはよう! セイラちゃんとセリカちゃんと朝から出会うなんて運命感じちゃうな。セイラちゃんはコートの裾と紺のハイソックスの間で白い肌が映えてもうこのグラデーションは新しい国旗みたいだね」


 自分がカスと同じレベルの思考をしていたことにがっかりする。


「セリカちゃんのお肌もさらりとしているね。やっぱり小学生だから乾燥知らずなのかな? ちょっと触ってもいいかな?」


「いいわけないだろ。小学生の肌を詳細に褒めるな。ところでお前、制服はどうした? クビになったのか」


「どうしてそういう結論になるのかな。非番だよ非番」


「非番のこんな朝早くから何やってんだ」


「パトロールだよ」


「非番だろ」


「非番だろうが裁判だろうが、その日小学校があるなら僕はパトロールをする」 

 

「小学校限定なんだな」


「女の子限定だよ」


「お前制服着てないと開き直りがすごいな」


「非番だからね」


「それは理由としてどうなんだ? っていうか制服はお前を守る唯一の法だろ」


 するとカスは尻ポケットから何かを取り出し私の顔の前で開いて見せる。


「セリカちゃん、警察手帳。これ何のためにあると思う?」


「そんなためにあるものじゃないと思う」


 すると、となりから「ふわぁ~」と声があがる。


「初めて見ました警察手帳。かっこいいですねぇ」


「セイラちゃんそう言ってもらえるなんて、心の底から警官になってよかったと思ったよー」


「お前の心の底ひどいな」


 ってかお兄ちゃんが「かっこいい」なんて言葉を使うなんて違和感。

 脳内かわいい100%で構成されているはずなのに。

 え、お兄ちゃんの恋心がまさか、この犯罪者に……そんな、いや、まさか、やだ、コロス。


「ねえセイラ?」


「カゾさんかっこいいですねぇ」


「ねえ?」


「寒いのにパトロールありがとうございます!」


 ははーん。

 なるほどなるほど。

 つまりは、私への当てつけのつもりなのですね。そうなのですね。

 それは構わない。

 構わないけど、それはダメだ。

 犯罪者を助長させる行為だよ。

 カスの顔がさっきからにやけっぱなしでかなり気持ち悪いことになっているじゃないか。

 ここは無理やりにでも、

  

「このどぐされファッキンロリコンさん!」


 またしても私ではない。

 もちろんお兄ちゃんでもない。

 練乳のように甘い、舌ったらずなその声はカスの背中から聞こえる。

 ひょいと覗き込むと、そこには私たちとさして歳の変わらない風貌の大学生。

 合法、脱法、ヤッホーロリ。幾千ものロリコンどもの願いが星に届いた結晶。

 ロリコンランキング上位に食い込むその名前は來海さんだ。

 加須來海。残念残酷なことにカスの妹。

 そしてその中身も非常に異常に残念無念なんだけど。


「お前、どうしてこんなところにいるんだ。学校はどうした?」


「今日は学校は午後からです。兄さんが出かけるのを電柱の陰から見張ってたのです」


「どうしてそんなことするんだ」


「来海は変態さんのニュースがテレビで流れるたびに心配になるのです。自分の兄が犯人じゃないかって」


「もっと自分の兄を信じろ」


「今目の前の状況からすでに信じられません。お休みの日にまで小学校の周りをうろうろしてるなんて。お願いですからどうせ狂うならパチンコとか競馬とかお酒とか薬物とかにでも狂ってください。そしたら私が兄さんの面倒見ますから」


「それでいいのかお前の人生?」


「自分の兄が悲しい犯罪者になるよりははるかにマシです」


「僕は犯罪者にはならないよ。來海、僕はね単純に小学生と対等に正式に真剣にお付き合いしたいと思ってるだけなんだよ」


「アホです。真正面からアホです。丁寧に語ったところで変態は変態なのですよ。根っこの部分から変態だと宣言しただけなのですよ」


「こんな往来で変態変態言うんじゃない」


「どうして來海がいると思いますか?」


「はあ?」


「思いますか!?」


「質問の意味がわからない」


「兄さんの犯罪を抑制するために、お母さんは私を産んだのです」


「お前は自分の存在理由がそれでいいのか?」


「妹は兄の為に、兄は妹のために。ワンフォーオール。ホールインワン」


 ちょっと何言ってるかわかんないけど、顔が上気してるのが残念でならない。

 ごまんとある需要に対して、どうしてここにとどまるのか。


 すると私の隣からお兄ちゃんが手を伸ばし。撫でた。來海さんを。


「お兄さんが大好きなんだねぇ」


「セイラ、そのひと大学生だよ!」


「…………」


 また無視である。

 お兄ちゃんは聞こえないふりでにこにこと來海さんの頭を撫で続ける。

 というか、背丈も同じくらいなのにどうして年下と思ってるのか。

 私はもう一度呼びかける。


「ねえ、セイラ?」


「何ですかぁセリカさん?」


 あらまあ、結構本気で怒ってらっしゃるようですよ。

 こっちも見ずによしよしよしよし、若干ごしごし。


「やめてください。私はあなたよりも年上なのですよ!」


「何年生なのぉ?」


「三年生ですよ!」


 大学となぜ言わなかったのか、


「免許だって持ってますし」


 そういって斜め掛けのポシェットをごそごそ漁りだしたところで、


「あのーちょっとすみませんが……」


 と、横から声がかかる。

 そちらを見ると、いかつめの体育教師と年配の女教師が並んでいた。


「いえね、横断歩道で生徒にしきりに声をかける男がいると聞いたもので」


「ち、ちちちちがうんです。僕はロリコンとかじゃないです。あ、警察手帳を今、えっと、あれ?」


 お兄ちゃんにぼけっとしながら仕舞ったもので、警察手帳がすぐに出てこないカス。

 というか、自分からロリコンという言葉を使う時点で不信感しかないじゃないか。

 一方。


「あなたランドセルは? ちょっと、お化粧もしてるんじゃない?」


「ち、ちちちちがうんです。私は小学生じゃないです。あ、今免許証を」


 女教師に声をかけられなぜかテンパる來海さん。

 兄妹揃ってあたふたしている横を抜け、私はお兄ちゃんの手を引いて横断歩道を渡る。


「お兄ちゃんごめんね」


「…………」


「ごめんね」


「……もう! セリカちゃんがあんなことするからだよぉ」


「寝ぼけてたんだよ。お兄ちゃんだって寝ぼけることくらいあるでしょ?」


「うぅー、あるけどぉでもぉ……」


「そっか許してくれないんだね。じゃあ私今日はひとりで帰るね……ごめんね」


「わ、わかったよぉ。もう怒ってないよぉ~」


 お兄ちゃんはかわいそうな生き物を放っておけないのだ。

 短い兄妹ゲンカというか、私からしたらケンカでも何でもないんだけど。


 あとから聞いた話では校長室から出てきて廊下をしょぼしょぼ帰っていく親子がいたらしい。

 まああれが兄妹だと説明したところで誰も信じないし、私も未だもって信じ切れてないからそのままにしておいた。


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