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フェアリーテール。



 翌日、お兄ちゃんのクラスの担任からプリントを受け取って職員室を出ると、花咲が駆け寄ってくる。

 私が出てくるのを待っていたのだろう。


「セイラ、大丈夫なのか?」


「あ、うん。ただの風邪だから」


「お見舞い行っていいか?」


「あー……いや、本当大したことないから。本人がひとに心配かけるのを一番気にしてるから」


「そっか。じゃあ、これ渡しといて」


 花咲が手渡してきたものは、数枚のA4のコピー用紙だった。


「今日の授業のノートのコピー」


「ありがとう。喜ぶよ」


 そう言って、花咲と別れてから改めてコピー用紙を見る。

 汚い……。何という汚いノートなんだ……。

 しかし、花咲は花咲でお兄ちゃんの事情を察して気を遣ってくれたのだろう。

 そうでもないと授業中は就寝中の花咲がここまでノートを取るはずがない。

 あと、花咲の発育の良さは寝る子だ育つ理論から来ているのかも知れない。 

 私も寝ないと。



 家に帰るもお姉ちゃんの姿はない。

 居てもたってもいられず、朝一番で病院に向かったまんまなのだろう。

 テーブルにはバス代と書かれたメモと一緒に千円札が一枚載っていたので、ランドセルを置くと、それを財布にしまって家を出る。

 私だってお兄ちゃんのことが気になって仕方ないのだ。

 しかも、あそこまで悪くさせたのは私の責任なのだから。


 タクシーだと十分の距離だが、バスに乗ると大回りして三十分近くかかった。

 エレベータを使って、お兄ちゃんの病室の前まで来たとき、女の子の声が聞こえてきた。

 部屋はお兄ちゃん以外はお年寄りばかりなはずで、声はお兄ちゃんのものではない。

 そっと病室を覗き込むとベッドの上にお兄ちゃんと、その脇のパイプ椅子に座るお兄ちゃん。

 何を言ってるんだ私は。

 眉をひそめてよくよく眺めていると、ベッドの上の方のお兄ちゃんがこちらに気付く。


「セリカちゃ……」


 急に出した声はすぐに咳に変わる。


 「大丈夫?」みたいなことを言って、パイプ椅子のお兄ちゃんがベッドの上のお兄ちゃんの背中をさする。

 だから私は何を言っているのだ。

 ひとしきりベッドの上のお兄ちゃんが落ち着くと、パイプ椅子に座っているお兄ちゃんがこちらを振り向く。

 背中まで伸びたくりくりの金髪に淡いエメラルドグリーンの瞳。

 近くで見ると私よりひと回り小さい。小三くらいか?

 めちゃくちゃかわいい。

 うちの天使が、寂しさのあまり森の妖精か何かを呼び寄せたのかしら?

 選りすぐりの金髪美少女が現実に二人並ぶと、何とファンタジーでファンタスティックでファンシーなのでしょう。

 遠近感がぼやける。

 ここが病室だということを忘れる。

 おとぎの世界が目の前に広がる。

 お花畑が見える。

 しかし、

 

「何や、このブサイク」


 脳の処理が追い付かない。

 今の言葉はこの妖精から? そんなバカな。私の耳がおかしいのかしら?


「ちょ、ちょっと希海ちゃん!」


 慌ててお兄ちゃんが妖精の腕を引っ張る。そのせいでまたお兄ちゃんが咳き込む。


「動いたらあかんやんセイラ。死ぬで? 髪の毛だってきれいにセットしたのに」


 言われてみたらお兄ちゃんの髪は三つ編みにしたものを、さらに頭の上で花の王冠みたいに編み込んである。

 かわいい。超かわいい。全世界のかわいいがここに凝縮されている。


「大丈夫だよぉ」


 そう言ってにっこり笑うと、お兄ちゃんは目の前の妖精を「希海ちゃんだよぉ」と紹介してくれ、「セリカちゃんだよぉ」と紹介された。


「え、うそー!? セリカって、セイラの双子の妹って言ってた? いや、おかしいって。全然似てないじゃん。DNA違いすぎるし。偽装やろ。偽造やろ。詐欺やろ」


 そりゃこれほどのかわいこちゃんとずっと並んで生きてきて、今まで色々言われてはきたが、ここまで言われたのは初めてだ。


「セリカちゃんはかわいいよぉ」


「セイラ、同情はひとのためにならんで」


「ど、同情じゃないよぉ」


「じゃあ、セイラ、私とこいつどっちがかわいいと思う?」


「ふたりともかわいいよぉ?」


「違うねん。そういうんじゃないねん。選ばれなかった方が死ななあかんとしたらどっち選ぶ?」


「え?」


 お兄ちゃんの細筆で描いたようなシャープな金色の眉がみるみるハの字になっていき、「うぅー」とか「でもぉ」とかぶつぶつ繰り返す。

 やがて、眉の下の、宝石からはらはらとしずくがこぼれて、


「死んでほしくないよぉー」


 と呟いたところで試合終了。

 かわいこちゃんの涙は世界を平和にするよ。




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