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お姉ちゃんと花咲。

 私たちには歳の離れた美月というお姉ちゃんがいる。

 小学一年のときに事故で両親を亡くしてからはお姉ちゃんが私たちの面倒をすべて見てくれている。

 年齢は永遠の二十七歳だったが、誕生日から半年経った最近ようやく二十八歳という現実を受け入れることにしたらしい。

 この美月お姉ちゃんとお兄ちゃんである星良、そして私星里香の三人で我が姫宮家の家族は揃う。


 お姉ちゃんに手伝ってもらって私もようやく着物に着替えると、リビングの端にある仏壇に三人並んで手を合わせる。


「お父さんお母さん、おかげさまで三人揃ってまた新しい年を無事に迎えることができました。見ていますか? セイラもセリカもこんなにもかわいく育っていますよ。今年もどうぞよろしくお願いします」


「お願いします」と私とお兄ちゃんが声を合わせる。


「さて」といってお姉ちゃんはこちらを振り返ると、「お父さんとお母さんへの新年の挨拶も終わったし。どっちからにしよっか?」と問いかけてきた。


 私は意味がわからず隣を見ると、お兄ちゃんも同じような顔でこちらを見ていた。


「じゃあねー、セイラから!」


 そういうとお姉ちゃんはお兄ちゃんを抱きしめ、背中と言わず尻と言わず腿と言わず、まさに手当たり次第に擦り始めた。


「セイラーかわいいよー。あーもう、なんてかわいいのかしら。着物もひとりで着られるようになってお姉ちゃんは嬉しいぞー」


 マジか。

 お兄ちゃん、自転車も未だ乗れないのに、おしゃれすることに関しては器用だな……。


「お、お姉ちゃん、髪の毛が崩れちゃうからぁ~」


「いいじゃんいいじゃん。崩れたらもっとかわいい頭にしてあげるから!」


 私は次に来る自分の身の危険を感じリビングを飛び出そうとするが、「セリカ~、これ逃げたらお年玉ないからね」という声にぴたりと足を止める。

 お年玉はいつから対価を支払わなければもらえないものになったのだろう。


 お姉ちゃんには色々と感謝はしているが、スキンシップが若干いきすぎるときが多々ある。

 私は自分の番が少しでも短くなるように願いながらも、姉の手によって乱れていくお兄ちゃんの姿に私の中の私たちは興奮るつぼである。

 私もあれだけ大胆にお兄ちゃんを好き放題したいものだ。本気でうらやましい。


 お姉ちゃんのスキンシップがひと段落し、再び着付けを直したところでインターホンが鳴る。


「来たー!」


 お兄ちゃんはぱたぱたとリビングを飛び出すも、玄関の壁に張り付けてある姿見でちゃんと身なりのチェックを忘れない。前髪をちょいちょいと直したところで、「どうぞー」とドアの向こうに声をかける。


 レバー型のドアノブががちゃりと下がると、そこには花咲充(ハナサキミチル)の姿があった。

 ほんの数か月前まで、お兄ちゃんのクラスのイケメンスポーツ男子だった花咲だが、

 ひょんなことがきっかけで実はかなりの美人女子だということが判明する。

 これまたお兄ちゃんと一緒で、そのことはクラスの皆には内緒だよ状態だったりする。

 そして現在、お兄ちゃんにとって唯一の女子友達である。

 そんな花咲を玄関でお出迎えしたお兄ちゃんは、「えっ……」と声を漏らした。


「花咲さん、着物は? 着物はどうしたの?」


「え、着ないけど」


「どうして着ないの?」


「どうしてと言われても、そもそもうちに着物がないし、着たいとも思わないし」


「どうして思わないの?」


「どうしてって……」


「どうして? どうしてなのぉ?」


 お兄ちゃんのどうして攻めにたじろぐ花咲。

 私はおそらくこんなことだろうと思っていたのだが、

 女の子の友達と着物を着て初詣に行くのを死ぬほど楽しみにしていたお兄ちゃんにとっては、到底納得がいかないようだ。

 しかし、このことに関してはもうひとり黙っていない人がいた。


「ミチルちゃん、ちょっとあがっていこうかぁ」


 我が姉である。


「でも、初詣に行くんじゃ」


「初詣は逃げないわ。ってか、んなもんは正直どうだっていいのよ」


「え、どうだって……」


「どうだっていいの」念押すようにもう一度お姉ちゃんは言った。

「七五三が終わってしまえば、年に一度だけなの。何の気負いもなく着物が着れるのって。それはいつだと思うミチルちゃん」


「えと」


「今日なの」


「あ、はい。でも、」


「でも着物がないのでどうしようもない」


「はい」


「それがあるの」


「あ、」


「そうなのよ。わかってくれて嬉しいわ」


「え?」


 まったく花咲の理解を待たずにお姉ちゃんはに彼女の手を取るとそのまま家の中に引き上げ、自分の部屋に連れ込んだ。


 部屋の扉が閉まって三十分後。

 お姉ちゃんに連れられて、リビングに入ってきた花咲は見違えるようだった。

 元々イケメンで通っているほどの顔のきれいさとすらりと長い手足は、ヘアメイクと着るものを整えてやるだけで、色気が百二十パーセント増しになる。

 白に近い桃色の生地にそれより少し濃い色で載った桜が、シンプルながら大人っぽさをぐっと引き上げている。


「私が中二のときに買ってもらった着物なんだけど裾が足んなくって、和装ブラ探しちゃったよ」


 そういってお姉ちゃんは笑う。

 しかしこれは笑いごとではない。

 うちのお姉ちゃんが元々小柄で、今の花咲の背が高いといってもそんな裾が足りなくなるようなほど差があるわけではない。

 つまり今のお姉ちゃんの話を訳すと、

 花咲のあの小学生離れした胸が布地を無駄に消費して、裾に回るはずの生地が足りなかった。だから和装ブラで胸を潰したということだ。

 お兄ちゃんはさておき、和装ブラなんて私には一生縁がないかも知れないのに。

 実に笑えない。


 そしてそんな花咲は、やはりとても小学生には見えない。

 横に流したショートカットの前髪は、サイドで一輪の白い花で留められている。

 帯はさりげない感じでリボン結びになっているが、それが幼く見えずにほどよい隙を作りだしていてかわいらしい。

 何だか声のかけづらいほどの美人なお姉さんが目の前にいるといった感じだ。

 私がそんなことを思っていると、隣のお兄ちゃんが緊張した面持ちで花咲に声をかける。


「は、はじまめして……」


「落ち着いてお兄ちゃん。よく見て、花咲だよ。三角形の面積の求め方がわからないあの花咲だよ」


「え、で、でもぉ……」


 そんな私の言葉に花咲がきれいな顔をムッとさせて言葉を挟む。


「あのな、あたしと証明するのにその説明はやめろ。それにもう三角形はわかってるし。底辺÷2だろ」


「花咲さんだ!」


 途端にお兄ちゃんの顔がほころぶ。

 お兄ちゃんもたいがいひどい。

 そして花咲、それは面積ではなくただの半分の長さだ。


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