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ウサトーク。

 お兄ちゃんの手を引いて徒歩十分足らず。

 学校から家が近いのはこういうとき助かる。

 ちなみに私ひとりなら五分とかからない距離だ。

 家に帰ると、お姉ちゃんは買い物で留守だった。

 そして、靴を脱ぐなり日課であるユキさんに嬉しそうにエサをあげに行こうとするお兄ちゃんの肩を後ろから引き止める。


「お兄ちゃん、エサは私があげとくから」


「え、でもぉ……」


「大丈夫だから」


「でもぉ……」


「何がでもぉ、なの? お兄ちゃん風邪ひいてるでしょ? 寒いのに厚着しなかったり、髪の毛三つ編みにして首出してるからだよ?」


「んー……」


 そう唸って、私の爪先あたりに視線を落としながら、小さく「でもぉ」「だってぇ」ともごもご口を動かしている。

 くっ、かわいいなあ。かわいそうだなあ。

 私は正しい、私は正しいことをしているんだ。


「それにお兄ちゃん、ユキさんに風邪うつっちゃうかもよ」


 私のこのセリフに、お兄ちゃんははっと顔をあげる。

 その表情のあまりの悲痛さに、胸がしめつけられそうになるが、ただウサギにエサをやるやらないだけの話だ。


「じゃあ……セリカちゃんお願い」


「うん、まかせて」


「ユキさんのごはんはちょっとだけだからねぇ」


「わかった」


「お水もちゃんと新しいのに代えてあげてねぇ」


「うん」


「あとカゴの底のうんちもきれいにしてあげてねぇ」


「わかったわかった」


「それからね……」


「わかったから! ユキさんには不自由させないから部屋にあがっててよ!」


 少しきつく言うと、「わかったよぉ……」と渋々二階へと上がっていった。


「さてと」


 少々面倒に思いながら、私はユキさんのケージの前に立つ。

 この時間にエサがもらえるのをわかっているのかユキさんが騒ぎ出す。


「よしよし、いい子だ今ご飯あげるからね」


 ケージの横にある三段ボックス棚の一番上、そこがユキさんのエサ置き場だ。

 普段世話しない私もそれくらいは知っている。

 そこを目隠しするように覆ってある布をめくりあげる。

 唖然。


「何だこれは……」


 そこにはあらゆる種類のウサギのエサが並べてあった。

 牧草が数種、ウサギの写真が張り付けられたわかり易いものから、銀色の袋にシンプルに横文字が並ぶ健康サプリメントのようなものが数種類ずつ、その他ラズベリー味にプレーンや、『肥満が気になるウサギのプロポーション維持に』って、んなもん野菜食わせとけばいいんじゃないの?

 エサが置かれた横の隙間には本が何冊か並んでいた。


 『かわいいウサギの飼い方』

 『ウサギぴょんぴょん』 

 『ウサことば辞典』

 『ウサギの気持ちが100%わかる本』

 『あなたもウサギになれる』


 お兄ちゃん……タイトルに踊らされ過ぎだよ。

 そしてウサギになりたいの? 


 私は別にウサギが好きでも嫌いでもない。

 「普通にかわいい」というやつだ。

 だから毎日面倒見るのとかはちょっとムリ。

 そもそもお兄ちゃんの欲しがっていたクリスマスプレゼントに乗っかっただけなので、それほど深い愛情もない。

 私はウサギと戯れるお兄ちゃんが好きなのだ。

 だからお兄ちゃんがユキさんにエサを与える光景は毎日見ているのだが、何をどういう間隔で、どの程度与えているのか全く知らない。興味がない。

 お姉ちゃんなら多少は知っているのだろうが。

 強く言った手前、お兄ちゃんに聞きに行くわけにもいかないし、聞いたら自分でやるって言い出すに違いない。


 おぼろげな記憶を呼び起こしてみると、たまにお兄ちゃんが生野菜を与えていたような気が……する。

 私はリビングからキッチンに入ると、ゴミ箱を開ける。

 中には匂いが漏れないように小さな袋に分けられた野菜くずが捨てられてあった。

 私はそれらの野菜くずたちをゴミ箱から取り出すと軽く水で洗って、再びユキさんのゲージの前に屈む。


 まずはわかり易いところで人参の皮をケージの隙間から突っ込んでみる。

 ウサまっしぐら。

 やはりウサギは人参が好物なようだ。

 

 続いて、きゅうりのヘタ。

 人参ほどではないが食べる。


 そして悪魔の野菜、セロリ。

 おお、人参と同じくらい食いつく。

 今度から、私のセロリはシロさんに食べてもらおう。

 んー、何か楽しくなってきた。


 続いて、ピーマンのヘタ。


「何してんのぉ……」


 エサやりが楽しくなり始め、階段を降りてくる音にまったく気づかなかった。

 いつの間にかリビングの入口から、もこもこしたパステルピンクのパジャマに着替えたお兄ちゃんが不安そうにこちらを見ている。

 そして私の手元を見るなり、


「何してんのぉ!」


 一回目と二回目の「何してんのぉ」の温度差に、これはまずいかも知れないと内心ものすごくテンパる。


「エ、エサを……」


「それ何?」


「ピ、ピーマン」


「ピーマン!」


 「ピーマン」という単語の発音に、これほど悲劇的な響きがあるなんて今まで知らなかった。


「あげたの?」


「……え、まだ」


 お兄ちゃんがポコポコとウサギスリッパを鳴らしてこちらにやってくる。

 ってかもう、お兄ちゃんがまるごとウサギだ。

 そして、私の手からピーマンのヘタを取り上げる。


「ピーマンはあげちゃダメなのぉ!」


「あ、そうなんだ。ごめんね」


「他にはぁ?」


「え?」


「他には何あげたのぉ!」


「他? えーと、人参のか……わ?」


 お兄ちゃんの反応を伺うように応える。

 その表情は安堵の色だった。

 よかった人参は問題なかったようだ。


「あとは?」


「あ、あとは何もあげてないよ」


「ほんとにぃ?」


「ホントに」


 嘘だけど。

 するとお兄ちゃんは、棚に並ぶエサの中から、牧草のエサを選び、少し掴むとそれをユキさんに与えた。


「ごめんねぇ、ユキさん」


 エサってあんなんでいいんだ、などと思って眺めていると、ケージの前に屈んでいたお兄ちゃんが勢いよくこちらに振り向く。


「セリカちゃんもぉ!」


「へ?」


「セリカちゃんも謝って!」


 目がマジである。

 この歳になってウサギに話しかけるなんて正直恥ずかしいったらありゃしない。

 けど、謝る。


「ご、ごめんね、ユキさん」


「うん、いいよ」


「え?」


「いいよ。許してあげる。人参もおいしかったしね……ってユキさんが言ってるよぉ」


 どうやら、お兄ちゃんはウサことばをマスターしているらしい。

 私にはただもしゃもしゃ草を食んでいるようにしか見えないが。

 とりあえず、きゅうりとセロリの件はユキさんは黙ってくれているようだ。


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