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くんくんマイシスター。

 始業式はクソ寒い体育館に全校生徒を押し込んで行われる。

 床が冷たいので、普段教室の椅子に敷いてある座布団を持っていくことが許されているが、それでも尾てい骨から底冷えする。


 隣のクラスの列を見ると、登校するときは下ろしていたはずの髪を三つ編みにしているお兄ちゃんの後頭部があった。

 教室に着いてからここに来るまで二十分くらいしかなかったはずなのにあんたいつの間に……。

 しかし、金髪で均等に結われた三つ編みというのは、もう髪の毛ではなく高級織物のようだ。

 あれで編み込まれたマフラーを首に巻いてみたいものだ。

 そんな後頭部は校長先生のお話の途中途中でこくこくと縦に揺れる。

 何をそんなに相槌を打つことがあるのか、ここにいる全校生徒+教師であの話を真剣に聞いているのはお兄ちゃんひとりなんじゃないだろうか。

 私の耳にはひと言も入ってこない。


 三十分ほどの始業式が終わると、各々の教室に戻っていく。

 どれだけの人混みの中でもお兄ちゃんを見つけるのは容易い。

 その容姿ももちろんだが、ひとり群れから離れて危なっかしく歩いているのは決まってお兄ちゃんだ。


「セイラー」


 と、声を掛けたのは私ではない。花咲だ。

 昨日のプールでの一件があるのでどうにもあいつとは顔を合わせづらい。変に意識してしまうが、これは恋ではない。

 花咲とお兄ちゃんが笑顔で喋っている。

 お兄ちゃんの頬が若干赤らんでいるのは気のせいか?

 何の話をしているんだ……あんな花も恥じらうような顔、私には見せないじゃないか!

 こうなったら背に腹は、だ。


「セーイラ!」


 今度こそは私が声をかけたのだ。

 さりげなさを装って後ろからお兄ちゃんに抱き付いてみる。

 お兄ちゃんの背も腹も私のものだ。

 女の子同士ならありだし、兄妹だし。

 対抗心メラメラであると同時に、内心ドキドキである。

 しかし、少々勢いをつけすぎたか抱き付いたお兄ちゃんの背中が前に傾く。


「危ねっ」


 咄嗟に、且つ紳士的に花咲がお兄ちゃんの肩を前から抱きかかえる。

 そして抱きかかえられたお兄ちゃんの目は程よく潤んでいる。

 花咲とお兄ちゃん、きれいな顔がふたつ並ぶ。

 まるで少女漫画で恋が始まりそうなひとコマだ。

 

「セリカ、お前はそういう後先考えないところ直したほうがいいぞ。そんなだから昨日だってお前……」


 そこまで言って花咲が顔を赤らめる。

 そしてそれを見た私も居心地が悪い。


「き、昨日のことは関係ないでしょ!」


 ああ。

 私も少女漫画みたいだ。

 って言うか花咲も何か言い返してこいよ。

 何で指をからめてもじもじ突っ立ってるんだ。

 こんなところで秘めたる乙女を発揮しなくてもいいじゃないか。


 くちゅん。


 そんな私たちの気まずい沈黙をかわいいくしゃみが破った。


「ごめんね、くしゃみ……が、」


 くちゅん。くちゅん。

 と、今度は二度続く。


「ちょっと大丈夫?」


「セイラ風邪ひいてんじゃないのか?」


 そう言って、花咲が右手でお兄ちゃんの前髪を掻き上げると、左手で自分の前髪をあげ、そのまま二人の顔が近づき……。


「だぁーーーー!」


 と、私がそれを阻止する。


「あ、あんた何してんの?」


「熱を計ろうと思って」


 相変わらず何という迂闊な。

 そんなことしたら恋が始まっちゃうじゃないか。

 そもそも、自分とお兄ちゃんの影響力というものをまるで理解していない。

 周りの刺すような視線に気づいていないのか。


        ☆


 始業式なので、教室で簡単な申し送り事項があって、すぐに下校となる。

 隣のクラスへお兄ちゃんを迎えに行く。

 まばらに残った生徒は友達同士でおしゃべりに花を咲かせている。

 もちろんその中にお兄ちゃんの姿はなく、自分の席で配られた数枚のお便りプリントを眺めていた。


「セイラ」


「ひゃっ! セ、セリカちゃん。なにぃ?」


「なにぃって、もうホームルーム終わったでしょ?」


「え? あ、ほんとだぁ」


 気づいてなかったのか……。


「んなもん読んだって仕方ないでしょ?」


「えー、そんなことないよぉ。ほら、風邪が流行ってるから手洗いうがいをちゃんとしましょうってここに書いてあるし」


「そんなのどーでもいいことだし、セイラすでに風邪ひいてるし」


「えぇー……ひいてるのかなぁ」


 そう言って、さも不思議そうに首を傾げるも、その呼吸は走ってきたあとのように荒いし、顔もさっき体育館で見たときより赤くなっている。

 何でここまでなって気付いてないのか……。

 お兄ちゃんの額に手をあてる。

 やはり……さらさらしている。

 じゃなかった、熱い。


 机の上のプリントをひっつかむとお兄ちゃんのランドセルにねじ込む。

 「あぁ」とか「プリントがぁ」とかそういうのは聞こえないことにして、その熱っぽい手を引いて教室を出る。

 校舎を出る前に私のダウンを無理やり羽織らせる。

 校庭を横切って歩いている途中で、お兄ちゃんが「ねえねえ」と言う。

 この期に及んでまだダウンが嫌だとか言うんじゃないだろうなと、


「何?」

 

 不機嫌気味な声で応えてしまう。

 そんな私に思いもよらぬカウンターパンチが飛んでくる。


「これねぇ、セリカちゃんのいい匂いがするぅ」


 ……こんな校庭のど真ん中で抱きしめてしまいたいくらいにかわいいと思ってしまった。

 膝の力が抜けそうだ。

 普段嗅いでばかりだが、自分匂いを嗅がれているというのは何ともくすぐったい。

 まあ、明日からそのダウンの匂いを私が嗅ぐのだけど。


「そんなの当たり前でしょ。私のダウンなんだから」


 と、ツンデレ発言をしてしまう私に、そうだねぇとくすくすとお兄ちゃんが笑う。

 校門を抜けてしばらく歩いてから、私は訊ねる。


「その……私の匂いってどんな匂いなの?」


「え?」


「だから、そのダウン、私の匂いがするんでしょ」


「うん。だってセリカちゃんのダウンだもんねぇ」


 そうだけど。私がそう言ったんだけど。ああ、もう。私がバカでした。


「だから、私の匂いって例えるならどんな匂いかなぁって」


「えー……んー……」


 考えること十秒。

 

「あ」と声をあげる。


「ノラさんみたいな匂い」


「え、ノラさん? 誰?」


「ネコのノラさん」


「あー、そうなんだ……」


 え、それは獣臭いってことですか?

 

 そしてダウンの襟元に鼻をくっつけてくんくん匂いを嗅ぐお兄ちゃん。

 ああ……何か自分の汚いところを嗅がれているようで、とてつもなく恥ずかしくなってきた。

 恥ずかしい。けど……心地いい。

 なぜ私は興奮しているのか。


 とりあえず、今晩からボディーソープの量を少し減らしてみよう。


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