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ゴルフボール拾い。

 白人というのは肌を見せてこその白人だと私は思う。

 特にあの金色のうなじのラインの美しさは、我々黄色人種が千回生まれ変わったところで生み出せないだろう。

 また、そこからちょろりと出た後れ毛というか、アホ毛の愛らしさといったらたまらない。

 

「しかし、冬休みの割には案外空いてるもんだな」


「花咲、私たぶんさあのうなじをくわえていたら水の中で息しなくても平気なんだ」


「あたしの話に答えるつもりはないんだな」


 そんな私たちの目の前を歩くかわいらしい後姿がプールサイドの交差点でぴたりと足を揃えて止まる。

 ああ。そっか。


「セイラ、どうしたんだ行くぞ」


 そう言って花咲がお兄ちゃんの腕を取って引っ張っていこうとする。


「う、うん」


「お兄ちゃんそっちはいつもの方じゃないよ? あっちの方がいいでしょ?」


 そう言って私が幼児用の浅いプールを指差す。

 それに対して頷こうとしたお兄ちゃんより先に花咲が、


「おいおい何言ってんだセリカ、あっちはお子様用だぞ? あたしたちが入るには浅すぎるだろ?」


「いや、花咲、でもな、」


「そもそもあんなプールじゃ泳げないだろ? 何のためにここに来たのかわかんないし」


「それもそうなんだがな花咲、」


「あれなら家の風呂に入ってた方がマシだろ。なあセイラ?」


 そう言って、はははっと笑いながら最後にお兄ちゃんに同意を求める花咲。


「じゃあ、お前だけそっちで泳いでなよ。お兄ちゃんは私とあっちで」


「な、何言ってんのセリカちゃん! そっちは小さい子が入るプールだよぉ! もう五年生だからボクたちはこっちだよぉ!」


 そう言った顔は赤く、しかしその目には涙が溜まっている。


     ☆


 こちらにお尻を突き出しながら、はしごをつたってプールの中へとそろりそろりと足を降ろしてはあがるを繰り返すお兄ちゃん。

 私と花咲はとうの昔に水の中に浸かっていて、かれこれ五分ほどそのお尻を眺めている。


「セイラ、あたしが悪かった。ムリすんな」


「む、無理してないよぉ。ゆっくり入らないと心臓がびっくりするからだよぉ」


 温水プールで心臓麻痺の心配はないと思うけど。

 

「それにセイラ、ここ全然足つくぞ」


「本当に……って、は、花咲さんは背が高いからだよぉ!」


「でもセリカだって大丈夫だぞ?」


「セ、セリカちゃんもボクより一センチ高いもん。セリカちゃんでギリギリだもん!」


 花咲は余裕だが、私の場合軽く爪先立ちしなければ顎の先が水面に浸かるラインなので、まあ深いには深い。

 が、一センチが生死を分かつようなことはない。


「大丈夫だよぉ。全然大丈夫だよぉ……」


 自分に言い聞かせるようにそう呟きながらようやく着水するも、今度はプールサイドにしっかりと捕まったままのお兄ちゃん。


「ほら、浮き輪引っ張ってあげるから手離しなよ」


「ボ、ボクしばらくここで見てるから二人で遊んできていいよぉ」


 これでは本当にきりがないので、強行手段に出ることにした。

 と言っても、お兄ちゃんの浮き輪の端を力いっぱい引っ張っただけなのだが――


「セリカちゃんセリカちゃんセリカちゃん!」


 必死でお兄ちゃんが私の腕を掴み、そのまま私の首に絡みつく。

 嬉しい誤算とはこのことだ。 


「ひどいよセリカちゃーん! 絶対、絶対はなしちゃやだからねぇ!」


 そう叫ぶお兄ちゃんの息やら唾やらが顔にかかるくらいの近距離。

 絶対離してやんないぞこんにゃろー。


「なあ、セイラはまったく泳げないのか?」


「花咲、それはお兄ちゃんに何で生きてるのかって聞いてるのと一緒のことだぞ」


「一緒じゃないよぉ! 絶賛練習中だよぉ!」


 相変わらず絶賛の意味がわからないが、


「どうやって練習してるの?」


「お風呂の中でじゃんけんできるようになったもん」


 おそらく水中じゃんけんのことを言っているのだろうが、あれはひとりでやっても意味がない。そもそもじゃんけんはひとりでやるもんではない。

 

「セイラはもしかして水の中で目あけられないのか?」


「水の中どころか、目薬さすのにも苦労するんだから」


 お兄ちゃんが目薬をさすときには、お姉ちゃんがお兄ちゃんの瞼を引っ張り開けて、そこに私が目薬を垂らすという二人がかりの作業になる。


 そんなお兄ちゃんだが、二年生のときにゴルフボール拾いで過去最高記録をたたき出したことがある。

 ゴルフボール拾いとはプールの中に放り込まれたゴルフボールを、底まで潜って拾ってくるというもので、低能な男子たちはこの安っぽいゲームに命をかけるというのが我が校の夏の風物詩のひとつでもある。


 そして、お兄ちゃんはこのゲームにおいて髪の毛の先すら濡らすことなく、

 五十個の内、四十五個のボールを集めたことがある。

 もちろんすべて「これ、俺の気持ちだから……」などという言葉と共に男子から捧げられたものだ。

 自分の『気持ち』が安っぽいことに気付かないあたりが彼らのアホたる所以だ。

 もちろん、お兄ちゃんがそんなズルできるはずもなく、素直に先生に報告してこの記録はノーカンになった。


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