キセキノモノガタリ……
「はぁっ……はぁ……!」
喘ぎながら、僕は飛び込むように木陰に隠れる。ざわざわと頭上の木々が騒ぎ立てた。
痛いくらいに拍動する胸を、鷲掴みにする。ずうっと駆けてきて、身体中がもうボロボロだ。
もうどれだけ叫んだか分からない喉が、ひゅうと音を立てた。
あいつら、追いかけてきてるだろうか。
後ろを確かめるのも、恐ろしい。振り向けば、すぐそこに奴等がいそうな気がして。
痛いよ。
怖いよ……。
辛いよ…………。
◆ ◆ ◆
この町での大規模な生物災害の発生から、ちょうど二日が経った。
都心部上空で起きた、謎の大爆発。市街は一瞬で火に包まれ、その中から信じがたいほどの生命力を持った生き物が生まれたんだ。
多分、ゾンビって云うんだろう。奴等は生き残った人間たちを手当たり次第に襲い始め、蜘蛛の子を散らすように僕たちは逃げ出した。話では、心臓を抉り取って食らうらしい。想像したくもないその光景から、僕たちは無我夢中で逃げ続けた。
だけど奴らの身体能力は高い。昼間は少し動きが遅くなるから逃げやすかったけれど、夜になるとあっという間に追い付かれた。
走り続けること、丸二日。何とか山奥に逃げ込んだものの、奴等はそれでも執拗に追いかけてくる。その間、僕はほとんど何も口にしていない。今すぐにでも倒れて、そのまま死んでしまいそうだった。
せめてもっと、明るかったら。行く手が、見えていたら。
ふいに、涙が溢れてきた。
僕はもう、独りなんだ。誰の鼓動も聞こえない空間に、そう思い知らされた。
一緒に逃げてた友達はみんな、奴等に殺されたんだ。大久野も平井も、勝峰ちゃんさえも。
声をあげて泣きたかった。
あんなにいいやつばっかりだったのに……どうして、こんな目に遭わなきゃいけないんだ! なあ、誰のせいなんだ!?
運命の神様がいたなら、そう言って問い詰めてやりたかった。
「きしゅーっ!!」
しまった、奴だ!
泣いてる場合じゃない。僕は再び地面を蹴って、真っ暗な闇へと駆け込む。後ろから追いかけられてるのは、存在感だけで十分把握できた。
まずい、追い付かれる……!
「痛っ!!」
焦った拍子に、足が滑った。地面に叩きつけられ、激痛が全身を駆け回る。
奴が足を止め、こっちにゆっくりと近づいてくるのが分かった。
もうだめだ、走れない。右足が、真っ赤な鮮血を吹き出している。
涙で濡れた顔を、僕は上げた。
無情な光を宿す奴の目と目があった。
みんな、ごめん。
僕、逃げ切れなかった。
日の出が来る前に、奴に追い付かれちゃったんだ。
もう逃げる気もなくなった。
大の字になって、僕は静かに目を閉じる。
奴の顔が、迫ってきた。
ねえ、
救世主って、本当にいないの?
こういうとき助けてくれる誰かって、本当にいないのか……?
小さかった頃の記憶が、ふいに甦る。
ああ、これがきっと走馬灯ってやつなんだ。そう思いながら、僕は夢の中に沈んでいく。
そこには、みんなとはしゃぎながら街を駆け回る、幼いあの日の僕がいた。
死んだ父さんや母さんも、大久野も平井も勝峰ちゃんも、みんなが笑ってた。
もう二度と戻ってはこない、平和だった日々の記憶が。
懐かしいなあ。
あの頃、僕は魔法使いを夢見ていたっけ。何かのアニメに影響でもされたのか、聖剣を振りかざし自在に力を振るう魔法使いに憧れたものだった。
実現なんてしないことは、あの頃から分かってたけど。
魔法使い、
かあ…………
今すぐにでも、駆けつけてきてくれたらなぁ……
「──はっ!!」
突然、僕は跳ね起きた。
あの暗い森の中。不気味なくらい、しんと静まり返っている。
僕の右手に握られた長い剣が、頽れた奴の胸に深々と突き刺さっていた。
これ……って…………!
信じられなかった。あの頃あんなに夢見ていたままの姿の「聖剣」だ。
まさか、あの夢が具現化したっていうのか!?
──『それ、俺たちからのプレゼントだぜ。石打』
ああ、僕の名前を呼んでいる。
言葉を失う僕の脳裏を、大久野の声が過った。
違う。この剣が、話しかけてきてるんだ。
──『その剣は、魔力を持ってるんだ。どんな使い方をしても、奴等を一撃で切り伏せられる。それさえあればきっと、生きてこの街を脱することが出来るぜ』
──『心配しないで。そこまで自力で逃げてこられたんだよ、もっと自分を信じるの!』
平井、それに勝峰ちゃんまで。
また溢れそうになる涙をぐっとこらえて、僕は前を向いた。
白くぼんやりと霞んだ彼方の地平線から、太陽が僅かに顔を覗かせている。
逃げてやる。
どれだけ追いかけられても、聖剣を武器に必ず逃げ切ってやる。
先に死んでいった、みんなのためにも。
「きしゅあっ!!」
「くしゅえーっ!!」
ものすごい声をあげながら、奴等が迫ってくる。真っ向からそれを見詰め、僕は剣を構えた。
奴等は正面から真っ二つになって、倒れていった。
もう、生きることをあきらめない。
この戦いが終わるまで。
この切っ先の放った光が、闇を照らすまで。
しんと静かな森の中。
ずきずきと鋭い痛みを刻む胸を押さえながら、消えそうな輝きを放つ星たちに、僕は確かにそう誓った。
……作者初のホラー短編は、いかがでしたでしょうか。
何この荒唐無稽な話、と思われた方は既に作者の仕掛けた罠に気付いています。違和感のある場所を探してみるといいでしょう。そこに、この物語の本当のラストが見えるはずです。
元ネタは、「ブラック★ロックシューター」。主人公が「石打」でしたからね…w
ちなみに舞台は東京都日の出町。途中出てくる人名はみんな、同町内の地名です。日が昇ると動きが悪くなる設定は、この町の名前に由来したりします(笑)