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紙上史  作者: こーりょ
1 元の世界へ帰る為の、紙の上に記される短い歴史
8/100

1-07 依頼会議

 津島が初めてこの世界の風呂を経験する頃、狩猟ギルド【ぽぽーん】のギルド拠点ではギルドメンバー全員がそろって机を囲んでいた。狩猟ギルドの中でも比較的高ランクを誇るそのギルドの部員は総勢六名。一般の狩猟ギルドが一回の狩りに出るときにも満たない人数である。


「それでー? ベニヒ、こんな時間から何? なんかあったの。トッペスは眠いんだけど」

 ソファーの上で体育座りをした女性——ミヨ・トッペスが、大きなあくびに手を添える。腰まである金の髪が数本口に入るが、本人は構うことなく口を閉じた。

「こんな時間にすまない。皆が暇だと言っていたこのタイミングで話をしておかないと、機会を逃すと思ってな」

 話しながら、ベニヒはギュポンと酒瓶の蓋を開ける。

「四日前からギルセンに貼られ、三日前にここのギルドへ直接やって来た依頼に関してだ。『キクジン村に出現した巨大な魔物、そしてそれに従属している様子の魔物の調査に加え、可能な限りの駆除を〜』ってやつ」


 その言葉に場の全員がうなずいた。忘れるわけがない。

 公にしているわけではないが、この狩猟ギルド【ぽぽーん】はキクジン村という場所に遠からず縁がある者が自然と集まり様々な検討を繰り返して、生活をするための最善の方法として立ち上げられたギルドであった。皆の持つ思い出が決していいものではないだけに、その名前は嫌でも印象に残ってしまう。

 キクジンの中央からわずかに離れた場所に、まるで意識を手放したように立っていた巨大な魔物。従属する魔物はそんな巨大魔物へ近寄ろうとすると襲いかかり、三体倒せばどこからか湧いてきたかのように六体に数を戻す。という依頼明細に添えられていた備考も、それを助長させた。


「これの送り主は【魔物研究協会】。実際はキクジンの村長が魔研に依頼したものがここへと回ってきたみたいだが、私はちょうど休肝日でな。グリエから直接持ちかけられるまで、この依頼を知らなかった」


 ベニヒの言葉を受けて、隣に座っていた弟のグリエが口を開く。


「報酬がとてもよかったというのもあって姉さんと僕で二日前に依頼を解消しに行った。でもそこには巨大な魔物なんて影も形もなかったんだ」

「そこでツシマカズネを拾ったんだね」


 レヨンが机に置かれた依頼明細を覗き込みながら呟く。眉上で緑の髪を好き勝手跳ねさせた男が反応した。


「レヨンもツシマカズネに会ったのか!! 羨ましい! 壁を壊した話を昨晩風呂で聞いたよ、オレも会ってみたいなあ」

「グルーンが満足するようなタイプの子じゃない雰囲気だけどな。まあ、気になるなら家にでも会いに行ってみればいいんじゃないか?」


 ベニヒの言葉に、グルーンと呼ばれたその男は大きな体躯を縮こめる。


「でもちょっと緊張すんだよ〜。……ソラと似てる感じの子?」

「いや、どちらかというと正反対かも……。話を戻すよ、念のため昨日また一人でキクジンに行ってみたけど、やっぱりそんな魔物は見つからなかった。姉さんはない話じゃないって言ったけど……それでも不可解なのは、その場に気配すら残っていなかったこと。普通、逃げたのならその場に気配は残るはずでしょ」


 気配——それは誰しもが生活する上であらゆる場所に残しているものである。まるで足跡のように場所から場所へと続き、立ち去ってから時間がそう経っていなければ移動先を突き止めることも可能とするもの。それは人も魔物も変わらず、強い魔物であればそれだけ強い気配を残すはずだ。そして本来であればそれがたった数日で消えるというのは起こりえない。意図的に別の手で消すなりするのならば話は別だが。

 とたんにしんと静まり返った拠点の空気を、グリエは揺らす。


「依頼の文面に記載されていた巨大魔物がいた場所にも行ってみたけれど足跡は一つだけ。歩いた形跡は全くなかったから、森の中に降り立ってからそこを一切動かなかったんだね。なんのためにキクジンへ降り立ったのか、そして一体どこへ行ったのか、どうやって気配を消したのか、従属していた魔物は……? など気になることはあるけれど、まあ正直、この話はどうだっていいんだ」

「ほ?」


 間抜けな声を出したのはグルーンだった。それまでゆらゆらと落ち着きなく揺らしていた身体を止め、身を乗り出す。


「どうだっていーの? なんか珍しいな。グリエはそういうところ執拗に解明したがる性格だと思ってた」

「学問の街にでも行って一人で調べればいい話だからね。居なかった事実は変わらないし、依頼に対してこれ以上僕たちにできることはない。仮に報酬金額が半額になったって十分な量だからどうだっていいんだ。

 ……さて、話は変わるけれど、キクジンを囲む森には村を守る結界があるでしょ」


 その言葉にベニヒを除くぽぽーんの団員は顔を見合わせ、頷く。

 いつ誰が張ったのかを知る人は居ない、大自然に組み込まれた村一つを覆う巨大な結界のことだ。不必要に人を寄せ付けない力があるそれは、雨などの脅威からキクジン村を——正しくは『神樹』を守っている。毎年湧き上がる雨に襲われても村の家屋が壊れないのも、その結界のおかげだ。

 今更何を、という視線へグリエは一息つく。


「今回の依頼で行ってみたらその森に生命の気配がなくなっていたんだ。魔物一体居ないどころか、木々も呼吸を忘れているようだった。あと一年程度であの一帯は枯れ木の山になる。森が死ねばそこに組み込まれた結界だっていずれ死ぬ。……キクジン村はあと二年ほどしたら、雨に飲まれて消えるとおもう」


 キクジンが消える。その報告へ、たちどころに標的の知らせなど部屋の端へ追いやられる。

 つい前のめりになってしまう一同の視線を順に見渡したグリエは、湧き上がる感情に我慢できず口角を上げた。


「『神樹』には、まだ生きている気配が残っていた。だから最後に一度、村の様子を見に行ってやってもいいかもしれないよ。どうせあそこの住民は『神樹』とともに死ぬことを選ぶだろうから。って報告でした。以上。報告はこれにて終了! 朝早い時間に、みんなごめんね。ベニヒが話すって流れだったのに、結局今回も僕が全部しゃべっちゃった」

「助かったぞグリエ、礼を言う」

「あのさあ、姉さんは朝からお酒飲むのいい加減やめてよね。このギルドのリーダーなんだからしっかりしてくれないとって数えきれなくらい言ってるのに……」

「ベニヒが喋ると話がいろんな方向に飛ぶから。それも楽しくていいけど、こういう場ではグリエの方が適任だとトッペスは思うな。報告ありがとね」


 終わった報告会に各々言葉を残し家へ戻る隊員の中ぶちぶちと文句を垂れるグリエの肩をレヨンが叩いた。


「ベニヒ、グリエ。キクジンの件、ありがとう」

「まあ、報酬がよかったからね。魔物は結局見つけられなかったけど、これはこのまま報告署に書いてギルセンに提出するよ」

「先日のグリエの言っていたことやっとわかったよ。神樹を守るために、キクジンの民は一人に一つ異能を持つことを儀式化してる……けど、その守るべき神樹は、じきに死ぬ。ならば目的のなくなった力はどう使おうと関係ないって意味だったんだね」


 確認するように薄い表情筋のまま首をかしげるレヨンへグリエが頷けば、彼は顔にわずかな影を落とす。


「ねえ。これは俺の過剰妄想かもしれないけれど、神樹がツシマカズネくんに助けを求めて、その異能を託したって考えは……さすがに頭がおかしいかな。タイミングとしてできすぎていない?」

「めずらしいな。お前がキクジンに対してそういう……思いやりみたいなのを持つなんて」

「俺はキクジン村の住人が苦手なだけで、神樹はきらいじゃないから。だって、そうでしょう。神樹はこの世界全体から神と祀られている存在が生まれる場所だよ。神樹が死んでしまったらこの先、神はどこで生まれ変わるの? あの二人がこの世界に来てしまったタイミングといい、ベニヒ達は本当に関わりがゼロだと言い切れる?」


 レヨンは、キクジンに住む者以外知ることのない神に関する情報をつらつらと述べた直後口をつぐみ、拠点の扉に手をかけた。


「やっぱりなんでもない。今のはわすれて」


 静かに閉じられた扉に残されたベニヒとグリエはどちらからともなく互いに顔を見合わせる。忘れられるわけがない。

 それは小さい頃から変わらない、レヨンの性格のようなものだった。自らの言葉で人を説得させることが、ふと突然面倒になるのだ。面倒になって途中で話を放り投げるくせに、腹のうちでは一切自らの考えを変えない。非常に頑固な男なのである。

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