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遅いですよね…

すいません。ここから話を動かしていくつもりです


 

 がさごそと、何かを一心不乱に貪り食う音が辺りに響いた。


 「おいやめろ天狗。いつまでも喰ってんじゃねえよ。つーか探せてめえも」


 そこには男が二人。


 長身痩躯に銀淵眼鏡を掛けた、いかにも神経質そうな男。学生服に身を纏っていなければ、社会人と間違われても仕方がないと言った風体。


 もう一人、天狗と呼ばれた男。こちらも学生服を着ているずんぐりと太った体で、顔中ニキビだらけ、低身長で寸胴。力士のように細められた眼を嬉々として動かし、手に持ったそれを租借し続けていた。


 鉄鼠と天狗。


 それが彼ら二人の名前だった。無論本名ではない。


 眼鏡の男、鉄鼠はそのアパートを眺めた。


 「あそこか」


 そのアパートには明かりが一つしかついていなかった。

 他の住人はすでに片づけてあるはずだ。

 だから本来明かりが灯っているはずがない。


 彼ら二人が来たのは、この生き残っているアパートの住人を始末する為だった。


 西側に面しているこの駐車場から、部屋の中に明かりがついていることがわかった。


 「ここの地図を用意されてはいたけどよ。まさかもう終わっちまってるとはな。そんでもってターゲット変更ですか。わけわかんねえよな、天狗」


 鉄鼠は長い足を使って天狗の膝がしらを蹴った。


 「ジャマだ。クわせろネズミ」

 「あんまし食うなよな。グロいんだよてめえはよ」


 天狗はフンと鼻息を荒くしてそっぽを向いた。大事そうにそれを片手で担いで。

 天狗が食しているのは人の肉だった。

 アパートの駐車場。そこに四散していた成人男性二人分の体。


 天狗の口が開くたびに、ねちゃねちゃという生肉を奥歯ですりつぶす音、また口の端からあふれ出る血液で、天狗の学生服の半分は真っ赤に染まっている。


 彼はものの数分でその一人を胃に納め、二人目ももう大体部を食し終えている。

 鉄鼠は何も言わず、駐車場からほんの少し離れた位置まで歩いた。

 その場所に生えてある不自然な木のそっと触れる。


 「間違いない。飛頭蓋のやつはここで死んだ。つーことはマジであの野郎呑気に上でいやがるな」


 神経質そうな顔をさらに歪め、鼻をすんすんと動かして天狗に言った。

 天狗の返事はなく、それに苛立ってぺっと唾を地面に吐いた。


 「つーかなんだ? この木。なんかあるところ不自然じゃねえか? それにこれ木というより根っこみたいに見えんだけど……」


 鉄鼠がこんこんとその木を叩いていると、めしっと音が鳴り、一部分が折れた。


 「あ?」


 鉄鼠は不思議そうにその木を調べようとして――


 「オわった。行くぞネズミ」

 天狗の言葉に邪魔をされて出来なかった。


 「おせえよデブ」

 「おマエもクわれたいか?」


 結局、鉄鼠はその木が何なのか理解することなく、今回の計画に移ることになる。

 






 「まだ小学校に上がる前の歳だった。私は神社の離れにある倉庫みたいな所に閉じ込められたんだ」


 綾はゆっくりと話し始めた。


 「そこでは本当に神様がいるって信じられていたんだ。神社なんだから当然っちゃ当然なんだけど、時代錯誤っていうのかな。神様、天神七代っていってね。五行の元になった神様がいんのよ。確か火行か水行が頭に来て、そっから木行がきたはずなんだけど、ごめん詳しいことは覚えてない」


 綾はボールの額を、びしびしと左手の中指でつつく。


 「その神様のなかで一番私と相性が良かったのが、宇比地邇神と須比智邇神っていう泥とか砂の神様でね。二神で一つなんだ。前者が男神で、後者が女神だった気がする。どうでもいいか」


 綾は両手でボールの体を掴み、わきわきと指を動かしボールの体を捏ねる。


 「詳しい過程は飛ばすし、私だって何が起こったかいまいちわかってない。でも言えるのは、私はその神様たちに魅入られたってこと」


 記憶にももううっすらとしか残っていない。

 あの日、あの時、閉じ込められたあの倉庫で、綾は確かに声を聞いた。


 噎び泣くような声だった。


 どうにかその声を止めたくて、綾は何事か叫んだ。するとどこからか降ってきた赤い果実。


 十時間近く軟禁された綾にとってそれは希望の果実だった。


 声のことなぞ忘れてむさぼり食った。


 味は最低だった。


 トマトが腐ったようなどろどろとした食感。粘りつくような酸味。滴り落ちる汁。


 それでも旨かった。


 「ひょっとして、それを食べたから変な力に目覚めたんですか?」


 口を挟んだボールに、綾は首を振って否定した。


 「出来たのは痣。初めはほくろの延長だと思ったんだけど」


 力が自覚できるようになったのはそれから二ヶ月後のことだった。

 神社の草むしりを一人でしていた時、こう思った。


 『全部この草枯れないかな』


 突然綾の周りの雑草が猛烈な速度で生え上がった。綾の腰くらいまで伸びたそれは、ある時を境にしおしおと萎びていった。

 その光景に、綾は驚嘆こそしたが恐怖はなかった。


 「私の力はね、植物の成長なんだ」


 ボールを両手で持ち上げ、ぽちゃぽちゃと水滴が浴槽に落ち、波紋が広がる。


 「説明できないことばっかだけど、私は普通の人が持ってないような力を持ってる。それが植物の成長。無理やり成長させるから、結局耐えきれなくてその植物は枯れちゃうんだ。だからあんまり使いたくなかったんだ。嫌な思い出も多いし」

 「そうですか」


 端的にボールは頷いた。

 ボールの知りたかった秘密。それが綾の能力だった。


 「ひとつ質問があります」

 「なに?」

 「その綾さんの力っていうのは、この地方の人間は全員使えるんですか?」

 「まさか」


 綾はぷっと吹き出した。そうだった。この生物は人間の生態に酷く疎いのだ。


 「君今まで何人の少女とバディ組んできたのさ。それこそ普通じゃないことだよ」

 「はあ、そうですか。なんだか頭がぽやぽやしてきました」

 「はは。いくらお風呂の中だからって――」


 綾は言い終わる前に浴槽を這い出た。

 おかしい。ボールの活動がこんなに鈍くなるなんてありえない。


 「ボール。しっかりして。起きてる?」

 「あの、綾さん。駄目です。どうにも、眠くて……」


 かちり、と。

 なにかのスイッチを押したような音が綾の鼓膜に届いた。


 「なんかヤバい!!」


 何も考えずに綾は浴室の扉を突き破り、転がるようにして飛び出た。


 その直後。


 綾の後方が抉りとられた。


 音もなく、それは実行された。


 「うっそぉ……」


 綾の呟きが虚しく響く。

 後方、つまり浴室からは、水道管を破裂させたせいでおびただしい水が溢れ出ていた。


 なんだ。何が起こった。


 きょろきょろと綾は辺りを確認するが、物音一つしない。


 物音一つしない?


 おかしい。ここはぼろいアパートだ。壁が薄くて、誰かがいたら声を拾うことは可能なはず。


 なんで何の音もしないんだ?


 「ボール。起きて。ボール」


 綾はゆっさゆっさと、いつの間にか掴んでいたボールをペットボトルの下に沈殿した成分を溶かすように振る。


 ボールからの反応はない。


 綾には時間がなかった。最低でもすぐに対策を取らなければいけない状況になっていた。


 「まずいなぁ。今回ボールは役にたたないや」


 綾には今回の異常が敵の攻撃によるものだと理解していた。

 何故なら、破壊された浴室の痕。


 まるで大型犬に喰いつかれたような歯形が残っていたからだ。


 浴槽を中心に、まるで綾を狙ったかのような正確な痕だった。


 「すごいな。まるで湯船がカステラだ」


 粉々に砕かれた、つい数分前まで浸かっていた物を感慨深げに眺め、綾は耳を澄ます。

 ドクンドクンと心臓が脈打つ。

 来る!

 綾が跳ねたその床を中心に、それは現れた。


 それは顔だった。


 犬の、付け加えるなら、とてつもなく巨大な犬の顔だった。


 ドーベルマンの体に硫酸でも掛けたかのようなどろどろとしていて、眼球が充血し、目の窪みから今にも落ちそうになっている。


 口の端からはサメのように並んだ、犬の生体構造を無視した歯の数。その隙間の歯茎の肉も当然のようにただれていた。だらだらと涎がだらしなく口の端から垂れ流され、今まで足場であったところは既に犬の胃袋に収まりつつある。


 「あなた。誰です?」


 綾はその犬に問うた。綾にはその犬が犬には見えなかった。


 ぎゅっとボールをフットボールのように抱え、いつでも逃げ出せる準備をする。


 『きゃあああああああああああああああ』


 突如鳴り響いた悲鳴に綾ははっと思いだした。

 寝室で眠っている、夕方の女性。沖浦岬のことを。


 「くっ」


 一にもなく綾は駈け出した。犬の化け物の隙間を潜り、急いで寝室まで向かおうとする。狭いアパートといっても、二人暮らしをする上では十分な広さを誇る場所だ。急がなくてはまずい。


 しかし綾の行動は犬の追撃により動けなくなってしまうことになる。


 今まで顔しか出していなかった犬が、前足をつかってぬうっと綾の正面までその眼前まで姿を見せたのだ。


 大きさは横幅大体六メートル。下半身がはみ出し、抉り取られた浴室に向けて足は出してある。


 でかい。


 間近でみるとその迫力は予想外だった。


 「通してもらえませんかね」


 この手の怪物に対峙したのは綾は初めてではない。昔も、ボールとフェイク撃退に挑んでいた時に出会った犬の方がもっと大きかった。違う点で言えば魔法が効かないこと。即ち戦闘手段がないということ。それは綾にとってこれほどにない重圧だった。


 犬は動く。


 まさしく獣のごとき動きで綾の顔面目がけて食らいつこうとする。


 しかし、体が大きいということはその分機動力に隙がでるということ。


 犬が動いたと同時に綾は動きだし、犬の体を蹴ってなんとかその場からの離脱に成功。


 目指すは寝室である。


 助かっていてくれ。


 綾は今起こっている超常現象に身を潰される思いでそう願い、一糸纏わぬ姿で駈け出した。

 

 


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