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6



 土埃が立ち込める中で、ボールは黙ってじっと見ていた。

 自分のパートナーの勇士、九年ぶりに見る彼女の戦いを。


 「はぁ、はぁ、はぁ……」


 綾は相当苦しそうだった。

 息も絶え絶え、額からは汗が吹き出し、全身土埃まみれ。

 それでも生きていた。


 「綾さ――」


 ボールは喜んだ。

 自分の相方が信じて疑わぬ実力の持ち主だったことに。自分の考えは間違っていなかったと思い、声をかけようとしたが、その声は途中で静止した。


 敵は?


 埃でまだほとんど見えないとは言え、綾の姿は確認できた。ではあの男は?


 「綾さん! フェイクは!?」

 「終わってるよもう。ちょい疲れた」


 ボールの問いに綾はこともなげに答えて手を振る。

 終わっているとはどういうことだ?

 再び沸き起こった疑問。

 しかしそれは綾の口から語られるまでもなかった。


 「あ、あ?」


 ボールはポカンと口を広げたまま、阿呆のようにただ空中で留まっていた。


 「なんですか? これ」

 「見てわかんない? 君が力を使え使えって言ったからやったんだけど」


 綾は直接地面に腰を下ろし、息を整えながら答えた。

 見て分かる。わかるがどういう理屈なんだこれは。


 ボールが疑問を浮かべた先は綾の根元。

 ちょうど、綾が地面に触れようとしたところだった。


 それは樹木の根だった。


 攻撃的に突き尖った樹木の根の先端が綾の足の根元から一直線に伸びており、フェイクの顔面を貫いていた。


 だくだくと貫かれた顔面から血液が流れ出て、木の根を伝って綾の周りにはどす黒い血だまりが出来そうになっていた。


 綾はボールに呼びかけた。

 どこか悲壮感漂う様子で。


 「ねえボール。消えないんだけど。このフェイク」


 震える声だった。後悔の念が感じ取れる音質だった。

 一瞬何のことだかボールには分からなかったが、すぐに、ああと納得することが思い当った。


 「綾さん。そのフェイクは中途半端な存在なんです」

 そう言った。


 普通フェイクは、魔法使いに撃退された場合、その姿を保つことはできずに霧散する。

 綾はこれまでもそうやって結晶になっていったフェイクをいくつも見てきた。


 でも今回は違う。

 死体が残っている。

 これじゃあただの。人殺し――


 「違います。綾さん。そいつは立派なフェイクです。成りかけという表現が正しいのですが」


 綾の思考をボールは読める。

 すかさずボールはそれを否定した。


 「こちらもまだ分かっていないことですが、フェイクには完全なものと、まだ不完全なものがいるということです。完全のフェイクはこれまでの従来のフェイクです。魔法を駆使すれば難なく排除が可能でしょう。不完全なものとは即ち、フェイクとそうなる前の形が混ざりあった状態なのです」


 「ちょっと待って。今の話だともとは人間だった者がフェイクになったみたいじゃ」

 「いいえそうではありません。フェイクはフェイク。生まれた時からフェイクです。綾さん托卵ってご存知ですか?」


 聞いたことのない単語だった。

 綾はよろよろと立ちあがり、首を振って否定する。


 「カッコウやホトトギスなんかがよくする手でしてね。他の鳥の巣から、その鳥の卵を落として自分の卵を巣に置いていき、その鳥に自分の雛を育てさせることなんですけどね」

 「……酷い話だね」


 綾はゆっくりと移動し、女性の方まで近づいていく。

 恐怖のあまり意識を失ったのか、今は言葉もなく眠っている。


 「私は生物の種の為、こういった行為に酷い酷くないという感情は湧きません。ただフェイクもそれと似たような事をしているのです」

 ぴちゃぴちゃと歩くたびに血で靴下が濡れる。そう言えばなにも履かずに出てきてしまったなと今更ながらに思う。

 女性の周りには、二人の男の死体があった。


 言葉も出なかった。


 この男女の関係はなんだったのだろう。殺された二人は。残った一人は。そして、フェイクとなったあの男は?

 なんにしてもこの女性には胸を焼かれるような思いがした。


 これほどの出来事だ。


 恐らく大学生であろう。身なりで分かる。

 耐えられるだろうか。

 こんな間近に死が起こって。彼女はこれまでと同じように生きて行けるだろうか。


 「今回のことはその女性にとってもお気の毒なことでした。フェイクは突然姿を人からフェイクへと変えます。擬態の天才なんですね。フェイクってやつは。産まれてすぐにフェイクとして本性を現すものもいれば、死ぬまでフェイクだと分からないものもいます。ですが普通擬態が解けたら完全になるんですけどね」

 「ボール。ちょっと、手伝って」


 綾は女性の肩に手を入れようとしていた。


 「ちょっとちょっと綾さん。あなた何をしようとしているんです?」

 「移動させるの。こんな場所で目が覚めたら。それこそ立ち直れないよ」

 「移動って、いったいどこに移動させるつもりなんですか」

 「家」


 単調すぎる綾の回答にボールは言葉を失った。

 危険すぎる。一般人を巻き込むことがどれほど自分の世界の安定にかかわるか、ボールはさーっと青くなった。


 「私の存在がこの女性にばれたら私は帰ったらきっと処刑だ! お願いです綾さん。放っておきましょうこのまま」

 「手伝わないならいい。私ひとりでする」


 細い二の腕で精いっぱい持ち上げようとするがなかなか持ちあがあらない。

 意識のない人間がこれほど重いとは思わなかったと綾は呟いた。


 「……わかりました。わかりましたよ。その女性を家に入れることは私も受け入れます。ただし私からも要求が二つあります」

 「別に君の要求を呑む理由が私にはないんだけど……」

 「死体。気になってましたよね。消せますよそれ」


 綾はちらりとフェイクの死体を見た。

 もうほとんど血は流れていないが、辺りの血だまりは想像以上に広がっていた。


 「どうやって?」

 「【捕獲】です。肉体と魂を分離させればいくら実体が残っていたとしても消えるでしょう」


 綾はそれに素直に賛同できなかった。

 黙ってボールを見つめた。


 「いいよ。聞いてあげる。要求は?」


 結局綾は折れた。このまま死体を放っておくのも気が引けたからだ。


 「一つ目の要求は、仮にあの女性が目を覚ましても、私の存在が明るみにならないよう工夫をお願いします。既に登場時見られている気もしないではないですが、何分あの時はパニック状態になっていたので問題はないでしょう」

 「わかったよ。適当に何とかする。ふたつ目は?」

 「貴女の能力を教えてください」

 「……分かった。じゃあさっさとしよう。他のアパートの人に見られたら厄介だよ」

 そういって綾は気がついた。

 結局誰一人、この異常に気がついた住人がいなかったことに。

 



ここで序章終了です。

次回から新章です。

構想では全三章なので、二章はやたら長くなると思います。

ではでは次の更新で。

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