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ボールが話し終えた後、綾の心の中にはふつふつと沸き上がるものがあった。
それは怒りだった。
ボールを含めマーヴルは人間じゃない。
だから彼らに何を言っても無駄だろう。しかし、しかしだ。
人の命をなんだと思っている。そう思った。
「君たちは利用した魔法使いの少女、その、殺された子たちを、どうしたの?」
怒りは隠せなかった。
震える声で、だけど出来るだけ抑え込んで綾は尋ねた。
「事故死に見せかけるようにしました。われわれの存在が明るみになってはいけませんので」
「そう」
綾は拳を震わせた。
見も知らない死んでいった少女達。そのことを思って怒りが爆発しそうだった。
しかし、拳は振るわれなかった。
変わりに質問した。
「どうして私のところへ?」
「以前の魔法使いを探してという所もあります。事情を説明して信じてくれますし」
「それは訊いた。でも嫌われてるんでしょ君たちは」
それはさっき自分で言ったではないかと言外に綾は責めた。もう一つの理由があるはずだ。
「以前」
ボールは何か言いにくそうな声色で小さく喋った。
「以前、あなたは魔法以外に不思議な力を使っていたのを思い出したのです」
綾はびくりと肩を震わせた。あの力がバレていた。
「あれはこの世界のものなのでしょうか。われわれの世界の魔法は確かにフェイクには効きません。ですが、あなたたちの世界の力なら、あるいは撃退にまで持っていけるのでありませんか?」
綾は強く唇を噛んだ。
一度だけ、たった一度だけだが、綾はボールの前で魔法以外に使ったことがある。
神社での習い事。
泥と砂の神。
あれを使うのか?
綾の背筋に冷たいものが走った。
もう二度と使いたくないと思っていたのに。またあれを?
「お願いします綾さん。どうか我々の世界を救ってください」
「もし断ったら?」
この期に及んでもまだ綾は賛成の色を示していなかった。
「私はヒーローじゃない。何かを救うのなんて興味もないし意味のないことだって思ってる。私が動く理由なんて何一つない」
「だったらこれまでの策を続けるしかありません。これからも魔法少女を作成し続けます」
冷めた声だった。
ボールの声は始めから機械みたいだ。わかっている。でも、それでも、その声はひどく冷めていた。
「魔法の効かないフェイクに魔法使いをぶつけても、一応は効果はあるんです。フェイクは死にませんが凍結することはできます。戦闘不能に陥ることはなくても「一回休み」にすることはできるんですよ」
そうさせるには魔法使いを殺さなきゃいけないのですが。
ぐにゃぐにゃとフェイクの口は動く。
遠まわしの脅し。
綾はボールからそれを受け取った。
『あなたが断れば見ず知らずの少女は死にます』。そう言っていた。
「しばらく見ない間に随分と卑怯になったんじゃない? 君」
「こちらとしても必死なんです。綾さん。わかってください」
ボールが力強く言葉を発しているその最中、女性の叫び声が部屋中に響き渡った。
「何っ!?」
「早いです」
声のしたのは外からだった。
綾は外履きも履かずに勢いよく家の扉を開けて外に出た。
「……っ」
綾はその光景を見た。
血にまみれた、いつもの日常を。
綾の立っている場所は二階。
地面に面しているアパートから階段を一つ上ったところだった。
アパートの前には専用の駐車場がある。さほど広くない、せいぜい五台が限界の駐車場だ。
いつもそこは車でいっぱいなのだが、まだ夕方で出勤中なのか、車は一台も停まっていなかった。
そこからこの景色はここよく見える。
そこには四人の人物。
男がいた。
腸が切り裂かれ、首を切断されて、絶命していた。
男がいた。
手足が千切れ、実の虫の様な形になって絶命していた。
そして女がいた。
傷一つなく、だがしかし、今にも死にそうな、悲壮な表情を浮かべ――
「……っく!」
綾はそこから考えるのを止めた。
階段の手すりから飛び降り、綾は駈け出した。
「動け!」
綾は女にそう叫んだ。
「その男から逃げろ!」
綾の日常が壊れ出したのは、実にこの時からだった。