ひととき
896年6月8日
私は森閑とした森の中を歩いていた。
ふいに聞こえた鳥の鳴き声。片手をひさし代わりに、緑の空を仰ぐ。
樹木の葉が風で揺れ、時折、眩しい木漏れ日が射し込んだ。
(今日は季杜、来てるかな?)
足元の飛び出た木の根に気を付けながら、先を進む。
すぐにツリーハウスが見えてきた。
登ると、木の板で出来た入り口がある。それを勢いよく開けた。
「季杜! 今日もいい天気だね!」
壁にもたれかかり、床で胡坐をかいた少年がこちらに視線を向ける。
やれやれ、と小さな溜息と頭を振り、
「うるさいのが来た」
とぼやいた。
私はずかずかと室内に足を踏み入れる。腕を組んで彼を見下ろし、言った。
「ひっどいなぁ。どうせ、わかってたくせに」
「しゅのん、その根拠は?」
「途中で鳥の鳴き声、聞こえたもん。君は動物と話せるんだから」
季杜はパタンッと読んでいた本を閉じて立ち上がった。
私よりも少しばかり低い背丈。
彼は気にしているのか、むっと口を尖らせて眉間にしわを寄せた。
「どうせ、すぐ抜かすから」
私の心中を見透かしたように、季杜は言った。
そして、
「ほら、今日も遊ぼう」
彼の骨ばった手が私の手を掴んだ。
その感触に苦笑する。
(きっと、私なんかすぐに追い抜くよ)
私は深く頷いて、外に出た。