大陸間戦争「グリード・オブ・アルス」編 第一話
構想が大方まとまったので、第二部を書き始めてみました。
今回から、一話に付き大体一万字で区切ってみようと思います。よろしくお願いいたします。
誤字脱字等 ご容赦ください。
とある一室。円形のテーブルを囲むように並べられた椅子に、様々な人物が座っていた。並べられた椅子は十を超えているが、現在はその半数以上が空席となっている。そのうちの一人、まるで椅子に根を張ったように座っている男が口を開いた。
「ようやく片付いたようですな。いやはや、何年我らを待たせてくれたのやら」
「……王国の抵抗甚だしく、少々手こずりましてな」
「少々で百年も持っていかれるとは、アルバート殿は不老不死であられるのかな?」
アダマンテ大陸統一戦争より二か月。惑星アルスに点在する様々な国家の元首たちが、国際機関「アルスギア」へと集っていた。現在はカイナ帝国の皇帝アルバートが、戦争がむやみに長引いたことへの弁明と問い詰めてくる者への反撃を行っていた。
「……それを言うなら貴公らもであろう。宗教戦争など、何の益もないではないか」
積極的にアルバートを責め立てていた男は、痛いところを突かれたのか少しばかり乗り出していた身を引いた。
「益はある。……過ちを広めることは悪と同義だ。ならばこそ、それを止めるのが人としての正しいあり方である。……いい加減、過ちを認めてはどうか、フレイル殿」
名を呼ばれた男の正面に座っていた男がそう言った。フレイルは彼の物言いにいきり立ち「何を言うか!」と声を荒らげたが、「議長」がすぐさま制止に入った。
「やめよ。この場にまで火種を持ち込むな。忘れたわけではあるまい、『他国間戦争不可侵条約』を」
「……軽率でした」
「お許しください」
二人はそれぞれ頭を下げる。……「他国間戦争不可侵条約」はアルスギアで制定された国際条約である。とある国同士が戦争している間、他国はいかなる理由があろうともその戦争に関与してはならないとするものである。物資、戦力の援助はもちろん、相手国への工作活動も禁止されている。「正々堂々、二国の間でのみ戦うべき」という思想によって作られたものだ。議長はただの言い合いが発展し、誰の言い分が正しいか他人に判断を委ねようとする可能性を考えたのだ。
「この場は争うために設けたのではない。アルスというこの星、世界をより良くするために、国家元首が顔を合わせて話し合うためだ」
「……お言葉ですが議長。世界をより良くすると言う割には、クリステッド公国はずいぶんと閉鎖的な外交を続けているようですが。諸外国には法外な関税を押し付ける傍ら、クリステッドは制圧した国との間のみで適正な取引を続けている。……ひそかに国力を高め、さらなる侵攻を行うつもりなのですか」
アルバートとも、フレイルとも、フレイルにかみついた男とも違う、この場でもっとも若い男が議長へと噛みついた。しかし議長は顔色を変えずに彼の必死の訴えをあしらう。
「いつ。我らの間で、停戦条約を結んだのか、今一度よく考えることだ」
「議長!いつまでこの星を戦火で焼くのです!よりよい世界というのは、火で包まれた星のことを言うのですか⁉」
「今回の定例会はここまで。次回は目途が立ち次第通達する」
「議長!……クッ!」
議長と呼ばれた男はいつの間にか姿を消していた。声を荒らげていた若い男は悔しさを隠すこともなく、テーブルを強く殴りつけた。
アダマンテ大陸、チューン城城下街。胸当てや小手などの軽い防護を身に着け、その上に黒い外套を纏って歩く男がいる。すれ違う者より文字通り頭一つとびぬけた身長に、頑健な肉体。あまり艶のない短い黒髪が少しだけ風になびく。眼は大きくそして鋭く、獣と見間違えてしまうほどだ。その男、ゼロスは大量の荷物を抱えて道を急いでいた。
「……待たせてるな、これは」
チューン城の西門に着いたゼロスは、事務所にいるはずの人物を大声で呼んだ。
「おーい、メイア。いるか?」
「は~い。どうしまし……って、この荷物は?」
「セルパンって所からだ。向こうでロンから受け取ってな。忙しいから代わりに渡してほしいって」
「……ちょっと失礼しますね~。……ああ、やっぱり。母からの物です」
烈風騎士団の伝達役であるメイアは荷物のうちの一つを開封し、中身を確かめる。そして母からの手紙を取り出し、ゼロスに見せつけた。
「セルパンは私の故郷なんです。北側の港町で。……すいません、荷物中まで運んでもらっていいですか?」
「ああ、わかった」
ゼロスは運んでいた荷物を事務所の玄関先で下ろし、「じゃ、急いでるから」と足早にメイアからの礼を碌に受け取らず事務所を後にした。彼がこれだけ急ぐのには理由がある。
「あっ、先生!遅ーい!」
「悪い。急な仕事を頼まれてな。間に合ったか?」
「もう、ギリギリだよ!」
孤児院で暮らしている子供たちがゼロスの腕を引き、中へと連れて行く。そのままの置きおいで食堂に連れて行かれると、大きなテーブルに並べられたいくつもの料理と、アイリーンがゼロスを出迎えた。肩まで伸ばした艶のある赤い髪。身長はそれほど高くはなく、ゼロスの肩より少し低い程度だ。ヴァイス園で制服のように使われている、余った布を繋ぎ合わせて作られたエプロンを身に着けていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。……遅くなってすまない」
「何かあったんですか?」
「ただ荷物を運ばされただけだ。……手を洗ってくるよ」
「待ってください。その前に、やることがありますよね?」
彼女は持っていた皿をテーブルに置くと、ゼロスの前に立つ。そして両手を広げ、少しだけ身体を張った。
「……見られてるんだが」
「結婚して一か月経ったのに、まだ慣れないのですか?」
「一か月しか経ってないじゃないか」
「……いや、なんですか?」
アイリーンは少しだけ悲しそうに顔を伏せる。それがたとえ嘘だと分かっていても、ゼロスにできることは一つしかない。彼は黙って一歩踏み出し、彼女の身体を抱き寄せた。
「ただいま」
「はい、おかえりなさい」
アイリーンは愛しそうにゼロスの身体に顔をうずめる。二か月ほど前まで、いつ死ぬかわからない戦いに身を投じていたせいか、己が身で無事を確認しないとすまない性質になっていた。二人はたっぷりと抱擁を交わしたのち、アイリーンの「さあ、そろそろ夜ご飯です。手を洗ってきてください」という声でゼロスは解放された。子供たちはすでにこの光景を見慣れており、もう何も思うことはない。
「仕事は順調なのか?」
「ええ。まだ両親が手伝ってくれていますから。まだ完全に隠居するつもりはないようで」
「……そうか。ありがたい限りだな」
夕食後、二人は部屋で他愛のない話をしていた。アイリーンは現在家督を継ぎ、ヴァーミア家の新当主として様々な業務に携わっている。と言っても、今のところは両親の手伝いありきだが。
「ゼロスさんは、今日危ないことなどはありませんでしたよね」
「ああ。エリオットのおかげでな。このあたりじゃ盗賊なんか滅多に見ないな」
一方のゼロスはというと、アイリーンの仕事を手伝う傍ら、烈風騎士団の団員として城外警備をしていた。あの頃に比べ随分と平和な世になり、背負う剣を握る機会も減っていた。しかし、亡き父グランバルトの教えは未だに守り、毎日訓練を欠かしていない。
「そう言えば、エリオット達が今度孤児院に遊びに来るって言ってたな。……最近、騎士団の方に顔出せてないだろ?」
「ええ。行きたい気持ちはあるのですが、もうしばらく剣を握っていませんし、危ない仕事もさせてもらえなくなってしまいましたから。なんだか気が引けてしまって」
「あいつらはいちいちそんなこと気にしないさ。たまには戦友の顔を見に行ってもいいんじゃないか。少しの間なら孤児院はシエラたちに任せればいい」
「……それもなんだか申し訳ないような……。兎に角、今度暇な時があれば行ってみます」
「ああ、それがいい。……今日も疲れただろう。そろそろ寝るか」
「ええ、それでは……今日もよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……わかった」
帝都。城内ではアルバートがアルスギアで話し合われた内容を伝えていた。重臣の一人はアルバートに喧嘩を売ったフレイルに対し、怒りを露わにしている。
「……フレイルめ。一体何様のつもりで陛下を辱めるのだ」
「放っておけ。どうせ他国間戦争不可侵条約のせいで手は出せん。……問題は、クリステッド公国とその支配地域だ」
カイナ帝国がアダマンテ大陸を手に入れる間、彼らは4つの国を攻撃し征服、その後支配地域としていた。その規模は領土だけで言えばアダマンテ大陸に及ばないが、支配地域間での貿易により経済面で大きくカイナ帝国を突き放している。その結果、国力ならばクリステッドに軍配が上がるだろう。そんな国が、さらなる侵攻を虎視眈々と狙っているのだ。
「幸いというべきか、カイナ帝国はクリステッド及び支配地域から遠く離れているため、すぐにでも攻め込まれる心配はないでしょう。しかし、彼奴らの領土がさらに広がれば、ここも安全ではなくなってしまいます」
「クリステッドのやり方に異議を唱える諸国も多いと聞きます。同盟を結んで対抗すれば……」
「そうしたとして無意味だ。他国間戦争不可侵条約が邪魔をする。……相手は五つの国が一つになっているのだ、支配地域のおかげでな。だが、同盟では結局国という壁を越えられん。いざ奴らと戦争になったところで、同盟国間での援助は望めまい」
大臣の提案に皇帝自らがその問題点を指摘する。クリステッド公国の元首である議長は、さらなる戦争を望んでいる。これ以上奴らが強くなってしまうと、結んでいた同盟も一方的に破棄される可能性が十分にある。
「……奪われぬためには、奪うしかない」
「陛下、まさか……」
「今すぐという訳ではない。各騎士団に通達せよ。『訓練を怠るな、戦火は近い』と。……今日はここまでとしよう」
大臣たちが解散の合図で一斉に部屋を出て行く。部屋に残った皇帝アルバートはただ、こうつぶやいた。
「……好きにはさせぬぞ、議長め……」
翌日、チューン城城内。早朝、日課の訓練のため孤児院の庭に出ていたゼロスのもとに、城内警備を担当している兵士がやってきた。彼は言伝を預かっていたようである。「団長殿が招集を命じた。午前九時より会議が始まるため、忘れずに来てほしい」とのことで、兵士はそれだけ伝えるとあくびをしながら帰っていった。ゼロスは朝食時にアイリーンの事情を伝え、現在二人は城内の廊下を歩いている。
「……毎日見ていたはずなのに、少し間が空いただけで、なんだかとても久しぶりな気分です……」
彼女は城内の壁や窓の外の景色などを見ては、十年来の景色とでも言うように懐かしんだ。
「だいぶ忙しくしていたからな、俺は見慣れているが、アイリーンはそうでもないか」
「ええ。……団長からの招集も久しぶり、ですね」
楽しかったのもつかの間にすぎず、彼女はすぐに表情を曇らせる。まだエリオットからの招集がどのような内容であるかはわかっていない。けれど、朝食時に話を聞いた時から彼女は何か嫌な気配を感じ取っていたようだ。
「……そんなに不安がるな。大した用事じゃない」
「でも……。もしかしたら、また戦争が始まるんじゃないかと思うと……」
「もしそうなら、午前九時からとか言ってないで、すぐにでも会議を始めてるだろう。……そんなに心配するな」
「……はい」
彼女が抱いていた不安は少しばかり和らいだようではあったが、依然として表情は暗い。慰めの言葉をかけた当のゼロスも、彼女につられてかは定かではないが、心の隅に不安が湧き出していた。
「……来たか。ゼロス、アイリーン」
「久しぶりです、カリンさん」
会議室の前で出迎えたのは烈風騎士団副団長のカリンである。戦士としての勇猛な戦ぶりと皆を奮い立たせる指揮官という二つの顔を併せ持つ、まさに軍人というべき人物だ。以前の大戦で一躍烈風騎士団が活躍したことにより、身にまとう装備を一新していた。髪は短髪で茶色。身長はアイリーンより少し大きい程度だ。体のラインがはっきり出る黒いコートをまとい、刺し色として烈風騎士団のイメージにも合う緑色が入っている。コートの前を閉じているためわからないが、下に軽装な鎧を着こんでいるのだろう。
「五分前行動は忘れていないようだな。……全員そろっている、中に入れ」
「ああ」
ゼロスが扉を開け、アイリーンが先に部屋へと入る。以前まで毎日のように使っていた会議室だ。奥には団長であるエリオットが鎮座しており、彼女を見つけると「久しぶりだな」と言って軽く手を挙げた。
「全くこちらに来なかったな。新婚生活というのはそんなに忙しいのか?」
扉のすぐ近くにいたセリアが顔を合わせた途端に質問をぶつける。腰まで伸びたエメラルド色の髪と、切れ長の目が特徴的だ。アイリーンはタジタジになりながら「ええ、まあ……」といった曖昧な返事をした。
「いきなり不躾ですわよ、セリア。……新しい生活はどうかしら、順調?」
こちらもまた水色の髪を腰あたりまで伸ばしている。それに加えて、道ですれ違えばだれもが振り返ってしまうほどの魅力的な肢体を持つ彼女、エリシアはセリアのことを軽くとがめつつも、自分も興味があるのか同じような質問を投げかける。アイリーンは恥ずかしいのか「えっと……」といった困ったような声をあげた。
「今はそんな話している場合じゃないんでしょ。後にしなよ」
コルニッツォの隣の席に座る女性、ヴィズが言う。この中でもっとも身長が低く、濃い紫色の髪を持つ。そして彼女の過激な性格を表すように、大きなつり目をしていた。一番の新入りかつ最年少だが、かなり真面目な振る舞いをしている。あまり素の自分を出せていないともとれるが。
「ああ。二人とも、とりあえず座ってくれ」
烈風騎士団の団長、エリオットが二人に席につくよう促す。力強く開かれた緑色の瞳に、それと同じ色の髪。最近は訓練よりもデスクワークが多いせいか、体格は以前より少し劣って細くなっていた。二人は彼に言われるがまま席に着くと、カリンが会議室の扉を閉める。
「それじゃ、始めさせてもらうよ」
席を立ち話し始めたのはノクス。エリシアに散々仕込まれた結果、今では立派な軍師として騎士団に在籍している。切るのが面倒なのか青い髪を伸ばしっぱなしにしており、眼の下には少しばかりクマが浮かんでいる。それでも訓練は怠っていないようで、体格はそれなりであった。
「先日、我らが皇帝アルバートが、国際機関アルスギアが主催した懇親会に参加した。まあ、その名の通りのことが行われていたかどうかはさておき。……その場で、クリステッド公国の元首、ドラガグリフは他国に対する支配を正当化する発言を行ったそうだ」
「クリステッド公国……。聞かん名だ」
オルコスが腕を組みながら言う。元王国の将軍で、「鉄鬼」との異名をとっていた。灰色の尖った髪質をしており、その体格は騎士団内でも上位に食い込む。身長もゼロスと余り変わらず、まさに武闘派と評される人物だ。ノクスは彼の発言に対しすぐさま反応した。
「それも当然と言えば当然かもね。なんてったって、俺たちはごく最近まで戦争で忙しかったんだから。陛下もその間はあまり懇親会には参加していなかったようだし。彼らの動きが明確になったのも最近のことなんだ」
「……こそこそやってた、ってことか。卑怯な連中だな」
「まあ、そうとも言うね。……でも、今や彼らはこの世界に、覇を唱えられるほどの力を手に入れている」
ノクスの冷たい声に、会議室の空気も冷えていく。皆の背中に嫌な予感が忍び寄っていた。
「今すぐ彼らと戦わなくてはいけないという訳ではない。けれど、いつの日か必ず、彼らとは剣を交えることになる。……陛下はそれを危惧し、全騎士団に『訓練を怠るな。戦火は近い』と通達したんだ」
「……今すぐという訳ではないのか」
コルニッツォがぼそりとつぶやく。身長は騎士団内でも随一、体格もまた最も優れている。髪は左右を刈り上げたスタイルだが、これはヴィズの趣味らしい。彼の無口さは何時まで経っても変わらないだろう。
「だが、近い将来に必ず戦争がはじまるということでもある。……今度の戦いは以前の比ではないだろうな」
エリオットはテーブルに肘をつき、両手を顔の前で組み合わせながら呟いた。現在彼はチューン城の領主として統治を行っている。巷では「善政」と評され、盗賊などの荒くれ者も少なくなり、警備隊などは暇を持て余し始めていた。かく言うゼロスもそのうちの一人である。
「とにかく。備えなければならぬのなら、備えるだけだ」
オルコスはすでに戦いが眼前に迫っているというような物言いだ。眼はすでに戦士の目へと変わっている。エリオットは彼の言葉に頷きつつも、ゼロスたちに問いかける。
「……アイリーン、ゼロス。もし嫌なら今のうちに言ってくれ。お前たちは家庭を持った。戦いに身を投じるよりも、すべきことがあるんじゃないか?」
これは彼なりの気遣いだった。他の者もエリオットの物言いに異を唱えることはない。しかし、二人は違った。
「いえ、私も戦います」
「ああ。見くびってもらっては困るな」
「もしかしたら今度は死ぬかも知れないんだぞ。それなら……」
エリオットの提案をかき消すように、アイリーンが答える。
「私は。今でも烈風騎士団の一員です。団を抜けた覚えはありません」
「だが……」
「エリオット。お前だったらどうする。ともに戦った仲間を見捨てて逃げることができるのか。その先で得た安寧は、果たして真の安寧と言えるのか」
ゼロスの言葉にエリオットは返す言葉もなかった。そしてしばらく考えたのち、「頼む」とだけ言った。二人が返す言葉は決まっている。
「了解」
とある国。会議場にて。アルスギアの議長に噛みついた男が、玉座に腰を下ろしていた。その隣に立つ従者らしき男は、身をかがめながら問いかける。
「陛下、本当によろしいのですか?」
「……ああ。クリステッドに支配された民の生活は、見るに堪えないものだった。奴らの配下に甘んじれば、民に幸せは永劫に訪れはしない」
「しかし、ドラガグリフに盾突いた手前、我らもまた戦火の火種を放つとは……」
別の大臣が王の決断を憂う。しかし、王の決意は強かった。
「民を思えば仕方のないことだ。割り切るしかない。……書簡の用意はできたか?」
「はい。……しかし、いささか卑怯ではありませぬか。彼らはつい最近まで大陸統一戦争を戦っていたのです。戦争の傷跡は大方癒えたのでしょうが……」
「我らに敗北は許されない。すべての責はこの俺、レグラス・アバニアが背負う」
「陛下……」
それより数刻後、レグラスが用意した書簡は使者と共に船に乗った。目的地は、アダマンテ大陸である。
「お目にかかることができて光栄でございます。皇帝陛下。わたくし、アバニアよりの使者でありますウレンと申します」
皇帝の居城、玉座の間。玉座に腰を下ろすアルバートの前に、アバニアからの使者が現れた。彼は恭しく頭を下げ、公的な使者であるということをこれでもかとアピールしている。
「それはそうと陛下。アダマンテ大陸の統一、まことにおめでとうございます。隣国のアバニアとしても、隣国がいつまでたっても戦火で燃えているというのは心が痛むものですから」
「……御託はいい」
冷たく響く声は、使者を震え上がらせるには十分だった。彼はすぐさまその場に跪き、懐から書簡を取り出す。封として押された印には、アバニア王国の紋章があしらわれていた。皇帝の付き人が書簡を受け取り、封を開く。そして声をあげて読み始めた。
「……『来たる蠍の月。我らアバニアはカイナ帝国への侵攻を行う。民を戦火で焼きたくないのならば、我らの属国となる旨を会談にて』……。貴様!」
書簡を読み終えた付き人は、びりびりに書簡を破り裂き、腰に下げていた細剣をウレンに突きつけた。
「不敬極まるとはまさにこのこと!即位から数年も経たぬ木っ端のごとき王が、我らが皇帝陛下になんという口の利き方!生かしておくものか!」
「やめよ。……ウレンと言ったな。我らが属国となる以外に道はないのか」
部下の粗暴な振る舞いを押しとどめ、自ら問いを放つ。ウレンは突きつけられた剣よりも、皇帝の眼光に冷や汗を流していた。
「……我らが陛下レグラスは、クリステッド公国との正面衝突を望んでいます。そのためには、兵士がいる。そして兵士を養うためには、領土がいる。……かつてシャーディンが世界を支配したときから、アバニア王族は存続し続けてきたのです。たかだか五代程度しか続いていないような帝国が、我らと同等の立場になろうというのがそもそもの間違い。属国として存続するだけありがたいと思うべきですぞ」
しかし彼は、狼狽した様子とは裏腹に怒りを買うような物言いをする。一息で話し終えた彼は、まるで何時間も走り続けた時のように息を切らしていた。……これすらも、彼が王国から与えられた役割だったのだ。
「……では、返答を用意せねばな。ドメル!」
皇帝は付き人の名を呼ぶ。ドメルは握ったままの細剣でウレンの胸元を貫いた。ウレンは何度もせき込み、そのたびに湧き出る湯のように口から血を流す。細剣によって貫かれた胸元からも、血が流れ出ていた。
「棺の用意をせよ。外で待つ使者団には、『もてなしをしている』とでも言って追い返せ」
「はっ。承知いたしました」
ドメルは足早に玉座の間を後にする。その場には皇帝と使者の死体が残った。皇帝はゆっくりと玉座から腰をあげると、装飾として柱に立てかけていた槍を手に取った。彼はその場で槍を何度か振るい、かつての感覚を取り戻そうとする。
「……この愚行の代価は高くつくぞ。レグラスよ」
皇帝は槍をウレンの頭目掛けて振り下ろした。玉座の間の床に鮮烈な赤薔薇が咲いた。
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