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いびつなウインク

作者: 千景 もも
掲載日:2025/11/24



「例えばさ。あ、今日はほどけやすい靴紐がもったなとか、寝起きの髪がセット済みレベルに整ってるなとか。そういう地味にラッキーな瞬間あるやん?」



 かじっていたパンの具材を噛み砕きながら、なんてことないように投げられた具体例。この、どこからの接続かもわからんような話題の振られ方。同じクラスになった4月にはいちいちツッこんどったけど。今や目の前の友人に視線を向けることもせんくらいには、通常運転なそれ。



「あるな。俺はさっき自販機でオマケのジュース当たったわ」

「うわ、それビックラッキーの方やん」

「ラッキーに段階つけとん?」

「おん」



 いや、当たり前やろみたいな顔されても。その瞬間にラッキーやなとは思っても、いちいち集めて比較はせんやろ。



「なんか、嬉しいなと思うこと集めとったら、嬉しくならん?」

「そりゃ嬉しいことしか考えてないからな」

「でもな、その嬉しいことって人によって違うやんか。宝くじ当たったとて嬉しくない人間もおるやろし」

「俺は嬉しい派」

「それは一般寄りやけど、たぶん瀬良は柔軟派やと思うで」

「柔軟派?」



 聞き返しながら箸で持ち上げるとしなる、オカン作の崩れかけの卵焼き。箸から落ちる前に口に入れると、焦げたような苦味と砂糖のほんのりとした甘さが口に広がった。うまい。



「そうそう。その卵焼きやって別にどっかの高級料理店のやないし。でもそのちょっとクセのある味が瀬良は好きなんやろ? それと一緒で、示すものは一緒でも、理想や意味は違う」

「あー……、なるほど。やから宝くじが当たっても、その意味が人によって違うって言いたいんやな?」

「おぉ、ソウルメイト」



 通じ合ったこと遠回りに言うなや。お前のヘッタクソなウインク誰が欲しとんねん。仕方ないから笑って写真フォルダの肥やしにするしかないやつ。もうこれ両手じゃ足りんくらいやっとるやりとり。いらんねん、そんなお前とバカやるだけの刺激のない日常とか。


 てかなんの話しとったっけ。



「……とか、おもっとったけど」



 古い画像データに残る、いびつにウインクを決めるかつての友人。


 くだらんとおもっとった会話も、変な話の始め方も、こんな写真なんか見るまでもなく思い出せるのに。


 いくつもあった。深くもぐりそうになった会話を雑に切ったこと。こんな教室の片隅でバカ雑談に混じってすることやないし。今せんでもいつでもできるし。そんな慢心にも似た永続性を本気で信じていた。目の前のことに必死やったから。


 全然、気付かんかった。



「なぁ、綿貫」



 あの話の続き。

 お前は、何を言いたかったんやろうか。


 もういびつに形を作ることもない、綺麗に閉じられた瞼。それが開くことはなくても。それでも、あの話の続きを考えてしまう。同じ出来事でも、人によって意味や理想が違うってやつ。


 あの瞬間を笑った俺はたぶん、愚か者なんやろうけど。それでも、やっと。ちょっとだけ、お前の言いたかったことがわかった気がするんよ。



「でっかい幸福とか、別にいらんかったんやな」



 変わらん日常とか。振り返らんとわからんような、小さな幸せ。永遠に続くことはないからこそ、それが断片でさえ輝いて消えることはない。


 それは共有する相手が、おらんくなっても。


 こいつを日に日に蝕んでいっとった病ですら、もう影が見えない。祈るように手を組んで横たわる友人に、宣教師か、なんてズレたツッコミを入れる。思い出したような会話の始まりが、返ってくることはないけど。


 それでも、何気ないそれらに全部詰まっている気がした。



「俺は忘れんよ、綿貫」



 目元の閉じられた一本線。

 それが、いびつな線を描いたように見えた。





ここまでの流れ

テーマが幸福論と提示された時は頭を抱える

→死ぬほどの快楽か日常の小さな幸せ書くか揺れる

→ゆるゆる会話始めちゃう

→58分後、謎に静かに着地

→こうふく……?????

→いいや出しちゃえ


見ていただいてありがとうございました。

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