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八月××日




「さよなら、またね」




 * * *




 あの夏から、二年が経った。


 俺は遠方の大学を受験し、無事に合格して大学生となり、夏休みに地元へと戻ってきていた。


 夏の暑い日差しの中を歩き、見覚えのある道から、通ったことのない道へと入る。


 今日は、墓参りに来ていた。


 自分の身内のものではなく、彼女の墓参りだ。


 去年は高校三年で受験生ということもあり、余裕がなく行けなかったのだが、今年は帰省したこの機会に行くことにした。


 同じ中学出身の同級生たちから、大学が夏休みに入ってすぐくらいに連絡が来て、予定の合う人たちで一緒に墓参りに行かないかという誘いもあったのだが、集まるのはやはり女性陣が多いだろうということもあって、お墓の場所だけ聞いて、一人で行くことにしたのだ。


 その同級生たちから聞いたところによると、ご家族からは気を遣わないようにとお花なども不要だと言われたらしい。


 この夏の暑さだと、生花を供えてもすぐにしおれてしまいそうだし、確かに手入れの手間を考えれば、供え物は断るのが正しいのかもしれない。


 墓石の並ぶ場所へとたどり着き、目的の場所を探しながら周囲を見ていると、確かに、生花ではなく造花らしきものが飾られているものも多く目につく。


 最近は納骨堂のみのところも多いらしいが、このあたりにはこうしたお墓もまだ残っていて、それなりの広さの空間に墓石が整然と並んでいた。


 ようやく教えてもらった場所らしきところに着いた。


 念のため、入っている人たちの名前が彫られているところを確認する。


 墓石の上に並んだ名前の中、一番新しい文字で彼女の名前が彫られていた。


 ――享年十八(没年十六歳)。


 そうか。そうだな。


 誕生日、まだだったからな。


 彼女が冬生まれだったことを思い出す。


 幼稚園のとき、毎月、その月が誕生日の子のお祝いがあったから、同じ幼稚園出身の同級生の誕生日は、日付までは覚えていなくても、だいたいの季節だとか、誰と誰が同じ月だとか、そんなことはなんとなく覚えてしまっていた。


 このあたりの地域の子どもはたいてい同じ幼稚園に通うとはいえ、近くにある別の保育園など、他のところに通う子もいたため、同じ幼稚園に通っていたかどうか少し記憶があやふやだったのだが、誕生日のお祝いのことを思い出したことで、確信を得る。


 やっぱり、同じ幼稚園だったよな。


 同い年だったはずの彼女の年齢は、ここに刻まれた歳から増えることはない。


 俺は、もう、あれから二つも歳が増えたのに。


 これからは、ずっと、歳が離れていく一方なんだな。


 知識として知っていたはずの、そんな当たり前のことを、こうして文字として目にすることで、改めて突き付けられる。


 ありきたりな話だ。


 使い古された陳腐な言葉だ。


 どこかの小説でだって、漫画やアニメやドラマだとかでも、いくらでも見る話だ。


 現実に起こり得る話としても、ニュースだとかノンフィクションの何かの話だとかで見聞きする、ただの事実だ。







 死んだ人は、もう、歳をとらない、なんてこと。







 線香を供え、手を合わせた。


 思い浮かぶのは、あれから何度も思い出した、あの『推定』少女の姿だ。


 なあ、あの口調は、何だったんだ?


 あの言動は、どういう意味があったんだ?


 俺が思い出す彼女の姿は、中学の頃の、教室の片隅の自分の席で、うつむきがちに本を読んでいる姿で、そのころの記憶をいくら探しても、あの夏休みの日々のような言動をするような印象はなかった。


 なあ。俺に、気付かれたくなかったのか?


 それとも、気付いてほしかったのか?


 時間が経って、思い出したことがある。


 いつか読んだ、ライトノベルのとある小説。その中に、あの日のあいつのような口調の登場人物が出て来る。


 なあ、あれの真似だったのか?


 それとも、ただの中二病ってやつか?


 中学の頃。いつかの日。彼女の席の前を通りかかったとき、彼女が机の上で広げている文庫本はちょうど挿絵の入ったページで、そこには俺の知っているキャラクターのイラストが描かれていた。


 彼女に対して、なんとなく文学少女のような印象をもっていて、ライトノベルを読むようなイメージはなかったから、意外に思ったこともあり、よく覚えている。


 あのころ、話しかけていたら、何か変わっていただろうか。


 同じ本を読んでいると話しかけて、もう少し気安く話せる相手になれていたなら。


 そうすれば、病気になったことも、あんな形ではなく、知ることができただろうか。


 そうしたら、あの夏の日、俺の前に現れることはなかったのだろうか。


 そうであったなら、死ぬ前に一つ叶えてもらえるという願い事として、彼女は別の何かを願えたのだろうか。


 なあ。俺なんかに、その願い事を使ってよかったのか?


 返事なんて返って来るはずもない、答えのない問いを投げかける。


 こんな夏の炎天下では、墓参りに訪れる人も少ないようで、人気ひとけのないこの場所にいると、まるであの夏の日の二人きりの世界に戻ったようだった。




 * * *




 また、一年が経った。


「じゃあ、またな。今度戻って来たとき、遊ぼうぜ!」


 地元の友人がそう言って去っていく。


 大学二年となった夏休み。大学近くの一人暮らしの部屋で過ごしていたのだが、近くで好きなバンドのライブがあるから泊めてくれと、地元の大学に進学した友人が泊まりに来ていたのだ。


 昨日、そのバンドのライブに参加したあと俺の部屋に泊まった友人が、慌ただしく帰っていくのを見送る。


 自室に戻ると、昨日、友人から受け取った「それ」を眺めた。


 子どもの書いた文字が並ぶ、ハガキ一枚分くらいの手紙と、古ぼけた紙の雑誌。


 小学六年生のとき、タイムカプセルに俺が入れたものだった。


 俺が卒業した小学校では、毎年、六年生にタイムカプセルと称して未来の自分に宛てた手紙を書かせて、何か一つ本人の選んだものと一緒に箱に入れて空き教室に保管し、二十歳になったときに開けるということになっていた。


 今年の夏休みに、その自分たちの年のタイムカプセルを開けるという連絡は来ていたのだが、俺は帰省していなかったため、友人が代わりに受け取って、昨日会ったときに渡してくれたのだ。


 手紙に書かれている文字は、今の自分が書くものよりもずっと形の崩れた子どもの書いた文字で、まるで他人の書いた手紙のようだった。


 何を書いたかももう覚えていなかったのだが、中身を読めば、確かにそのころの自分が考えていたことであろうと感じられる内容で、意外と覚えていないものなんだな、と思う。


 手紙と一緒にタイムカプセルに入れるものは何でもよいとされていて、俺はそのころ読んでいた雑誌にしたが、クラスメイトはそれぞれ様々なものを入れていた気がする。


 ――彼女は、何を入れたのだろうか。


 手紙には、何を書いていたのだろうか。


 あれから何度も思い出すその姿は、あの『推定』少女のもので、ふふふんと笑って「気になるかね?」とこちらに問いかける声さえ鮮やかに聞こえてくるようだった。


 パラパラと古い雑誌の紙をめくる。


 小学生の頃の彼女は、長い黒髪を腰のあたりまで伸ばしていて、本をよく読んでいる物静かな少女という印象だった。


 十年も経っていないはずのことを、遠く感じる。


 かつての自分が書いた手紙を見つめた。


 この手紙を書いたころ――タイムカプセルをつくったときには、大人になった今このときに、タイムカプセルを開けるそのときに、いない人がいるなんて思ってもみなかった。


 きっといつか、何十年後かに、同窓会とかそういう集まりで、大人になったクラスメイトといつか会うこともあるのだろうと、その明確な姿形は描けなくとも、そういうものだと、当たり前に考えていた。


 もっとずっと先にも、きっと、生きていると思っていた。


 いや、「きっと」なんて思いもしない。


 今日も、明日も、明後日も。その先も。


 あのころすぐ近くにいた、その存在が生きていることなんて当然だから、疑うことすら知らなかった。


 若くして亡くなる人の話を見聞きしたことだってあったはずなのに、それを自分の身の回りで起こりうることとして結びつけることはなかった。


 わざわざその可能性を考えることなんてなかった。


 考えが及ぶこともなかった。


 それなのに、たどり着いた今このときに、確かにいなくなった存在はいるんだ。







 それでも。


 いつか、どこかで。「また会えると言っただろう?」と、そう言って、俺の前に姿を現してはくれないだろうか。


 なあ。


 あのとき、「また」って言っていただろう?


 俺の思うような形ではないと言っていただろう?


 だから、いつか、俺の思いもしない形で、会えるんじゃないか?


 こちらの顔をのぞき込みながら「どうだろうね」と笑うあいつの顔が思い浮かび、あの日見た遺影の彼女のはにかんだ笑顔が重なる。


 彼女と、あの『推定』少女が、同一人物だったのかはわからない。俺がそう信じたいだけなのかもしれない。けれど、そうであればいいと願う。


 あれだけ不思議なことが起きたのだから、同一人物であったのなら、もう一度、いつか会えると、そんな奇跡が起きると、ひとかけらの希望をもっていてもいいだろう?


 なあ、――?







 * * *







 あの夏、あいつが話していた言葉のどれが本当で、どれが嘘だったのか、今もなお、わからないままだ。


 それでも、俺は、夏が来るたびに、今はもういないはずの、あの『推定』少女の姿を探してしまうのだ。







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