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八月××日 夏祭り




「人は死ぬ前に一つ願いを叶えてもらえることがあるのだよ。君も自分が死ぬ日を期待して待つがいい。――まあ、もっとも、君が願いを叶えてもらえる存在になれるかどうかはわからないがね」




 * * *




「今日は楽しい夏祭りだ!」


「……へえ。そうかい」


 今日のこいつの服装は、ショートパンツにタンクトップ。その上から透ける素材の服を着ているため、肌の露出が多いのかそうじゃないのかよくわからない感じだ。


 編み上げと言うのだろうか、複雑そうなつくりのサンダルを履いていて、手首にはリストバンド、頭にはキャップを被っている。


「おいおい、なんだいその反応は。夏祭りだよ? 甘酸っぱい青春には必須のイベントじゃないか!」


「はいはい。そうですねー」


 適当に話を合わせて流す。


 こいつのことだから夏祭りには浴衣が必須と思っていそうだが、今の姿は普通の格好である。また何か面倒なことを言い始めるかもしれない。


「で、どこの夏祭りに行くんだ?」


 このあたりの近所で開催されている夏祭りと言えば、夏前にある近所の神社での夏祭りと、学生の夏休みの期間中に地域のイベントとして開催される夏祭りがある。


 もう少し広い範囲まで目を向ければ、夏前にある夏祭りは他の大きい神社でも同じ時期に開催されており、他にも確か、夏の終わり頃に花火の打ち上げが有名な夏祭りもあったはずだ。ああ、あと、何か市街地あたりで踊る人がたくさんいる祭りも何かあったような気がする。


 俺の知っている夏祭りの情報がこれほどまでに曖昧な理由は、人混みが好きではなくてほぼほぼ行ったことがないからである。


 小中学生の頃に友人と近所の祭りに行ったのが最後だろうか。


「ふっふふーん。そこはこの僕に任せてくれたまえ」


 腰に手を当てて胸を張り、なぜだか自慢げにしているそいつを横目に、まあ、こいつのことだしな、と話半分に流しておく。


「と、いうわけで、今日の夜は夏祭りに行くからな! 甘酸っぱい青春の思い出をつくる準備をしておくがいい!」


 そう言って、夜の待ち合わせの場所と時間を言い捨てると、去って行った。特に夜までの間にあいつの暇つぶしに巻き込まれることはないらしい。


「……青春の思い出をつくりたいのは、お前の方じゃなかったか……?」


 別に俺がつくりたいわけじゃないんだがな、と思いつつ、待ち合わせまでの時間を適当に潰すことにした。


 * * *


「やあやあ、待たせたね!」


 待ち合わせ場所でぼんやりとしていると、浴衣姿の美少女が声をかけてきた。


「……ああ」


「む。そこは『待ってないよ』とか『今来たところ』と答える場面じゃないのかね」


 カラコロと下駄を鳴らして近づいて来たその人物は、こちらの顔を下から見上げるようにしてのぞき込んでくる。


 声をかけて来るのなんて、こいつ以外にいるはずもないのに、その美少女っぷりに毎回どきりとしてしまう。


 紺色の生地の浴衣は、その白い肌に映えていて、街灯の明かりの下では、花火なのか花なのか、描かれている柄の色鮮やかさが目に眩しいくらいだった。


 普段はそのままにしてある肩につくかつかないかくらいの長さのつややかな黒髪は上半分だけまとめられていて、キラキラした髪飾りで彩られている。


 そうしてそいつは、浴衣と同じ柄の巾着から扇子を取り出すと、こちらにびしりと突き付けて来た。


「まったく。なっていないな、君。浴衣姿の美少女が君のためにやって来たのだよ? 『かわいいね』の一言ぐらいあってしかるべきじゃないのかね」


「……カワイイネ」


 おうむ返しに言葉を口にすると、眉を寄せて唇を尖らせた美少女の顔が目の前に迫る。


「なんだいそれは。大根役者でももう少しましな台詞を言うだろうに。ほら、もう一回チャンスをやろうじゃないか」


「ぐぅ……かわ、いい……な」


「ふむ……うん、もう一声」


 近づく姿に、必死に視線をそらしつつも、どうにか同じ言葉を繰り返したのだが、まだお眼鏡にはかなわなかったらしい。必死に頭を回して言葉を探す。


「くっ……うー……あー、っと……に、似合って、る」


「うん! よろしい! やればできるじゃないか」


 たどたどしい言葉だったのだが、それで満足したらしい。ようやく離れてくれた姿に、こっそりと息を吐く。


 やけにご機嫌な様子である。


 まあ、今の時代、普通の学生なら浴衣を着る機会も少ないだろうし、夏祭りという場で浮き立つ気持ちがあるのもわからなくはない。


「さて、早速行くぞ!」


「ああ」


 そうして、暗い夜道を二人で歩く。少し先には出店の明かりが見えていて、通りに沿って店が並んでいるのがわかる。


「何を買うんだ?」


「んー。そうだねぇ。まずはかき氷と綿あめは必須だろう?」


 出店で買う予定のものを訊ねると、指折り数えながら言葉が返って来る。


「それに焼きそば、たこ焼きもお祭りに来たなら食べたいよなぁ」


 ……食い物ばかりである。


「あとは……型抜きもやってみたいし、りんご飴は……今はフルーツ飴だったっけ? 色々種類があるなら、何か美味しそうなのがあれば食べてみたいよねぇ」


 型抜きは遊び系とも思ったが、これも食べ物カテゴリなのでは……うん、まあ、祭りの空気感で食べるものは美味しいしな。


 そんなことを話しながら歩いていると、出店の並ぶところまでたどり着いていた。


 そこからは店をのぞきながら歩く。


 さっきまでの話では食べ物ばかりだったが、お面を買ってみたり、水風船を釣ってみたりと、食べ物以外の出店も楽しんでいるようだった。


 種類を食べたいからと、買った食べ物は半分ずつ分け合いながら食べる。


 熱々のたこ焼きにふうふうと息を吹きかけて冷ましながら食べたら、冷たいかき氷を食べて涼む。


 焼きそばでお腹を満たしたら、デザート代わりにフルーツ飴をかじる。


 端から端まで楽しみながら出店を見て回ったら、そこそこの時間は経っていて、どちらからともなく帰り道へと歩を進める。


 巾着を手首にかけ、片手に水風船、もう片方の手に綿あめの袋をもって歩くそいつの隣に並び、ゆっくりと歩く。


「ほら、お土産にこれをやろう」


 そう言って、さっきまでバシャバシャと片手で遊んでいた水風船を差し出される。


「いや、これ、明日にはしぼんでるやつだろ」


 そんなものをもらってどうするのだと受け取らずにいたのだが、そのまま差し出され続ける水風船を見て、仕方なく受け取る。


 バシャバシャとさっきまでのそいつと同じように手持無沙汰に水風船を動かしていると、反対の手を取られる。


「――!?」


 驚いて固まると、きゅっと握られ、そのまま手を引かれた。


「……こういうのも、青春、だろう?」


 少しだけ先を歩くそいつの顔は見えなくて、いつもと同じ飄々としたその声に、手をつながれただけで焦ってしまった自分がどうにも悔しくて、開き直るようにつないだ手を握り返した。


「……思い出になったか?」


「……ああ」


 悔し紛れに声をかければ、いつもと変わらない声が返って来る。


 そうして、するりと指が絡んで来る。


「……こうした方が、甘酸っぱい青春の思い出になるだろう?」


 絡められた指がぎゅっと俺の手を握り込み、どちらのものかわからなくなった手のひらの熱を感じる。


 なんとなく顔を見ることができなくなったまま、つないだ手だけは離さずに、暗い夜道を二人、ゆっくりと歩いた。




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