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八月××日 図書館




「『美少女』だって言うんなら、もう少し『らしい』言葉遣いぐらいしたらどうなんだ」


「あいにく僕は、君が認識しやすいように存在する道理はないんだよ。君ィ」




 * * *




「今日は図書館に行こうじゃないか」


「へぇ」


 俺の家までやってきたそいつの言葉に気のない返事を返す。


 今日のそいつの格好は、白いノースリーブのブラウスにジーンズ生地の膝下くらいまでの少しタイトなスカート。ブラウスは襟から前にあるボタンに沿ってフリルがふわふわと飾っていて華やかだ。


 肩に掛けている鞄の中には図書館で勉強するための道具でも入っているのだろうか。


 レースの日傘が夏の日差しを遮り、影をつくっているはずなのだが、その姿はどこか眩しく見えた。


 ……こういうタイプの清楚な格好も似合うな。口を開けば台無しなのは相変わらずだが。


 そんなことを考えていると、目の前のそいつがいつものようににやりと笑う。


「ふぅん? こういう格好も好みに合ったようだねぇ、君ィ?」


「っ……そんなことより、図書館に何しに行くんだ?」


 からかわれないように急いで話題を変えると、その俺の様子ににやにやと笑いつつも転換した話題に乗って来る。


「君が夏休みの宿題を終わらせていないんじゃないかと思ってね。図書館で宿題をするのを手伝ってやろうという僕の親切心というやつだよ、君ィ」


「……宿題くらい、終わってる」


 眉を寄せて、そう返す。


 毎年それなりに計画的に宿題を進めているため、夏休みももう終わりという時期にはたいてい宿題は終えていた。今年も例にもれず、初めてこいつと出会った日にはもう宿題も終わっていたのである。


「おや、そうなのかい? それは失礼したね」


 少し不機嫌そうな俺の言葉に、きょとりと瞬きをしたそいつの顔はいつものにやにや笑いがなくなっていて、どこかあどけなかった。


「まあ、それなら、僕に付き合ってくれたまえ。宿題が終わっているなら、暇だろう?」


 またこいつに振り回されることになるらしい。その言葉に、ああ言えばこう言う……と、再び眉間にしわを寄せていると、ずずいとそいつの顔が至近距離に近づく。


「それとも、僕との図書館デートは不服かい?」


「……るせ」


 視線を合わせ、小声で落とされた言葉に、ドキリと心臓が跳ね、ごまかすように憎まれ口をたたくと、軽やかな笑い声が返って来た。


「はははっ。じゃあ、今日は図書館デートだ。楽しみだなァ、君ィ?」


 ……今日は図書館デートということになったらしい。別に楽しみなんかじゃない。ないったら、ない。


 ……ツンデレ言うな。


 * * *


 プールに行った日と同じように、市街地まではバスに乗り、そこで路面電車に乗り換える。そして、プールのときとは逆方向の電車に乗る。


「こっちの方の図書館に行くんだな」


「ああ。僕の読みたい本は、こっちの方がありそうだからね」


 電車の中で話しかけると、そう答えが返って来た。


 このあたりにある公立の図書館と言えば、市街地から少し歩いたところにある図書館と、今向かっている路面電車に乗った先にある図書館の二つである。


 市街地から少し歩いたところにある図書館の方は、いくつかの高校が近隣に存在することもあり、平日の放課後や、今みたいな夏休みには、机と椅子が並んでいる部屋――確か、学習室と呼ばれているんだったか――を自習室代わりに使用する学生が多くいるらしい。


 どちらかというと大人向けの本が多めで、学生が自習室代わりに使うか、調べものをするのに向いた場所という印象だ。


 今日俺たちが向かっている方の図書館は、どちらかというと地域の住民向けの催し物をよく実施していて、確か、移動図書館のバスを運行しているのもこの図書館の方だったはずだ。


 俺の住んでいる地域にも移動図書館は来ているらしく、俺は利用したことがないが、家から少し離れた公園がその移動図書館の立ち寄る場所だという話は聞いたことがある。


 路面電車を降りて、少し歩いた先にある図書館の中に入る。短時間とはいえ夏の日差しの中を歩いたあとに入る空調の効いた館内は、涼しくて心地が良い。


 迷わず進んでいくそいつのあとをついていくと、児童書が置いてあるスペースにたどり着いた。


 子どもが遊べるようなやわらかい材質の床材が敷き詰められたキッズスペースのような少し広めの空間が一角を占めており、周囲には少し背の低い本棚が並んでいる。


 楽しそうに本棚を見て回るそいつの後ろを、親鳥のあとをついて歩くひな鳥よろしくいつまでもついて回るのもどうかと思ったので、俺も近くの本棚に並ぶ背表紙を眺める。


 随分と昔に来たきりなせいか、児童向けの本棚の背はこんなに低かったのかと少し驚く。絵本が表紙を向けて並べられた棚があり、小学校低学年向けなど、だいたいの年齢層ごとに棚が分けられた上で分類と著者名の順番で本が並べられている。


 小学生の頃に読んでいたシリーズの本を見かけて、懐かしくて手に取る。パラパラと中のページをめくると、少し大きめの文字が並び、時折、挿絵のページが視界に入る。


 そうそう、こんな感じだった、と思いつつ、見ていた本を閉じて棚に戻し、ゆっくりとまた本棚を見て回る。


 高校の図書室で本を借りることもあるが、ヤングアダルトとかそういう本が中心のため、こういう小中学生向けの児童書と呼ばれるものは、そういえば最近読んでいなかったと気付く。


 なんとなく気になった本を一冊手に取り、キッズスペースの横にある背もたれのない四角いクッションのような椅子に座る。


 顔を上げれば、楽しそうに棚を見て回るあいつの姿が目に入った。


 本を借りて帰るなど、ここを離れるときには声をかけて来るだろうと考え、手にした本を開く。


 久しぶりに読む本は、どこか懐かしかった。


 * * *


 切りのいいところまで読み終わり、ふうっと息を吐いて顔を上げる。


 上げた視界の先の本棚の間にあいつの姿はなく、視線をさまよわせていると、すぐ近くからカサリと本のページをめくる音がした。


 気付かぬうちに隣にあいつが座っていたようで、いつの間にか存在していた隣の気配に今ようやく気付き、びくりと肩を跳ねさせた。


 どくどくと跳ねる心臓を押さえつけながら、隣の様子をうかがう。


 俺がびくりと跳ねたその動きにも気づいた様子はなく、読んでいる本に集中しているようだった。


 指先が本の端に触れカサリとページをめくる。落ちて来ていた髪を無意識にだろう耳にかけると、きれいな横顔が見えた。


 読んでいる内容を楽しんでいるのか、口元には笑みがにじんでいて、時折首を傾げたり、眉をひそめたりと、その表情が変化する。


 ぼんやりとその顔を見つめていると、読み終えたのか、ほうっと満足したような吐息を吐いて、そいつが顔を上げる。ふっとその顔がこちらを向き、バチリと視線が合うと、にんまりとした笑顔に変わった。


 すっと身体を寄せられ、小声でささやかれる。


「そんな熱視線を注がれたら焼け焦げてしまいそうだな、君ィ」


「……だ、れ、が、だ」


 押し殺した声で反論すると、目の前のそいつはくすくすと抑えた笑い声をこぼす。


 俺をからかって満足したのか、次の本を開いてまた読み始める。すぐ隣に何冊か本が積まれているのを見る限り、ここで読んでいくつもりらしい。


 俺もまた、途中まで読んだ本の続きに戻ることにした。




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