エルシャバラナの悲劇
「なぁ、綾人...キラーと戦ったあのとき、妙に詳しかったじゃねぇか。お前が言ってたろぼっとってのはどういうことだ?」
「あぁ...実は...」
綾人は異世界人だということ、ロボットとは予めプログラムされた行動をとる機械だということを説明した
「...それが本当なら、お前がもといた世界はあんなのがいっぱいいるってことか?」
「そう、だから不思議でした。永久機関というのも、私の常識ではありえない。一つだけ確信を持って言えることは、魔王側に私の世界の人間がいるということです」
(おかしい...異世界からの勇者召喚は私だけではなかったと? ...いや、逆になぜ自分だけだと思ったんだ)
「もうすぐ町に着くぞ。...ん? なんか燃えてるような...祭りか?」
「あれは...急いだほうがいい!」
綾人とガルムは町へと走っていく。町につくと、あらゆるところが燃え盛り、もはや収集がつかなくなっていた
「ガルムさん、手分けして逃げ遅れた人がいないか探しましょう」
綾人とガルムは燃え盛る家々の周りを走りながら、大声で呼びかける
「おーい! 誰かいないかー!」
すると、民家の下に下敷きになっている少年を発見した
「助けて...」
「安心しろ、今助ける!」
綾人は瓦礫をどかすと、少年を救出し安全な場所まで避難させる
「綾人! こっちも婆さんが家の下敷きになってた。すぐに回復魔法を!」
「分かってる!」
綾人は魔法を唱える
「生命の実り...世界樹の一雫...地に落ち世界を照らせ...ヒール!」
二人は緑色の光に包まれ、回復した
「喋れますか? 他にも家の下敷きになっている人はいませんか?」
「それなら中央の広場に...」
綾人とガルムはそれを聞くと、町の中央広場に走った。
それから数時間、綾人とガルムは救助を続けた。二人は20人ほどの町人を救出したが、もうすでに息絶えている人が3人いたのだった。いくら回復魔法でも限界がある。すでに死んでいる人は助けられない
「母さん! かあさあああん!」
「お願い...目を開けて....!」
ガルムの方は目の前で人が死ぬのは初めてだった
「...」
二人は沈黙で返すしかなかった。やがて、一人の若者が静かに言った
「埋葬しましょう。これではお三方が成仏できない」
その言葉で周りの大人たちは穴を掘り、簡易的な墓を建てた
それから野宿となった。夜の間も町の火は燃え続け、鎮火したのは朝方のことだった。火が消えたことを確認すると、町人たちは町の復興作業を始めた。
綾人は一人の町人から話を聞くことにした
「一体何があったのですか?」
「突然のことだった。町に魔物たちを引き連れた魔族が現れたんだ。魔族は異常な強さで町にいた者たちは誰もかなわなかった。町は蹂躙され、多くの町人が犠牲になりました。最後に魔族は魔法で火を放ったんです。あれは魔族などではない...悪魔だ!」
「その悪魔は何か言ってましたか?」
「確か...罪深い一族の末裔だと。私たちには何のことかさっぱりです」
「罪深い一族...この町の文献は残っていますか?」
「もう残っていないでしょう。私も町の歴史に興味があるわけではないので何も...」
「そうですか...わかりました。その様子だと、またいつ町を襲ってきてもおかしくない。しばらくの間、私たちはここにとどまることにしましょう。いいですか、ガルム」
「...」
ガルムは俯いたままだった
「なんと慈悲深いお方なのでしょう...私たちを救っていただいた上に、用心棒まで...」
町人たちは作業を中止して綾人たちに頭を下げた
「深くお礼申し上げます。勇者様」
それから綾人はガルムと一緒に宿の焼け跡に新しく建設中の仮住宅に荷物を置いた
ここで、朝方から黙っていたガルムが口を開いた
「綾人...お前は悲しくないのかよ...」
「...悲しくないと言ったら嘘になります。しかし私たちは勇者一行です。その意味が分かりますか?」
「分からない」
「答えは、人々を救うことです。」
「だが救えなかった!」
「いえ、救うとは物理的な意味だけではありません。心も救ってこそ勇者なのではないでしょうか」
「...っ!」
「あなたが悲しんでも死人は生き返りません。それよりも今あなたがすべきことは、勇者一行として恥じない行動をすることです」
「すまない綾人...かっこ悪いところ見せちまったな」
「カッコ悪くなどありませんよ。人は大きな悲しみを乗り越えてまた一つ成長するのです」
ガルムはひとしきり泣いた後、涙を拭うと宿を出ると復興作業に協力した。綾人も一緒に作業に協力したのだった。
それから数ヶ月...
町は以前の姿に戻りつつあった
町人たちとすっかり仲良くなった綾人とガルム。もう二度とあの惨劇を起こすまいと、町人たちも綾人とガルムに指導してもらいながら簡単な剣術と魔法を扱えるようになっていった。
ある日のこと...
町の入り口に不審な人物が現れた。フードを深く被り、顔が見えない
「なぜだ...町人は皆殺しにしたはず...」
町の見回りをしていた警備隊はフードに剣を突きつける
「何者だ! 顔を見せろ!」
すると、フードから炎が生えて警備隊の腹を貫いた
「あ...」
「敵襲ー! 全員警戒体制を取れ!」
警備隊は隊形を組むと、一番後ろの隊員に連絡を任せる
「綾人様と、ガルム様にすぐに連絡を! 戦えない者はすぐに避難させろ!」
「綾人だと? 我々の耳にも入っている。ケープシャプカとキラーを倒した者だと...」
数分後、綾人とガルムが到着すると警備隊は全滅していた。しかし、まだ一人だけ戦う女性と傷ついた隊員たちを回復魔法で回復させている女性がいた
「...来たか。貴様らが綾人とガルムとやらだな?」
フードを取ると、右目は青、左目は黄色のオッドアイの女性の姿をしている。しかし、綾人は敵に目もくれず二人に声をかける
「オート、ミート、マルタの傷は?」
「深いですが、命に別状はありません。全員回復できます!」
「そうですか、ではそこは任せますサラさん! エリーさんも私たちが前衛をするので後ろに下がってください!」
「分かってるわよ!」
エリーが後ろに下がった。オレンジ髪の敵は頭をぽりぽりかきながら話す
「よくもまぁこの天魔十二将最強の魔法使い、エルシャバラナ様をコケにしてくれたな」
「一つ聞きますが、最初にこの町を襲ったのはあなたですか?」
「だったらなんだって...ぶっ!」
綾人は思いっきりエルシャバラナの顔面にグーパンを食らわせた
エルシャバラナは1メートルほど吹き飛ぶと、鼻血を垂らしながら起き上がる
「キサマ...覚悟はできてるだろうな? 骨の随まで焼き尽くしてやろう」
「あなたこそ覚悟してください...子供を、仲間を泣かせるとどうなるか、思い知らせてあげますよ」
エルシャバラナが魔法を唱える
「ヒール」
エルシャバラナは回復する。続けて魔法を唱える
「煉獄の炎」
青白い炎がエルシャバラナの手の平から放たれる
「エリーさん、防御魔法を!」
エリーが魔法を唱える
「マジックシールド!」
続けてガルムが突進する
(突進...しかしただの突進ではない。これは罠魔法。迂闊に魔法で攻撃すればそれがトリガーとなる)
エルシャバラナは魔法を唱える
「ウイング」
エルシャバラナの背中にコウモリの羽が生えると、空を飛んだ
「まずい綾人! 空に飛ばれたらこちらの攻撃が当たらない!」
「分かってます! こちらも浮遊魔法を!」
エリーが浮遊魔法を唱えると、綾人たちも空へ飛び上がった
「まさか人間ごときが浮遊魔法を使えるとは...やはりお前たち一族は根絶やしにせねばならん」
エリーは声を荒げる
「一族って何なのよ! 勝手に決めつけて...沢山の人を傷つけて...あなただけは絶対に許さない!」
「何も知らないなら教えてやろう...あれは200年前のこと...」
「ここには我ら魔族の町があった。我々は貧しかったが、それでも皆で協力し日々を楽しく過ごしていた。しかしある日、人間どもが我々の町に攻め入った。あやつらは正義をかかげ我々の同胞を次々と葬っていった。そして私が生き残った。同胞を次々と殺していく人間たちのあの目。今でも忘れられぬ。後から知ったことだが、あの人間たちは賢者ケーニヒによって組織された聖魔教という、人間至上主義を掲げるイかれた集団だった。今ではイングラシア王国の国教にまでなっている。そしてお前たちケールの町の人間は、あの賢者ケーニヒの子孫だ! 私はケーニヒの血を根絶やしにするまで止まらぬ!」
綾人はそれを聞いても、態度が変わらなかった
「それでもなお、あなたには一ミリも同情できませんね。そのケーニヒとあなたの町を襲った人間たちはおそらくもう死んでいる。そして、今を生きる我々には何の罪もない。あなたは同胞を殺された復讐と称して、虐殺を楽しむ異常者だ」
「違う違う違う! 私はケーニヒを許さぬ! ケールの民も同罪だ!」
エルシャバラナの精神に反応するように魔力が乱れ、顔が崩れて、中身が出てくる。その容姿はハエの頭に鋭い牙が並ぶ化け物だった
「エリーさん、後はあなたに任せます」
「..エルシャバラナ。あんたは私の父を殺した。でも、私たちにも罪がないとは言えない...」
「エリーさん...」
「私たちも過去を知ろうとしなかった。あんたたちの故郷を奪った。...もし200年前、あんたに出会っていたなら同じ苦しみを持つ者同士、分かり合えたかもしれないわね」
エリーは魔法を唱える
「氷の魔女...銀幕のカーテン...三千世界は冬の夜に消える...アイスエイジ」
氷の塊がエルシャバラナの腹を貫通する。エルシャバラナは地面に伏せた。
「結局...私のしたことは無意味だったということか...」
エルシャバラナはやがて黒い砂となって消えた
「...」
エリーは俯く
「エリーさん、あなたが気に病む必要はありません。あなたに攻撃をさせたのは私です。私がエルシャバラナを殺したんです」
それから綾人たちは小高い丘の上に小さなエルシャバラナの墓を立てた。
「さすがに町人たちの墓と同じ場所につくるわけにはいかないでしょう」
「うん...分かってるわ。」
エリーは墓の前で手を合わせる
「...地獄で反省してきなさい、エルシャバラナ」
エリーは立ち上がると、綾人に提案をする
「私、疑問に思うの。なんで魔族と人間が争わなくちゃいけないのか。魔族だって人間と同じ苦しみが分かるのに。あなたは今でも魔王を殺したいの?」
「今は...魔王とも分かり合えるのなら、そうしたいです。和解の道もあるかと。しかし魔王が人間に仇なすなら容赦なく殺します」
「そ。...」
エリーは空を見上げて、大きく深呼吸をした
「......私もあなたの旅に同行する。あなたがこの先どんな道を選ぶのか、知りたくなったわ。サラもいいわよね?」
「えぇ、お姉様」
「感謝します。こちらとしても、魔法使いのエリーさんと、回復魔法が使えるサラさんが同行してくれると助かります」
「やっとむさ苦しいこの旅にも花が加わるな! はっはっはっ!」
「セクハラですよ」
サラがガルムを睨みつける
「す、すまん...」
綾人とエリーはその様子を見ながら笑い合ったのだった。
そして翌日...
「もう行くのかい?」
「ゆっくりしていったらいいのに」
「もう十分お世話になりました。皆さんには感謝しています」
「感謝するのは私たちの方ですよ。綾人様とガルム様、そしてエリーとサラはこの町の英雄です」
勇者一行は町人たちに手を振りかえすと、ケールの町を後にした