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8.自分のスタンス

 時刻は正午をすぎ、ランチ目当ての客で店内はごった返してきた。


 メイドの「お出迎え」を待って立ち尽くす入店客の姿を見たルナは、なりふり構わず紅玉こうぎょくに言う。



「くぅちゃん、あちらのお客さんの対応いける?」

「な、なにっ⁉︎」

「今みんな手が離せないの、お願い!」



 ルナは問答無用に背中から紅玉を切り離すと、ほかの客の対応に回った。

 ポツンと取り残された紅玉は、心の整理がつかないまま「え、え、えっ……⁉︎」と、出迎え待ちの客のもとに歩み始めた。



(どど、どうする……? も、もう、やるしかねえのか──⁉︎)



 紅玉は、己にそう問いかける。

 しかし、あまりに短すぎる「シンキングタイム」では答えが出ない。客との距離は、あとわずか──。


 そんな窮地きゅうちの紅玉に、神の救いとばかりにある妙案みょうあんが降り注ぐ。



(そ、そうだ、これなら……!)



 ニヤリとした紅玉は、客の前にたどり着くとおもむろに口を開いた。




「丘、襟、奈、祭、増せ、五種、仁、サマー。軟、目、胃、サマー、出、五、北区、出、酢、可?」




 それは、「接客ワードを細切れ状に別単語に変換する」というものだった。



(よ、よし、これならまだギリギリ理性を保って言えるぜ──!)



 紅玉が手応えをつかむ一方で、客は未体験の接客スタイルにポカンとする。



「い、一名です……」

「菓子、困り、真下。嘱託、絵、五、庵、菜、胃、板、島、巣」



 客を六番テーブルにエスコートした紅玉は、メニュー表を手渡すことなくテーブルの上に雑に投げる。



「碁、宙、門、画、雄、気、鞠、二、成、真下、羅、蘇、地、羅、野、牡丹、尾、緒、市、手、御、予備、付、句、ダサイ」



 紅玉はすべてのフレーズを見事に変換しきると、その場を去るべく早々にきびすを返した。

 しかし、常連客らしきその客は「いつもの定番メニュー」があるのか、すぐに紅玉を呼び止める。



「すいません、それじゃあ注文してもいいですか?」

「ええっ⁉︎ あっ、ああ……」



 息が詰まりそうな接客に少しでも間を置きたかった紅玉は、イラっとしながら注文受付用のハンディ端末を取り出した。


「早く言えっ!」と言わんばかりににらまれた客は、おずおずとオーダーを伝える。



「よ、『妖精エビのプリプリグラタン』と『トロけるトロピカルマンゴージュース』で」

「……菓子、困り、真下。柴、楽、尾、町、句、ダサイ」



 紅玉は厨房にオーダーを送信すると、足早にスタッフ用トイレへと駆け込んだ。



「な、なんとかしのいだが、別の単語に変換しながら話すのは予想以上に疲れるぜ……とてもじゃねえが、こんな方法じゃ続かねえ。ど、どうすれば──?」



 洗面台に手をついて真剣に悩むさなか、そこへ駆けつけたのはルナだった。



「くぅちゃん、大丈夫⁉︎」

「あっ? ああ……」

「ごめんね、無茶振りしちゃって。でも、なんとか一人で対応できてたみたいで安心したよ。ホール、戻れそう?」

「で、できれば少し時間がほしい……」

「もしかして、体調がよくないの?」

「いや、そういうわけじゃねえんだけど……ちょっと、色々と整理させてほしい」

「……わかった。あんまり遅いと充永みつながさんに怒られちゃうかもしれないから気をつけてね」



 ルナがホールに戻った後も、心身ともにエネルギーをがれた紅玉はしばらく動くことができなかった。



「自分を押し殺してメイドになりきるなんて、アタシにはできねえ。やっぱり、アタシはアタシのスタンスでいくしかない──」



 そう結論づけた紅玉は、ようやく顔を上げてトイレを出た。

 すると、ホールに戻る途中の紅玉をキッチンメイドが呼び止める。



「六番テーブルの料理ができました、配膳いけますか?」

「六番……? ああ、さっきのワケわかんねえ名前のグラタン頼んだやつか……わかった」



 自分のスタンスでいくと決めた紅玉は、気持ちを立て直して配膳に向かった。

 その姿に気づいたルナは、さりげなく紅玉のそばに移動し「がんばれ、くぅちゃん……!」とささやくようにエールを送る。


 客の前にたどり着いた紅玉は、オーダー品が乗せられたトレーを「ガタンッ」とテーブルに置くと言った。






「ほらよっ──」






 その一言を残し、紅玉は客の前から去った。

 そして、再びルナの時は止まった。



「あ、あの、美味しくなる魔法は……?」



 客のその一言に、紅玉は極上のキレ顔で振り返り、そして叫んだ。








「そんな魔法、知るわけねえだろっ! てめえで勝手にかけとけっっっ──!」








 客が唖然あぜんとする中、ルナはガタガタと震えながら時を取り戻してフォローに入る。



「も……もももっ、申し訳ありませんっ! あ、あのメイドは今日からやってきた新人でして、まだお給仕の仕方がわからないのです! 代わりに、私がとびっきりの魔法をかけてもよろしいでしょうか?」

「えっ? あ、ああ、はい……」



 ルナは両膝を床につけると目を閉じた。

 そして、両手を胸の前で組み「魔法」を発動させたのである。



「ご主人様のグラタンが、もっと、もおおっと美味しくなりますように……私の愛を、目いっぱい込めて──。せぇぇの、萌え萌えキュウンの、キュキュキュのキュウウウ〜ン! ……ふう、持てる魔力をすべて解き放ちました。これで、三倍増しに美味しくなったはずです。それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ!」



 それは、まるで魔法陣が見えそうなほど完璧なパフォーマンスだった。


 見事にその場をフォローしたルナは、ホールの片隅に憮然ぶぜんと立つ紅玉のもとに猛進した。



「く、くぅちゃん、今のはどういうことっ⁉︎」

「あん? なにがだ?」

「料理を運んでからの『ほらよっ』に、魔法拒否だよ!」

「……はん、アタシはアタシのスタンスでいくって決めたんだ。あんなくだらねえ魔法だってイチイチやってられっかよ!」

「あ、あのね、店にはきちんとルールがあるの、わかる?」

「知るかっ、そんなもん! てめえがなにを言おうと、アタシは誰の指図も受けねえぞ!」



 ルナが呆れて返す言葉を失くす中、「そんなこと言うのは十年早いです」と充永の声が割って入る。

 充永は「ちょっと、こちらへ──」と客から見えないスペースへと紅玉を誘導した。



「……見てましたよ、さっきの暴挙。どういうつもりですか?」



 紅玉は面倒くさそうに舌打ちをし、充永から顔をそらす。



「ルナも言ったとおり、店には店のルールがあります。あなたの態度は、とても勤務初日の新人とは思えません」



 怒りをにじませる充永の言葉にも、紅玉は反省する素振りを見せず「ふん」と鼻であしらう。



「……もう一度だけチャンスを与えます。次にあんな失礼な接客をしたら、店としても極めて厳しい判断を下さざるを得ないと理解しておいてください」



 そう忠告して去った充永は、ルナに申し訳なさそうに声をかけた。



「ごめんなさい、ルナ……どうか、もう一度くぅちゃんを後ろにつかせてやってください」

「は、はい……」



 一方、充永の叱責も意に介さずホールへ戻ろうとしない紅玉に水晶すいしょうは語りかけた。



「……初日から『らしさ』全開ですね」

「っ──!」

「あなたが自分のスタンスを貫くのは勝手です。しかし、もし解雇されるようなことになれば、当然またイチからのスタートです。それをよく踏まえたうえで身の振り方を考えなさい。念押しで言っておきますが、あなたは修行を終えない限り式神界には戻れませんから──」



 その声色で、水晶が真顔で言っていることは紅玉にも容易に察しがついた。



「くそっ、せっかく色々と吹っ切れたっていうのに……」



 ガクッと崩れ落ちた紅玉は、両手と両膝を床についた。そこにやってきたルナは、目線を合わせるようにしゃがみ込む。



「ねえ、なんでそんなに辛そうなのにメイドカフェで働こうと思ったの?」

「……お前に話すことなんてねえよ」



「干渉してくるな」と言わんばかりに立ち上がった紅玉に、ルナはそれ以上なにもくことができなかった。



「ごめんね、勤務初日なのにペース配分を考えてあげられなくて……今日はもう接客を振ったりしないから全体的な雰囲気をゆっくり確かめて」



 無言のまま視線を落とす紅玉──。 

 

 ルナはその言葉どおり、この日、紅玉に接客を振ることは一度もなかったのだった。

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