4.奇跡の合格
破天荒な面接から五日後──。
紅玉は携帯電話でゲームに明け暮れる日々を過ごしていた。修行中であることを忘れているかのような「ぐうたらな人間生活」に、思わず水晶も一声かける。
「毎日、毎日、携帯いじりばかり……よく飽きないものです。そろそろ合否通知が届いている頃ではないですか? いい加減、ポストを見に行ってみなさい」
「はあ……だりい」
紅玉は携帯電話を放り投げると大の字になった。そして、まるで「勉強しなさい」と窘められた子どものようにふて腐れたのである。
「これ、起き上がりなさい。ポストを見に行かないのですか?」
「……るっせえな、イチイチのぞいて指図してくんじゃねえ! てめえは監視カメラ型の母親か!」
反抗期の娘を彷彿とさせる返しに、水晶は「やれやれ……」と溜息をつく。
しかめっ面で起き上がった紅玉は、渋々と玄関を出てポストに向かった。ポストの中には一通の封書が届いていた。ピュアスパイラルからだった。
「やはり届いていましたか、さあ、早く部屋に戻って開けてみなさい!」
「ちっ、また絡んできやがって……お前の方がソワソワしてどうすんだよ?」
水晶を諫めた紅玉は、部屋に戻ると雑に封筒を破り開けた。すると──。
「さ、採用通知っっっ……⁉︎」
「なんと! やったではないですか!」
水晶はパアッと笑顔になり、手を合わせて祝福した。しかし、紅玉は複雑な心境だった。これで、ついにメイド修行が始まってしまうのか──と。
「正直、あの面接では到底受かるとは思いませんでした。なにが面接官にヒットしたのかは知りませんが、合格すれば官軍です。よかったですね!」
テンション高めにまくしたてる水晶とは逆に、嬉しさなど微塵もない紅玉はクシャクシャと頭をかく。
「とりあえず、準備に漏れがないよう通知内容をよく読んでおきなさい。メイド姿、楽しみにしてますよ」
「くそっ、おちょくりやがって……」
いよいよ始まるメイド修行を思い、紅玉はうなだれた。その一方で、水晶は嬉々とした表情を隠せない。思わず翡翠が訊ねる。
「なにか、嬉しそうですね?」
「そうですか? なんでもありませんよ」
明らかに本心ではない返答をした水晶は、惜しげもなく心の声を大きめに漏らす。
「メイド姿の紅玉、メイド姿の紅玉……♪」
式神界トップのなんとも浮かれた様子に、翡翠は言い知れぬ感情を抱いたのだった……。
◇◆◇◆◇◆◇
数日後──。
いよいよ採用オリエンテーションの日を迎えた紅玉は、鉛玉を着けられたように重い足でピュアスパイラルに向かった。
集合場所である店舗二階の入口には、もう一人の合格者である由良希夢がいた。
「あ、おはようございます」
「……おう」
ぶっきらぼうに返された希夢は、その不機嫌そうな声ですぐに気がついた。
(っ──! こっ、この人、私の左隣で面接を受けてたヤンキーみたいな人だ! う、受かったんだ……)
面接時の様子を思い出した希夢は、心の中で冷や汗が吹き出す。
(だだ、大丈夫かな? 同期がいるのは心強いけど、うまくやっていけるかな……)
とっつきにくさ全開の紅玉に、希夢はそれ以上なにも言えない。
希夢がソワソワと沈黙に耐える中、静寂を破るように一人のスタッフがやって来た。面接時に案内役を務めた女だった。
「おはようございます、今日から採用の文月さんと由良さんですね。私、チーフフロアマネージャーの充永と申します。今日からよろしくお願いしますね」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いします!」
希夢が目いっぱいに返す一方で、紅玉は充永に一瞥もくれない。その様子に充永は顔をしかめながらも、まずは羽原木の待つオーナー室に紅玉と希夢を案内した。
「きょ、今日からお世話になります、由良希夢と申します! えっと、なにぶん不慣れでご迷惑をおかけすると思いますが、一生懸命がんばりますのでよろしくお願いします!」
初々しく全力で頭を下げる希夢に「こちらこそよろしくね」と羽原木は笑顔で返す。
一方、紅玉は挨拶をする気配などまるでない。
充永が「文月さん、挨拶を……」と促すと、溜息まじりにようやく口を開く。
「……まあ、よろしく頼むわ」
面接時を彷彿させる態度と口ぶりに(や、やっぱり仲良くできるか心配だよぉ……!)と希夢は苦い表情を隠せない。
「文月さん、もっと丁寧な言い方があるんではないですか?」
充永は紅玉を窘めたが「いいんだよ、みっちゃん。こちらこそよろしくね、文月さん」と羽原木は笑う。
「改めまして、オーナーの羽原木です。今回は二名採用予定のところに三十人以上の応募があってね、まずは書類選考で十人にしぼらせてもらったんだよ。その中でも、あなた達二人には『底知れぬ可能性の光』を感じたので採用させてもらいました」
恐縮する希夢の横で、紅玉は一切反応を示さない。しかし、それも想定内とばかりに羽原木は終始にこやかだった。そして、最後には退室間際の紅玉を「文月さん!」と呼び止めてこう言ったのである。
「私も好きだよ、異世界もの!」
ニヤリと親指を立てた羽原木に、紅玉は不思議そうに「あん……?」と眉間にシワを寄せたのだった。