3.破天荒な面接
面接当日となった翌朝、紅玉はリビングに寝転んだまま無を貫いていた。
明け方からつけていた見もしないテレビに目をやる。画面には午前七時三十五分と表示されていた。
「はぁ……」
紅玉は溜息まじりに体を起こすと、携帯電話をジーパンのポケットに突っこみアパートを出た。
◇◆◇◆◇◆◇
歩くこと数十分──。
たどり着いた「ピュアスパイラル」は、繁華街の一角に構える三階建の店舗だった。
一階フロアの扉はカード認証式で出入りができない。二階に続く階段を見つけた紅玉が上っていくと、そこには店のスタッフらしき女が立っていた。
「おはようございます。採用面接の方ですか?」
「……おう」
「それでは、お名前をお願いします」
「はあ? なんでだよ」
「あ、ご本人確認で……」
「ちっ、メンドクセーな……」
紅玉は舌打ちをしつつも「文月朱夏だ」と答えた。
「ありがとうございます。面接番号は十番になります。時間が来たら順番にお呼びしますので、こちらでお待ちください」
女に通されたのは接客用ホールだった。そこには、先に待機していた九人の面接生達がいた。
(こいつら全員面接のやつかよ……なんで、そろいもそろって突っ立ってんだ?)
九人全員が直立不動の中、紅玉は臆することなく椅子に座り、腕と足を組んでみせた。その堂々たる様子に、ホール内を「無言のざわつき」が覆う──。
その矢先、やって来たのは先ほどのスタッフらしき女だ。
「みなさん、本日は当店の採用面接にお集まりいただきありがとうございます。定刻となりましたので、ただ今から面接会場にご案内いたします。面接は二グループにわけて行いますので、まずは一番から五番の方からお越しください」
先陣を切り、まずは前半グループがホールを出た。
残されたメンバーに依然として会話はない。
沈黙の中に、ヒリヒリとしたライバル感と緊張感がひしめく。……紅玉を除いては。
◇◆◇◆◇◆◇
午前九時十分──。
続いて後半グループが呼ばれた。
面接室に案内された紅玉達の前には、三十代後半と思われる男がただ一人、面接官として待ち構えていた。
「どうぞ、そちらの椅子に面接番号が若い順からお座りください」
面接官の男の促しに「はい」と面接生達は慎ましく着座する。
しかし、紅玉だけは返事もせずにドカッと座り、腕と足を組んだ。その所作に、面接官の男は目を点にしながらも面接を開始する。
「このたびは、当店のメイドスタッフに応募いただきありがとうございます。私、オーナーの羽原木といいます。面接番号順に質問をさせていただきますので、どうぞリラックスしてご回答ください」
面接が始まっても紅玉に緊張の二文字はない。横で展開される問答にも関心など寄せず、アクビをして聞き流すだけだ。
(す、すごいなあ、この人……)
紅玉の右隣に座る面接生も、思わずそんな心の声が漏れそうになる。そして──。
「それでは十番の方、お名前と志望動機をお願いします」
とうとう紅玉に質問の順番が回ってきた。だが、うわの空の紅玉に羽原木の声は届かない。
「あの、十番の方……?」
それでも紅玉は気づかない。すると、見かねた右隣の面接生が「順番だよ……!」と声をかけた。
「あ? ああ……」
ようやく気づいた紅玉がやる気のカケラもなく前を向くと、「お名前と志望動機をお願いできますか?」と改めて羽原木は訊き直した。
「また名前かよ……何回言わせりゃ気がすむんだ? そんなもん、そこの紙切れに書いてあんだろ! イチイチ言わせんじゃねえ!」
あまりの悪態に場が一瞬で凍りつく中、羽原木は怒りを抑えながら言い返す。
「……面接を受けるに当たって、まず自分の名前を名乗るのは当たり前の礼儀だと思うけどねえ?」
「ぐだぐだうるせえヤロウだなあ、文月朱夏だ! 二度と言わせんじゃねえぞ!」
とても面接とは思えないやりとりに、ほかの面接生達はどんどん身がすくんでいく。
「志望動機は? 『履歴書に書いてあるだろ』ではなくて、きちんとあなたの言葉で説明してもらえますか?」
「知るかっ、そんなもん! アタシはただ、『異世界の年増女』に仕組まれてここに来ただけだ──!」
その答えに、全員が「へっ……?」と言った。
このとんでもない状況に、翡翠は隣の「年増女」をチラリと見やる。
「し、式神界の……とは言ってないので、セーフでしょうか?」
「……いえ、別の意味でアウトでしょう」
ヒクヒクと引きつる水晶の顔──。
面接会場にも引けを取らない緊張感に、翡翠は体中がシビれたのだった。
「え、ええっと……い、『異世界の年増女』っていうのは?」
羽原木はそう訊き返すも、「お前に言ったってわかんねえよ」と紅玉は一蹴する。
素っ頓狂な回答に、ほかの面接生達はポカンと口を開ける。しかし、羽原木だけは「なるほど、そういう感じね──」とニヤリとした。
怒りの表情が柔和なそれに変わった羽原木は、穏やかな口調を取り戻して続ける。
「文月さんは、なにか特技はありますか?」
「なんでそんなこと話す必要があるんだ?」
「あ……いや、店で働くうえで活かせるものがあるのかなと思って」
「そんなもん、イチイチてめえに話さなくたって勝手に活かすわ!」
「はは、そうですか。……あの〜、念のため確認なんだけど、文月さん、メイドは好きですか?」
その質問に、紅玉は間髪を入れずにこう返す。
「そんなわけねえだろ! アタシはただ、メイドカフェで働かないと『元の世界』に戻れねえんだ! だから、仕方なくここに来てやってるだけだっ──!」
ヤカラのような物言いから繰り出された、「ファンタジー」なフレーズ──。
突然に見せつけられた強烈なギャップに、もはやほかの面接生達はついていけない。だが、羽原木だけは爆笑する。
「はっはっは──! なるほど、『元の世界』にね。そりゃあ大変だ。オッケー、それじゃあ文月さんにこれ以上質問しても意味はないだろうから、これで質問は終わりにします」
ほどなく面接が終了となると、紅玉は気だるそうにジーパンのポケットに手を突っ込んで面接室を出た。
この一連の様子に、水晶は深く呆れながら言ったのだった。
「受かる気ないでしょう、あんた……」