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2.修行宣告

 しばらくして、紅玉こうぎょくが不本意そうな表情で式神殿しきがみでんにやって来た。



「待っていたぞ、ついて来なさい」と翡翠ひすいがさっそく出迎える。


 おごそかな殿内を通り、たどり着いた先で待ち構えていたのは水晶すいしょうだ。



「水晶様、紅玉を連れて参りました」

「来ましたか。遠慮せず、もう少し前に来なさい」



 そう促す水晶にも、紅玉は臆する様子がまったくない。



「ふん、ここで十分だ。なんの用だよ?」

「……相変わらずの大物っぷりですね。私にそんな態度を取るのは、いまだかつてあなただけです」

「るっせえな、だから用はなんだよ? さっさと言え!」



 首を回しながら太々(ふてぶて)しく言い放つ紅玉に、水晶は悠然と告げた。






「では、望み通りに言いましょう。……紅玉、あなたには今から人間界で修行をしてもらいます」


「……はあっ──⁉︎」






 刹那に取り乱した紅玉に水晶は続ける。



「式神とは、召喚した人間を主とし、言い渡されためいを全うするために存在するもの。それにも関わらず、あなたはその約束事を一度も守ったことがありません。それどころか、同胞に対する蛮行はついに百万回──。もうこれ以上、あなたに優しくするつもりはありません」



 まさに、青天の霹靂へきれき──。


 思いも寄らぬ展開に紅玉は焦りを隠せない。



「ちょ、ちょっと待て! 式神が人間界で修行なんて聞いたことがねえぞ⁉︎」

「当たり前です。普通、する必要なんてありませんからね」

「ふざけやがって……! 人間界なんかで、いったいなんの修行をするってんだ⁉︎」



 水晶は「ふっ……」と不敵な笑みを浮かべ、その詳細を明かした。






「あなたには、人間界のメイドカフェで働いてもらいます」


「なっ……な、にいっ──⁉︎」






 あまりの衝撃に紅玉は打ち震えた。

 そして、不敵だった水晶の笑みは「ほくそ笑み」に変わる。



「メ、メメ……メイド、カフェ、だと……?」

「そう、メイドカフェです。あなたには従順なメイドさんとして、至極丁寧にご主人様とお嬢様に尽くしてもらいます」

「わ、わけわかんねえことをほざきやがって……! 言ってることが意味不明だぞ⁉︎」

「あら、そうですか? メイドが主人や令嬢にお給仕する形式は、式神が人間に仕えるそれと相通ずるものがあります。というわけで、あなたにはメイドカフェでしっかりと従順性を身につけてもらいます」

「ふ、ふざけやがって……! アタシが『わかりました、がんばります!』なんて、かわいく返事するとでも思ってんのか⁉︎」

「えっ、今かわいく言いましたよね? しかもジェスチャー付きで」

「それは、モノのたとえでやっただけだろうが! うっとうしい返しをするな! だいたい、式神が人間界に出ていいのは召喚された時だけのはずだろ⁉︎」



 必死すぎる紅玉の抵抗に、水晶のニヤつきは止まらない。



「そのとおり、式神は勝手に人間界へ出てはいけません。それを破れば、式神界との行き来を断絶され、永遠に人間界に取り残されます。それどころか、もしその状況下で式神の力を解放しようものなら、存在ごと消し去られる──。これは、いかなる事情も考慮されない式神界の鉄則です」

「んなこと知ってるわ! だったら、余計に人間界での修行なんて無理なはずだろ⁉︎」

「心配には及びません。私が『神属性』の力によって人間界に出ることを許可します」

「ふ、ふざけてやがって……! 今ここで、てめえを消し去ってでも修行なんてしねえぞ!」



 怒りに満ちた紅玉は、パチパチと激しい紅い光を身体中から放ち始めた。

 今にも攻撃してきそうなその様子に、水晶は静かに笑う。






「消し去る……? あなたが、私を──?」


「っ──!」






 その瞬間、紅玉の顔は青ざめ、金色の光も「スウッ……」と消えていった。



「……理性はまだ残っていましたか。賢いじゃありませんか」



 突き刺すような目が示す、圧倒的な力の差──。

 紅玉がシュンと視線を落とすと、水晶は真顔で言った。



「……あなたは、純粋な式神としては他の追随ついずいを許さない最強の実力者です。その力と、その力を持つ自分の価値を、もっと正しく認識すべきです」



 もはや紅玉は反論することをやめ、黙ってうつむくだけだった。



「人間界でのあなたの名前は『文月ふみつき朱夏しゅか』。アパートで一人暮らしをする、しがない二十歳はたちのフリーターとして生活してもらいます。アパートは私が創り出したものなので、ほかに住人もいなければ家賃もいりません。修行に励むあなたへの、せめてもの餞別せんべつです」



 水晶の計らいにも、紅玉は「ふん……」と鼻であしらう。



「修行の最終目的は、あなたを召喚した人間のめいに応じることです。それが達成されれば修行は終了です」



 うつむいていた紅玉は「な、なにっ⁉︎」と慌てて顔を上げる。



「ふ、ふざけるなよ! 式神が最後に召喚されたのがいつかわかってんのか⁉︎ 今から三百年以上も前だぞ? 今後、アタシ達が召喚されるなんて皆無だ! 召喚されるのなんか待ってたら永遠に終わらねえじゃねえか!」

「人間が存在する以上、式神はいつ召喚されてもおかしくありません。どう反論しようと、あなたが修行に出ることはもう決まっているのです」

「……てっ、てめえは鬼か⁉︎」

「ほっほっほ、人間界では式神を『鬼神』と呼んだりするそうですよ。あながち間違ってはいないですね」

「ちっ、こ、この、くそババア……!」

「では、今からあなたを人間界に飛ばします。せっかくの修行です、楽しい人間ライフを満喫なさい」



 水晶は話を切り上げると、目を光らせた。




◇◆◇◆◇◆◇




 次の瞬間──。


 紅玉がいたのは、水晶の創り出したアパートの一室だった。

 夕暮れの光が差し込む室内には、ベッド、テレビ、テーブルなど一般的な家財道具がそろえられていた。



「とりあえず『人間らしい生活』に必要な物は用意しました。式神なので飲み食いしなくたって死にはしませんが、当面の間は飲食物を随時補充をしてあげます。あとは、そうですね……クローゼットを開けてみなさい」



 憮然ぶぜんと部屋を見回す紅玉は、渋々とクローゼットを開けた。中には衣装ケースがあり、吊るしてあるハンガーには数種類の衣類が掛けてあった。



「人間界で生活するのに、その式神装束のままではマズイですからね。部屋着も含めて適当に用意しました」

「……けっ、誰が着るかよ」



 紅玉がそっけなく拒否すると、水晶は再び目を光らせた。その瞬間、紅玉が身につけていた式神装束が「パッ」と消えた。



「わわっ! なっ、なにすんだ!」



 一糸まとわぬ姿になった紅玉は、思わずしゃがみ込む。



「こうでもしないと着替えないでしょうからね。ほら、さっさとなにか着なさい」

「お、覚えてろよ、てめえ……!」



 紅玉は用意された服を物色すると、まだ「マシ」と思えるものを手に取っていった。


 下着、ティーシャツ、ジーパン……。


 初めて身につける人間の衣類に、紅玉は違和感だらけだった。



「もっとかわいいスカートやワンピースもありますよ? 部屋着もラブリーな感じのものを用意してますが……」

「うるせえ、死んでも着るか!」



 水晶は残念そうに溜息をつくと「それはそうと、テーブルの上を見なさい」と促した。

 そこには履歴書、携帯電話、そして一枚のチラシが置かれていた。



「明日の午前八時半までに、そのチラシに載っている『ピュアスパイラル』というメイドカフェに行きなさい。アルバイトの採用面接を受けてもらいます」

「な、なにっ⁉︎」

「その履歴書には、先方に回したものと同じ内容が記載してあります。ボロが出ないように、しっかりと目を通しておきなさい」

「め、面接だと……? ふざけやがって、働く店はもう来まってんじゃねえのかよ⁉︎」

「そんな楽はさせません。まずは自分の手で採用をつかみとってもらいます」

「く、くそったれが……!」

「明日の面接で不合格になれば、次はイチから自分で別の店を探してもらいます。早く修行を終えたいのなら、明日一発で採用をつかみとることですね。……では、幸運を祈ります」



 水晶との通信が途切れると、紅玉は力なくその場にへたり込んだ。


 唐突に始まった荒修行──。


 途方に暮れた紅玉は、あとはひたすら過ぎ行く時間に身を預けるだけだったのだ。

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