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「ほ、本日よりセレナ様の身の回りのお世話をさせていただきます。ソフィアです。よ、よろしくお願いします」
緊張で声が裏返ってしまって恥ずかしかったけれど、言い切った後にお辞儀をする。
ふ、と空気の漏れたような音がして、私は顔を上げる。見上げた先にいる彼女は、女神のように微笑んでいた。
「そんなに畏まらなくていいのよ。ソフィアさん、これからよろしくね」
今日から私は――この人の側にいられるんだ。
――
私が侍女として挨拶した日から、彼女は私に優しく接してくれた。
彼女が優しいことは元から知っていたけれど、感極まって目の前で泣いてしまったことが何度かある。
私が泣く理由が分からず焦る彼女に申し訳なくなりつつも、落ち着くまで抱き締めて背中を摩ってくれることに味を占めている私がいる。
いい加減変人扱いされそうだからそろそろ泣いてしまうのを辞めないと、と思いつつも、私の涙腺は彼女に関しては引き締まることを知らない。
ただ最近はあることを考えると涙が引っ込むことに気付いて、それを実践している。
「セレナ」
…来た。
私がここへ来ることになった元凶にして、涙が引っ込む原因。
元凶と言っても、こうしてまた彼女に――私の知らない時期の彼女に――会えたことを考えると、恨むに恨めない。
「アーサー殿下」
女神はこんな畜生にも微笑みを絶やさない。
彼女の笑顔を目に焼き付けたいけれど、今の身分上頭を下げないわけにはいかないので、私は渋々頭を下げる。
心の中ではこの男に対する罵詈雑言を撒き散らす。
こいつがいなければ私が存在しなかったことも事実だから、複雑な心境だ。
「どうされましたか?」
自分から声を掛けたくせに、この男はなかなか用件を告げようとしない。
あの、その、だのと口をもごもご動かすばかり。
(そんなだから“あんなこと”になったんでしょうが!!)
そう怒鳴りつけたい気持ちになりつつも、そうすればもう彼女の側にいられなくなってしまうことを分かっているから、私は彼女の傍らに無心を装って佇む。
「こ、このあと、予定は空いているか?」
……やっと言った。
思わず溜め息を漏らしそうになるが、我慢する。
顔を真っ赤にする必死なこの男を見ても彼女は表情を崩すことはなく、微笑みを絶やさないままだ。
「はい。午後からお茶会なのですが、それまででしたら空いております」
…彼女はこのクソ男に愛想を尽かさないんだろうか。
そう思ってから、まだ“あの事件”が起きていないからだと理解する。
この頃の二人は仲睦まじいとはいかないまでも、お互いに想い合っている。認めたくはないけれど、それが分かる。
分かるからこそ、あんな結末は絶対阻止してみせる――改めて私は決意した。
事の発端は、未来に遡る。
私は幼い頃に母を亡くし、母方の祖父母の家で育てられた。
父親が誰なのかすら知らず――誰なのかも気にせず――暮らしていた。それは偏に、祖父母が私に愛情を注いで育ててくれたからだ。
そんなある日、何の前触れもなく、私の父親だという人が訪ねて来た。私が16歳になる年だった。
それが婚約者に予定を聞くことすらスマートに出来ないポンコツ男だとのちに知ることになるのだけど、それはまだ置いておく。
男は探していたそうだ。
かつての妻の子を。愛していたという――妻との間に出来た子を。
訪ねてきた男を招き入れたのは祖母だった。
祖父は追い返そうとしていたけれど、祖母に諭されて渋々口を閉ざした。
「セレナが亡くなったことは最近知ったんだ……」
ぽつり、ぽつりと、男は語った。
私の知らなかった事実。
母がどんな女性で、母をどんなに愛していたか。
何故離れ離れになってしまったのか――
それを聞いて、私は男の自業自得だと思った。
「愛していたのに、裏切ってしまった……。傷付けてしまった――…」
すまない、と、男は私と祖母に頭を下げた。
祖父は早々に自室に篭ってしまったけれど、たぶん扉越しに話を聞いていたと思う。
「……そのような事情があったとは、知りませんでした」
祖母は涙声で呟いた。
「あの子はちゃんと愛されていたんですね」
涙混じりの祖母のその微笑みを見て、私は母を思い出していた。
幼い頃に亡くなって、あまり記憶にはない母。
だけど母はいつも優しく、愛情を注いで育ててくれたことは覚えている。
「愛していた……。今も、愛している」
父はまっすぐ祖母を見つめ、泣きそうな顔で呟いた。




