#5 トカゲを巡る冒険(上)
桃太郎――ReN
爺さん――ふくちよ
野良猫――ことと
かかりつけ医――C.Makoto
蜥蜴さん(隣人)――Tokage100%(Koshikawa)
ピンクトカゲ――Tokage100%(Chloe)
蜥蜴さんの家は、鬱蒼としているシダの林を思い起こさせるような作りでした。というのも、鬱蒼としているシダの林で囲まれていたからです。
ReNはコトニャンを引き連れて玄関の扉をたたきました。
「こんにちは! 蜥蜴さんもう帰ってる?!」
「ねぇReN。あんたさ、さっき道で蜥蜴に会ったんだろ? 多分どっかに出かけようとしてる蜥蜴にさ。それであんたはダッシュで帰ってきた」
「せやで。それがどないしたん?」
コトニャンは目をぐるりとさせて「はぁ」とため息をつきました。
「じゃあさ。いるわけないじゃん。まだ外出中でしょ、どう考えても」
「あー確かにそうかもしれへんなぁ! なに? その推理力、コトニャン探偵なん?」
「この程度で探偵が務まるもんなら、世にはずっこけな探偵だらけになっちゃうだろうね。とりあえず出直そうよ」
「あ、せやけどカギ開いてんで」
ReNはニコニコしながら玄関ドアを開けました。
「お、じゃあ入って待ってようか」
さも、常識人のように描写しましたが、なんだかんだ言いながらもコトニャンは野良猫なので不法侵入にはやたらと寛大でした。
「うわー……。湿気てんなぁ……。せんべいもぬれせんべいになってまうで、これ」
「ぬれせんべいは、せんべいを湿らせたもんじゃないよ」
庭もそうでしたが、部屋もまた湿度が高い妙な家でした。
「あ、これかな? ほら、そこに布かけてる水槽あるやん」
ReNはつかつかと棚に向かい、その上にある水槽にかかった布を取り払いました。
「おお!」
「ほお!」
二人は同時に驚嘆の声を上げました。
「なんやねんこれ? 今まで長いこと生きてきたけど、こんなん初めて見たで!」
「あんたの人生一年ぽっちだけど、確かにこれは珍しい……ていうかアタイも初めて見た」
そこにいたのは、ピンサロ嬢もびっくりなほどショッキングピンクのトカゲでした。
「こんな色のトカゲおんねんなー。ヨッシーアイランドにもおれへんで」
「ヨッシーは恐竜じゃないの?」
「ああそうか。トカゲはマリオのほうか」
「あんたと会話するの結構めんどくせぇな。ふくちよ爺さんの苦労がわかるよ」
そのとき、ReNが首にかけていたバウリンガルが急に反応しました。
「……た、助けて」
ReNは一応コトニャンに聞きました。
「ウチと会話するんそんなにしんどい?」
「アタイが言ったんじゃない」
二人は辺りをきょろきょろと見まわした後、最後に水槽に目をやりました。
「まさか……このトカゲ?」
「……そう……です。助けて……ください」
「すご! この機械すご! めっちゃ有能やん! トカゲ語もわかんねんな!」
テンションが爆上がりしたReNを置きざりにして、コトニャンが問いました。
「あんた、助けてってことは、そこに閉じ込められてるのかい? ペットとして飼われてるってわけじゃなく?」
「……はい。私はあの男に捕らえられています。もともとは……人間なんです」
「なんだって? 人間? ど、どういうこと……」
コトニャンが詳細を聞こうとした瞬間、生暖かい空気が部屋に滑り込んできました。
「桃太郎ちゃん……不法侵入はよくないなぁ」
ReNとコトニャンが振り向くと、部屋の戸口には蜥蜴が立っていました。
「げっ! なんかヤバイとこ見られてない、これ? 例えば、勝手に入った上、蜥蜴さんのえぐい秘密を知ってしまったに近い感じの」
「その通りだよ!」
蜥蜴とコトニャンが同時にツッコみました。
怪しく舌を出し、笑いながら蜥蜴が言います。
「これを見られてしまったなら仕方がない……」
「げっ! まさか、『君たちには何の恨みもないが死んでもらうしかないな』とか言いながら武器を取り出すめちゃめちゃだるい手垢のついた行動とるんちゃうん?!」
蜥蜴は膨らんだポケットに持っていこうとした手をとめ、ややひきつった笑いになりました。
「……君と話すの結構めんどくさいな」
しばらく下を向いて考えこんだ後、蜥蜴が意を決した表情で言いました。
「でもその通りだ! もう恥を忍んで言うさ! 君たちには何の恨みもないが死んでもらうしかないな!」
ポケットから拳銃のような形のものを取り出すと、ReNとコトニャンに向けて撃ちました。光線がほとばしります。
「危ない!」
どこから湧いて出たのか、ふくちよ爺さんが二人の間に割って入り、体をはって光線を受け止めました。
「ぐわあああ!」
「とーちゃん!」
「じーさん!」
全員の声がこだまする中、ふくちよ爺さんの身体はみるみる縮み、青白い一匹のトカゲになってしまいました。
「ちっ! この禿頭! 邪魔をしやがって!」
蜥蜴はもう一度二人に向かって撃ちました。
「その手は食うかい! は高野山金剛峰寺や!」
ReNはふくちよトカゲを掴んで、自分を守る盾としました。光線が容赦なくふくちよトカゲにあたります。
「ぐわあああ! 二回目のぐああああ!」
「な、何やってんのReN!」
さすがのコトニャンも驚きました。ReNはニヤリと笑って答えます。
「ええかコトニャン。こういうんは大体、もういっぺん当てたら元に戻んねん」
ReNの言葉どおり、ふくちよトカゲはふくちよ爺さんに戻りました。
「はぁはぁ……死ぬ予行演習ができたよ……」
蜥蜴が慌てた様子で声を荒げます。
「き、貴様! なぜわかった?!」
「はっはっは! この物語におけるあんたの役割が『お決まりのパターンでくる序盤の小悪党』やと思たからや! ええか? てことは今からあんたのすることなすこと、ぜーんぶウチらには通じへん。むしろ、今後ウチらが冒険していく上でのヒントとなるような結果になるから。なーんもせんとどっかに逃げ帰るか、そこら辺のスーパーの夕方市でもいったほうが得やで!」
蜥蜴はうち震えながら叫びます。
「ちっくしょー! 何言ってるかよくわからんが、妙に説得力がありやがる! でもな! 俺もこのまま逃げ帰るわけにはいかないんだよ! 幹部のカッシー様に殺されちまう!」
「それがヒントや言うてんねん! これで『どこかにいる幹部カッシーを探す』のフラグが立ってもうたやないの! ええから何もせんと帰りなはれ! うちかてトカゲを巡る冒険なんかしとーないねん! つつがなく生活した上で多少盛ったコミックエッセイ出して印税で儲けたり、超会議で踊り披露するんが理想の人生なんや!」
「そんな人生もこれまでだっつーの! いいか?! ポートアイランドを拠点とするカッシー様はとても偉大な方だ! お前らなんか一ひねりさ! 猫が怖いことぐらいしか弱点はない!」
「せ・や・か・ら! これ以上余計なこと言うなこのドクサレが! めっちゃ近所やんか! 散歩がてらいけてまうわ! 風邪気味のケツみたいに情報ぷっぷこぷっぷこ漏らさんとはよ帰れ!」
二人が世にもくだらない言い合いを続けている間に、コトニャンとふくちよ爺さんはピンクトカゲを助け出し、そおっと家から出ていきました。
「ヤバイことになったなぁ……」
「トカゲを巡る冒険かい?」
「いや……さっきさ、一回トカゲになっちゃったから、今全裸なんだよね……お隣とはいえ、一瞬道を通らなきゃいけないからさ……ヤバイよこれ……」
「ああ……そっちね……一番どうでもいい」
コトニャンはため息をつきました。
「それと……」
「トカゲを巡る冒険かい?」
「いや……ReNがさ、今みたいにキレた時の物言いがさ……まるでQさんが乗り移ったみたいで……普段は明るくて快活でいい子なのに……そのうちなんだか虐待されそうで怖いんだ……これはホントヤバイ……」
「ああ……それは……近い将来そうなるんじゃない? 二番目にどうでもいい」
コトニャンは、ピンクトカゲで局部を隠しながら小走りする初老の男の横で空を見上げました。
「うわ! ふ、ふくちよさん! あんたまたそんな恰好で! 還暦迎えるってのは子供に戻るって
意味じゃないんだよ!? それとも趣味なのかい?!」
かかりつけ医のMakotoの詰問するような声が聞こえたような気がしましたが、自分には関係ないのでコトニャンはすたすたと歩いていきました。
一人と二匹はふくちよ宅に入って――爺さんは着替えてから――夏の日差しが照り付ける縁側に腰を下ろしました。爺さんがよしずを立てると、ちょうどいい心地よさになりました。
「心配だなぁ……」
「……そうかなぁ? ふぁああ……今更近所の評判はどうしようもないから気にしなさんな……」
コトニャンからは太陽の匂いがして、目まで細めて気持ちよさそうです。
「その話じゃないよ!」
「……すみません私のために、皆さんを危険な目に……」
ピンクトカゲがしょんぼりしました。ただただトカゲには縁側が暑すぎただけかもしれません。
「いや……蜥蜴さんがだよ。僕、あのとき『危ない!』とかいって助けに入ったけど、あれはさ、蜥蜴さんを助けるつもりだったんだよね……」
「……どういうことですか?」
トカゲがいぶかしんで爺さんのほうを向きました。
「……ReNはね。体の成長が早いんだけど……見た目以上に筋肉の成長が著しくてさ……。まあ、パンチもすごけりゃキックもすごい。パワー、反射神経、アジリティ、筋持久力……常人では想像もつかないレベルのファイターなんだよ……。だからさ、ReNに攻撃なんかしちゃあ、返り討ちに合うに決まってる……。あんな光線銃、ReNが避けれないはずないから……。だから割って入ったんだ。これ以上やりあうなって意味で。でも、もうダメっぽいからせめて君だけでも助けようとね……もう一度、目的語を省略せずに言うね。心配だなぁ……蜥蜴さ」
ドン!
爆発音がしました。隣の家の屋根瓦が紙吹雪のように吹き飛んだのを三人は縁側から眺めました。舞い散る瓦の中、ひときわ大きなものが――人間のような形状のものが――あるなぁとコトニャンは一瞬思い、浅い午睡に戻りました。
続く。