#4 嚆矢濫觴
桃太郎――ReN
爺さん――ふくちよ
かかりつけ医――C.Makoto
野良猫――ことと
とんかつ(隣人)――勝ち組とんかつ
蜥蜴さん(隣人)――Tokage100%(Koshikawa)
ふくちよ爺さんが町内をストリーキングしてから一年の月日が経ちました。
「はっはあー……また。うーんこれまた……成長したねぇ……桃太郎ちゃん」
かかりつけ医のMakotoがうなりました。
あの時桃から生まれた……いや、桃の中から発掘した赤ん坊は、ふくちよ爺さんが『桃子』と名付けようとしましたが、とんかつの「だっせぇ」の一言で撤回せざるを得なくなりました。
「ReNなんてどうすか? 今風でカッコいいし。桃子もね。桃から生まれてなきゃいい名前だと思うすよ? 菊池桃子、私好きだし。でもさーふくちよさん。桃から生まれちゃったらもう桃子はないっす。安直。無理っす。名づけのセンスがだっせぇって言ってんすよ?」
「ああ……じゃあ……それでいいよ……」
ふくちよ爺さんが打ちのめされている横で、コトニャンがあくびをしながら言いました。
「ReNいいじゃないのさ。漢字で書けば『恋』。つまりハート。ひっくり返せば桃だよ」
「それいただき! 深み! 深みでたねぇ! ReNで決まり! 猫のくせにやりやがんなぁ!」
正式な名付けとは異なり、ReNは桃から生まれたという噂が噂を呼び、いつしか周りの人から『桃太郎ちゃん』と呼ばれるようになっていきました。
「もう……なんというか……もはや思春期じゃないの桃太郎ちゃん」
「やっぱり変ですか?」
「変だよ。半年検診の時すでに120cmぐらいあったし、『恋のマカレナ』のダンス完コピしてたよね?」
「今はTwiceでも余裕ですよ」
「そんなこと聞いてるんじゃないんだよ、ふくちよさん。どうなってんのかな、ほんと。今はもう160cmあるよ。桃太郎ちゃん、こんな急に身長伸びていって体大丈夫? 筋肉とか皮膚とかこんなに急激に伸びてさ」
「別に……」
ReNはふてくされたように横を向きました。
「こ、こら! こんなときに沢尻エリカの真似はやめなさい! ちょっと古いし!」
「他にええリアクション思いつかへんかったから」
ReNは舌をぺろりと出しました。
「そんな……だいじょうぶだぁ~。とかもうちょっとマシなのあるだろ?」
「それはかなり古いよふくちよさん」
「せやな。ウチ元ネタわからへんわ」
爺さんは肩をすくめ、ReNとともに病院を後にしました。
「なんでReNはこんなに成長早いのかなぁ……女の子は早い早いって言うけど、そういうレベルじゃないよね……」
「多分あれや。ウチなんか使命あんねん。奇跡の子的な。電気自動車の会社興したり」
「イーロンマスクだよ!」
「Twitter買収して自由な言論の場を作ったり」
「イーロンマスクだよ!」
「火星移住を本気で考えて、民間企業初となるISSへのドッキングを果たしたり」
「イーロンマスクだよ!」
「マスクと白銀の鎧に身を包んだイギリスの名門ロビン一族出身のエリート超人」
「イ……ロビンマスクだよ! もうやめてよ! Wikiで調べさせないでよ!」
ReNはQ婆さんのように性格がよじれてなかったけど、まだ一歳ということもあり無邪気すぎるところがありました。ふくちよ爺さんは別の種類の疲れを蓄積していました。
「でもな、とーちゃん。ウチがなんか使命あるてゆーんはホンマやと思てるで。なんせ、桃から生まれたんやからな。そんな生い立ちざらにあるもんちゃうで? しかも、この成長の早さよ。一歳でこないな立派なおっぱい持ってる女子おる? おしゃぶり自給自足できるちゅーねん。貧乏とか毒親とかカルトとかと次元ちゃう。一気に三冊ぐらいコミックエッセイ書けるわ」
「……しゃべりがQさんそっくりだなぁ。赤の他人なのに……。毒づきがない分マシだけど」
ReNと爺さんがしゃべりながら歩いていると、三月前に隣に越してきた蜥蜴さんと遭遇しました。ちょっと変わっていて爺さんは苦手にしていました。
「こんにちは! いいお天気ですねぇ!」
「あ、蜥蜴さん。そうですか? ちょっと曇ってますけど」
「はい! 僕はこれぐらいの天気が好きなんですよ。じめっとしててね。水分が体中に吸い込まれて気持ちいいんです」
「そ、そうですか……じゃ、じゃあ」
ふくちよ爺さんが逃げるように去ろうとすると、ReNが話をつないでしまいました。
「へー! なんやおもろいなぁ! そういや蜥蜴さんとこトカゲ飼ってるんやっけ? トカゲもこーいう天気好きそうやし、一心同体やなぁ!」
「ははは! そうなんだよ桃太郎ちゃん! ぜひ一度遊びにおいでよ!」
「ほんま? ほな家帰った後で寄らせてもらうわ!」
ようやく蜥蜴と別れると、爺さんはひそひそと言いました。
「あの人さ……なんか変だから注意したほうがいいよ……」
「とんかつさんとどっちが変?」
「……うーん」
爺さんが考え込んだ隙に、ReNは、高齢者特有の硬さがある膝ではとても追いつけない速度で走り出しました。
「あ! おーい! ReN!」
爺さんの声はReNの背中にすら届きませんでした。
ReNは家に帰るなりバウリンガルを掴み、縁側に向かいました。
「コトニャーン!」
大声を出すと、庭の隅にある植木ががさりと揺れ、コトニャンが姿を現しました。
「どうしたの?」
「あんな、今から隣の蜥蜴さんとこ行かへん? トカゲ飼ってんねん! 蜥蜴がトカゲ飼ってんねんで?! めっちゃおもろいやん! コトニャンも行こや!」
「……それ、おもしろいの?」
「おもろい!」
ReNの真っすぐな瞳は面倒くさがりのコトニャンの心を動かしました。
「しゃーない……行くかぁ……でも、なんかさ。アタイ……嫌な予感がするんだよね。次の話あたりで物語が大きく動きそうな……そんな予感がさ……」
「メタすぎて何言うてんのか小指の先ほどもわからへん! いこ!」
雲は先ほどよりも重く、世界を暗く沈めていきそうでした。低気圧がふくちよ爺さんの膝の痛みをブーストし、よたよたとした足取りをさらに重くしていきました。
続く。