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学際の夜

作者: 泉田清
掲載日:2023/11/01

 校門の前に「〇〇際」の看板が立てられている。校舎まで続く坂道には、赤色灯を持った教員が二人立ち、公用車で近づいた私を招き入れてくれた。

 今日は高校の文化祭だったのか、風船で飾り付けれられたゲートをくぐり、独り言ちた。学校の事務員に声をかけ用を済ませる。中から聞こえるはしゃぐ声、廊下を走る音がして、食べ歩きをする来校者たちがチラリと覗く。校舎全体が浮かれているようだ。いいね。


 坂を下って国道に出る。校門に肩を露出したコスプレイヤーみたいな女が佇んでいた。スマホに目を落としていた彼女はチラリとこちらに目をやり、つまらないものをみたような顔をして、スマホに戻った。

 文化祭。三十年前だったら、この機にやってくるのはバイクを乗り回す不良少年と相場が決まっていた。爆音とスカジャン。今の世ではアッシュグレーの髪と原宿系ファッション。彼らは「自分らしさ」に忠実である。「自分らしさ」を捨てることで生計を立てるサラリーマンのごとき人種など、彼らにとって「つまらないもの」に映るのは当然だ。

 今度は池袋系の、奇抜な色のファッションに身を包んだ女が校門に向かって歩いていく。彼女らはこの学校出身なのだろうか。私にとってはそうだ。私はこの学校を三十年前に卒業したのだった。


 すぐそこのコンビニへ弁当を買いに行った。自転車でも止めるかのように、違法改造を施した小汚いバイクが三台停められていた。中に不良少年はいない。恐らくここから歩いて我が母校へ行ったのだろう。彼らのファッションも見てみたかった。

 外回りが終わった後はずっと社屋に居た。残業で21:00まで。ウオン!ウオン!ウー!その間、昼と夕方にバイクの騒音が二回、パトカーのサイレンが一回あった。校外でもお祭りである。サラリーマンはただ耳を傾けるのみだ。


 夕方を過ぎると急激に冷えてきた。この頃風邪気味である。頭痛がして気分が悪い。市販薬を服用した。症状が和らいで気分が良くなる。この「気分が良くなる」成分が、青少年による、市販薬のオーヴァードーズにつながっていると思われる。

 「お一人一箱まで」。という表示が、何年か前からドラッグストアでみられるようになった。とても驚いた。そういうことがあるとは聞いていたがこんな田舎町にまで。大戦中の兵士たちは極限状態の中、奮闘するためヒロポンを打っていたという。思春期もそうだといえる。アイデンティティ・クライシスに陥った彼らは闘争状態にある。自己あるいは他者との。私は残業との。気分は良くなるがなるべく口にしたくはない。服用後はきまって便秘になるのだった。


 21:00。社屋を出る。マイ・カーに乗り込み国道に出る。すぐそこの交差点を左折すると駅が見えてくる。駅から母校までやく1・5キロメートル。多くの生徒がこの道を歩いて行った。今では毎日ここを公用車で走行している。

 卒業後は首都圏の大学へ行った。就職して三十過ぎまで務めた。その間、夢も希望も「自分らしさ」も粉々に打ち砕かれた。その後地元に戻り、何とか今の仕事にありついた。外回りをして、電話口では「すみません、本当にすみません」を何度も何度も口にする毎日。それで得られる生ぬるい独身生活。何とかしなれけばならない。「何」とは?分からない。何年か前にはギックリ腰になり、以来、いつも腰のあたりが気になる。心身の腰抜け。もう何もかも遅いのだった。

 無人駅の前。ポツンと、膝を抱え座り込む人影がある。若い女のようである。何かあったのか、声をかけるべきか?隣には座り込む彼女を気遣うような、別の女の影もあった。中年の、残業帰りのサラリーマンにできることとは、どうするべきか?迷っているうちに彼女らの横を通り過ぎた・・・


 駅を過ぎた先の細道は真っ暗。僅かな光を零す、陰鬱な住宅街が暗闇に埋もれていた。ウオン!ウオン!どこからか騒音が木霊した。闇の向こうに、川に架かる大橋の、道路照明が点々とアーチ状に輝いている。あそこをバイクで駆けて行ったら、さぞかし気持ちいいだろうな。

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